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6、恋心


ミコが遊びに来た。


「ミコだけか?トムはどうした?」


アタシの体調があまり良くない時など、トムと連れだってミコは遊びに来ることはあるけど、単独で来るのは珍しい。


「アイツまだ仕事だろ?」


「あー、まだ4時だもんな。そうか。」


「具合悪いのか?」


「んー、もう熱下がった。明日から、学校行けると思う。」


アタシは一昨日から、熱を出して学校を休んでいた。


朝礼で貧血になり、そのまま体調を崩したのだ。


本当に無理のきかない自分の体が、嫌になる。



「どうせ、ジョーさんの雑炊ばっかだろ?ほれ、差し入れだ。」


ミコが差し出した袋は、佐奈田フルーツのもの。


慌てて開くと。


「やった!フルーツゼリーだ!ありがと、ミコ!」


佐奈田フルーツのゼリーはフルーツをそのまま使っていて、ここらへんでは高級品だ。


私の大好物。



早速、頂く。



「うまいか?」


「うん。」


「そうか、一杯食って早く元気になれ。」


ミコが笑顔で、アタシの頭を撫でる。


ミコを皆は恐れるけれど、それはミコを取り巻く環境がそうさせるもの。


ミコはミコだ。


跡取りのミコは、小さい頃から将来が決まっていて、そうなるべくしてここまできた。


多分、自分で選べる人生だったのなら、きっと人に尽くすようなそんな仕事を選んだのかもしれない・・・。


ミコは、心の優しい人だ。



「何だよ、人の顔見て。」


「えー、そんなの決まってるじゃん?」


いつものお約束。


「あぁ?カワイイなんて言いやがったら、ぶっとばすぞ!?」


げんこつに息を吹き掛けながら、アタシを睨む。


目は笑っているけど。


「えー、ミコってエスパー?」


そう言った瞬間、ミコの手が伸びてきて擽られた。


「ヒャーー!やめてーー!」


ドタバタやっていたら、1階からジョーに怒鳴られた。




それと同時に、玄関のインターフォンが鳴った。


「ヤバ、近所から騒音苦情か?」


ミコと顔を見合わせ、騒ぐのは止めようと心に誓う。


裏のオバちゃん、滅茶苦茶クドいからな。





「麻実、入るぞ?」


暫くして、ジョーがドアの向こうから声をかけてきた。


返事をする前にドアが開く。


全く、せっかちなんだから。


文句を言おうと、ジョーを見ると。


ジョーの後ろに、あり得ない3人組が立っていた。



「・・・何で、いるんだよ?」


驚いて、やっと出た言葉がそれだった。


「お見舞い。」


「叶ちゃん、休んでいるって、伊集院さんに聞いてさ。昨日うちの稽古日だったから。」


「何で、電話で話してんのに、言わねーんだよ。」



ナレオ、イワオ、ハナの順番で部屋に入って来た。




えっと・・・。


「オイ、そこ座るな!ソファーがあるだろうがよ!」


ナレオがアタシのベッドに座ろうとして、ミコが声を荒げた。


アタシの部屋は広い。


30畳の洋間だ。


生まれた時から病弱なアタシは、部屋の中で過ごすことが多い。


だから、パパはアタシの部屋を贅沢なものにしてくれている。


ベッドは、フランス製の天蓋つきの高級なものだし。


家具もお姫様のような、白い特注の家具。


ダチがきてもいいように、6人くらい座れる白いソファーセットもある。


だけど、だるい時は床にそのまま座れるように部屋の片隅には6畳の畳コーナーを作ってくれていて、テーブルを置いてくつろげるようになっている。


冬はそのテーブルがコタツとなる。



直ぐ体調を壊すアタシの部屋には、ミコやトム、アキやコージが見舞いによく来るから。



それから。


ちょっとしたミニキッチンや、冷蔵庫もある。


ついでにいうと、バストイレ付だ。


まあ、キッチンには多種多量の薬、吸入器、吸い飲み、氷枕や氷嚢などが置いてあり、壁には点滴をかける棒や本格的な大きな血圧計が立てかけられていたりと、病弱まるわかりな残念な光景がみられるけれど。



