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7、愛情


ハナからの電話は毎日だ。


前と変わったのは、夜だけでなく、朝起きた時にも電話がかかってくるようになったこと。



「朝一番と、1日の終わりに、麻実の声が聞きてーんだ。」



そんな恥ずかしいことを、平気で言ってのけるハナに赤面しながらも、自分も同じ気持ちでいることに気がついた。


ハナは東京に住んでいて、大学は横浜。


家の仕事も、もう既に手伝っていて、教室を持って生徒に教えているんだと。


話をきけば、かなりハードな毎日だ。


ここ、横須賀までは距離があり、毎日は会えない。


だけど、1時間でも会える時は、バイクを飛ばして来てくれる。


会うのはだいたい、あの誰も知らない港の一角。



たわいもない話をして、キスを交わす。


週末に会えるといいんだけど、このところ東京で作品展を控えていてその準備に追われ、時間がとれないようだ。



人間って、不思議なものだ。



好きという感情が芽生えただけで、色々な想いが生まれる。



それは時には幸福であったり、時には苦痛であったり。



苦しみを伴うリスクがあるのに、それを手放そうと思えないなんて、本当に厄介だ。


だけど、もっと厄介なのは。


欲があふれ出すこと。



もっと声が聞きたい。


もっと会いたい。


もっとアタシの側にいて。


もっとアタシの事を考えて。


もっとアタシの名前を呼んで。


もっと、もっと。


ハナに触れたい――



ハナが好き・・・。








ハナに呼ばれて、東京に来た。


今日は、青山流華道会館の作品展。


場所は、グランドヒロセ銀座。


ここのホテルには、たまにパパと食事に来るから、私は落ち着いた気持ちでロビーに立った。


今回は階数を聞くまでもなく、ロビーには大きな立て看板が出ていた。


それだけでも、先日の鎌倉の作品展とは規模が違うと感じた。



すれ違う男が、アタシを見る。


何故か最近、以前よりもそれが頻繁になったような気がする。


理由はわかんないけど、ウゼェ。



やっぱり、派手すぎたのだろうか。


今日は深紅のワンピースを着ている。


これはパパに銀座で買ってもらった、イタリアのブランドのもの。


アクセサリーは、金の長いネックレスを、ワンピースの上から着けた。



パパはアタシの黒髪にワンピースが這えて、華やかだって褒めてくれた。


このワンピースは華やかだけど上品な雰囲気で、パパはいつもそういったものを好んで私に着せる。


パパなりの夢があるのかもしれない。





受付へ行くと、イワオがいた。


関係者が沢山いるので、猫をかぶる。



「こんにちは。戸田先生。」


キャラが違うと、声まで変わる。


私が喋った途端、イワオが肩を震わせたのにはムカついた。


イワオが関係者の1人に何かを言いつけた。


「叶ちゃん、今日も綺麗だねー。もー、周りの男の視線釘付けだよー。」


調子のいいことを言って、イワオがニコニコ笑う。


まったく。


本来なら、突っ込みたいところだが、周りの視線が気になって、できない。


うう・・・ストレスがたまるじゃねーか。


「戸田さん、素敵なお嬢さんですね?お知り合いですか?」


突然、強引に1人の男が割り込んできた。


何だ、コイツ。


そう思って、見上げると、茄子顔の男がアタシを見ていた。


途端に、イワオの眉間にシワがよった。


へぇ。


いつも穏やかなイワオもこんな顔するんだな。


ってことは。


きっと、ハナやナレオもこいつとは仲が悪いんだろうな。



そんなアタシの思いをよそに、茄子顔はいきなり自己紹介を始めた。


あんまり聞いちゃいなかったけど。


名前は三園。


青山流師範会青年部長、だと。


よくわからん。


それでも、延々と話す茄子顔を見ていたら。



グイッ――


突然、白檀の香りに包みこまれた。


ぎゅうぅぅっと、ハナの腕がアタシの体に巻き付く。


ぐげ・・・。


「青山先生、すみません、離していただけませんか?苦しいです。」


苦しくて、ぶちギレ寸前だったけど、丁寧な言葉を使った。


「「ぶっ。」」


ハナとイワオが同時に吹き出した。


オイ、ゴラッ!


