4、瞳の理由
次の日。
11時少し前に着くと、もうハナは来ていた。
「よう。」
「おう。」
何となく照れくさくて、ぶっきらぼうに返事をすると、ハナがまた吹き出した。
「麻実、さすがに『おう』はねーだろ。」
「いいんだよ、アタシはこれで。」
ツン、と横を向くと、ハナがクスクス笑う。
「ま、これが麻実の素だもんな、いっか。」
そう言うと、スポッと何かを頭にかぶせられた。
アタシが驚いて、ハナを見上げると。
「今日の移動は、バイクなんだよ。ちゃんとジーンズはいてきたしな。メットかぶんないと危ねーだろ?」
ハナの後ろには大きな黒のバイク。
「うわ、綺麗・・・・。これ、ハナの?乗せてくれるのか?」
バイクに乗ったことがないアタシは、興奮気味にハナに問いかけた。
「ああ。せっかくだから、横浜にでも行かねーか?」
アタシが頷くと、ハナは満足げな顔をして、メットを被った。
今日ハナは、全身黒いスーツを着ている。
バイクに乗らないアタシでも、これくらいはわかる。
ライダースーツだ。
シンプルだけど、物のよさそうな、スーツ。
下には真っ白なTシャツを着ている。
・・・・凄く、格好いい。
やっぱ、モテるんだろうな。
アタシは、赤いカラージーンズの上下。
もちろん、パンツはスリム。
フランスの血を引いているせいか、自分で言うのもなんだけど、スタイルはいい方だと思う。
身長は155センチとあまり大きくないけど、手足が細くて長い。
だけど、出ているところは出ている。
昨日、ジョーが言っていたけれど、高校に入ってから体つきはエロくなったような気がする。
アタシがバイクに乗るのが初めてだと言うと、ハナはアタシをひょい、と抱き上げ乗せてくれた。
コージ程ではないけど、ハナも背が高い。
足が物凄く長くて、スタイルがいい。
ジョーとは違ったワイルドさがある。
何て言うか・・・品の良いワイルドさ?
育ちがいいのに、どこかおさまりきれずにはみ出しているような・・・。
こういう雰囲気って、女子には堪らないモテ要素なんだろうな。
「ねぇ、ふと思ったんだけど、ハナってモテるよなー?」
「あ?」
「顔よし、家柄よし、金あり、色気あり、女子にはたまんないだろ、この好条件。ま、残念な男ではあるけど。」
アタシが思ったことをそのまま伝えると、ハナは鼻にシワを寄せた。
「誉められてる気が、全然しねーんだけど?」
「誉めてないし。単なるアタシの感想だし。」
素直にそう言うと、がっくりとハナがうな垂れた。
あれ。
何か、悪いこと言っちゃった?
ウウッ・・・っと、しばらくハナは唸っていたけれど。
はあ、とため息をつき、エンジンをかけた。
「・・・まあ、言いたい事は多々あるけど。、取りあえず昼飯遅くなっから、いくぞ。あ、腰にしっかり腕まきつけろ。落ちるぞ?」
そう言うと、いきなり発進した。
思っていた以上の衝撃に驚き、アタシは慌ててぎゅっとハナの腰にしがみついた。
何故か。
ドクン、と心臓が鳴った気がした。
バイクは、あたりまえだけど。
風をそのまま受ける。
アタシが、まるで走っているみたいな感じがした。
もし、アタシが走ったとしても、こんなに早くは走れないけどね。
とにかく、気持ちがいい。
最高だ、と思った。
ハナは一気に、横浜までバイクを走らせた。
レンガ造りの洋食屋。
とても洒落ている。
港に近いせいか、潮の香りもする。
だけど、横須賀とはちがう潮の香りだ。
メットをとって、髪をふる。
今日はポニーテールにせず、下ろしてきてよかったと思った。
「ぶ。髪ぐしゃぐしゃだぞ。」
そう言って、ハナが髪を撫でつけてくれた。
その仕草にさえも、ドキリとする。
動揺を見せたくなくて、一生懸命に無表情を装う。
「ありがと。」
「おう・・・なあ、麻実の髪って、地毛か?何か黒でも色合いが違うんだよな。」
そう言いながら、ハナはまだアタシの髪を弄ぶ。
「地毛だよ。色合いが違うのは、おばあちゃん譲りだから。母方のおばあちゃんフランス人だし。目も光の加減によっては、青みがかるし。」
「はっ!?それって、クオーターってことか?」
「まあ、そうなるよね。」