3人組は、アタシの部屋の中を見回して、少し驚いた顔をした。


まあ、これ見りゃ、病弱なのは一目瞭然だよな。


気を遣わせるのが嫌で、アタシから口を開いた。



「オイ、見舞いに来たんだろ?見舞いの品はどうした?」


本当は来てくれたのが嬉しかったんだけど、何でアタシはこんな言い方しかできないんだろうな。


お見舞いの品、と言った途端3人がニヤリと笑った。


それぞれが持っていた紙袋をガサガサしだした。


イワオは超高級マスクメロン。


ブルジョワだな、こいつも。



ナレオは高級そうなオレンジジュース。


あ、お洒落なボトルには『GURANNDO HIROSE』って書いてあるぞ。


これって、オリジナルってことだよな。


旨そうだな・・・。


じっと、オレンジジュースに見入っていたら、


ガサリ、と音がして。


目の前が、赤くなった。



な、何だ?


ふわりといい香りが漂う。


あ。


深紅のバラ・・・。


「スゲー、綺麗。」


思わず、口からため息がでた。



「何だ、花より団子だと思ったのに。」


ナレオが、むくれたように言った。


「アホだな。口が悪くても女だ。やっぱ、花だ。ナレオのくせに、そんなこともわかんねーのか。」


勝ち誇ったように、ハナが笑った。


「いやいやいや・・・オレンジジュースも捨てがたいぞ。旨そうだし。」


何か、ナレオが哀れっぽくて、取りあえずフォローした。


だけど。


「オイ、麻実。お前さっきフルーツゼリー食ったろ。今腹にいれたら、晩飯食えねーから、後にしろよ。」


ジョーに注意された。


「わかってるよー。」


食事ができないと、薬のめないもんな。



「ミコト。俺、今日早く店でねーといけねーんだよ。こいつの飯、『カマド屋』で頼んでくんねーか?お前も食ってくか?」


ああ、そういやジョー、今日キャバレーのホステスさんの面接のがあるっていっていたな。


時間いいのかよ。


「ジョー、アタシは自分でできるから、早く行けよ。」


そう言うと、ジョーに睨まれた。


はあ。


ジョーはアタシに家事をさせない。


掃除洗濯は、通いのお手伝いさんが来る。


食事はアタシの体質を考えて、お手伝いさんにはまかせないでジョーが作る。


忙しい時は、昔から世話になってる近所のおばちゃんがやってる『カマド屋』っていう居酒屋で食事を頼む。


まったく至れりつくせりだ。



アタシが住んでいる家は一軒家で、かなりデカイ。


でも、此処に住んでいるのは今は、ジョーとアタシだけ。


パパはたまに来るけど、殆ど愛人の所にいる。


ママは離婚したあとフランスへかえっちゃったし。


だから、ジョーがアタシの面倒を一切引き受けているってわけ。


それでも、急いでいたのか、アタシに色々注意をすると、ジョーは仕事に向かった。



「定食みたいなもんだけど、どうするよ?せっかく来てくれたんだし、お前たちも夕飯食べてくか?」


そう言うと、待っていましたとばかり、3人が笑顔で頷いた。




カマド屋に出前の電話を入れると、ミコがお茶を下のキッチンに入れに行ってくれた。



ミコが部屋を出るなり、3人の質問がアタシに集中する。


「病気がちなのか?」


「さっきの男も此処に住んでいるのか?」


「関係は?」


「今、お茶を入れに行った男はただの友達か?」


「もう、体調は大丈夫なのか?」



な、何だ。


こいつら・・・。


だけど、あまりの迫力にアタシは仕方がなく説明をした。


もちろん、体調の事は表面的にだったけれど。




説明が終わって、3人が納得した頃、ミコがお茶を入れて戻ってきた。


ミコはアタシの顔を見るなり、表情を変えた。


怖いぞ。


「オイ、麻実。お前、疲れてねーか?ちょっと、横になれ。」


うん、わかりました。


アタシは速攻で、素直にベッドに入った。



何故か男どもはソファーに座らず、畳の方に座ってお茶を飲みだした。


くつろいでいるな、こいつら。




だけど、微妙な雰囲気・・・。




3対1。



こいつら威嚇し合っているし。



はあ。



「あのさー。同じ大学の先輩後輩だろ?もうちょっと、こう・・・交流を深めるとか、できねーの?」


