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15、別れを告げる時


タケが中学2年になった年…。


足に力が入らなくなった。


さすがに、タイムリミットが近づいたと、悟った。


家族も周りのやつらも、何も言わないが、わかっているだろう。


ママの優しい瞳の中に、悲しい色が見えるようになったから。




アタシの故郷・・・横須賀。


横須賀のグランドヒロセにある最上階には。


横須賀のてっぺんがある。


『TOP OF YOKOSUKA』アタシの望む場所。



何で高いところが好きか――


今まで皆に聞かれて、答えたのは嘘。



本当の理由は。


天国に近いから――



てっぺんに来れば、アタシが死んでも近くに感じられるかも・・・なんて。


そんな悲しいこと、誰にも言わない。



比較的まだ体力のあった時には、よく此処へ帰ってきた。


だけど近年、外出がしづらくなってからは、アタシの誕生日に此処に連れてきてもらう。



アタシの誕生日の4月。


最後の誕生日会を、横須賀てっぺんで開いてもらった。




車いすのアタシを見て、ジョーは悲しい目をした。


トムはタケがアタシに似ていると、必死な顔で・・・ゲラゲラ笑う。


コージは中2のタケに、ビビっている。


そして、赤ん坊を抱いて遅れてやってきたアキは・・・涙をいっぱい目に溜めて、アタシを抱きしめた。


ミコの写真をテーブルに置く。


可愛い顔がコンプレックスだったミコは、めったに笑わなかったが、珍しく笑顔の写真だ。


ママもパパも涙目で、一生懸命、笑っている。


タケはこういう雰囲気が辛いのか、トムが連れてきたトムの息子にメンチを切っている。


マツとマコトは少し離れた席で最上階の景色を見ながら、ボーっとしている。


と、いうような。


あまりの辛気臭い雰囲気に、耐えきれなくなったアタシは。


「あーーー、アタシの誕生日なのに辛気臭いんだよっ。もっと、盛り上げろっ。マツッ、マコトッ、何か歌えやっ。おい、ピアノッ!」


アタシは叫んだ。


ピアノ演奏者はビクリとして、嫌ーな顔になった。


そう、ここのピアノ演奏者は、もとグランドヒロセ鎌倉の演奏者だ。


毎度のお馴染みの、演歌の前奏が流れ出した―――






「疲れたんじゃないか?」


誕生日パーティの後、心配そうな顔でマツが口を開いた。


「大丈夫だ。」


少しだるいが、まだやりたいことがある。


「・・・なぁ、本当によかったのか?華清を呼ばなくて。今からでも会うか?」


マツが気を遣ってくれているのが、わかる。


だから、会わない。


やせ我慢とかじゃなくて。


会わないで逝こうって、決めている。


だけど・・・。


「ハナに会うつもりはねーけど。電話はしていいか?」


やっぱり、話だけはしておきたい。


マツは頷いた。





『TOP OF YOKOSUKA』ここで、ハナと話をしたい。


それがアタシの燃えるような恋の、終着点。



「悪ぃ。1人にしてくれるか?少し時間が長くなるかもしれないが、終わったら、部屋に電話するから。」


そう言うと、マツは黙って店を出て行った。




バーラウンジの電話を借りてある。


マコトから今ハナがいる場所の、電話番号のメモを貰っていた。


マコトが相談があるから電話に出られるようにしておいてくれと、ハナに芝居をうってくれた。



ボタンを押す手が、震える・・・。



ツーコールで、繋がった。



「はい。」


懐かしい声。


それだけで、胸がいっぱいになった。


「っ・・・・っ・・・。」


たったそれだけの声で。


蘇る想い・・・・。


「もしもし?」


「・・・ハ・・ナ・・・・。」


「っ!!麻実かっ!?」


「うっ・・・ん。」


「・・・・はぁ、夢みてぇ・・・。」


「うん。」


「・・・うんしか言えねぇのか?・・・今どこだ?」


「横須賀の、てっぺん・・・。」


「ハハ・・・懐かしいな。」


「ハナ・・・ごめん。いっぱい、ごめん。」


「・・・っ、な、んに対しての、ごめんか、思い当たるもの、全部言え。」


「・・・っ・・・約束破ってごめん。待っていられなく、てごめん・・・一緒に、生きていけなくて・・・ごめん。」


「いや・・・悪いのは俺だ。あの時・・・・お前の親父さんが亡くなったって、気が付いてやれなくて・・・悪かった。6時間もロビーで待ってたんだってな?俺、自分のことばっかりだった・・・。」


