13、生きている証
クドイようだけど。
広瀬ファミリーの連携プレーは凄かった。
何でハワイにいるのに持っていたのか、マツは婚姻届をアタシに書かせようとするし。
勝気マダムはとりあえず、養子縁組しようとせまるし。
騒ぐ2人をよそに、せっせとあみだくじを作っていた、エロダンディーは2人の言い分をあみだくじで決めればいいとわけのわからない提案をして、勝気マダムとマツに怒られているし。
なんじゃ、こりゃ。
「プッ、アハハハハハ・・・。」
笑いがこみ上げてきた。
「「「麻実ちゃん。」」」
爆笑するアタシに、3人が泣きそうな顔で微笑む。
何、その顔。
何で、そんな顔すんだよ。
「広瀬一家は、オッチョコチョイっぽいから、確認するけど。アタシ、30歳くらいまでしか生きられねー、って医者から言われてんだぞ?」
「「「うん。」」」
「うん、って、知っていたのかよ。」
そう尋ねると、マツが口を開いた。
「空港で、帰国しようとしていた麻実ちゃんが倒れて、病院に運んだ時、ドクターが横須賀記念病院からカルテをファックスで取り寄せて、向こうの医者と話したんだ・・・その時、事情を聞いた。」
そっか。
「アタシ、ちょっとしたことで体調崩すし、入院もしょっちゅうだ。」
「「「うん。」」」
「小さい頃から、掃除も洗濯も料理もしたことがねぇ。」
「「「大丈夫。」」」
大丈夫って。
はあ。
「じゃあ・・・もし、マツと結婚したとしても、子供・・・授かれねぇ・・と思う。」
さすがにそう言ったら、3人が一瞬、口を閉ざした。
ほらな、そこがネックだ。
だって、『松竹梅の家訓』だもんな。
だけど。
「あらー、子供なんて別に、主人にもう1人作らせたっていいんだし。何だったら、分家から養子もらったっていいのよー。」
勝気マダム、スゲー発想だな。
「えっ、早紀?いいのかっ!?・・・いてっ。」
ぶっ、エロダンディー、調子こくからマダムに殴られてヤんの。
「麻実ちゃんっ、俺との結婚、そこまで考えてくれているんだ!?じゃあ、これ書いてくれ。」
マツにペンを渡された。
アタシは3人の顔を順番に見つめた。
「アタシが嫁に来て、何の得があるんですか?もっと、健康な女性の方がいいと思います。アタシに何で、そんなにこだわるんですか?」
それは同情だと思うアタシは、卑屈かな。
だけど、答えは違った。
「あらー、簡単なことよ?麻実ちゃんといると嬉しいし、楽しいから。それに初めに麻実ちゃんのこと気に入ったのって、松太郎が麻実ちゃんといると凄く楽しそうだったから。小さい頃から何でも軽くやってのけて、ソツがなくて人を小馬鹿にしたような、可愛げのない息子が恋してます!って顔で笑ってる姿は、最初見た時幻かって思った程だもの。大体こんなプライドの高い息子が、なりふり構わずトイレの前でいきなりプロポーズしちゃうなんて、その上土下座よ?あ、私も主人もしたわね・・・ふふ、いい記念になったわねー。さー、どう?これでも私たちの頼み断れる?・・・ねぇ・・あら、やだ・・・。」
もう、もう。
もう、ダメだ・・・。
アタシは、勝気マダムの言葉にとうとう陥落された。
涙が止まらない。
マツがやってきて、そっと、アタシを抱きしめた。
何でだろう、凄く落ち着く。
初めて、抱きしめられるのに、懐かしい。
ハナに抱きしめられたときみたいな、苦しいドキドキ感はないけれど、ずっとこうしていたいような・・・。
知らない間に、勝気マダムとエロダンディーは部屋を出て行っていた。