仕方がなく、アタシは遠回しに仲良くしろと提案したんだけど。


「あ?こんな、女遊びの激しい連中と、交流ねぇ。お前ら、麻実に手ぇ出したら殺すぞ?」


また、ミコは物騒なんだからよ、勘弁してくれよ。


でも、何となく気になって・・・。


いや、はっきり言うと、凄く気になった。


「へぇ、女遊び激しいんだ・・・。」



「いや、それは・・・。」


「叶ちゃん、男には付き合いとかいろいろあってさー。」


アタシが突っ込むと、ナレオとイワオが慌てて弁解しようと、ゴニョゴニョ言いだした。


まったく、男ってのは・・・。


そう、呆れかけたんだけど。


だけど――



「麻実と知り合った日から、遊びはやめた。もう、する気もない。お前以外の女と飯食っても、話しても、遊んでも、楽しくないって、俺は思うから。」


ハナがまっすぐにアタシを見つめていた。




気まずいまま・・・というより、ミコが不機嫌のまま、届いた出前を皆で食べた。


やっぱり、ゼリー食べたからかな。


あんまり食べられない。



ジョーがいなくてよかった。


絶対怖い顔して、食べろっていうから。



箸をおこうとすると、ハナと目が合った。


ポケットから何か探っている。



「これかけたら、少しは食えるんじゃねぇの?」


小さな袋を渡された。


ふりかけだ。


「ぷ。何でこんなものもっているんだ?」


「学食についてきた。」


なるほど。


あ、たまごのふりかけだ。


何か嬉しくて、箸が進まなかったご飯が食べられた。


アタシの空になった茶碗を見て、ハナがホッとした顔をした。


そんな顔をハナがしてくれるのも、何だか照れくさくて下を向いた。



それからジョーから電話がかかってきて。


ミコと長々話をしていた。


殆どがアタシの様子伺い。


ご飯をどれくらい食べられたとか。



薬をちゃんと飲んだとか。


熱は無いとか。



あまりの過保護ぶりに、普段を知らない3人組も目を丸くしていた。


電話の最後の方の会話はよくわからなくて、ミコの声が低くなったから、夜の商売の話だろうと聞こえないふりをした。




電話を切ったミコは、自分も今日は帰るから3人組にも帰れ、と言った。


もう、9時近いしもっともな話で。


3人組は納得し、ミコも一緒に帰って行った。





はあ。


全部食事の後も片付けて行ってくれたし。


後は、寝るだけなんだけど。



何となく、まだ眠る気になれない。


だって、油断すると。


アタシの頭の中に声が響くから。




『麻実と知り合った日から、遊びはやめた。もう、する気もない。お前以外の女と飯食っても、話しても、遊んでも、楽しくないって、俺は思うから。』




ハナのまっすぐな瞳が頭に浮かんで、声が頭の中をぐるぐる回る。


なんだろう、これ。


アタシ、どうしちゃったの。




動機が激しい。



あっさり、女遊びしていたこと認めたのに。



それよりも、アタシ以外の女とは楽しくないって言葉に、ドキドキしている。



はあ。



熱がせっかく下がったのに、また上がりそうだ。



ハナ・・・。


俯いて顔を手で覆い、ため息をついた。


だけど、心臓がまだ激しく踊る。




そこへ――


突然鳴りだした、電話に心臓が飛び跳ねた。




「悪ぃ、もう寝てたか?」


電話をかけてきたのは、ハナだった。


飛び跳ねた心臓は、受話器から聞こえてきた声にまた反応した。


「まだ9時半だよ。眠れるわけないじゃん。」


「そっか。」


「うん。あ、今日は、サンキュな。」


そう言いながら、ハナが花瓶にさしてくれたゴージャスな薔薇を見る。


不思議とそれだけで、満たされたような気がした。


「いや、こっちこそ、悪かったな。突然押し掛けて。」


「ハハ・・・。大丈夫。皆でご飯食べられて楽しかったし。」


「そうか、だったらいい。」


「うん。」


「・・・・・。」


電話の向こうで、車の通り過ぎる音がした。


「あれ?今、帰る途中だよね?イワオとナレオは?」


ふと気になって聞いた。


「いや、俺今日バイクだから。あいつらとは別。」