「ううん、悪いのは、ハナじゃないよ。」


「いや、1ダースの鉛筆・・・お前の事だったんだろ?18歳のお前の、残りの年数が12年・・そのうち1年俺の留学で・・・。俺、あの時最低な事言った・・・鉛筆なんかどこでも買えるって・・・マツは鉛筆を大切なものだから拾いに行くっていったのに。お前を傷つけたと思う・・・俺、本当に自分勝手だった。それをずっと謝りたかった・・・ごめんな、麻実。」


「謝んな、背中を押したのはアタシだ。アタシはあん時、ハナの背中を押したのを後悔していない。ちゃんと、立派な家元になった、じゃねーか。」


「はは・・・立派かどうかは、わかんねーけどな?そうだ、アレ、麻実・・・お前だろ?」


「あ?」


「エールだよ。『人間国宝なんか関係ねー。』ってやつ。松、実際はあんなに口悪くねーもんな?あれ、スゲー波紋を呼んだんだぞ?・・・ぷっ、だけど。スゲー嬉しかった。心に飛び込んできた。」


「ハハハ・・・そりゃぁ、よかった。」


「だけどよ・・・よかったな。」


「あ?」


「元気そうで。30歳まで、って言われていたんだろ?もう超えているじゃねーか。」


明るい声のハナに、心が曇る。


正直に言っていいのだろうか・・・。


だけど、これが最後だ。


きちんと、話しておこう。


「いや・・・多分、これが、限界だ。」


「麻実。お前、何を・・・。」


「はっきり言う。多分、いや、これがお前と話すのは最後になる。だから電話した。よく聞いてくれ。」


「・・・・・・。」


「お前と出会えてよかった。」


「・・・・・・。」


「燃えるような、震えるような恋だった。」


「っ・・・・。」


「辛かったけど、身を割かれるくらい辛かったけど。お前と別の人生を選んだこと、後悔していない。アタシがいたら、きっとアタシが気になって、花に没頭できなかった。お前らしく花に向かえなかった。」


「そんなのはっ、俺が決めることだっ。」


「マツに、マツの両親にも凄く大切にしてもらった。子供もさずかった。アタシは幸せだ。お前の事は心の中にずっとあるが、だけどアタシは幸せだ。」


「くそっ・・・俺が、お前を幸せにしたかったっっ!!」


「ごめん、アタシも・・・アタシが、ハナを幸せにしたかった。」


「うぅぅっっ・・・・・。」


「・・・・なぁ、アタシが生まれ変わった時の夢って、なんだと思うか?」


「知るかっ・・・・まだ死んでないだろーがっ!!」


「アホ。例え話だ。」


「・・・・・何、だ、よっ。」


「アタシは来世生まれ変わったら、健康な女で・・・・東京じゃなくて、地方のちっせー街の、ちっせー花屋の嫁に・・・なるんだ・・・どうだ、いい夢だろ?」


「くっ・・・ぅっ・・・ば、かやろぅ・・そんなん、現世で叶えろよぉ・・うぅぅっっ・・・・・。」


「ハナ、最後に頼み、きいてくれるか?」


「最後、なんて、いうなっ・・・。」


「2つある。1つは、マツだ。頼む・・・アタシに免じて、アイツと友達続けてやってくれ。」


「・・・バカ野郎っ・・ぅっ。」


「もう1つは。葬式だ、アタシの――「おぉぉっ、そ、んなのきかねぇっっ・・・。」


「きけよっ!!今しかないんだっ。どうしても、お前にっ・・お前に・・頼みたいんだっ!」


アタシの渾身の叫びに、ハナが言葉を失った。


「・・・はぁ・・はぁ・・・アタシの葬式のっ・・花・・・お前に、頼みたい・・・アタシの一番好きな・・・深紅の薔薇・・・・・・昔、お前が、見舞いにくれた、ヤツ・・・それで・・・送ってくれ・・・約束・・・。」


やっと・・・言えた。


「ああ、わかった、もし・・万が一の時は、俺がやる・・・万が一だぞ?・・・オイ、麻実?・・麻実?・・・・オイッ、どうした?麻実?まみーーーーーーっっ!?」


段々、ハナの声が遠くなっていく・・・。


本当は、もっと聞いていたかったけど・・・。




『TOP OF YOKOSUKA』


ここは、横須賀のてっぺん。


天国に近い場所。



アタシの心は、いつもここにある――




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