「麻実ちゃん、俺と結婚してくれるよね?全部、俺が麻実ちゃんを受け止めるから。麻実ちゃんの命、全部俺に頂戴。大事にする。絶対、30歳で終わらせない。笑って、人生過ごそう。」
アタシをマツの膝の上に向かい合わせに乗せて、真剣な目で見つめる。
アタシは一度目を伏せた。
そして、もう一度マツを見つめる。
綺麗な、温かい瞳。
寂しげな、闇の広がる瞳とは違う。
「アタシ、まだ、ハナのことが好きだぞ?」
「知ってる。だけど、俺の事も好きだろ?結構前から俺に心も開いてる・・・違うか?」
アタシは、首を横にふった。
違わない。
マツには何でも素直に話をしたり、素直に・・・甘えていた。
「結婚すんなら。ひとつ、約束してくれ。」
「何だ?」
「アタシが、死んだら。」
「想像したくないけどな。」
「その後。」
「俺のその後、心配してくれるのか?」
「茶化すな。」
「はいっ。」
「アタシが死んだら、その後、健康な女と結婚して、ガキつくって。幸せな家庭をつくれ。」
「っ・・・・すっげぇ、キツイ条件だな。」
泣きながら、その後マツは小さく頷いた。
更にクドイようだが。
広瀬ファミリーの連携プレーは凄かった。
退院後、ハワイの広瀬家の別荘で2日過ごし、帰国した。
退院してから、サキママの・・・あれから、そう呼ぶように懇願された・・・ちなみにエロダンディーはウメパパ・・・サキママの手厚い介護攻撃にあった。
というのは冗談で、物凄く大事にしてくれる。
本当にお姫様扱い。
お姫様なんて、柄じゃねぇのに。
でも、何だか凄く心地が良くて。
毎日よく眠れる。
いつも皆で笑っていて、とても穏やかだ。
そうやって、ボー・・・としていたら。
いつの間にか、アタシは広瀬麻実になっていた。
てゆうか、現在帰国2日目・・・。
知らない間に、アタシの謄本など役所の書類も揃っていた。
信じられないけど。
全然、実感ないけれど。
「結婚詐欺か?」
あまりの早技に、あきれ果てて。
思わずそう呟いた。
結婚1日目。
2人っきりの、寝室。
つまり、初夜だ。
「ぶっ。そうだなー、放っておいたら、絶対麻実ちゃんそういうのに引っ掛かりそうだなー。」
パジャマに着替えて寛ぐマツが、失礼な事を言って笑う。
えーと・・・。
「麻実ちゃん、どうした?今日は役所とか行ったから疲れた?俺、気にしないでいいから、先寝るか?」
此処は、グランドヒロセ銀座のマツ専用の部屋。
前にアタシがセイカ屋デパートから連れてこられて、グウグウ寝た部屋だ。
結婚式はハネムーンを兼ねて、フランスで身内だけで行うことになった。
だから、今日はここへ泊まることになったようで。
えーと、アタシ先に寝るって・・・えーと。
「アタシが寝るところって、この間使ったベッドでいいのか?」
「ああ、そうだ。」
ニコニコ笑うマツ。
アタシとの結婚が決まってから、マツの笑顔が変わった。
ニヤリ、という笑いがニコニコ・・・キャラ変えか?
まあ、いいや。
アタシは頷くと、奥の部屋へ行った。
この間と違って、ベッドに入っても、中々眠れなくて。
寝がえりを打っているうちに、咽が乾いた。
仕方がなく、起き上がりリビングの扉を開けた。
灯りは消えていた。
え、マツ寝たのか?
てゆうか、どこで?
あ、別の部屋があるのか?
ゴンッ。
「いだっ。」
しまった、ソファーに足ぶつけた。
「麻実ちゃんっ!?」
焦った、マツの声が聞こえてダウンライトがついた。
え?
