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第七章 真実(5)

健人と守、榛名の三人で帰っている間、まるで葬式帰りであるかのように会話は全くなく、空気は非常に重かった。榛名自身は全く気にしていないようだったが、守がその雰囲気をかなり醸し出している。健人も、自ら話を進めるほど心に余裕はなかった。


そして会話という会話がされないまま、健人と榛名は守と別れることになった。守に最後まで気を遣わせてしまったことを、健人は申し訳なく感じる。


ただ、守がいなくなって健人はある程度覚悟を決めた。一体何が起きているのか、榛名に聞くことにしたのだ。


「……はっしー」


「なに?」


守と別れてすぐに、健人は榛名に声をかける。すると、榛名はそんな建人にすぐ返答する。しかし、その声はいつもになく冷たかった。


「大林のことだけど……」


「そのことなら気にしないで大丈夫です。健人が何かを深く考える必要はないです」


今日の榛名は、間違いなくこの話題を嫌がっている。健人はそれに気付くと、ますます榛名が何を隠しているのか知りたくなった。


「はっしーは、俺に何か隠してる。そうだよね?」


「そんなことないですよ?」


「じゃあ、大林と何があったのか教えて欲しい」


健人は榛名の横顔に頼む。しかし、榛名は一向に視線を向けようとはしない。


「健人には関係ないです。冷たいかもしれないですけど、分かってください」


榛名の表情は全く変化しない。健人はその表情を見て、自分が間違っているのかもしれないと考えるようになった。榛名が嫌がるようなことは、聞くべきではないのかもしれなかったのだ。


ただ、健人が間違っていたとしても、気になることを放置し続けることはできない。榛名が健人に突然接近してきて、健人の環境を変化させていった。それが仕組まれたことだとするならば、健人はいてもたってもいられなくなったのだ。


「止まって」


健人は決心して榛名の腕を掴む。そして自分は、大木のようにその場に根を張った。


榛名は振り返って健人の顔を見つめる。しかし、健人が鋭く睨むと視線を泳がせた。


「あまりこの話はしたくないです」


「俺だってこんなことしたくないよ。でも、気になって仕方がない」


健人は思い切って胸の内を暴露する。榛名はそれを聞いて驚きの表情を見せた。


「私は健人が好きです。この言葉だけじゃダメですか?」


「俺だってはっしーのことが好きだ。だから足りない」


榛名に大林とどんな関係があったとしても、本来なら健人が気にするようなことではない。健人も社交性はあまりないものの、人間関係は少なからずあるのだ。


しかし、大林の話を聞いてから、露骨に健人の不安を煽らせるようなことが起きた。黙って見逃せるわけがなかった。


「個人的な理由で大林君が苦手なだけなんです」


「それってどういう理由?」


「それは……」


榛名は健人に問い詰められて小さく声を漏らす。ただ、健人はそれでも榛名にさらに詰め寄った。健人は榛名の口から事実を知りたかったのだ。


「……教えてくれないか」


「………」


しかし、健人がいくら待っても、榛名は説明する素振りを見せない。健人はそれにようやく気付くと、榛名から離れた。


「最近はよく分からないな。俺もついこの間まで黙ってたことがあったから、榛名を責めるのは間違ってるけど……」


健人は唇を噛みしめる榛名を横目に、遠くの空を見つめる。日はかなり傾いており、空は赤く染まっている。


「じゃあ、榛名が持ってるその秘密と等価なものを俺が榛名にあげれば、榛名はその分だけ話してくれる?」


「……そうですね」


健人の質問に榛名は苦笑いで答える。その顔はまるで、健人には何もできないことを見越しているかのようであった。そのため、それを見た健人は自分を抑えられなくなった。


健人は無言で榛名に近づき、そのまま榛名を抱きしめる。榛名の髪が小さく揺れたことだけ、健人は確認する。


「迷惑だったらすぐ言って。もう二度とこんなことしないし、大林のことも聞かないから」


「健人……」


健人がこれまでにないほど勇気を振り絞って行動に出たのに対し、榛名は震える声で健人の名を呼ぶだけである。ただ、少しした後に榛名も健人に腕を回した。


「……こ、降参!もう、耐えられそうにないです」


榛名は苦しそうな息をしながら、健人の耳元で囁く。そしてきつく健人を抱きしめた。


「話してくれるのか?」


「……はい。でも、健人が思ってるほどの話じゃないです」


榛名は前置きをしてから、ゆっくりと息を吸う。健人はその音を耳元で聞き続けた。


「大林君と初めて会ったのは、私が転入の関係で春休み中に学校に行った時です。ちょうど大林君も何か用事があったみたいでした。ほとんど同時に話が終わって、二人で職員室から出たこともあって、私は声をかけてみることにしたんです。健人のこととか、いろいろ学校のことを知りたかったので。


