5、深入り
「・・・あんま、あの男に深入りすんな。」
横浜からの帰り、迎えにきてもらったジョーの品のないアメ車の後部座席で横たわっていたアタシの耳に、小さな声が届いた。
それは、悲しそうな、寂しい声だった。
ジョーのそんな弱さを知りたくなくて。
アタシはただひたすら、眠ったふりをした。
ハナと洋食屋で昼食を取った後、港の見える丘公園に行くことにした。
それは、洋食屋で決めたことで。
アタシはトイレに立った時に、ジョーに店の公衆電話から連絡を入れた。
公園のベンチで海を見ながら、洋食屋の会話とはうって変わってバカバカしい話をして、大笑いしている時にジョーが現れた。
不審な顔をするハナに、用事があるからジョーを呼んだと伝えると、途端に不機嫌になった。
用事があるなら、俺がそこまで送ったのに、と。
ま、もっともな話だ。
だけど、アタシももうこれ以上は限界だったわけで。
帰りはバイクでは、無理だとわかっていたから。
ジョーを呼んだんだ。
本当は、ハナともっと話がしたかった・・・。
だから、とっさにハナにメモを渡した。
ジョーには聞こえない小さな声で。
「アタシの部屋の電話番号。9時以後なら、多分部屋にいるから。」
そう言うと、不機嫌な顔のハナが急に輝いた。
まぁ、機嫌が直ってよかった。
だけど、変な勘違いもしやがった。
「麻実、お前、可愛いな。顔、真っ赤だぞー?」
「アホか。」
勘違い男に蹴りをいれて、アタシはジョーの車へ向かった。
そして、車に乗り込むやいなや、アタシは倒れこんだ。
超虚弱体質のアタシはバイクの風を受けて、発熱したらしい。
多分、38度は超えているだろう。
今、やっとわかった。
何で、ジョーがアタシをバイクに乗せてくれなかったのか。
何で、トムやミコのバイクに乗るのを禁止したのか。
アタシの体に影響が出るからだったのか。
今日は場所が場所なので、スカジャンにジーンズってわけにはいかなかった。
綺麗なブルーのワンピースに、白のバッグとヒール。
ワンピースはフランスのブランド物だ。
離婚してフランスに帰ったママが、たまに私にプレゼントで送ってくれる。
ママとはサイズが一緒だから、選ぶのも楽なんだそうだ。
髪もまいて、少し化粧もした。
決して厚くはなけど、顔の彫りが深いので化粧映えする。
ホテルまでジョーが車で送ってくれたけど、ホテルに入ってからは何だかやたらとじろじろ見られる。
しかも、男ばっか。
ウゼェ。
心の中で、毒づいてたんだけど。
ま、今日は学校の連中も来ているだろうし、猫かぶるしかないから、毒を吐くのは心の中だけにしないとな。
とりあえず、エレベーターのところまで行く。
って、あれ?
何階だっけ?
あれからハナとは会っていなくて。
電話は毎日かかってくるけど。
チケットを受け取っていない。
当日直接、会場受付へ行くように言われた。
そこでわかるようにしておくって。
だけど、会場が何階なのか聞くのを忘れたな。
仕方がない、フロントで尋ねるか。
「青山流華道展の会場は何階でしょうか?」
フロントのお姉さまに聞いてみた。
お姉さまはアタシの質問に、にっこりと営業スマイルをたたえた。
「はい、華道展でしたら――「あ、私がご案内するから、いいですよ。丁度、会場に向かうところですから。」
後ろから、柔らかな心地の良い、低めの声がした。
振り返ると。
イイ男だな、オイ。
ダークスーツをスマートに着こなした、長身の男が立っていた。
ジョーとも、ハナともちょっと違うタイプだ。
にこやかな、穏やかな男。
何て言うか・・・そう、満たされた男。
この男の周りが何だか日だまりのように温かな空気に囲まれている感じだ。
こんなヤツ、初めてだ。
ホテルの従業員か?
