1、出会い
【注意】このお話は、携帯電話、コンビニもない昭和の時代背景です
初対面の時は、特に何も感じなかった。
それはアタシが、そこで何も感じない時間を毎日過ごしていたからかもしれない。
だって、アタシの心を揺さぶるほどの魅力的なことなんて、アタシの人生で起きるはずがないから・・・そう思っていた。
アタシのてっぺんの、お前を知るまでは――
「青山流、青山華清です。今日は宜しくお願いします。あ、こちらは、青山流、神奈川支部の戸田誠です。」
生徒用ではなく、来客用の玄関で一団を出迎えると。
そのイケメンは優雅に頭を下げ、さりげなく名刺を出しながら自己紹介をした。
そして引き続き、隣の男を紹介した。いごつい岩みたいな顔をした男を。
「戸田です、どうも。」
岩男が頭を下げる。
「鎌倉花園女子学園、生徒会長の叶です。本日は私どもの『伝統文化体験会』の講師を快くお引き受け下さり、ありがとうございます。ご多用の中、青山先生、戸田先生をはじめ多くの講師の先生にご協力いただけますことを、生徒会一同感謝申し上げます。」
アタシが鎌倉花園女子学園の生徒会長らしく、上品かつ知的に挨拶をすると、目の前の男どもは一瞬息をのんだ。
それに気がつかないふりをして、ニッコリとほほ笑む。
そして、集まる視線を完全に無視する。
ケッ。アタシもよくやるよ・・・。
副会長の藤原さんが、控室にあてた会議室に男どもを案内しだした。
藤原さんの声がいつもより1オクターブ高く、甘いのは、明らかだ。
若い男どもを、『伝統文化体験会』で華道を教える講師にという大義名分で招いて、あわよくば知り合いになろうという魂胆が丸見えだ。
今回の企画は、副会長の藤原さんと書記の伊集院さんが、鎌倉の青山流の華道教室に通っていたつながりで、持ち込んできたものだった。
家元の息子が大学生で、凄いイケメン――そういう、触れ込みだった。
まあ、確かにそれは認めるけど。
だけどさ・・・。
アタシの通うこの鎌倉花園女子学園は、関東でも名高いお嬢様学校だ。
しかも偏差値はかなり高い。
そんな理由から世間では、うちの学園は高嶺の花と言われている。
だから、ここに通う生徒も真性のお嬢様ばかりで、世間知らずもいいとこだ。
こんな男は遊んでいるに決まっているだろ。
男に興味があるのは高校生ならあたりまえのことだが、箱入り娘ばっかだから男に免疫がない。
だから、この話を藤原さんと伊集院さんが持ってきた時、他のメンバーもこぞって乗り気になった。
まあ、アタシとしては企画から段取りまでやってくれて、楽だから文句はないけどよ。
だけど、バカバカしい。
アタシ以外の生徒会メンバーが、こぞって接待をしてくれるので、ありがたいことに楽をさせてもらっている。
皆の様子を見ながら、ニコニコ控えめにしていれば、場も和んで問題はないだろうし。
アタシは自分で言うのも何だけど、フランスと日本のハーフの母親譲りの、美貌だ。
髪は黒だが、日本人の黒とは少し違う色合いだ。
青みがかった、黒というのだろうか。
肌の色も陶器のように白い。
顔立ちも日本人にしては彫りが深く、異国の人形を想わせるように整っている。
まあ、容姿では完全に異質だな。
だから、どこでも目立つ。
この学校でも浮いているのかもしれない。
だけど、いつもにこやかな笑顔と上位の成績で、アタシに対する風当たりは強くない。
まあ、親しみもないけれどな。
アタシだって、彼女たちに親しみをもってないから当然だけどよ。
そこへ、学長と生徒会顧問の沢田先生がやってきた。
和やかに挨拶をしている。
そりゃそうだ。