「・・・・。」
驚いて固まっているハナに、首をかしげる。
「そんなに、珍しいか?アタシの周りなんてハーフだらけだぞ?どこの国の血がはいっていたって、アタシはアタシだし。コージだって、アキだって、いい奴でアタシの大事なダチだ。」
アキのいじめのこととか思い出してしまって、話しているうちについ熱弁になってしまった。
「・・・・・・・・ああ、そうだな。」
ハナはアタシの言葉に少し考えるように黙りこんでから、頷いた。
でも、それはおざなりなものではなくて、ハナなりに納得したような肯定だった。
店に入ると、ハナは予約をしていたようで、スムーズに個室に通された。
その部屋は窓から港が一望できた。
「うわぁ。高けー。」
そう言えば、随分この店は高台だったな。
バイクで長いこと坂を登ったもんな、そういえば。
アタシのリアクションに、またハナが笑う。
「何だよ。」
「いや、もうちょっと違うリアクションかな、と思って。まさか、『高い』が感想のトップにくるとは。景色が綺麗、とかじゃなくて。」
あ、そういうことか。
確かに、景色は綺麗だよな。
だけど。
「アタシ、高いとこ好きなんだよな。てゆうか、てっぺん?」
「ぶっ。ククッ・・・・何とかは、高とこが好きってやつか?」
ハナが吹き出した。
「・・・失礼なやつだな。負けず嫌いと言ってくれ。」
真面目に答えたのに、ハナはますます爆笑。
何か、変なこと言ったか?
漸く失礼な爆笑がおさまり、ハナが静かになった。
「そうむくれるなよ。これで、残念な男のお前の失礼発言をチャラにしてやっから。」
「あ、やっぱり、失礼だった?」
「おー、結構傷ついた。お前の言っている意味、直ぐにわかったし。」
「ごめん。」
「うーーー、謝んな。余計傷つくだろ?」
「・・・・・・。」
「黙るな!余計傷つく。」
「・・・はぁ、一体どうすりゃいいんだよ。」
アタシがなさけない顔でハナを見ると、ハナが吹き出した。
「ブッ。ククッ・・・アハハハハハハハハッ・・・。」
咽をそらせて、ハナが豪快に笑う。
そらせた咽仏がセクシーだなんて、不覚にも思ってしまった。
「よく笑う男だな。」
何か負けた気になって、負け惜しみのように呟いた。
横須賀も洋食が旨い店が多いけど、この店は旨い上に、上品さがあった。
どことなく、高級感が漂うしな。
まぁ、夜の商売人の成功者のパパも金はもってから、時々銀座とかで服やアクセとか色々買ってくれて、スゲー高級な店で食事したりするから、別にオドオドとかしないけどさ。
だけど、ハナの店のチョイスはスゲーセンスいい感じだ。
ホントモテるだろうな・・・。
「何だよ?」
ビーフシチューの肉をナイフで切っているハナをじっと見ていると、視線に気がついたのか上目づかいでこっちを見やがった。
ダメだ。
こりゃ。
色っぽすぎる!!
「いや・・・その・・・ハナって、モテるだろうな、と思ってよ。」
しどろもどろ、答える。
「まあな。女はよってくるな・・・だけど、残念な男だってのに誰も気づいちゃいねーんだよ。てゆうか、残念かどうかなんてどうでもいいんだ。顔と、金と、家柄しか見てねー女ばっかだぜ?それ、嬉しいと思うか?」
そう話すハナの瞳はやっぱり、闇が広がっていて。
何だか胸が痛くなった。
だけど、ハナは同情なんてされたくないだろう。
アタシだって、そんなの嫌だもんな。
「今お前が言った事って要は、ハナが残念な男だって誰も気づいてくれなくて拗ねてるってことじゃなくて、誰もハナの中身を見てくれないってことで拗ねてんだよな?」
だから、わざとそんな言い方をした。
「あのなー、わざわざ誰が残念さをアピールすっかよ!それに、俺は拗ねてねー。どんだけ寂しがり屋だと思ってんだ!?」
「そうか、さびしん坊か・・・ますます残念だな。」
「お前な、調子に乗りやがって!・・・よし、じゃあ、さびしん坊の俺を慰めてみろ!お前、俺の女になれ!」
「そうか。自分がさびしん坊ってとうとう認めたか。」
「・・・お前、俺の女になれ発言、無視か?あぁ!?」
シリアスな話しになるかと思ったら、話がそれてホッとしたんだけど、返事がしにくい話をまたふられて、困ってしまった。