失礼なやつらだな。


そう思って、イワオを見る。


だって、ハナはアタシの後ろにいるし。


「ご、ごめん、叶ちゃん。何か、叶ちゃんの心の声が聞こえた気がして。プッ・・・。」


はあ。


コイツ、アタシがどんだけ毒舌だと思ってんだよ。



「あれ、華清先生もお知り合いですか?」


茄子顔が、笑う。


キモい。


アタシ、生理的にダメだこの顔・・・。



ハナがアタシを抱き締める腕をほどいて、手をとった。


え?


何で、手を繋いでいるんだ?


「こういう関係だ。」


ハナが茄子顔に見せつけるように、繋いでいる手をあげた。



「あー、あ・・・くっついちゃったのかー。ショックだ・・・。」


そう言いながら、やって来たのは、ナレオ。


「そういうことだ。」


ハナがナレオにまた手を見せつける。


「でも、まだ結婚してないんだから、俺も可能性ゼロじゃないよな?」


「あぁっ!?」


ナレオの挑発に、怒りモードのハナ。


アタシをハナの体の後ろに隠す。



はあ、こんなこと受付でやっているから。


注目の的じゃん。



何か、女性陣から睨まれているし。


はあ。



「戸田先生、私会場内を拝見しても、よろしいですか?」


しかたねー、イワオを使うか。


ハナとナレオが言い合いになって、アタシの手が離れたのをいいことに、イワオと会場入りした。


2人は放置だ。




「しかし、ウケるよなー。叶ちゃんってば、180度違うもんな、キャラが。」


「しかたねー、だろ?これも生活の知恵だ。」


「いや、ほめてんだよ。」


「え?」


「別に、上品がいいわけじゃないけど。わかるだろ?TPOによって使い分けないといけないことって。」


「ああ。」


「俺だって、決して上品な人間じゃない。だけど、『恥』は知っているんだ。」


「恥?」


「ああ。世間ってものは、外身で判断するんだよ。だから、マナーを守ったり、服装も場合にあったものを着て、それなりの態度を取れば、恥をかかない。」


確かに、イワオの言っていることはわかるけど。


だけど。


何か、違うような気がする。


「でもアタシはアタシだし、本当に大切なやつがわかってくれていたら、それでいいと思うんだけど。」


アタシは口を尖らせた。


イワオはそんなアタシを優しく見て、言葉を続けた。


「うん、そのとおりだ。だけど、自分の大切なやつが自分の態度で恥をかいたら、同じように思えるか?言い換えると、さっき受付で叶ちゃんがいつも通りの口調だったら、色んな人がいたんだから、どう思われていたと思う?華清、あそこで交際宣言みたいのをしちゃっているし。」


「あ・・・。」


「だから、あの叶ちゃんの態度は正解だったんだよ。叶ちゃんのお父さんって、本当に叶ちゃんのこと思っているんだなぁ。お嬢様が夢って言っていたけど、だったら普段から徹底して、叶ちゃんの教育をしていると思うし。素の叶ちゃんのよさを認めて、それで猫を被ることもさせて。多分、叶ちゃんはそのままで、ただ、どこに行っても恥をかかないようにって、鎌倉花園に通わせているんじゃないかな?」


「・・・・。」


そうだ。


確かに、いつもパパはアタシの言葉使いや態度を否定しない。


ニコニコ楽しそうにいつも、アタシの言動を見ている。


考えてみれば、アタシはこういう場所に来ても、どうすればいいかがわかっている。


ここのホテルだって来たことがあるから、気後れもしない。



全部。


全部、パパのお陰だ。



「叶ちゃん?」


黙りこんだアタシに、心配そうにイワオが声をかける。


「いいこと言うじゃんか、イワオのくせに。」


照れくさくて、可愛くない言い方をしてしまう。


だけど、イワオはイイヤツで。


「ぶっ、それでこそ、叶ちゃんだよなー。」


笑顔で返してくれた。


「サンキュ、イワオ。」


でも、やっぱり、感謝の気持ちを伝えたくて。


小さな声で、呟いた。


イワオはそんなアタシをクスクス笑い。


「いや、お礼は俺が、言いたいくらい。親友の華清を人間らしくしてくれてありがとな?アイツがあんなに笑うのも、拗ねるのも、照れるのも・・・泣いたのも・・・初めて見た。」