ソファーにクッションを置き、枕代わりにして毛布をかけて、マツはそこで寝ていたらしい。
「麻実ちゃん、どこぶつけた?」
慌てて起き上がり、しゃがんでアタシの足を見る。
「ここ。」
膝の下あたりを指すと、マツが慌ててそこをさする。
「まだ痛いか?シップ貼るか?」
「いや、もう平気・・・なぁ、ここで寝てんのか?」
寝ていた状態の、ソファーを見る。
「あっ、ああ・・・。」
何故か、目を泳がせるマツ。
「何で?マツのベッドで寝ないのか?マツのベッドは、どこだ?」
そう言うと、マツはため息をついた。
そして、指をさした。
それは、今までアタシが寝ていた部屋。
「え?あそこか?って、アタシがこの間ここ泊まった時も、マツここで寝たのか?」
「あ・・・ま、まあ。」
アタシはため息をついた。
そして、キッチンの方へ歩きだした。
「ま、麻実ちゃんっ。どこ行くんだ?」
「あ?咽かわいたから、飲み物取りに来たんだけど?」
「ああ・・・そうか。」
何故かそわそわする、マツ。
ペットボトルのふたを開けて、ゴクゴクと水をのむ。
満足して傾けていたボトルをもどすと、マツとばっちり目があった。
何だ?
首をかしげると、フィッと目をそらす。
カチン、ときた。
言いたいことがあんなら、言やぁいいだろうがっ。
も、知らん。
そう思って、無言で寝室へ向かう。
「あっ、えっ!?・・・ま、麻実ちゃんっ!?」
何故か、追いかけてくるマツ。
腕を掴まれたのは、寝室に入ってから。
そのまま、引き寄せられ。
「何か、怒ってるか?」
不安そうな顔で、声も小さい。
「はぁ・・・何か言いたいことあんだろ?わけわかんねー行動すんなよ。」
マツの腕の中で、上目づかいで睨む。
「言いたいこと、言っていいのか?」
「何だよ。早く言えや。」
ゴクリ、とマツの咽が鳴る。
「キス、していいか・・・?」
パパが亡くなって、あっという間に、半年がたった。
短大を退学する事にした。
横須賀の家を処分して、パパの店も閉めて、マツの実家のある愛知県に引っ越すことにしたからだ。
もう、横須賀でアタシを待つ人は、いなくなってしまったから。
先月。
行方不明だったジョーが、ミコと一緒にパパの命を奪う命令を出した金融会社の会長を襲った。
ジョーは警察に捕まり、ミコは・・・ピストルで撃たれ、亡くなった。
雪の降る、寒い夜だった。
アタシを支えてくれたのは、広瀬ファミリー。
マツは、結婚しておいて本当によかった、とアタシをキツく抱きしめた。
本当だ。
広瀬の家に来ていなかったら、アタシはもう・・・どうなっていたかわからない。
どれだけ悲しくても
どれだけ泣いても
新しい家族が、抱きしめてくれる。
支えてくれる。
アタシだけ、こんなに幸せでいいのだろうか。
アタシだけ、こんなに恵まれていていいのだろうか。
マツも、サキママも、ウメパパも当たり前だって言ってくれるけど。
居心地がよすぎて・・・少し、怖い。
「どうした?眠れないか?」
マツの腕枕。
マツの素肌の感触。
マツの体温。
優しくて。
どれも、心地いいけど。
「やっぱり、風邪ひくな。パジャマ着たほうがいい。」
マツがベッドの隅に置いたアタシの脱いだパジャマと下着を手にした。
「やだ。」
マツに抱きつく。
「やだじゃないだろ。風邪ひくぞ?」
無理やり下着をつけようとする。
「もう一回、スる。」
マツが一瞬ニヤケタ顔をしたが、ハッ、として首をふった。
「疲れるから、ダメ。」
「大丈夫、疲れたら、明日は用事ないし、寝てるから。」
そう言って、マツの首にキスをすると。
「~~~~~~っ。」
アタシを優しく押し倒した。
マツは、アタシが体調の悪い時以外は、殆ど毎日アタシを抱く。
とてもソフトに、丁寧に。
アタシの体はすっかりマツに慣らされて、快感を覚えた。
アタシは、マツが初めてだった。