最初に挨拶をした、青山は、将来は青山流の家元になる御曹司だから。
青山流は日本で断トツ大きな華道の流派らしいし。
らしい、っていうのは藤原さんから聞いた話だから。
あんまり、華道とか興味ねぇし。
ま、一応授業で習っているけどさ。
「叶会長、全て用意は整っているのかな?」
学長が急に、話しかけてきやがった。
「・・・はい。大丈夫です。今回は藤原さん、伊集院さんをはじめ、メンバー全員がとても頑張って下さったので、私が助けられました。」
とりあえず、男目的という言葉を外して、笑顔で皆を褒めておく。
我ながら、虫唾が走るけど、メンバーの機嫌がよくなったから、まあいいや。
「みなさーん、あと15分ほどで体育館へ入って頂きますのでー、よろしくお願いしまーす。」
伊集院さんの甘い声に、鼻の穴がヒクつきそうになり、慌てた。
「・・・っ、では。私は先に会場の方をチェックしてきます。会場でお待ちしています。」
そう言い残して、控室を後にした。
「はぁっ、危っねぇ・・・。」
控室を出て、廊下の突き当たりをまがったところで、ため息をついた。
やっぱり、アタシにこの学校は合わない。
エセお嬢様にもなりきれねぇや。
そんなことを再確認し、私は仕方がなく会場へと足を向けた。
そして。
初対面では特に印象のなかった青山だけど。
『伝統文化体験会』が始まって。
ヤツ印象は、とても残念なものになった――
体育館に皆直接座り、1年の生徒約200名が活け花の体験会を始めた。
青山と岩男の他、講師が9名。
11名で、生徒の指導にまわっている。
『伝統文化体験会』は毎年1年生が受けることになっている。
去年は日本舞踊だった。
その時の生徒会が企画から行うのだ。
去年副会長だったアタシは、日本舞踊を習っていた会長の補佐を行った。
かなり面倒だったので終わった後体調を崩したが、今年は助かった。
だから、まあ色々と我慢しねーと。
「青山先生ー。」
「教えていただけますか?青山先生!」
「ここ、どうしたらいいですかー?青山先生?」
モッテモテだな、色男青山。
他の講師達の立場が無いし・・・。
まあ、断トツイケメンで高身長だし、将来家元だし。
条件がそろっているってことだな。
だけど。
天は二物を与えず・・・か。
残念だな、青山。
まぁ、このままだとバランス悪ぃしな。
仕方がない。
ここは、次期家元に活躍してもらうか。
アタシはマイクを持った。
「では、20名ずつのグループに分けたいと思います。講師の先生は1グループにつき、1名お願いします。あ、青山先生はお手数ですが10グループを回っていただいて、ご指導や感想を言って頂けましたら助かります。」
しかたがなく、グループ分けをした。
イケメンはうまく使わないと、ブーイングがでるだろうし――
「じゃぁ、今日はお疲れさまでした!」
会計の高城さんの実家が経営するフランス料理店の個室に、青山、岩男をはじめ計11人の講師と、生徒会メンバー7人が、テーブルを挟んで向かい合った。
はあ。
何で、こんなことに・・・。
放課後まで、お嬢様続けないといけねーのかよ。
まあ、ジョーに電話しておいたから、途中で抜けられるだろ。
キャッキャと騒ぐ生徒会メンバーに、内心やれやれと思いながら、取り敢えず笑顔を絶やさないでおく。
「いやー、今日は参加してよかったです。鎌倉花園女子学園美女の皆さんとお近づきになれてー。」
講師の1人がそう言った。
軽いな、オイ。
えー、私たちもですぅー、と生徒会メンバーも返事をしているから、こっちも同じか。
同じっていうより・・・これは、合コンか?
