エピローグ
二学期最後の日、健人はいつも通り教室で守と話していた。終業式はすでに終わっており、今は教室で配布物を待っている状態である。
守は冬休みが待ち遠しいようで、しきりに健人に自分の計画を話してくる。もちろん、その計画とは早織とのデートについてである。
健人は守のそんな話を適当に聞いていた。
「それで、その次どこに行けばいいと思う?」
「帰ればいいんじゃないか?」
「馬鹿、まだ昼の二時までの計画しか立ててねーよ」
守は馬鹿笑いをする。健人もそれと一緒に少し声を出しながら笑う。ただ、守にはそんな健人の返事が異様なものに映ったようだった。
「なんか健人、最近変じゃないか?遠藤さんのあのことがあってからおかしい」
「そうか?」
健人は少し首を傾げて聞き返す。すると、守はそれに対して強く頷いた。
「ずっと思いつめた顔してる。……まさか捨てられた?」
「誰に?」
「遠藤さんに……ってそれはないか。昨日も健人にベタベタだったもんな」
守は自分で言っておいてすぐに自己解決する。健人は、当たってはいないが全くの見当違いでもない守の洞察力に少し感心する。
「まあ、確かに今考えてることがあって」
「遠藤さんのことで?」
「ああ」
健人は素直に頷く。そして、ゆっくりと榛名の座る方向に視線を送る。すっかりこの学校での生活に馴染んだ榛名は、今もクラスの女子と楽しそうに会話をしていた。
「健人らってなんか変だよな。お互いのことを考える時は、普通もうちょっと楽しそうにするぞ?それなのに、健人が遠藤さんのことで考えている時は、いつも大変そうだ」
「………」
「いや、本当に俺にはそう見える。嫌々、一緒にいるようにも見えるくらい」
「それはない」
健人は最小限の事柄だけ否定しておく。健人は、榛名と一緒にいて嫌だと感じたことは一度もない。それでも、榛名のことを考える時、確かに健人自身楽しい気持ちでないことは事実だった。
「……始まりが始まりだからな。占い師にはるなって伝えられて、それが原因で気になっていった。それで俺から声をかけておけばまだ良かったのかもしれない。……だけど、実際は占い師の言葉に困惑している俺に、はっしーから近づいてきた」
「確かになー。世の中すごい偶然もあるもんだ。ただ俺が一番驚いたのは、そんなことよりも健人にモテ期が来たってことだけどな」
守は肝心なところを偶然で済ませようとする。ただ、健人にはそのように考えるわけにはいかない理由がある。健人が今考えていることは、まさにそのことだった。
以前、占い師に「はるな」という名前を伝えられた時、健人はそれが偶然であると思い込もうとしていた。何故なら、普通であればそんなことはありえない話であるのだ。
しかし、それから半年以上が経って、健人はもっと単純な結論を認識することになった。その原因が、榛名から手渡された小銭である。
「……これ、実ははっしーから守に渡しておいてって頼まれてた」
健人は一つ決心して、ポケットの中に手を入れる。そして、守にポチ袋に入った小銭を手渡した。守は不思議そうな顔を健人に見せた。
「なんだこれは?遠藤さんがこれを俺に?」
守は納得がいかないといった様子を見せつつも、健人から袋を受け取る。そして中身を見て、さらに困惑の表情を見せた。
「何のお金だこれは?貸した記憶なんて全くない」
「そうだろうな。……でも、受け取っておいてくれ。なんなら、どんな意味があるのか考えてくれてもいい」
健人はそう言って大きく伸びをする。そして、今後どうするか少し考えた。
このことについて、直接榛名に尋ねてみてもいい。しかし、榛名がはっきりしたことを言わずに解決を図ろうとしているのであれば、それに逆らうような行動は二人にとって良い判断ではなかった。
健人と守の二人にそれぞれ七百五十円ずつ。この金額は、紛れもなく健人と守が春休みに占い師に支払ったものと一致する。そして、それが意味することは極めて単純だった。
それは、春休みに占い師として振舞っていたのは、榛名だったということである。
しかし、健人にはそれを証明するだけの物的な証拠はない。あるのは、この手渡されたお金と、大林が言っていた話程度である。
「聞いてみようぜ、その方が早い」
「それはそうだけど……」
守がまともな意見を述べる。健人もそれが早いことは分かっていたが、それでも榛名の考えを理解していない内は内心迷っていた。
ただ、そんな健人を見て、守はやれやれといった様子で健人の肩を叩いた。
「ほらな、そんな顔するだろ?そんなに思いつめて考えるくらいなら、聞いてみたら?」
「………」
守の言葉に健人は言い返せなくなる。結局、優柔不断になって耳を塞いでいたのは健人だったのだ。
健人が返答しないままでいると、守もそんな健人を気にかけたのか黙りこむ。そしてちょうど、クラスではプリントが配られ始めた。
ホームルームが終わるとすぐ、クラス全体は休暇に入ったことを喜び始める。健人のもとにも、少し気の抜けた様子の榛名がやってきた。
「終わりましたね。……これからは帰りますか?それとも時間があるならどこか行きますか?」
「あ、ああ。そうだな、用事なんてないから」
榛名を前にして、健人は占い師のことについて考えざるを得なくなる。健人の耳に、もう占い師の声は残っていない。占い師の痕跡が全くない中、やはり確認を取ることはできなかった。
「遠藤さん、ちょっといい?」
健人が考え込んでいると、守が榛名に声をかける。健人の心臓は一気に鼓動を高鳴らせた。
「これなんだけど、全く見に覚えがないっていうか」
「ああ、それですか」
榛名は先日健人に手渡したポチ袋を目の前に、特に焦った様子は見せない。そして、榛名は考える素振りも見せないで口を開いた。
「少し遅れたのは申し訳ないです。ですけど、確かに以前借りたものなので返しておきます。そうですよね、健人?」
「……ああ、どうせ守のことだ。貸したことも忘れたんだろ?」
「え!マジで?」
守は二人にそう言われて真剣になって考え始める。しかし、健人の心の中では思い当たる節があるわけないと分かっていた。榛名が他人にお金を借りること自体あり得ないことで、特に守に対しては間違いないのだ。
しかし、さすがに思い出した素振りは見せなかったものの、守は渋々引き下がっていく。健人はそれを見て、ひとまず安心した。
ただ、そうはいっても何かが解決したわけではない。榛名は健人の助け舟に、守の見ていないところでありがとうと口だけを動かす。健人はそれに首を傾げてみせた。
今後、何を話し合うべきか健人には皆目検討ついていない。そして、過去のことを今更掘り返すことが有益であるのかさえ、健人には分からなくなっていた。
健人は現状に満足している。つまり、榛名がどんな考えを持って健人の隣にいたとしても、健人は気にしないということである。そしてそれは、榛名も同じなのかもしれなかった。
少なくとも榛名が不思議な手を打ったことは間違いない。それでも、そのことを健人に未だ直接伝えていないのであれば、榛名もそれを嫌がっている可能性がある。
事実を知るということが、どれほど必要なことなのか。それをしっかりと理解できた時、もしくは榛名が自分で口を開いた時まで、健人は占いの結果について知り得ないでおくことにした。




