表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/17

10、1ダースの鉛筆


今年の夏は、今まで生きてきて、最高の夏となった。


皆で花火をしたり。


海へ行ったり。


もちろん、アタシは泳げないし、ビーチにいるのも時間制限があったけれど。


スイカ割りもしたし。


ハナと日焼け止めを塗りっこして、マコトに冷やかされたり。



横須賀のマイクの店を貸し切って、流しのおじさんを連れてきて、のど自慢大会をやったり。


夏休みだから、1週間に1度は銀座に言って、パパとご飯を食べたり、ショッピングをしたり…。


帰るのが面倒になって、2回ほどマツにグランドヒロセ銀座に部屋をとってもらって、パパと泊まった。


ゆっくり、パパと話をして、ハナの惚気話をして、パパをムッとさせたり。


マツの話もした。


色々話したけど、ミコの家のことについてマツが喋ったことを話した時。


パパは一言、いい男だなー、って感心していた。


うん、アタシもそう思うな。



楽しくて。


楽しくて。


パパ大好き、って言ったら・・・パパが泣き出した。


なかなか泣きやまないから、久しぶりにパパと一緒に寝てあげた。



本当にいい夏だった。


最高の、横須賀の夏だった。





そして。


夏が終わり。


秋から冬へと駆け足のように、時が過ぎていった。



ハナとは、とてもうまくいっていた。


意地の張り合いの口喧嘩は相変わらずよくするけど、喧嘩の後の仲直りは恥ずかしいくらい甘い。


時が止まって欲しい、そう思うくらい幸せだった。



12月に入ると、ハナとマコトは松の内から始まる新春会の準備に追われるようになった。


新春会とは、青山流の本部主催の1年間で一番大きな作品展だ。


正月の開催なので、華やかでおめでたい、青山流で最も力を入れる、大々的なものだそうだ。





ハナと会えない日が続いた。


寂しくて、どうしても会いたくなった。



ハナは、仕事のこともあって、夏ごろからポケットベルをもつようになった。


「寂しくなったり、声が聞きたくなったら、ベル鳴らせ。」


そう言ってくてたけれど。


仕事をしている時に、邪魔したくない。


それは、病弱で今まで散々皆の足でまといになっていた引け目が、澱のようにアタシの心の底にたまっていたせいか・・・。


そんな気持ちが、とても強くて。


そんな気持ちが、ダイヤルを回すアタシの手を止めた。


自分でも、もっと素直になれたら楽なのに、って呆れた。



でも、会いたい。


気持ちが募って行く・・・。




ある日。


とうとう我慢できなくなって。


ジョーに朝、高校まで送ってもらって・・・高校へは入らずに、鎌倉駅へ向かった。



初めて、学校をサボった。


横須賀線に乗って、東京駅で降りた。


ハナの家の最寄り駅に行く路線への乗り換え線は、横須賀線からかなり歩く。


こんなに歩いたのは、久しぶりかもしれない。


東京駅って、広い。


それに、ここ滅茶苦茶人が多い。


歩くのが皆早くて、波に乗れない・・・。


空気が、何となく薄い。


人に酔いそう・・・。



そんな時。



ガシッ――


いきなり腕を掴まれて、声も出ないくらい驚いた。


恐る恐る振り返ると。



「マツ、何で、此処にいるんだ?」


「それは、こっちのセリフだ!」


何故か、かなり怒っている。


でも、見違えた・・・。


今日のマツは、仕立てのいい、ビジネススーツを身にまとって、髪もセットして上げている。


「今日、格好いいじゃん。」


思った事を口にした。


その言葉に、少しニヤけたマツの顔が見えた気がしたけど・・・・。


目の前が、直ぐに暗闇になった―――







ハナに会いたくて、初めての冒険をしたアタシは。


望み通り、直ぐにハナに会えることになった。


だけど・・・。