マジこれ以上無視できねーし。
しょうがない、またシリアスな話題にもどすか。
「なー、やっぱ。才能がないっていうのは、家元を継ぐ身としちゃ、ヤバいのか?」
あ、しまった。
ストレートに聞きすぎた。
アタシの質問に、ハナが固まった。
残酷なもんだと思った。
いくらその家に生まれて、その資格があったってさ。
才能ってやつは、厄介なもんだ――
『伝統文化体験会』が始まり、まず思ったのは。
講師陣のリーダー青山は、群を抜いてスマートで。いい男で。
こんなお嬢様学校でも、女どもが騒ぎ立てて群がっていた。
ずっと、こんなウハウハ人生をこいつは歩んできたんだろうな、ってアタシは冷めた目で見ながら、ヤツのハッピーライフを呑気に想像していた。
一方、サブリーダー的戸田は、イゴツイ体躯にこれまた岩みたいな顔。
まあ、人当たりはよくて動作もスマートだけど。
こんな恵まれたいい男の横にいるのって、キツイんじゃないかって、正直思った。
だけど。
いざ、手本にと講師陣が花を活けて見せたら。
その印象が逆転した。
だって。
才能が一目瞭然だったから――
岩男の活けた花は、繊細で・・・だけど大胆。
どこまでも、可能性が広がるような空間が広がっている。
あ、コイツの花は本物だ、って直感した。
で。
次期家元の。
青山は。
うん、上手に活けている。
きっと、小さい頃から努力をしてここまで頑張ってきたんだって、素直に感じた。
きっと、人一倍の努力。
いや、それは並大抵の努力ではなかったと思う。
目をつぶったって、同じように活けられるんじゃないかってくらい、きちんと基本どおりに活けてある。
でも、悲しいかな。
心に、響かない―――
岩男の花のように、心に入ってこない。
それは。
明らかに。
才能の違いだ。
健康な体と、人一倍の努力と、資格があっても。
才能がなければ――
ハナは、残念な、男。
きっと、一番本人がそれをわかっている。
ハナがまたケラケラと笑った。
「笑うところか?」
「だって、笑うしかねーだろが。」
「・・・残念だ。」
「ぷっ、またそれかよ。麻実ってやっぱサイコー。一応俺の中では、才能がない、ってのが地雷なんだよ。なんとなく、周りも感じててさ。だから、誰もそれに触れねー。実際、技術的には到達してっから、注意される点はねーし。だから、誰も才能云々の話俺にできねーんだよ。俺も弱音はけねーし。結構、限界きてんだけどよ。だから、麻実があっさり、ストレートに聞いてくれたんで、何かホッとした。」
何だ、それ。
だけど、そんなもんかもしれない。
そういうのって、気を遣われれば遣われるほど、本人はキツイ。
「で、ヤバいの?結構。」
「あ?才能か?そらそーだろ。それに、これまた俺のオヤジが無茶苦茶スゲー華道家なんだよ。菊の花を活けさしたら、右にでるもんいないってくらい。華道界では流派を飛び越えて『菊名人』って言われているしな。」
「そっか。」
「で、その息子が俺だ。」
「そら、ヤバいね。」
「ヤバいだろ?ククッ・・・。」
ハナはずっと、その親父さんのスゲー菊を見てきたんだ。
一体、どんな気持ちだったんだろうか。
ハナの活けた花をもう一度思い出してみる。
努力を積み上げた、基本。
丁寧な作業。
仕事だからというわけだけでなく、花への優しさ。
そんな、活け方だった。
ふと、ハナの気持ちがわかったような気がした――
「今、気がついたんだけど。ハナってさ。」
「あ?」
「アタシと似ているよ。」
「何が?」
「残念なところが。」
そう言うと、一瞬。
ハナの目がギラリと光った。
それは、怒り、だと思う。
「おちょくるのも、いい加減にしろっ!お前、今俺にシャレは通じねーぞっ!?」
少し大きくて、低い唸るような声。
カチンときた。
「あ?何だと?こんなことシャレで言えねーし。何で、アタシが鎌倉花園なんかに通っているか、何でアタシが初恋をあきらめたか・・・何にも知らねぇくせに!シャレだって決めつけんな!残念だっつうのは、テメェは持っていてあたりまえのもの、必要なものを持ち合わせてない、アタシはアタシの望を叶えるために一番大切なものを持ち合わせてないってことだよ!だから、似ているって言ったんだ!わかったかっ!?」