「ご案内致します。こちらへどうぞ。」
「恐れ入ります。」
そう言って、男の後に続いた。
会場は15階で、上昇するエレベーターには案内の男と2人っきり。
何となく、気まずい。
しかも、エレベーターの上昇スピードが遅い・・・。
「お客様も、華道をなさるんですか?」
場を和ませるように、男からごく自然な質問がでた。
「いえ、先日お世話になった先生にお誘い頂きまして。」
まさか、ハナのしつこい誘いとは言えず、言葉を濁した。
「そうですか。実は私の大学の友人が青山流に何人かいまして、大義名分でこれからサボりにいくんです。」
少し砕けた口調で、秘密をばらすように男が声をひそめた。
コイツ――
女慣れしてやがる。
こういう言い方をすりゃぁ、女がうちとけると思いやがって。
だからアタシは。
「そうですか。」
頷いただけで、それ以上話を続けなかった。
しかも、無表情で。
男が、驚いた顔をした。
何だ、コイツ。
そう思った時丁度、エレベーターの扉が開いた。
華道展の受付が、正面に見える。
男が『開』ボタンを押している間に、アタシは頭を下げエレベーターから出た。
「ありがとうございました。もうわかりますから、結構です。」
そう言って、足早に受付へ向かった。
後ろから慌てて追ってくる気配がしたが、無視。
受付へ到着し、口を開きかけた時。
「おー、来たな。麻実ー。待ちくたびれたぞー。」
着物に袴姿のハナが、本当に待ちくたびれたという態度で、床にしゃがみこんだ。
オイオイ。
バカじゃねーの?
次期家元だろ?
そんな態度でいいのか。
「えっ!?華清の知り合いかっ!?」
またまた後ろから、柔らかな低めの声がした。
「おう、俺の女。」
ハナがふざけたことを言いやがった。
「あ?調子に乗ってっと、シバくぞ、ゴラァ。」
周りに聞こえないように、だけども凄味を聞かせてハナを睨む。
途端に、ハナが笑う。
「はっ!?」
女慣れ男が驚いた顔をした。
「おもしれーだろ、コイツ。」
ゲラゲラ笑いながら、女慣れ男にハナが話しかけた。
・・・やっぱり、知り合いか。
アタシはため息をついた。
何で、こうなるんだよ・・・。
グランドヒロセ鎌倉の最上階は、バーラウンジだった。
お義理でのぞいた華道展が閉場するまで、何故か拘束され、そしてここにつれてこられた。
はあ。
隣には、ハナ。
向かいには女慣れ男が、その隣には岩男が座っている。
「今日は、迎え呼ぶなよ?車だから、俺送るからな?」
文句を言おうと口を開く前に、先にハナに釘をさされた。
「えぇっ!?華清が女を送る!?ありえねー!!」
女慣れ男が叫んだ。
ウルセーな。
「おい、松。ウルセーよ。」
お、ハナと同調した。
やっぱ、コイツはウルセーんだ。
「ウルセーってなんだよ。驚いているんだよ。あ、それより俺名前いってなかったよね?君の名前もきいてなかったし、自己紹介していいかな?」
何かいうと面倒なので、取りあえず頷いた。
すかさずハナが笑う。
「ククッ。コイツ、面倒くさくて頷いただけだぞ?別に自己紹介とかウゼーし、どうでもいいって思ってんぞ。」
・・・図星です。
「図星だろ?」
「図星だけど、黙れ。」
もう、何言っても突っ込まれるような気がして、ぴしゃりと言ってやった。
またまた、笑いだすハナ。
「お前、いつからМになったんだよ。」
呆れた女慣れ男の声。
「なってねーし!」
・・・くだらない、会話が続いた。
女慣れ男は、驚いたことに。
広瀬松太郎といって、ハナたちと同じ大学の学生で友人だった。
そして、ホテルグランドヒロセの副社長で、次期社長だった。
これでいいのか、グランドヒロセ?
そして、また。
ふと、あることに気がついた。
「なあ、ここ流行ってねーな。こんなにいい店なのによ。大丈夫か?」
真剣に心配したのに。
そういうと、3人が笑いだした。
何だよ。
「ありがとう。店ほめてくれて。ここ、去年リニューアルしたんだけど、俺が初めてプロデュースした店なんだ。」
女慣れ男が、照れた顔をした。
へぇ、こんな顔もするんだ。
「叶ちゃん、ここ鎌倉で話題の店なんだぜ。スゲー流行ってっから、心配なく。」
岩男が、ニコニコ笑いながら説明する。
「だって、客入ってねーじゃんか。」
「あー、今日は貸しきりにした。」
サラッと、言ってのけたけど。
「あぁっ!?いいのか?そんなことしてっ?」
アタシが驚くと、女慣れ男が大丈夫、大丈夫とウインクをしてきた。
げぇ・・・。
何だよ、コイツ。
キザっちいな。
呆れて目を反らし、さっきから珍しく静かなハナに目をやると。
ん?