ハナに会えたのは、ハナの家ではなくて、病院だった。


クリスマスシーズンを前に、アタシは。


入院となった。



誰も、怒らなかった。


ただ、よかったと安堵の表情を皆がアタシに向けた。


そして、ハナが仕事を放り出して、目が覚めるまでアタシに付き添っていたことを、後から知った。


結局、また。


皆の足でまといだ・・・。



もう、そろそろ――


潮時かもしれない・・・。






アタシの入院は、年を越した。


初めての、ハナとのクリスマスも、年越しも・・・。


病室だった。


本当はお洒落をして、素敵なレストランでデートをしたかった。


ハナは、来年仕切りなおそう、と言ってくれたけど、それはすぐに無理な話となった。


ハナのNYの留学の話が持ち上がったから。


期間は1年。


7月にアレンジメントの仕事で渡米した時に世話になった、NYのアレンジメントスクールから是非にと、話がきたらしい。


ハナはアタシに相談をしてくれたけど、話をしているその顔はとても輝いていて・・・背中を押したくなった。



「俺さ、麻実・・・お前の事、マジなんだよ。な、だから、頑張って修行して・・・帰ってきたら、お前を幸せにしたい。だから、1年頑張ってくる。良い子で待ってろ。」



ハナの気持ちは本物だ。


ハナはアタシを本当に大切に・・・愛してくれる。


だから、笑顔で背中を押した。






ハナの大学の卒業式が2月の初め。


ハナは2月15日に出国することになった。



今日は1月8日。


ようやく明日、退院許可が下りた。



ハナもマコトも新春会が終わってからは、殆どアタシの病室へ入り浸りとなった。


マツもよく顔を出してくれるけれど、卒業を前に仕事が本格的になり、随分多忙のようだ。


でも、今日仕事はないようで、私服でやってきた。



「あー、何か、久しぶりに寛げるなー。」


「人の病室来て、寛ぐな、ゴラ。」


すかさず、突っ込む。


「オイ、東京駅で助けてやった恩を、忘れたのか?」


「・・・何か、倒れた時に、頭打ったんかなー。記憶喪失?」


「入院延長させるぞ?」


「ぎゃー!嘘、嘘!ナレオさん、ありがとう!!」


「ナレオはやめろ!!」


アタシとマツのコントに、ハナとマコトがゲラゲラと笑う。


楽しいな・・・。


本当に時間が、止まっちゃえばいいのに・・・。



「そう言えば、マツ。今度、NYにグランドヒロセ作るんだって?」


ハナが、マツに話しかけた。


「ああ。いよいよな・・・俺もプロジェクトに参加すんだよ。完成は再来年だから、これから色々決めないとなー。」


「へぇ、俺も留学が無事済んだら、NYもちょくちょく行くようになるし・・・あ、NYのグランドヒロセの店舗にフラワーショップ井上花苑を入れないか?親戚なんだよ。」


輝く未来の話を、アタシは1人萱の外で聞いていた・・・。




話が途切れたところで、アタシは3人に話しかけた。


「なー、ちょっと質問していいかー?」


大人しかったアタシが、元気に話し始めたので、3人は身を乗り出してきた。



「あのな?えーと・・・心理テストなんだけどな?ちょっとやってみないか?」


アタシがそう言うと。


「・・・何だ?別にいいけど、暇つぶしか?」


「・・・・え?」


「俺、そういうの結構好き。叶ちゃん、いいよーやろう!!」


反応も三人三様だな・・・。



「えーと、じゃあ。目をつぶって、イメージしてくれ・・・『あなたは、鞄を持って、駅に向かって走っています。大切な用事で、次の電車に乗る予定です。とても急いで走っていて・・・その勢いで鉛筆が1本、鞄から落ちてしまいました。鉛筆は1ダース持ってきました。そのうちの1本が落ちたのです。12分の1です。乗る予定の電車が向こうからやってきました。鉛筆を拾うと間に合うかどうかわかりません。あなたは、その落ちた鉛筆をどうしますか?』って、質問だ。どうだ?」