「え?」


「アイツ、今まで、サイボーグみたいでさ。いつも、余裕な顔で。隙なんてなくて。淡々と目の前にあることを無難にこなして行くみたいな・・・。誰もアイツの地雷踏めなくて、見てみぬふりをしていた。俺も。だけど、叶ちゃんがああ言って、アイツも開き直れる事ができたと思う。ありがとな?俺が、できなかったこと、やってくれて。」





それから、イワオは会場関係者に呼ばれて、アタシとまわることができなくなってしまった。


「一度、華清のところにもどるか?叶ちゃん。」


心配そうにイワオが尋ねる。


「いいよ、ハナだって、主催者側だろ?忙しいだろうし。アタシも学校で華道習っているから、基本くらいはわかるし。ゆっくり見てまわるから。会場から出ないし、見終わったら、受付へ戻るから。もしわかんなかったら、ナレオ呼び出すから、大丈夫だ。」


そういうと、イワオはホッとした顔をした。





正直言って、安心したのが本音だ。


やっぱり、ハナの活けた花を見てどうリアクションしていいかもわかんねーし。


色々考えたくて、1人でまわりたかったんだ。




しかし、スゲー展示の数だな。


会場も、信じらんねーくらい広いし。


色々な作品を見ていくと、やっぱり、それぞれの力がわかる。


何だかんだ言っても、実力の世界なんだな。



アタシは知らない人の作品でもじっくり見て回った。


だって、少しでもハナの生きている世界を理解したいから。



大広間を一通り見て、奥の部屋へ入ると。



大作が10点 ほど展示されていた。


一つ、遠目からでも勢いのある作品が目につく。


引き寄せられるように、その作品に近づくと。



「・・・やっぱり。」


イワオの作品だった。


アイツはすげえやつだな。


他を見ると、まあ、いいんじゃないかな、という花もあって、見ると。


「げっ。」


ナス顔の作品だった。



あんなキモくても、なかなかやるんだと、思い、でもやっぱり生理的にダメだとあの顔を思い浮かべた。


大体その部屋は見終わって、次の部屋へ行こうとして角をまがると。



息を飲むほどの



赤。




一目でわかる。



ハナの作品だ。



華やかで勢いがあって、綺麗な薔薇が活けてあった。

だけど。


明らかに他とは違う。



少し、華道のイメージから離れた作品。



言ってみれば、富士山を皆目指してるのに、1人だけアンデス山脈を目指すような異質感。



少し、切なくなった。




でも、綺麗だ。



花が踊るようで、楽しい気持ちがつたわってくる作品だ。



これが、ハナ自身の世界なんだな。


しっかりと、目に焼き付けておこうと、ハナの作品を眺めていた。


気がつくと30分位時間がたっていた。


さすがに疲れた。



いい加減、他も見ないとと思い、次の部屋へ向かった。


どうやらこの部屋が一番奥らしい。


うわ、人がごったがえしている。



だけど、作品は一つだけだな。


今までで一番デカイ作品だけど。


ま、見ていくか。




あ。


これ・・・。




一目でわかった。



ハナの親父さんの、『菊名人』の作品だ。



成る程、な。



こりゃあ、ハナ、キツイよな。




活けてある花は、普通の菊だけ。


だけど、まるで意思をもってそこにあるような、存在感。


どうやったら、出せるんだろう。


会場に入って、色んな作品をここまで見てきたけど。


この存在感は誰にも出せない。


才能がなせる技なんだろう。



いくら異質な物をもってきても、派手な赤をもってきても、到底ハナには出せない、花の存在感。


さすがだな、という感想しか出ない。


回りは、すごい、とか、見事、とか、感嘆のため息や、歓声をあげてる人もいるけど……。




つぎ、行こ。



アタシは踵を返して、部屋を出た。



順序どおり時計回りに、回ってきたので、右に行く。

あ、ここを見たら最後で、その向こうの通路から、出口に出られるんだ。



そう理解して、最後の展示コーナーへ足を踏み入れた。


名前を見ると。



鎌倉花園へ来た講師陣の作品だ。


あ、ナス顔のもある。



ここは、若手幹部候補生のコーナーだな。


皆同じ花を使い、まっすぐ活ける基本の作品だ。


やっぱり皆うまいな。


だけど、少しくせがでていたり、と、微妙にそれぞれちがう。



あ、ひとつだけ、ピン、と美しい活け花があった。


中央のやつだ。



誰が活けたんだ?