ハナとはまだ最後までしていなかった。
だから、マツとの結婚をOKしたのかもしれない。
驚いているマツに。
「これぐらいのご褒美やんねーと、これからアタシの面倒見んのによ、割りにあわねーだろうが。」
そう言ってやった。
マツは、泣いていた。
マツの腕の中はとても安心する。
だけど、もっとアタシを安心させてほしい――
今日の昼間に、マコトが訪ねてきた。
横須賀を引き払う準備で、今はグランドヒロセ鎌倉に泊まっている。
半年前、マツと電撃結婚をした事を知ったマコトは3日間寝込んだ。
それくらい突然で吃驚したのだろう。
そう言うと、マツは微妙な顔をしていたが。
寝込んで回復した後は、マコトはいつも通りの態度で、アタシにおめでとうとお祝いをくれた。
結婚祝いだったのに、何故かブローチで。
キキョウの花のデザインでとても可愛かったが、マツが少し嫌な顔をした。
訪ねてきたマコトは、いつも通りくだらないお喋りをして。
仕事に出ているマツが、サキママにアタシを頼んでいたので、ずっと3人で話をしていた。
そこへ、ウメパパから連絡が入り、少し部屋をサキママは出た。
「華清が来月初めに帰ってくる。」
マコトの言葉に、体が震えた。
いや、心が震えたのだろうか。
「叶ちゃん、家の電話解約しただろ?華清が一度連絡をしたんだけど、電話がつながらないって、俺に連絡してきた・・・華清、まだ何も知らないんだよな?」
アタシは頷いた。
マコトがため息をつく。
「結局、いろいろ考えて・・・今、叶ちゃんスゲー幸せそうだし、松んとこ家族全員で叶ちゃんのこと大好きで滅茶苦茶大事にされてっから、これでよかったんだと思うけどさ。まぁ、華清にとっちゃ裏切りだよな・・・しかも、親友にとられたわけだ。責めているわけじゃないけど、叶ちゃん・・・あんなに華清のこと好きだったじゃねーか。何で・・・。」
マコトには、話しておこうと思った。
ハナとマツの間で、こいつにも迷惑をかける。
「マコト・・・アタシな・・・。」
マコトは理解してくれた。
体が震えていたから、泣きそうだったんだろう。
話終わると、今日は帰ると昼を一緒に食べる約束をしていたのに、帰ってしまった。
帰り際、アタシを抱きしめ。
「誰でもない、俺は叶ちゃんの味方だ。何かあったら、連絡してくれ。」
そう言ってくれた。
「あらー、浮気!?」
その直後、のんきなサキママの声がした。
ぷ。
マコトは、飛び上がり慌てて帰って行った。
サキママはニヤニヤ笑いながら、松太郎には内緒にしておくから付き合って、と言って、ホテルの下のテナントに連れていかれた。
あっという間に、翌月も末になった。
アタシは愛知県のマツの実家に引っ越していた。
マツの家は想像していた通り、とても大きな家で・・・屋敷といったほうがよかった。
使用人も沢山いて、ジョーと2人で暮らしていたアタシは最初戸惑ったが、サキママがついていてくれたので段々慣れていった。
それに、マツはもちろんのこと、サキママとウメパパまでアタシを溺愛してくれるので、使用人もアタシに丁寧に接してくれた。
ある日、マツが帰宅しないことがあった。
全国各地に広瀬産業グループの店舗や事務所があるから、マツはあちこちを飛び回っている。
だけど、必ず日帰りで。
海外の場合は、アタシを連れて行く。
もちろんそうなると、サキママも一緒だが。
サキママがくると、よほどの事がない限り、ウメパパもついてくる。
結局家族行動になる。
サキママは、アタシが嫁に来てくれたからこんな風に家族が団結して、一緒に楽しい時間を過ごせるようになった、とよく言った。
前はバラバラで、マツなんかは月に一度顔を見ればいい方だったそうだ。
確かに、アタシ達はいつも楽しく笑っている。
サキママの言う通りならば、こんなアタシでも役に立っているんだろうか。
