3、秘密の港
講師2人をとり残したまま、4人が爆笑した。
「珍獣に、落ち着かされてヤんの、ダッセーな、トム。ククッ・・・。」
「うるさいっ、珍獣じゃねーし!!」
ゲラゲラ笑うミコに抗議して、グーで腕を叩く。
クソッ、笑いやがって。
アタシの怒った顔を見て、また他の3人が笑う。
って。
目の前の2人が、ポカンとしているのに気がついた。
「ヤバ・・・。」
言葉使い、すっかりお嬢様じゃねーし!!
現状に気がついて、焦り出すアタシに2人がクスクス笑いだした。
何で?
「あー、よかった。叶さんが、あの生徒会長キャラじゃなくて。てゆうか、叶ちゃんでいい?」
は?
岩男の話している意味がわからん。
「麻実ちゃん、取りあえず、家の連絡先教えてくんねー?」
いやもっと意味がわからない、残念な男。
アタシは何て答えていいかわからず、固まっていたら、隣でミコが口を開いた。
「聞いていいですか?大学でもモテモテのお2人が、何でわざわざこの街にまで来て、麻実に絡んでんですか?」
丁寧な口調だけど、声が低いし本来のミコオーラ全開だから、空気が凍った。
コージもアキも泣きそうだし。
ミカ&ナナグループは敏感に察知し、そそくさと店を出て行った。
岩男も残念な男も、顔から笑顔を外した。
「へぇ。もしかして、大学の後輩?」
岩男がチラリとミコを見た。
「ええ。あいにく、経済学部まで一緒ですね。」
「やっぱ、俺と麻実ちゃん、運命かもー?」
残念な男、その思考まで残念だ。
「帰ってくんねー、かな?」
ミコが立ち上がった。
「えー、何で?」
岩男も立ち上がる。
はあ。
マズいな。
「すみません、もうお帰り下さい。これ以上ここにいると、危険ですから。」
アタシは仕方がなく、2人に頭を下げた。
だけど、こいつらは訊く耳を持たないらしく。
「麻実ちゃーん、俺その嘘くさい生徒会長口調きらーい。普段通り喋ってよぉ。」
残念な男の馴れ馴れしい言葉に、そうだそうだと岩男も頷いた。
はあ。
もう嫌だ。
こいつら人の話きいてねーし。
この状況わかってねーし。
もう知らん。
「とりあえず、忠告はしたから。マイクに迷惑かかるし、言うこと聞けないのなら店の外に出て!!」
アタシはやけくそ気味に叫んだ。
驚いた。
ミコに瞬殺されると思ったんだけど、2人は案外強かった。
しかも、残念な男が、格段に強い。
ああ、これは武道をやっているんだ。
形っていうのかな?
体の動きがしなやかで、とても綺麗。
だけど、やっぱりミコは違う。
強さとか、技とかそんなんじゃなくて。
場慣れとか、覚悟とか、ちょっと大げさだけど人生だとか。
背負っているものが違う。
ミコは喧嘩する時は、どんな喧嘩でも同じ。
命をかけていつも戦う。
バカなんじゃないかと思うけど。
それがミコの世界だし。
これからもそうやって生きていくんだろう。
そんな覚悟で喧嘩をするから、相手だって怯む。
恐怖が湧きでたりする。
そこをミコは攻撃する。
だから、負けない。
ミコのパンチが、残念な男の腹に入った。
一瞬、息ができないように動きが止まった。
そこにとどめを刺すように、ミコが足を上げかけた時。
よく知っている、品の無いアメ車のエンジン音が聞こえてきた。
「ミコ!!ヤバい!ジョーが来た!アタシ、今日外出禁止令出てたの!帰るねっ!」
焦る私の声に、4人も焦り出した。
アタシと違う意味で、4人はジョーが怖い。
意味はそのまま。
アタシに無茶をさせると、本気でシバかれるから。
女だって容赦はない。
アキも何度かビンタをされている。
そのたびにアタシはジョーに抗議するけど、聞いちゃいない。
「とりあえず、解散だ!またなっ!」
トムが叫んで、皆はバラバラに別れた。
アタシはマイクの店に入り、裏口を使わせてもらう。
はあ。
ったく、ジョーも暇だよね。
仕事しろ、っつうの。
コマシのロリコン過保護野郎なんて、マジ最悪――
なんて。
心の中で毒づいたのが、いけなかったのか。
ガシッ――
いきなり、後ろから腕を掴まれた。
え?
も、もしかして、ジョー?
アタシの悪口が、ロリコン念力で聞こえたとか?