興味をもって、近づくと。



あ……。


そうか。


そうだよな。


ハナしかいねーよ、こんなに綺麗に活けられるやつ。

スゲーよ。


残念な男なんかじゃなかった。


何だが、胸が熱くなった。

鼻の奥がつん、として。


気をそらそうとして、他を見ると。



惹かれる菊があった。


コーナーの角。


皆のとは違う、


小ぶりの、菊。


たった一輪。


それも壁掛けで。



その菊は、出品している若手に、陰ながらエールを送っているようで。


とても惹かれた。


何でかわからないが、その菊に惹かれて。


時間も忘れ、見入ってしまった。



一体誰の作品なんだろう。



名前がない。


題名すらも…。



壁にひっそりと飾ってあって、目立たないけれど、何故か気になる。


って、気になってるのはアタシだけか。


皆素通りしていくもんな。



でも、この一輪の菊から、何か思いが伝わってきて、心が温かくなる…。


何だろうな、この思い…?



でも。


素通りしなくてよかった。


この花を見ることができて、よかった。





と。



せっかく、人が。


気分よく、作品を鑑賞していたというのに…。




ペロ~ン――



はっ!?



だ、誰かが!



アタシのっ



ケツをっっ



触りやがった!!!!!!!




憤慨して、振り返ると。



ニコニコ顔のおっさんがいた。



草色の着物に、袴姿だから関係者だろう。


今日は着物に袴姿を会場でよく目にする。


ある程度の地位の出品者だろう。



ハナもイワオも今日は着物に袴姿だ。


イワオは何を着ても岩顔だが、ハナの着物袴姿には、実はクラっときた。


後でもう少し、じっくり見たいぐらいだ。



「なっ、何を・・・。」


咄嗟にそれだけしか声が出なくて。



「こんにちは。ごめんねー、あんまりいいお尻してたんで、ちょっとねー。おかげで寿命がのびたよー。」


はっ!?


何だ、このクソエロジジイはっ!!


「・・・・。」


無言で、思いっきり睨む。


だけど、このクソエロジジイは、アタシの睨みもものともせず。


「ごめん、ごめん、もうしないからさー。ちょっとお話しないー?あっちに、お茶コーナーあるからさー、2人っきりじゃないし、あ、アップルパイあるよ?グランドヒロセ銀座のアップルパイ限定品で、滅茶苦茶美味しいの知ってる?」


知ってるともさ。


すんげー旨いんだけど、すぐ完売なんだよ。


だから、買いにきても3回に1回くらいしか手に入んねーんだよ。


さっきもここに来る前に、1階のラウンジでチェックしたんだけど完売だったんだよな。


うー、どうするか…。



だけど、クソエロジジイだし…。


「よかったー。アップルパイ好きでー。あ、せっかくだから、お土産に10個くらい包んであげるね?」


目の前には、ニコニコ顔のクソエロジジイ。


そう。


アタシは散々悩んだあげく。


たかがアップルパイごときで、悪魔に魂をうってしまった…。



だけど、このお茶コーナー、ソファー滅茶苦茶クッションいいな。


それに2人っきりじゃないけど、周りに人はこないし、なんか特別な空間って感じがするのは気のせいか?


ま、いいや。


クソエロジジイが何か変なことしやがったら、今度こそ悲鳴上げてやっから。


とりあえず、アップルパイだ!



「ねー、名前なんていうの?俺ね、大輪っていうんだー。」


軽いな、このジジイ。


「…叶です。」


「いや、名前だってば。」


「叶。」


「………。」


あれ、何かこのやり取り前にあったような…。




じっとアタシを見るクソエロジジイ。


「……何でしょうか?」


視線に耐えかねて、話しかけてしまった。


その途端、パァッと嬉しそうな顔をしたクソエロジジイ。


しまった…。



「いやー、可愛いなぁと、思ってさ。実はさー。君が会場に入ってきた時から、可愛くて注目してたんだよ。」


げ。


ずっと見られてたのか?


キモ…。


「いやいや、引かないでよ。最初はさー、戸田の小僧がスゲー可愛い子連れてるから、あんな顔しやがって、コノヤロー、って思ってたんだよ。そうしたら、君、1人で回り出しただろ?おじさんが説明しがてら一緒に回ってあげようかなー、って…あ、あくまで親切心だからね?下心なんてないよ?」


パタパタと顔の前で手をふるクソエロジジイ。


ウソコケ!