何故か拗ねていらっしゃる。
「オイ、何だよ。その顔は。」
「あ?お前が、松ばっかほめるからだろ?」
プイ、と横を向く。
!!!
何だよ、カワイイじゃねーか。
岩男と女慣れ男が、唖然とした顔をしている。
「あー、お前もほめてほしいのか?」
「・・・・。」
ったく、面倒くせぇな。
「顔がいい、金持ちだ。かっけーバイクのってる。」
あ、しまった・・・棒読みじゃん。
途端に、ギロリ、とハナが睨んできた。
「ほめてねーし。どうせ、俺は『残念な男』だし。」
あーあ、益々拗ねちまった。
仕方ねーな。
アタシはふっ、と笑って、ハナの顔を覗き込んだ。
そして。
「残念だ、って言ったけどよ。アタシはお前の花を見て、お前の誠実さがわかったよ・・・花を見て、お前の人には見せない直向きさがわかった。お前の花への情熱も・・・。家元って、結局は、華道教室のボスだろ?だったら、花を活けるばっかじゃなくて、人に教えるのも、人を使うのも重要なことだろ?お前のその誠実さがあれば、花の才能がなくたって道は開ける。」
ハナに思っていたことを一気に話すと、ハナは俯いた。
あ、しまった。
ほめてねーじゃん。
しかも、思いっきり、才能がないなんて、言っちゃったし。
慌てたけど、あとの祭り。
しょうがない、素直に謝ろうと思ったけど。
「・・・サンキュ。」
ハナの、小さな声が聞こえた。
見ると、俯いた顔から何かが滴り落ちた。
「ハハ・・・格好悪ぃ。俺、女子高生に励まされてやんの。」
テーブルにあったおしぼりで一度グイッ、と目を擦るとハナは顔をあげた。
「ええっ!?女子高生?」
女慣れ男が、驚いた顔でアタシを見た。
何だよ。
文句あんのか、ゴラァ。
「聞いて驚くなよ、松。叶ちゃん、あの鎌倉花園の生徒会長だ。」
クスクス笑いながら、岩男が説明した。
「普段こんなに口悪ぃくせに、学校じゃ、巨大な猫かぶってんだぜ?ククッ・・・。」
泣いたカラスがもう笑った。
ハナが、笑いながらアタシを小突く。
「生活の知恵だ、あれは。」
ハナの手をよけながら、サラッと、言う。
「もしかして、フロントから受付までの、あれ?」
女慣れ男が呟く。
「まあ、そうだな。」
「・・・軽く、ショックだ。じゃあ、ホントはこんだけ口悪いってことは、あんなに礼儀正しい態度をしていても、心中ではこうやって突っ込み入れていたりするのかな?」
女慣れしている上に、案外鋭いな。
「・・・まあな。」
あんまし詳しく言うと墓穴を掘りそうだから、適当に返事をした。
だけど、悪魔が一匹。
「ぶっ、何がまあな、だよ!こいつ、スゲーひでーんだぜ?講師で高校にいった俺に、慇懃無礼な態度とっておいて、心ん中で『残念な男』ってあだ名つけてたんだぜ?その、残念って意味わかるか?戸田の花見て俺に才能がないのがわかってつけたんだぞ?しかもうっかり、口に出して俺に『残念な男』って言ったんだぞ!俺、ハートブレイクだぞ!」
何がハートブレイクだよ。
「よかったな、これでカミングアウトできたじゃねーか。」
ポンポンとハナの肩を叩いてやる。
うるせーよってアタシの手を振り払うが、そのハナの顔は笑っていて瞳に闇は広がってなかった。
「・・・なあ、叶ちゃん、嫌な予感すんだけど。もしかして、俺にもあだ名つけてた?」
岩男が、不安そうな顔でアタシを見た。
思わず首をふる。
言えるわけねーじゃんか!
だけど、悪魔が一匹。
「ばーか。つけてるにきまってんだろ!ほら言えや!」
そう言って、アタシの頬を摘まむ。
い、痛いって!
抵抗しても、ハナの力が強くて離れない。
この、バカ力が!