帰宅しないマツを心配していると、サキママがぶちギレた。
翌朝早朝、電話でマツに今すぐ帰ってこないと二度とアタシには会わせない、と宣言をした。
また、そんな勝手な・・・。
3時間もたたないうちに、マツが帰宅した。
だけど。
話を聞く前に、何故マツが昨日帰宅しなかったのか、何があったのかわかってしまった。
マツの顔は青あざができて、腫れていたから。
ハナと会ったとわかった。
でも、アタシは何も聞かなかった。
その夜、アタシは初めてマツに激しく求められ、情事の最中に気を失った。
翌朝、アタシは熱を出した。
体中にはいたるところに、赤いマツの印が散らばっていた。
それから、ハナの活躍がメディアで話題となった。
青山流次期家元という肩書と、古い型にとらわれず、洋花をとりいれた新しい華道、留学中にはグループでフラワーアレンジメントの賞をとった経歴・・・そして、あのルックス。
テレビや雑誌に引っ張りだこだった。
そして、激しい女性関係も。
心が痛んだ。
瞳には、またあの闇が広がっているんじゃないかと、心配になった。
だけど、アタシにはどうすることもできない。
ただ、ハナの幸せを想うだけ・・・。
ふと、思い出した。
あの景色を――
最近体調のいいアタシは、久しぶりに横須賀に帰りたいと、マツに頼んだ。
アタシが何かをしたいなんてめったに言わないので、マツも直ぐにOKした。
その代わり、宿泊はグランドヒロセ鎌倉ということになった。
出かけようとした日、サキママの恩師がなくなり、やむを得ずサキママは一緒にこられなくなった。
来週から、NYへ出張の予定なので、予定は変更したくない。
アタシがあきらめればいいんだけど、どうしても行きたかった。
東京につくと、マコトが車で迎えに来ていた。
マツは、どうしても外せない仕事の約束が昼に入っていて、サキママが来られなくなって急きょマコトにアタシのお伴を頼んだらしい。
どんだけ、過保護なんだよ。
だけど、マコトとも久しぶりで、嬉しかった。
夕方鎌倉で落ち合う約束をして、マコトの車に乗り込んだ。
「いい車乗ってるじゃねーか、岩顔のくせに。」
有名なドイツの外車だ。
車体もデカくて、内装も革張りだからかなりするはずだ。
マツと結婚して、そういうこともわかるようになった。
「ぶっ、車に乗って、第一声がそれかよー。相変わらずだな、叶ちゃん。」
マコトがわざと拗ねた顔をした。
「なんだよ、アタシが礼でも言うかと思ったのか。アホか。付き合せてやってんだ、お前こそありがたく思え。アタシにお礼で昼飯奢れ。」
そうわざと言うと。
マコトは楽しそうに、ゲラゲラ笑いだした。
よかった、ハナと別れてマツと結婚しても、こうやって変わらずコイツはいてくれる。
「サンキュ。マコト。」
小さな声で呟くと、マコトは震えだし、天変地異がくるから止めてくれー、と叫んだ。
思いっきり頭をはたいたのは、言うまでもない。
横須賀に来て。
行きたいところは、2つだけ。
ポプラ並木のある、平柵公園と。
横須賀のてっぺん。
てっぺんはまだ、セイカ屋デパートの屋上だ。
先に平柵公園に行った。
小さい頃の思い出の場所だからと、マコトには車の中で待ってもらった。
「スゲーな、相変わらず。」
まっすぐ伸びた木々。
その潔いともいえる、天に向かって伸びている様は、アタシの曇った心さえも晴らすようだ。
ハナの心を信じよう。
ハナの花への情熱を信じよう。
今のハナは、ただ上っ面を生きている。
メディアで騒がれているけれど、本当にハナが目指している道ではない。
離れていたって、それくらいはわかる。
だって、アタシはハナを・・・。
ハッ、とした。
今更。
そんなこと想えるわけがない。
そんなこと想っちゃいけない。
アタシも同じ。
上っ面を生きるのは止めよう。
残り少ない時間、精一杯生きよう。