「………。」


冷たい目で睨む。



「…………ウォッホン。それで、だ。声をかけようと思ったら、凄く丁寧に作品を見だしたから、邪魔できないなぁと思って、様子みてたんだよねー。」


オイッ!結局ついてまわってたんかい!!


「…暇ですね。」


「ははは…。俺もそう思った。でもさ、何か君の展示作品の見入る視点、ていうのかな…ちょっと興味深いと思って。話がしたくなったんだ。」


え、此処へきて初めて、まともな会話じゃね?


でも。


「アタシなんて、まったくの素人ですよ?高校の華道の授業で習ってるくらいですから。」


「いや、素人とか玄人とかは関係ないよ。要は、感性の問題だから。君の感じたことを聞きたいんだ。ちょっと、質問とかしても大丈夫かな?」


クソエロジジイからは、さっきまでのふざけた表情は消えていた。


真剣な、華道家の顔になっていた。


迫力があるかも。



「別に、イイですけど…。」


「…イイですけど?何?」


「…個人情報以外ならってことです。」


これ以上つきまとわれたら、たまんないしな。



だけど、アタシがそう釘をさすと、クソエロジジイはニヤリと笑った。


「うん。じゃぁ、その件は後でってことで。」


いやいやいやいやいやいやいや…後はないぞ!!


アタシが焦り顔で首をぶんぶん横に振っているのに、クソエロジジイは、ものともしない。



「じゃー、最初の質問ねー。最初、大広間の作品を凄く丁寧に見てたけど、なんで?あそこは経験の少ないお弟子さんが中心だから、あんまり見ごたえがないと思うんだけど。知り合いの作品とかがあったの?」


クソエロジジイがストレートにきいてきた。


どう、答えようか…。


「え、と……。」


言葉を選んでいると。


「別に、言葉を選ぶ必要はないよ。君と話をしたいと思ったから、他の人間は此処へ近づかないように言ってあるから。話を聞かれる心配はないよ。」


ええっ!?


いつのまにっ!?


このジジイ、ただもんじゃないかも!?


「近づかないって…。」


アタシが驚いていると、クソエロジジイはニッコリと笑った。


「うん。だから、こういうこともできるんだよ?」


そう言って、アタシの手を握った。




ブチッ――


何かが、頭の中ではじけた。



「あぁ!?いい加減にしろや!!」




ゴンッ――



テーブルを挟んで向かいに座るクソエロジジイの顎に、頭突きを入れてやった。


「つまりだな、上手い、下手は関係ねーんだよ。どんな気持ちで活けたとか、一つ一つ違うだろ?テクニックがない分、ストレートに感じるもんがあって、見てたら時間がたってたんだよ。こっちはど素人だよ、別になんも考えてねーよ。」


クソエロジジイはアタシの話を、背筋を伸ばして聞いている。


さっきとは打って変わって、借りてきた猫のように大人しくなっている。


まだ顎が痛むのか、涙目だ。


アタシは、体が弱いけど、頭は石頭だ。


昔、ミコと口げんかになって、頭突きをしたらマジにギブしてきたくらいだ。


もう頭突きもしちゃったし、かぶっていた猫もとっていつもの口調になってしまった。


まあ、いいか。


きっと、もう会わないだろうし。



「で、話はもういいか?オッサン。」


「い、いや。まだ、ききたいことが…。」


「あ?じゃあ、早く言えや。」


「お、奥の部屋の一番の大作なんだが…。」


「ああ。家元の作品だろ?」


「…何か、見たところ一番あっさり通りすぎたような…。君には、感じるものがなかったのかな、と思って…。」


何だよ、急に歯切れの悪い質問になったな。


「あの、普通の菊活けてた大作だろ?」


「ああ。やっぱり、普通の菊だったから、つまらなかったのか?その前に見ていた赤い薔薇は随分時間をかけてたけど?…やっぱり、女性はああいう華やかな物の方が見ごたえがあるのかな…。」


アタシはクソエロジジイをじっと見つめた。


多分、とても冷めた目で。


「おい、こら、オッサン。素人だと思ってバカにすんな。」


「え…?」


「花の種類なんか関係ねーよ。まぁ、アタシは素人だ。オッサンみたいに…着物着てんだから、作品出してんだろ?…オッサンは関係者でその道の人間で、見方が違うかもしれねーけど?だけどな、皆想いを込めて花活けてんのがわかんだよ。だからさ、何となく…勝手なアタシの解釈かも知れないけど…出来がどうであれひたむきな気持が伝われば、気持が向くし。そうでなければ、うまく活けてあったって、こっちはシラけるんだよ。」