アタシの啖呵に、唖然とするハナ。
ああ、アタシも結構、限界がきていたんだ。
「悪ぃ。」
ハナが頭を下げた。
そう素直にこられると、アタシも素直になる。
「いや・・・・アタシも、感情的になりすぎた。」
そう言うと、ハナがふっと笑った。
アタシが、ん?って首をかしげると。
「初めて地雷踏まれて、感情的になれた。サンキュ。俺、とっくに限界超えてたんだよな。」
「ふふ、アタシも同じだよ。サンキュ。こんな文句誰にも言えなかったし。」
「・・・なぁ。」
「何?」
「お前の、麻実の・・・残念なこと、って何だ?」
「企業秘密だ。」
「何だよ!?言えよ!」
「やだよ。言ったって、聞いて楽しい話じゃねぇし。」
「俺ばっかり、ずりーじゃねぇか!」
「アタシは自分で気がついたんだよ・・・じゃぁ、まあ。何が足りないかは言えないけど、アタシの望なら教えてやるよ。」
「何で、上から目線なんだ?」
「文句があんなら、言わねー。」
「ああっ、文句ねーし。言えよ!」
焦って、ハナが急かす。
何だかその様子が、可愛く見えた。
「ま、たいしたことじゃねーけど。アタシの望は、皆の幸せだ。」
「・・・・・・・・・・・は?意味わかんねー。何かの宗教か?」
「ぶっ、宗教じゃねーし。大体博愛主義じゃねーよ。皆っていうのは、アタシの家族とか、仲間とか周りにいる奴らのことだ!」
そう、こんなアタシが望むものは、皆の幸せだ。
皆にはいつも笑っていてほしい。
ハナはいまいちよくわからない顔をしたけれど。
急に、ニヤリと笑った。
「じゃぁ。その幸せになってほしいメンバーに、俺も入っているってことだよなぁ?」
その笑い方が黒く見えたのは、目の錯覚だろうか。
そして、何となく。
感じていたハナの瞳の闇が、薄くなったように見えたのも――
目の錯覚だったのだろうか。
デザートが来た。
アタシの好きなマスクメロンだ。
「メロン好きなのか?」
コーヒーをすすりながら、ハナがアタシを見た。
その顔は今にも吹き出しそうだ。
「ああ・・・?何でわかるんだ?」
「くくっ・・・だって、お前、メロンが来たら急に機嫌がよくなったからよぉ、わかりやすいやつ・・・ククッ・・・。」
ふんっ、何とでも言えっ。
だけど、旨いな、このメロン。
熱い体には、のど越しも気持ちがいいし。
そして。
つーん、としてハナを無視してメロンを食べていると。
ハナが、アタシに自分の分のメロンも差し出してきた。
現金だと思うけど、途端に頬が緩んだのが自分でもわかった。
「ブッ。」
案の定アタシのその表情を見て、ハナが吹き出した。
うるせーよ。
だけど、メロンを返せといわれたら嫌なので、黙っていた。
「やっぱ、アレか?ガキの頃の夢は、果物屋さんになりたーい、とかだったのか?」
んなわけねーだろ。
からかうように言うハナを睨み、バカにしてんだろ、と威嚇する。
アタシの反応が面白いのか、ハナがクスクス笑う。
って、人の事笑ってばっかりじゃねーか!!
「てか、働く気ねーし。周りのやつらに働かせるし。」
「うわ、お嬢発言だな。」
冗談だと思って、ハナがゲラゲラと笑う。
「じゃぁ、お前は何だったんだよ、ガキの頃の夢・・・。」
少し知りたくなった。
アタシが質問をすると、ハナは笑顔のまま頬杖をついた。
アタシをじっと見る。
「知りてーか?つまんねー夢だぞ?」
「そんなの、人それぞれじゃん。」
アタシがそう言うと、ハナはため息をついた。
そして。
「・・・東京じゃなくて、どっか地方のちっせー街でよ、ちっせー花屋やるのが夢だったんだ。」
普通のガキだったらそれが可能な夢だろう。
だけど、コイツの場合、それは叶わぬ夢・・・。
いや?
「いい夢じゃねぇか。」
「ハッ、所詮は夢だ。」
「叶えればいいじゃねーか。」
「お前な・・・俺の立場わかってんだろ?」
「アホか!今じゃねーよ!お前の人生長いんだ。ガキ作って立派に後継者にして、家元引退したらできんだろーが?」
アタシの言葉に、ハナの唇が震えた――