そういえば、講師陣皆は若い男だな。
ま、鎌倉花園女子学園ってことで、体験会後の集まりを想定して、合コン感覚で講師集めたのか・・・。
さすが、遊び慣れてんのな。
はあ。
がっかりだな。
何が『伝統文化体験会』だよ。
なんて。
顔には笑顔を貼り付け、心の中では毒づいていたアタシは、隣に残念な男が座っていることに気がつかなかった。
「会長さん。」
「え?」
呼ばれて、初めて今の状況に気がついた。
というか、気がつくと皆席を移動し、男、女と並んで座っていた。
驚いて、残念な男を見ると、ぷっ、と吹き出した。
キョトン、としていると。
「いや、ごめん。叶さん、完全に愛想笑いして、何にも話聞いてなかったでしょ?」
う・・・こいつ、意外と、鋭い。
「図星、だね。」
そうだけど。
いつの間にか、敬語が外れているし。
妙に、近いし。
残念な男のくせに、何か、華やかだし。
イラッ、としたりする。
だから。
「あ、すみませんでした・・・。」
とりあえず、頭を下げる。
頭を下げながら、息を止める。
そして、長めに頭を下げ、顔を上げるときに息を止めるのを止める。
すると。
赤面顔の、
出来上がり。
狙い通り、残念な男はうろたえた。
「え、いや・・・。」
「本当に、ごめんなさい。少し、疲れて・・・ぼんやりしてしまって・・・大変失礼しました。」
少し大きめな声でそう言い、また頭を下げると。
「え、会長、体調悪いんですか?」
「大丈夫ですか?」
「無理しないでください。」
途端に、アタシの声が聞こえたメンバーから心配の声が上がる。
「叶さん、よかったら、そこのソファーに移動しませんか?」
高城さんが部屋の隅に置かれている、長ソファーを勧めてくれた。
皆、いい子はいい子なんだよな。
アタシの体が弱い事を知っていて、心配してくれるし。
ごめんな、体調悪くないんだけどよ。
でも、せっかくだからお言葉に甘えて。
残念な男からも離れたいし。
お礼をいって、勧められるままソファーに移動した。
はあ。
このソファー、クッションいいじゃん。
楽だー。
と。
気分よくくつろいでいたんだけど。
いきなり、アタシの座っているソファーのスプリングが軋んだ。
オイ。
ゴルァ。
ヤんのか?
・・・という気持ちを込めて、隣に座った残念な男に作り笑顔を向けた。
「・・・何でしょうか?」
「いや、疲れたなら、紅茶でも飲んだ方がいいかなと・・・あ、甘いものもちょっと、取った方がいいんじゃなかな?」
紅茶と菓子を目の前に置いて、残念な男が胡散臭い笑顔でそう言った。
もー、ウゼーし。
あ、だけど、菓子はラムレーズンサンドだ。
アタシ、実はここのラムレーズンサンド好きなんだよね。
ジョーに、よく買ってきてもらうんだよな。
せっかくだから、食べよ。
「・・頂きます。」
うま。
まぁ、この旨さに免じて、ウザい残念な男の存在は考えないようにしよう。
でも。
何か。
すっごく。
ものすっごく。
横から視線を感じるんだけど・・・・。
ああーーー。
ウザ。
ウザ。
ウザ。
って、まだこっち見ているし。
仕方がないので。
微笑みを絶やさず、残念な男を見た。
首を傾げて。
ああ、アタシ、キモいかも・・・。
「美味しいですよ?よかったら、いかがですか、残――!!」
しまった!
ずっと、残念な男って心の中で言っていたから、口に出そうになった。
いや、半分出ていたけれど。
青山じゃなくて、残念な男って言いかけた!!
「ざん・・・?」
マズイ。
うー。
うー。
うー。
「・・・・・」
誤魔化しようがないので、ひたすら無言を貫く。
そして、そのまま何事もなかったように、無言でラムレーズンサンドを咀嚼する。
「質問していいかな?」
突然、話が変わった。
ホッとする。
「はい、どうぞ。」
『ざん』の意味以外なら、どうぞ。
「会長さんの名前教えて?」
「・・・・・・」
「どうぞ、って言ったよね?」
チッ。
もちろん今のは心の中での、舌うち。
「・・・叶です。」
「いや、名前だよ。」
「叶。」
とりあえず笑顔で。
「・・・・・」
気まずい沈黙が続く中。
仕方がないので、アタシは二つ目のラムレーズンサンドを咀嚼する。
旨い。
とりあえず、残念な男は無視して。
ラムレーズンサンドに集中しよう。
うま、うま、うま・・・。
だけど、なんとなく気まずい空気が・・・。
いや、気のせいだ。
絶対、気のせいだ。
残念な男のくせに、コイツ妙な迫力があるぞ。
負けるな!!
視線に負けるな!!
沈黙という威圧に負けるな!!