アタシが質問すると、マコトが即答した。


「物によるな・・・今の質問は鉛筆だろ?だったら、1本犠牲にするな。遅れそうなんだろー?仕方ないな。だけど、それが鉛筆じゃなくて、タバコだったらさー、迷わず拾いにいくなー。」


「戸田、お前は現金なヤツだな。俺だったら、きっちり鉛筆拾いに行くぞ。」


マツはきっぱり、言いきった。


「え、だって、用事があるんだぞ?」


マツの簡単な答えに驚いて、思わず聞き返してしまった。


「そうだけど・・・用事はまた、アポイント取りなおせばいいんだよ。だけど、鉛筆は12本だけなんだろ?12本鞄に入れていたってことは、12本必要なんだろ?1本でもかけたら、後悔しそうだなよー。」


マツの答えが、あまりにも簡潔で・・・少し震えた。



最後は、ハナ。


「俺は・・・そうだな。落ちたのは鉛筆だろ?じゃぁ、どこでも買えるしな?それより、大切な用事なんだろ?チャンスかもしれない・・・だったら。俺は迷わず鉛筆を置いていくな。」


アタシは――


一瞬、息ができなかった・・・。



「叶ちゃん、で、結果は?」


マコトが結果を聞いてきた。



「あ、ああ。怒るなよ?マコトはどっちつかずの優柔不断。で、マツは規則より、自分の気持ちに従うタイプ。で・・・・・・・・ハナは、夢にむかって突っ走るタイプ、ってとこだな。」