「い、いふっ(言うっ)からっ!」
そう言うと、やっと離してくれた。
痛む頬をこすっていると、隣から、早く言えと急かされた。
「・・・岩男。」
「ブッ、そのまんまじゃねーか!ウケるー!お前、あだ名名人だな!ククッ、ハハハハ・・・。」
ハナがゲラゲラ笑いながらそう言い、女慣れ男も爆笑している。
岩男がそれをうらめしそうに見ている。
「何か、すまん。」
とりあえず詫びるが。
「叶ちゃん、謝るなー!余計傷つく!」
ムンクの叫びの様な表情で、頭を抱える岩男。
憐れだな・・・。
その様子が益々ツボにはいったらしく、ハナと女慣れ男が大爆笑。
「笑っていられるのも、今のうちだぞ!松!・・・叶ちゃんっ、コイツのあだ名は?もちろん、つけているよな?叶ちゃんだもんな!?」
何だよ、叶ちゃんだもんな、ってフリは。
うわ、岩男がワクワクした顔で見てやがる。
ハナは、まだゲラゲラ笑っている。
ま、いいか。
楽しいなら、ちょっとくらい失礼でも。
今更だしな。
そう思って。
「女慣れ男。」
と、正直に言ったら。
隣のハナが椅子から落ちた。
アタシの反対側に。
え?
えぇ?
慌てて、床に転がるハナを覗きこむと。
床でのたうち回っていた。
笑いながら。
アホか。
心配したのに。
あ、岩男も椅子から落ちた。
何だよ、コイツら。
ため息をつくと。
視線を感じた。
う。
いま、渦中の女慣れ男が。
ニコニコと笑って、アタシを見つめていた。
不気味だ・・・。
「な、何か、すまん。」
とりあえず詫びた。
「フ・・・そんなこと、思っていないくせに。」
「げ。」
バレた。
「ハハハ・・・。図星。でも、聞いてよかった。理由がわかったから。」
「理由?」
「うん、エレベーターの中で、急によそよそしくなった理由が。俺の会話が軽薄だったんだよな?」
やっぱりこいつ、鋭いな。
「少しな。」
控えめに言っておこう。
「ぷっ。今更その遠慮はなんだよ?」
そうか、今更だよな。
「まあ、あれだ。アタシは上っ面な態度が嫌いだってことだ。」
「うわ、こんどはハッキリだな。でも、いいや。君とは、駆け引きなしに話ができる・・・なあ、聞くけど、華清とつきあってんの?」
え、何だ、急に。
アタシは首をふった。
「そうか。じゃあ、俺にもチャンスはあるってことだな。」
は?
チャンス?
何だ、それ?
「は・・・・はぁ・・・・く、苦しい・・・。」
笑いが漸くおさまった2人は、ぐったりと椅子に腰かけた。
「お疲れ。」
「お前、誰のせいだよ。」
「岩男。」
もう、カミングアウトしたから、あだ名でいう。
「プッ。」
また、ハナが吹き出した。
「えー、俺、イワオに決定なのか?」
岩男が喚く。
「しかたねーだろ。ハマりすぎだし。」
冷たいハナの言葉に、女慣れ男が同意した。
「じゃあ、広瀬、お前だってあだ名だ!」
「いや、俺のは長げーし。無理だろ。」
女慣れ男がチラリとアタシを見た。
何かその態度にイラッときて。
「じゃあ、ナレオでいいじゃん。」
言ってやった。
「ちょ、それはないだろ。」
「いやいや、いいんじゃねーか?」
「おー、俺のイワオよりいいぞ?何か、フランスの歌手みたいで。」
「それは、フリオだろっ!それより、意味は最低だぞ?」
またまたゲラゲラ笑う、笑い上戸2人。
丁度飲み物が無くなったので、頼もうとしたら。
ナレオがボーイを呼んだ。
「おかわり同じものでいい?あ、フルーツ食べるか?」
頷くと、他の2人にも聞いて注文した。
さすがだな、ナレオ。
たしかに、女慣れしてるかもしれないが、客商売だもんな、こういうことに慣れてないと仕事にならないよな。
「ナレオ。」
「ん?」
「言い過ぎた。確かに、お前は女慣れしていて、会話も軽薄だが、仕事柄そうしないといけないこともあるんだよな。お前の人間性全否定してしまったこと、悪かった。『ナレオ』の意味は半分と考えてくれ。」
と、素直に謝ったのに。
ナレオは、微妙な顔をして、イワオはまた椅子から落ちた。
「・・・何か、素直な分、かえって傷つく。というより、全否定だったという情報はいらない。あだ名も結局、継続だし。」
ナレオが抗議の声を上げた。
「ま、まあ。頑張れ?」
自分でも、謝り方が微妙だったと思ったから、この突っ込みはその通りで。
妙な、返事をしてしまった。
「プッ、変な女。」
アタシの返事にナレオが呆れたように、吹き出した。
「おい、戸田。笑ってねーで何か、歌え。」
突然話を変えるように、ハナが口を開いた。
あれ、何か、怒っている?