ビクつきながら、振り返ると・・・。
アタシは、一気に脱力した。
何だ。
「残念な男か。」
安堵のため息をついた。
だけど。
「・・・残念な男って?」
胡散臭い笑顔と、その質問に。
滅茶苦茶、焦った。
し、しまった!・・・口から出ていたんだ。
だけど。
ジョーに見つかるとヤバいので、取り敢えず安全な場所まで逃げた。
港の一角。
アタシのお気に入りの場所。
実は誰も知らない。
だって、此処に来る時はいつも1人だから。
だから、こいつを此処に連れてきてしまったことは――
「チッ。」
「えぇ!?お嬢様が、まさかの舌うち!?」
「うるせーよ。本性バレてんだろ。今更突っ込むな。」
ギロリと睨むと、残念な男がケラケラ笑う。
「やっぱ、サイコー、そのキャラ。俺の踏んだとおりだなー。あの生徒会長キャラは絶対、作ってるって思ったし。」
残念な男がうんうん、と頷く。
「え?あん時から、わかっていたのか?」
驚いて、アタシは残念な男を見た。
そして。
ドキリ、とした。
コイツの目って・・・・・。
「まあな、初対面の時・・・あ、玄関で会った時にな、本当は違う感じじゃないかって目を見て思ったのと・・・控室で、他の生徒会メンバーの気持ちの悪い声に、麻実ちゃん笑いそうになって、あわてて部屋出て行ったろ?」
「え、わかっていたのか?」
よく見てんな。
「ああ。思った通りだった。」
「何だ、完璧にキャラを作っていると思ったんだけどな。」
「いや、戸田とか他の講師達は、生徒会長キャラをそのまま信じていたぞ。だから、ほぼ完璧だろ。」
「いやいや、『ほぼ』がついたら、『完璧』っていわねーし。あー、あと10ヶ月、卒業までこのキャラどうにかもたせないと!!」
本性バレたら、あんまいいことなさそうだし。
「何で、本性隠してまで鎌倉花園に通ってんだ?お嬢様にこだわらなければ、偏差値が高い学校は他だってあるだろ?」
残念な男が不思議そうな顔でアタシを見た。
「・・・親孝行だよ。父親が、アタシをお嬢様学校に通わせるのが夢だったんだよ。ま、育ちはお嬢様じゃねーけど、うち、そこそこ家裕福な方だから。」
そう言うと、残念な男が首をひねった。
「だけど、無理してまで・・・。」
ま、普通はそう思うだろうな。
「親孝行したいんだよ・・・この先、あんまできないかもしれねーし。できる時にしておきたいんだよ。」
好きな場所のせいか、ポロリと本音が出た。
「なあ、明日時間あるか?」
急に、残念な男が話をかえた。
「何で。」
「ぶっ。ホントに、キャラ違うな。ウケるし。」
ケラケラ笑う残念な男に、舌打ちをする。
「うわっ。短時間に2回も舌打ちされた!」
「お前が悪いんだろーが。」
「お前じゃなくて、俺の名は華清だ。名前で呼んでくれ。残念な男ってのは、かなり傷ついたから、却下な。」
そりゃ、そうだな。
いきなり、『残念な男』なんて呼ばれたら、いい気はしないよな。
てか、怒るよな。失礼だし。
だけどな、カシンてのも、呼びにくいしな。
「・・・じゃあ、『ハナ』って呼ぶ。」
「華清の『華』か・・・ふっ、素直じゃないやつ。でも、結構いいな?よし、じゃぁ、俺は麻実って呼ぶな?」
はっ!?
驚いて、見上げると。
切れ長の瞳が、アタシを見つめていた。
その瞳は、深い、深い黒。
目の奥には、出口のない闇が広がっていそうな・・・そんな、瞳。
少し、コイツの何かがわかってしまったような気がして、ドキドキした。
だからアタシは。
動揺を見せたくなくて。
つい、言ってしまった。
「まあ・・・ちゃん、づけはキモいから・・・いいか。」
優しい、春の風が頬を撫でる。
潮の香りと、この風がアタシは何より好きだ。
波の音。
この場所は、やっぱり、アタシには必要だ。
「いい場所だな・・・・ここ。」
ポツリと、残念な男・・・ハナが呟いた。
「ああ、アタシのお気に入りの場所だ。誰も知らない。」
そう言うと、ハナが吹き出した。
よく笑うな、コイツ。
「わかった。だから、舌打ちかー。ククッ・・・」
図星なだけにムカつく。
ギロリ、と睨むと。
「悪い、悪い。悪かったってば・・・・なあ・・・ここ、誰にも秘密にしておくから、俺、またここに来てもいいか?」
そう言って、また闇の広がる瞳でアタシを見るから。
思わず、頷いてしまった。
ハナはそんなアタシに満足そうに笑った。
「お、もう9時だぞ。帰んなくていいのか?」
その言葉に、ジョーの顔が浮かんだ。
マズい。
「帰る。」
「送るぞ。」
「いや、地元だし、返って目立つからいい。あ、ここからまっすぐ出て、信号を右に曲がって、酒屋を斜め左に入ってそのまま行くと、駅だから。じゃあな。」
そう言って、足早に去ろうとしたけど。
「明日、11時に此処で待っている。デートするぞ。」
ハナがとんでもない事を言いだした。
「はっ!?」
「だから、デート。あ、でもジーンズ、履いてこい。」
「何で、アタシが。断る。」
「ククッ・・・気持ち良いくらい、きっぱり断るなー。だけど、麻実は断れねーよ。お嬢様の真実バラされたくないよなー?」
「はっ!?脅しかっ!?」
「ちげーよ。デートの誘いと、助言だ。」
さらっと、言ってのけるずうずうしさにムカつく!!
「ふんっ、言ってろ!残念な男!」
捨て台詞を残しアタシは踵を返した。
そして。
アタシの耳に残るのは、ハナの笑い声と、波の音・・・。