アタシがどうにか、答えると。


3人は当たってるなー、と納得していた。


「じゃあ、麻実ちゃんはどうだったんだ?」


マツがアタシを見つめた。


「そう、叶ちゃんはどんなのだったんだ?」


マコトも訊いてきた。


ハナもアタシの答えを待っているようだ。



アタシは、クスリと笑った。


「そんなの。決まってんじゃん。最初から出かけない。」


「「「はっ?」」」


驚く3人。


「走らないし。そもそも1人で遠出なんて、ジョーに怒られるから。」


アタシの答えに3人が何だよそれ、って、ゲラゲラ笑う。



だけど。


アタシは。


とうとう、潮時が来たんだと覚悟を・・・決めたのだった。



そして。


マツが笑っているふりをしていた事は、その時、気がつかなかった。






あっという間に、時間は過ぎて。


明日が、ハナの出発の日となった。


そして、今日は。


バレンタインデー。


1日、ハナとデートだ。



10時にハナが迎えに来た。


「今日、スゲー可愛いな。」


ハナがお洒落をしたアタシを見つめる。


アタシはその瞳が、くすぐったくて、俯いた。


「オイ、顔見せろ。」


偉そうな口調で、ハナがアタシの顎をもつ。


ドキリ、として、顔を上げれば。


やっぱり、キス。


アタシも、したかったんだ。



・・・キスが止まらない。


だんだん激しくなって―――



「っ、はあっ・・・ダメだ、止まんなくなる。」


そう言って、ハナがアタシから体を離した。


たったそれだけのことで、寂しさが生まれる。


今からこんなんじゃ、明日からはどうなっちゃうんだろう。




助手席から、運転するハナを見る。


この角度のハナが好き。


忘れないように、しっかり目に焼き付けておこう。



「何だよ、あんま見んなよ。照れるだろ?」


心なしか顔が赤いハナが、前を向いたままぶっきらぼうに言った。


「ケチ。一年離れるのに、出し惜しみすんな。」


アタシが拗ねた声を出すと、ハナがはじけるように笑いだした。


信号にひっかかり、車が停車するとハナがアタシを見る。


「好きだ、麻実。」


突然の甘い告白に、心臓が跳び跳ねる。


「あ、アタシも、好き・・・。」



ちゅ。



短い、キス。


驚いていると、信号が変わり、車が発進した。


右手はいつのまにか握られて。


そして、信号待ちの度に。


甘い告白と、キス。



「ハ、ハナ・・・な、なんでこんなに・・・恥ずかしいだろっ。」


余りのことに抗議をすると、ハナは笑いながら、ケチじゃねーから、俺、と言った。


う。


さっきの言葉、根にもっていやがった・・・。





それから、ランチを一番最初にデートした、横浜の洋食屋さんで食べた。



相変わらず、料理は美味しくて。


場所も高く、景色も良くて、最高だった。


「麻実、お前はホント、高い所好きだよなー。何で?」


笑いながら、ハナがアタシを見る。


「何でだろうな?小さい頃から好きなんだ・・・天に近いからかな?」


アタシがそう言うと、ハナが吹き出した。


「でた。負けず嫌い発言!お前って、本当に負けず嫌いだもんなー。」


「なに言ってんだ!ハナだって負けず嫌いじゃねーか。だからアタシ達、喧嘩が絶えないんだよっ。」


そう言ってハナを睨む。


「あはは・・・そりゃそうだ。だけどよ、喧嘩の後のキスも燃えるだろ?」


いたずらっ子のような笑顔で、そんなことを言うから。


「バッ、バカッ!なに言ってんだっ!」


赤面して、ハナを直視できない。


「アハハ・・・お前は、本当に可愛いなー。」


喉を反らせて、楽しそうに笑うハナ。


前にもそうやって、ここで笑っていたな。


今みたいに、ドキッ、としたよな。



「ハナ。」


「んー?」


「横須賀で、一番高い所はどこだと思う?」


「あー、どっかの山か?」


「アホか、横須賀にそんな高い山ねーよ。セイカ屋っていうデパートの屋上だ。」


「へえ。横須賀にデパートあったんだ?」


「おま・・・どんだけ、横須賀を田舎だと思ってんだよ?」


「ハハ・・・都会とは思ってねーけど。田舎とも思ってねーよ。ほら、アメリカ色が強いだろ?だから、日本のデパートとか、イメージできなかったんだ。」


「あのな、横須賀でベースの影響受けているのは、殆どが繁華街と駅前だぞ?まあ、ドブイタ通りが一番だけどな。お前、アタシの家とか、アタシの行動範囲とか、パパの店とかしか行ってねーから、誤解してんだよ。横須賀は案外住宅地なんだぞ?」


「へえ・・・知らなかった。住宅地って、どんな感じだ?」


アタシの話に驚いて、身をのり出しハナは質問してきた。


「あー、アタシも全部は知らねーけど・・・平柵って所があってよ。あ、チビの頃、入院ばっかで、アタシの事可哀想だと思ったんだろうな、優しい研修医の先生がいてさ。話し相手になってくれて、色々なこと話したんだ。で、その先生、平柵って所に住んでて。家の近所に平柵公園があるって言うんだよ。」


「うん。」


「それで、そこにポプラの並木道があるって、アタシに話してきて。あ、アタシがその前に高い所や、高いものが好きだって、話をしてて、その話になったんだけど。ポプラって、見たことがなくて、あ、大体家の中ばっかだから、殆ど図鑑での知識しかなくて。」


「うん。」


今日のアタシはおかしい。


普段は話さないようなことを、べらべら喋っている。


でも、そんなアタシの話を優しい目で、しっかりと聞いてくれるハナ。



ハナ。



お前の、瞳の奥にもう闇は広がっていないな――



「それで、その先生、大畑先生っていうんだけど。大畑先生が、図鑑見ながらポプラの話をしてくれたんだ。そこの公園のポプラ並木が凄く好きだって。ポプラって、他の木より抜きん出て高くて、気持ちいいくらい天に向かって伸びているんだって。その姿が清々しいんだって。悩みとか失敗したこととか、そのポプラ並木をみると、スッとして、また頑張ろうって気になるって・・・。」