「え、じゃぁ、これから東京帰るんだろ?いいのか、電話していて。」


此処を出たのが30分くらい前だ。


東京までは結構時間かかるだろ。


「月が、スゲー綺麗でよー。お前にも見せてやろうと思って。ちょっと窓開けて見てみろ。」


月か・・・。


それでわざわざバイク止めて電話してくれたんだ。


それにしても。


「ハナ、よくわかったな。アタシが月が好きだってこと。」


月は好きだ。


大好きだ。


「そうか。そりゃぁ、よかった。じゃぁ、月見てみろ。」


ハナの言葉に従って、アタシはベランダに出た。




「綺麗・・・。」


確かに、空にはまん丸の月が出ていた。


あまり星のない夜だったけれど。


月だけはくっきりと。


静かに。


アタシを見下ろしていた。



「麻実!」


電話は切ってないけど、コードがベランダまでは届かないから受話器は置いたままなのに。


ハナの声がした。


それも、外で。


「え?」



向かいの電話ボックスから、ハナは見ていた。


さっきと同じ。


まっすぐな、瞳で。



「え、何で?帰ったんじゃないの?」


「・・・帰った方が、よかったか?」



カエッタホウガ、ヨカッタカ?



ハナの言葉が頭の中を回る。



気がつけば、アタシは首を激しく、横に振っていた。



「よく・・・ない。」



かすれた声。


自分でも驚くような。


だけど、それを自分が発したと気がついた時。



アタシは、部屋を飛び出していた。



そして、次に気がついた時には。



アタシは、ハナの腕の中にいた――


ハナの腕の中は、白檀の匂いがした。



白檀って、扇子を仰ぐと香る匂い。


前に、夏にパパの扇子を借りて仰いでいた時、いい匂いっていったら、それは白檀だ、って教えてくれた。


高級な扇子だぞ、って自慢していたから、白檀は高級なんだろう。



もっと、匂いたくてハナの胸に顔をこすりつけたら、ハナがアタシをギュッて、抱きしめた。


その瞬間、我に返った。


急に恥ずかしくなって、腕から逃れようとしたら。



「ここ、冷えるから。麻実んち、一回はいんねーか?玄関でいいから。ちょっと、話したいしよ。」


その言葉で、自分が何も上に着ないで、外に出てきてしまったことに気がついた。


マズイ、これじゃ、冷えるな。





玄関でいい、と遠慮するハナを、玄関じゃ寒いからとまたアタシの部屋まで通した。



だけど。



部屋に通して、後悔した。


部屋に入り、ドアを閉めると。


途端に、空気が濃厚になった。


息苦しくなって・・。



「紅茶でも淹れるな。」


そう言って、逃げるようにミニキッチンの方へ行きかけたアタシの腕を、ハナは捉えた。


そのまま勢いよく、抱き寄せられた。


「バカだな。だから、玄関でいい、って言ったんだ。」


ハナのしわがれた声と、熱い吐息に驚いて、思わずハナを見上げた。


見上げたハナの瞳は、まっすぐアタシに向いていて。


それは、震えて


濡れていた――



そこには闇なんか広がってなくて。



ただ、アタシが映っていた。


そこに映るアタシは、自分でも見たことのない表情をしていて。



これって――



「麻実。」


しわがれた、ハナの声。


「な、に?」


震える、アタシの唇。


ハナの視線はアタシの瞳から、その震える唇に移り――



「・・・好きだ。」


ため息のような言葉と、ともに。


ハナの熱い唇が、降ってきた――





それから、アタシは。


自分の心がコントロール出来なくなった。




何で、いつもハナの事を考えてしまうのだろう。


何で、いつも唇をさわってしまうのだろう。


何で、赤い薔薇を見ると、心が震えるんだろう。


何で、生徒会のメンバーがハナ達の話をすると、胸がざわざわするんだろう。


何で、いつの間にかハナからの電話を待つようになったんだろう。


何で、こんなに。




何で、こんなに――



ハナに会いたくて仕方がないんだろう・・・。





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