華道を専門にやってるやつの前でこんな講釈を述べるのって、どうかと思うけど…まあ聞かれたからな、思ったこと言ったまでで。


ま、アタシみたいな素人の言うことはそんなに重要視しねーだろうし。



だけど、クソエロジジイは何故か考え込んだ。


「…あの菊の大作を、君はどう思った?…遠慮しないでくれ。俺と君しかいないから。率直な意見が聞きたいだけなんだ。」


エライ話突っ込んでくるな…マイナス意見も聞いて、今後の参考にでもしようと思ってんのか?


よくわかんねーけど、きかれたからなぁ。



「悪ぃ。回りくどく話すのめんどくせーから、はっきり言うけど。あ、あくまで素人のアタシ個人の意見だからな?あんま、気にすんなよ。オッサンたちのボスのことだもんな。ちょっと、失礼なこと言うかもしれねーけど…。家元って、やっぱり、スゲー才能があると思う。圧倒された。普通の菊なんだけど、どうやって活けたんだ、って思うほど存在感が凄かった。どんな派手な花もってきたって、あのただの菊にかなわねーって、家元の技ってスゲーんだなって、正直思った。」


アタシは、そこまで言うと一息つき、水をごくり、と飲んだ。


クソエロジジイが先を急かすように、アタシを見る。


「だけど――あの作品には、少しも魅力を感じなかった。」


「どうして?」


「ただ、アタシの好き嫌いなんだけど。あの作品って、家元の腕のよさを見せつけただけのような…想いを届ける、っていうより凄いだろ、って自慢…ともちがうか…うーん…そうだ!愛情だ!愛情が感じられなかったんだ。」


アタシがそう言うと、クソエロジジイは不思議そうな顔をした。


「愛情?」


「そう。花への愛情…何か、家元の技術に花を従わせているような…それに、見てる人を圧倒させるけど、あの作品はそれだけで。癒された気持にはならなかった。悪く言えば、1人よがりみたい。」


「はは…厳しいね。家元が聞いたら、泣いちゃうかもなー。」


だって、率直な気持ちをっていったじゃんか。


「だけど、家元の作品大人気だったじゃん。」


アタシ1人の意見より、大勢の指示の方が信用できるだろ。


「うん、人気だったよね…。」


「そう考えると、アタシって、やっぱり物を見る視点が人とずれてんのかな?…あはは、そうかも。今日アタシが惹かれた作品なんて、誰も見向きもしなかったしなー。」


アタシのその言葉にクソエロジジイが、反応した。


「え?どれ?どの作品がいいと思ったんだ?」


身を乗り出してクソエロジジイが聞いてきた。


そんなにむきにならなくても…。


はあ。


「若手の基本の菊が活けられていた所に飾ってあった、一輪ざしの菊。」


「まさか、あの、一輪ざしが…?」


クソエロジジイが凄く驚いている。


「ああ。誰が活けたか名前なんてなかったけど。だれだっていい。アタシはあの菊がすげー好きだ。あの菊が見ることができたから、今日来た甲斐があったと思うくらいだ。」


「あの、菊が?まさか。」


さっきからクソエロジジイは、何故か驚きっぱなしだ。


「まさかじゃねーよ。あの菊はなんか若手にエールをおくっているような、なんか愛情がかんじられるんだよな。よくわかんねーけど、温かい気持ちになれるんだ。」


アタシがそう言うと、クソエロジジイは口をつぐんだ。


テーブルの一点を見つめている。


どうしたんだろう、と不思議に思っていたら。




「華清!!いたぞ!!こっちだ!!」


イワオの声がした。


その声がするやいなや、こちらへ走ってくるような足音が…。


あれ、もしかして…。



「麻美ー!!お前、いい加減にしろよ!!勝手に、フラフラすんな!!」


お怒りの、ハナが登場した。


だけど、アタシの前のクソエロジジイを見て、もっと怒り出した。



「親父ぃ、テメェ…。」


地を這うような、低い声。


って、え?



「親父?……ええぇぇぇぇっっっ!!?」


どうやら、目の前のクソエロジジイは、ハナの親父さんで。



どうやら、青山流華道会の、現、家元だったようだ……。





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