「・・・・・。」


アタシのとりとめもない話を、ハナは微動だにもせず、聞いている。


「そんな話を聞いていたら、アタシもそのポプラ並木がどうしても見たくなって・・・あ、今思い出した。その話って、アタシがもう点滴したくないってゴネたからだ。」


「点滴?」


「うん。アタシ、調子悪くなると食べられなくなって、結果的に点滴になるんだけど・・・その時、入院が長引いていて、2ヶ月?くらいになっていて。子供だから血管細いじゃん?だから、腕の血管に針刺しすぎて入んなくて、足のこうにある血管に刺さないといけなくてさ・・・もう、それが痛いんだよ。で、もう嫌だって、ゴネたらポプラの話になって。どうしても見たくなって、退院したらその公園連れていってくれるって約束してくれて。で、点滴頑張れたんだ。」


大畑先生を思いだしながら、夢中になって話していたら、目の前のハナの表情からいつの間にか笑顔は消えていた。


変わって苦しげな表情。


「ハナ?」


「・・・っ。俺、お前のそんなこと、全然知らなかった。ごめんな?浜田や神崎がお前にかまう度に、スゲー嫉妬していた。お前が小さい頃から、そんなに大変だったなんて・・・だから、浜田も神崎も、お前の側にいて助けていたんだな。俺、知らなくて、お前引っ張り回して・・・。」


ハナ。


そんな悲しそうな顔するなよ。


「ちげーよ。アタシが、そうしたかったんだ。アタシは体が弱くて、昔から皆のお荷物だった。」


「それは、違うぞ!」


「うん、皆同じ事いってくれる。だけどさ、アタシが健康だったら、皆はこうできるのに、とか思っちゃうんだよ、どうしても。アタシの具合が悪くなると足止めをさせるのは、本当の事だろ?現に、この間東京駅でアタシが倒れた時、ハナ、仕事放り出してアタシについていただろ。」


「それは・・・俺が、そうしたかったんだ。お前が気にすることはない!」


怖い顔をしたハナ。


そんな顔をさせたいんじゃない。


「うん、わかってる。ハナの気持ちは。だけどさ、ハナがアタシだったら、どうだ?大事なヤツが大事な仕事ほっぽってきてんだぞ?嬉しいけど、嬉しい気持ちだけだと思うか?」


「それは・・・。」


ハナの顔が歪む。


「ごめん、愚問だな。あのな、アタシ、ハナと普通の女の子として接したかったんだよ。まあ、すぐ病弱なのはバレたけど。バイクにも乗せてくれて、スゲー嬉しかった。まるで風になったみたいに最高だった。ありがとな?」


ハナの腰に手を回して、一緒に風を感じた幸せを、忘れない。


「・・・そのわりにはお前、俺を放置で浜田と帰りやがったじゃねーか。あ?どんな用事だったんだよ?よっぽど、大事な用事だったんだろうな?」


ハナがギロリ、と睨む。


「あはは・・・根にもってやんの、ちっせー男だな?」


「そうだよ、クソッ。俺はお前に関しては、てんとう虫よりちっせー男だ!用事はなんだったんだよ?」


「てんとう虫ってメルヘンな例えだな。ククッ・・・。」


「おい、茶化すな、答えろよ!」


「はあ・・・聞いても、あんま、良いことはないぞ?」


アタシは首をふった。


だけど、ハナはきかなくて。


押し問答になった。


アタシは、仕方がなく答えた。


「横須賀から横浜までバイクの風にあたったから、体調が悪くなって熱が出てきたんだよ。で、帰りもバイクに乗るのは無理だと思ったから、ジョーに迎えを頼んだ。」


簡単に真実を言ったら、ハナが息をのんだ。


「な、何で言わなかったんだよっ!?」


「だって、アタシが超虚弱体質だって、ハナはそん時、知らねーじゃん。もう説明する元気もなかったし。」


「・・・・・。」


「そんな顔すんな。あのな、言わなかった一番の理由はな、楽しかったんだよ。あのデート。もう、今まで生きてきた中で、一番って言うくらい。だから、楽しいまま、あの日を終わらせたかったんだ。」