アタシを愛してくれる人たちを、
精一杯愛そう。
精一杯幸せにしよう。
アタシは、願うようにポプラを見上げた。
「もしかして、麻実ちゃん?」
懐かしい人に会った。
それから時が過ぎ。
マツが本格的に、グランドヒロセ横須賀の建設に取り掛かった。
マコトから、アタシが高いところが好きで、セイカ屋デパートの屋上に2時間も居たことをチクったからだ。
屋外に、それも屋上なんて風の当たるところにそんな時間居たことを咎められ、アタシがむくれて口をきかなくなると、代わりの物を作るから、と困った顔でキスをしてきた。
まさかそれだけのことで、グランドヒロセ横須賀を作るなんて。
どんだけ、アホだよ。
ハナは、女性関係が落ち着いて、結婚した。
それを聞いて、心がざわついたけれど、必死になって蓋をした。
それだけじゃ足りなくて、重しをおいて、鍵をかけて・・・とにかく必死で、閉じ込めた。
何を閉じ込めたかなんて、考えたくもない。
マツは、そんなアタシに気がついていたのかもしれないけど、そっとしておいてくれた。
異常に甘えるアタシを、甘やかしたい放題に甘やかせてくれた。
とにかくハナの事を考えたくなくて、ひとつの事を思いついた。
卑怯なことが大嫌い。
正々堂々と勝負する。
それがアタシだったけれど。
絶対、正々堂々と勝負したって、叶わないと思ったから。
生まれて初めて、卑怯な手を使った。
それでも、アタシは後悔をしていない。
だって、アタシは。
生きている証を得たのだから!
男の子だった。
名前は、竹志と命名した。
寝室にあるコンドームに、こっそり全て針で穴を開けた結果、授かった命だ。
マツはアタシを毎日のように抱いていたが、決して避妊を怠らなかった。
アタシの体のことを考えて、妊娠は考えていないようだった。
アタシが妊娠したことに信じられない顔をしたから、種あかしをしたら、滅茶苦茶怒られた。
後にも先にも、あんなに怒ったマツを見たことがない。
昔、ハワイの空港で帰国しようとしていたアタシを怒鳴りつけたマツなんて、比べ物にならないくらいの怖さだった。
産むことは許さない、と言われた。
アタシの体を考えてくれているのは頭ではわかるが、その言葉をきいてすぅっと、体温が下がった。
マツの怒鳴り声に、サキママもウメパパも飛んできた。
「じゃあ、離婚する。離婚して、1人でこの子を産むから。」
絶対に、この命は離さない!
そう決心していたから。
アタシの言葉に、真っ青になったマツに追い打ちをかけたのは。
「いいわよー。離婚して、私の養女になれば、どっちにしろ私おばあちゃんでいられるし。そうしましょっ。2人で赤ちゃんそだてましょう。楽しみだわー。あ、私、カナダに家をもっているから、2人でそこへ行こうか?もう、麻実ちゃんと一緒だったら、どこでも楽しいしー。うわー、わくわくしてきたっ。あ、取りあえずこの家出る?麻実ちゃんの荷造り手伝うから――「お袋っ、やめてくれっーーーー!!!」
泣きながら、あっさりマツは降参した。
ウメパパも、何で俺は早紀の麻実ちゃん出産計画の要員に入ってないんだよ、と泣きそうになるし。
それから出産まで、いろいろ大変だったけど。
家族の献身的な協力で、大切な命を授かった。
竹志の誕生に、家族全員が大号泣だった。
普通分娩はやはりアタシの体力では不可能で、帝王切開の出産だった。
名前はアタシに任せると、何故か家族皆が言うので、遠慮なくそうさせてもらった。
卑怯な事が大嫌い。
正々堂々と。
アタシの信条をそのままこめて、まっすぐにと命名した。
『松竹梅の家訓』にそって。
まあ、卑怯な手段で授かった命だけども(笑)
『産むことは許さない』なんて、言ったくせに。
マツは、デロデロに甘い父親になった。
アタシは、生きている証を得て、幸せだった。