そう言えば、今笑っているのイワオだけだし。
だけど、ナレオがそんなこと気にせず、ボーイに合図をした。
この店、スッゲー洒落てて。
白いグランドピアノがあって。
タキシードを着た奏者は、結構な腕前。
なのに、何故、演歌?
イワオが演歌を熱唱中。
確かに、上手いけど。
確かに、演歌もいいけど。
何か、奏者が可哀想になってきた。
「いつも、こうなのか?演奏。」
ナレオに聞いてみた。
「ああ、今日は特別。いつもは、ジャズとか、クラシックとか、シャンソンとかを客のリクエストをうけて演奏しているんだ。こんな歌の伴奏は、俺たちだけ。たまにな、こうやって貸しきりにして遊ぶんだ。」
成る程。
贅沢な遊びだな。
「俺も歌うか。」
そう言って、ハナまで立ちあがった。
これまたびっくりのアニメソング。
「ハハ・・・。驚いた?俺達もさー、羽目はずしたいんだよ、たまには。だけど人前でこんな歌、歌えないだろ?」
確かに。
でも、楽しそうだな。
「こんな俺達を見ても、やっぱ引かないね?」
イワオがニコニコ笑ってアタシを見た。
「いや、皆さんには初めにドン引きしてっから、今更。」
「ええー?俺のどこがドン引き?人当たりはいいはずだよ?」
イワオもやっぱりその態度は、計算かよ。
「え、どこって、そりゃ、その岩みたいな顔。」
正直なアタシの答えに、ナレオは爆笑、イワオはガックリと項垂れた。
「お前らいい加減にしろよ、俺の美声聞いてなかっただろ!」
そりゃ、女の子向けのアニメで魔法使いの呪文入りの歌なんか、ききたくねーし!
しかたがないから、3回拍手してやった。
だけど、拍手のしかたが気にいらなかったようで、でこぴんをされた。
いてーよ!
「叶ちゃんも、何か、うたってー!」
ナレオがエッチ系女アイドルグループの歌をふりつきで熱唱してるなか、イワオがアタシにふってきた。
「あんま、歌わないんだけど。」
「なんでもアリだ。見りゃわかんだろ?」
と、ハナ。
そりゃ、お前の魔法の呪文のあとなら何でもアリだな。
「じゃ、歌うか。」
腰をふり過ぎて、疲れた様子のナレオが戻ってきたので、アタシは立ちあがった。
ピアノ奏者に耳打ちすると、パッ、と明るい顔になった。
アンタも苦労してんな・・・。
さっきの3人の歌を思い出し、心の中でピアノ奏者に同情した。
澄んだ音色。
滑らかな音に。
伴奏してる人も、この曲が結構好きなのかも・・・と思った。
目を閉じるとママの姿。
ママはとても美しい人。
アタシはこの歌を、子守唄代わりに聞いて育った。
幸せな歌詞なのに、何故か切なくなる、このシャンソン。
題名は。
「捧げる愛」――
私は、あなたに出会って
一目で恋におちた
あなたを知るうちに
私自信を知った
ときめく心臓
切ない気持
熱いカラダ
甘く震える唇
私は、あなたに出会って
一生の愛に出会った
あなたを知るうちに
愛することを知った
安らぐ心
ただ思う気持
温かな居場所
愛をかたる唇
この心を
あなたに捧げよう
この愛を
あなたに捧げよう
すべてフランス語で歌った。
歌い終わっても、3人とも反応しない。
あれ?
失敗か?
そう思った時。
私の横から、拍手が聞こえた。
奏者の男性。
そのリアクションに、はっ、として。
慌てて、3人が立ち上がって物凄い勢いで拍手をした。
何となく照れ臭くなって、下を向いて席に戻った。
「何か、懐かしい気持ちになった。」
「・・・いい歌だな。」
「俺も、こんな気持ちになりたい。」
3人が、遠くを見つめてそんなことを言うもんだから。
アタシだって、遠い日を思い出して。
ポロリ、と涙が出た。
ジョー、ごめん。
アタシ、深入りしちゃったみたい。
言うこと聞かなくて、ごめん・・・・。