アタシは、正直に話した。






今日はアタシのいきたい所へ連れていってくれる、っていうから。


「オイ、本当にこんなところでいいのか?」


「コラ、坊主!こんなところで、ってどういうことだ!?」


煎餅をひっくり返しながら、オヤジがわめく。


「坊主って、呼ばれてんのかー?青山センセイは。アハハ・・・。」


「あ?うるせーよ。」


アタシがゲラゲラ笑うと、煎餅屋のオヤジが、ニタリと笑った。


「坊主もいっちょ前に女連れて来るようになったんだなー。じいちゃんも喜んでいるだろ?」


オヤジが小指を立てて、ニヤニヤする。


ハナは照れ隠しなのか、ぶっきらぼうな態度で。


「おう。俺の女、いい女だろ?」


なんて言い出して。




―――谷中の、煎餅屋。


昔ながらに、手焼きだ。


注文すると、目の前で焼いてくれる。


入院中、ハナが見舞いに持ってきてくれた煎餅が、無茶苦茶旨くて。


目の前で焼いてくれるって話を聞いたら、どうしても焼きたてを食べたくなって。


連れてきてもらった。


店の前には、木製の長椅子があって。


随分年季が入っているようだけど、綺麗に磨かれている。


そこに腰かけて、煎餅をかじる。



「スゲー。旨い!」


煎餅を頬張ると、自然に笑顔と言葉が溢れた。


オヤジが嬉しそうに、笑う。


「坊主、いい女だな!」


「自分とこの煎餅ほめられて、言ってんだろ!」


オヤジの言葉に、ハナが照れ隠しのように憎まれ口をきく。


こんなハナは、はじめてだ。


この店もハナにとって、大切なものなんだろう。



「しかし、麻実。お前、ホント、ザラメが好きだよな?」


色々な種類の中で、アタシは大きめのザラメをまぶした煎餅が一番好きだ。


いつも、これを食べる。


「ハナは、どれでも、食べるな?・・・・節操がないんだな。女と一緒か。」


「オイッ、何いってんだ!お前と会ってから、お前だけだって言っただろ!?」


冗談なのにムキになるハナを、煎餅を焼きながら、笑うオヤジ。



凄く。


凄く、いい時間だ。



やっぱり、ここに連れてきてもらって、よかった。





楽しい時間はあっという間に過ぎ、夕方になった。


後は、夕食を食べて帰るのか・・・。


そう思っていたら。


連れてこられたのは、グランドヒロセ銀座のスイートルーム。


ここで夕飯を食べるのか?