アタシはひたすら目に見えないそれらのものと、戦った。
と、そこへ。
救世主が登場した。
「麻実さん、遅くなりました。」
180センチを軽く超える、ややマッチョ系のアウトロータイプのイケメン。
ダークスーツをきっちり着ているくせに、どこか気だるい。
「浜田。」
ホッとして、ソファーからアタシは立ちあがった。
こちらに浜田ジョーがやってきて、アタシの鞄を手に取った。
「ごめんなさい。家から迎えがきましたから。お先に失礼致します。青山先生、戸田先生、他の先生方も、今日はありがとうございました。おかげさまで、有意義な『伝統文化体験』ができました。」
そう言って、頭を下げた。
「いやいや、こちらこそありがとうございました。今度、鎌倉のグランドヒロセで作品展がうち主催であるので、よかったら生徒会の皆さんを招待させてください。」
岩男がとんでもないことを言いだした。
げ。
冗談だろ。
そんな面倒なもん、まっぴらごめんだ。
仕方がないので、あいまいに微笑んでおいた。
「会長、少しは、気分が良くなりましたか?」
高城さんが、心配そうに声をかけてきた。
何か、申し訳ない・・・。何ともないのに。
だけど、その言葉で途端にジョーの表情が変わった。
「麻実さん、具合悪いんですか?」
「大丈夫だから。」
ジョーにそう言うと、アタシは皆に挨拶をして、足早に部屋を出た。
「おい、麻実。」
店の出口に向かいながら、ジョーがアタシの顔を覗き込んでくる。
「大丈夫、具合悪くない。ちょっと、ウザい奴がいたから、疲れたフリをしただけ。」
小さな声でそう言うと、ジョーはホッとした顔をアタシに向けた。
ほんと、過保護なんだから。
表向き・・・特に学校では、ジョーはアタシの運転手だけど、本当は一緒に育った兄のような存在だ。
いつもアタシの心配をしている。
「ジョーは大げさ。アタシはそんなヤワじゃない。」
そう抗議すると、ジョーは苦笑いでボソリと呟いた。
「根性と気合は確かに、ヤワじゃねーけど。・・・体はいつも心配してんだ。」
決して、品の良いとは言えない、デッカい高級アメ車。
まあ、ジョーには似合っているけど。
後ろのドアを、ジョーが開けてくれて車に乗り込もうとした時。
「待って!」
声をかけられた。
振り向く前に、ジョーの眉間にしわが寄っているのが目に入った。
はあ。
これは、二重の意味で面倒くさい。
だけど、無視することもできないし。
「はい?」
微笑みながらアタシは振り返った。
と、差し出される名刺。
名刺の名前は、青山華清・・・残念な男だ。
てゆうか、しつこい。
名刺なんて、いらないし。
「・・・お目にかかった時に、最初に頂きましたけど?」
「いや、さっきのとは違う。」
「いえ、同じように見えますが。」
「ちがうんだなぁ。実は、俺の自宅の電話番号のオプション付きなんだ、これ。」
ナンパかよ。
ケッ。マジ、いらねぇ。
だけど。
「ありがとうございます。」
そう言って、名刺をあっさり受け取った。
いらないなんて言って、押し問答になるのが面倒だから、こういう場合は黙って受け取るに限る。
勿論、電話なんてしないし。後で捨てるのは確定だし。
「それでは、失礼します。」
そう言って、車に乗り込もうとすると、いきなり腕を掴まれた。
ジョーが反応する。
いや、反応というより・・・臨戦状態に入りかけている。
「浜田。」
目で、止める。
ジョーがムッとした顔をしながら、取り敢えず動きを止めた。
一瞬のことだけど、ジョーからかなりの殺気が出ていたと思うのだけど。
「教えたんだから、こういう場合は交換でしょ?」
なんて、暢気にそんなことを言う残念な男。
鈍感なのか?
いや、胡散臭い笑顔で何を考えているかわからない男だ。
このまま関わらない方がいい。
そう思い、アタシも負けじと胡散臭い笑顔を残念な男に向けた。
「そうですね。ごめんなさい、気がつかなくて。」
アタシはそう言うと、残念な男が差し出したもう一枚の名刺に電話番号を書き入れた。
そして、もう一度失礼しますと言って、今度こそ車に乗り込んだ。
ジョーがドアを閉める前に目が合った。
「じゃあね、麻実ちゃん。またね?」
げ、何で名前・・・。
あ、さっき店に来た時にジョーがアタシを呼んだのか・・・。
せっかく、シカトで通していたのに。
チクショウ。
心の中で毒づきながら、車外から向けられる視線に会釈をした。
または、ねぇんだよ。
走り出した車中では、アタシの好きな歌謡曲がラジオから流れていた。
この歌手はオーディション番組からデビューした女の子で、アイドルばかりの中で演歌を歌う異質の実力派だ。
聴いていて聴き応えがある。
すっかり、残念な男のことは忘れ、アタシは流れてくる歌に夢中になった。