でも、私が話しかけた時、大林君は私のことを無視しました。初めは私の勘違いかと思ったんですけど、違いました。まるで馬鹿とはつるまない。そんな感じでした」


「まあ、あいつはそういう奴だからな。……それで?」


健人は榛名に一部同調しながら、話の続きを求める。まだ、大林が言っていた榛名の本質について、言及されていなかったのだ。


「だから私は怒りました。東京の、少なくとも私がいた学校には、そんな人いませんでしたから。話しかけたら馬鹿にされて返されるなんて、その時の私には信じられなかったんです」


榛名の語気も、このあたりでかなり強くなっていく。健人はそれをそばで聞いているだけで、そのことについて何も言わなかった。


「……それだけです。私と大林君のことなんて。その後、大林君が学年で一番の人だって聞いて、余計に対抗心に火がついたくらいです」


「……それだけ?」


榛名が話し終える。健人はあまりにも話が薄いことに驚いた。


「それだけ……。だから言いたくなかったんです。そんなつまらないことで私が健人のことを心配させていたなんて、恥ずかしかったから」


「そ、そうか」


健人は一気に腑抜けた空気になったことで、自らも顔を赤くする。健人は、こんなことで榛名を抱きしめたりしていたのだ。


「わ、悪い」


健人は何事もなかったかのように、ゆっくりと榛名から腕を離す。しかし、さらに健人を強く抱きしめることで、榛名は健人の行動を制限した。


「もう少しこのままで……。健人にいきなり抱きしめられて、今の私すごい顔になってますから」


「……分かった」


健人は榛名の頼みごとを聞いて、大人しく榛名にされるがままになる。榛名が顔を動かすたびに、健人と榛名の耳が擦れる。健人がそれを暖かく感じているということから、榛名の耳の方が熱いことが分かった。


健人はこれからどうするべきか迷った。これが路上などではなく、榛名の部屋だった場合は逆に迷わずに済んだかもしれないと健人はふと思う。しかし、そんなことを一瞬でも考えたことを後悔し、健人はとにかく今という時間を満喫した。


しかし、今の話だけでは大林の話と整合性がとれない。健人はそのことを理解していて、榛名に質問しようか迷った。ただ、榛名がとっさに変えた話題によって、健人の考えが実行されることはなかった。


「……それで」


「ん?」


健人がタイミングを窺いながら次第に暗くなっていく空を眺めていると、榛名が健人の耳元で話しかける。


「母の件、ちゃんと上手くいってますか?」


榛名は健人と約束したしたことについて、その進捗を尋ねる。健人はゆっくりと時間を取った後、その質問に答えた。


「順風満帆、というわけではないな。……でも、今こうして榛名といると、考えが捗りそうだ」


実際、健人は美鈴に説明する内容について考えをまとめられていない。しかしそれでも、今の雰囲気に飲まれていた健人は全く心配していなかった。


「じゃあ、もう少しこのままでいますか?」


健人の話を聞いて、榛名が提案する。健人はすぐにでも頷いてしまいたかったが、我慢して口の中を噛んだ。


「いや、そろそろ周りの目が痛い。それに、俺はかなり満足してるから」


「……そうですか」


榛名の不満げな声が響く。ただ、健人はすぐに言葉を付け加えた。


「でも行き詰まったら、その時はまた……」


「そうですね」


榛名の上擦った声を最後に、健人は榛名から離れる。お互いがお互いの恥じる顔を見て、さらに顔を赤く染める。


「帰ろう。離れると寒い」


余韻に浸りたいところではあったが、二人を冬の空気が襲う。榛名はそれに同調すると、健人の手を握った。


「これくらいはいいですよね?」


「も、もちろん」


結局最後は、榛名の行動で健人の心は持っていかれることになった。

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