「今日は麻実の親父さんに、了解をとってある。明日、空港まで一緒にいてくれ。」


「ここに、泊まるのか?」


「・・・・・・・嫌か?」


ハナが切ない目をするから、嫌だと言えない。


だけど・・・。


「だけど・・・同じパンツを、2日続けて履きたくない。」


正直に言ったのに。


「ぶっ。」


ハナが吹き出した。


「何で笑うんだよ!」


「アハハ・・・まさか、そこに拘るとは・・・ククッ・・・アハハハハッ。」


「パンツは重要な問題だ!」


「・・・・ッ、ハッ、アハハ・・・ククククッ・・・も、もう、やめてくれっ!」


爆笑のハナ。


ちょっとイラッとするが、笑っているから。


まあ、いいか。





結局。


下着、洋服まで、既に替えが用意されていたというオチで。


お店の人に、サイズを言って用意させたんだと。


とりあえず、パンツ問題は解決した。






部屋でフランス料理のコースを出してもらった。


ルームサービスでなく、コースなので、さすがにスイートだけあるな、と思った。


「今日は2人っきりで、食べたかったんだ。」


ハナが、思いつめた顔でそう言った。


うん、アタシも同じだ。




食事が終わり、デザートが出された。


もう、これで、給事の人は部屋に入ってこない。



食器を下げて欲しいと連絡を入れるまで、入ってこない。



アタシはバッグを開けた。



「アタシの気持ちだ。」



チョコの包みを渡す。


今年は義理チョコもなし。


ハナだけに渡す。



嬉しそうにハナが手に取った。



「サンキュ。滅茶苦茶嬉しい。」



そう言うと、ハナがアタシに小さな正方形の箱を渡した。



「え?」


「ホワイトデーは、俺もう日本にいないからな。これで、勘弁してくれ。」


箱を開けると、ゴージャスな指輪。


しかも・・・。


「プロポーズは一年後、帰って来てからする。だけど、これ、持っててくれ。・・・・格好悪ぃけど、余裕ないんだよ。もう、予約。俺の唾つけとく。お前・・・麻実は、もう俺のもんだからな?」


無表情のハナ。


緊張してんのか?



「アタシの返事は、カンケーないのかよ?」


「あ?」


「だから、アタシの返事は?」


「一年後、何がなんでも『はい』って言わせる。てゆうか、『はい』しか選択肢ねーし。」



もう、笑うしかない。


もう、これで、十分だ。



「それから麻実、言っておく事がある。」


真剣なハナの瞳が私を捉えた。


「何だよ。」


「ごめん、先謝っとく。多分、NYに行っている間は、あんま、連絡できないかもしれない。早朝、花き市場とか行ったり、スケジュールもぐちゃぐちゃだと思うし、時差もある。だから・・・・。」


辛そうな、ハナ。


だけど、決心したんだもんな。


頑張れ。


「ハナ、基本、帰国するまで、連絡しなくていいぞ。」


「え?」


「ハナの気持ちはわかっている。指輪もその証だろ?だから、アタシの事を気にして勉強に身が入らないのは堪えられない。だから、大丈夫だ。」


アタシは、ハナに笑いかける。


「嘘だ。絶対に寂しくなる。お前、俺に惚れているし。」


もう、真面目な顔で言うなよ。


「じゃあ。寂しくなったら、アタシは・・・横須賀のてっぺんに行って、ハナを想う。横須賀の中で、そのてっぺんがお前に一番近いんだもんな?」


「てっぺんって、横須賀のデパートの屋上か?」


「今はな。もし、セイカ屋デパートより高い建物が建ったら、そこだ。つまり、TOP OF YOKOSUKAだ。」


何かこみ上げてくるものを、必死にこらえ、ハナに笑う。


「TOP OF YOKOSKAか・・・。負けず嫌いだな。ククッ・・・。」



ハナの笑顔は、とても晴れやかだった。



そして、アタシは。


鞄から、もうひとつ、包みを出した。



「これ、持っていってくれ。」


長細い包み。


「何だよ?・・・鉛筆?」


そう。


ハナに渡したのは、1ダースの箱に入った、鉛筆。


ただし、1本抜いてあるから、11本。



「何だ?これ。」


「この間の、心理テスト覚えているか?」


「あ、ああ。鉛筆1本とるか、電車に乗るか、だろ?・・・あ、鉛筆。11本しかねーじゃねーか。」


不思議そうな顔で、アタシを見るハナ。


「アタシ、思ったんだけど。あの時、ハナは留学の事を考えてたんじゃないか?」


「あー、そうだな。」


「てことは、それが留学への固い気持ちの表れだ。アタシは、ハナの選択を応援する。だから、これは、あの時の気持ちを忘れないために持って行ってくれ。それから、アタシが応援しているって気持ちもはいってるから。これを見て、思い出せ?」


アタシがあんまり、真剣だったからかもしれない。


ハナは不可解な顔をしながらも、クスリ、と笑った。


「ありがとう。麻実が応援するって言ってくれたことが、一番力になる。これを見て、お前を思い出すぞ。」


的外れで、だけど、ドンピシャなその言葉は。


簡単にアタシの涙腺を崩壊させた。



ハナは仕方がないな、という顔でアタシを抱き寄せた。


アタシは、ハナの温もりを忘れないように、すりより、唇をハナの向かってくる唇に合わせた。



涙の味がした・・・・。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