第七章 真実(4)
十二月に入り、学校は二学期の期末テスト期間に入る。一つ上の学年は大学受験を控えているため、それに伴って学校全体がピリピリとした雰囲気となっている。市内一の進学校であることが、このような雰囲気から簡単に読み取れた。
しかし、健人や守にとって、一つ上の学年のことなど全く関係のない話である。そのため、全く気にすることなく生活をしていた。
とは言うものの、健人はそれなりに勉強をしていた。いつも以上に勉強をするようなことがないだけで、テスト前に勉強をすることは至って普通のことである。そして守も、悪い意味でいつも通りだった。
しかし、クラスに張り出されていた何気ない掲示物を見て、守の認識は変化することになった。
「この冬の補習はひどいな。三ヶ日以外全て入ってる」
健人は十二月から一月の予定表を見てその感想を述べる。よほど出来の悪い学年と思われているのか、去年に比べて補習の日程は倍増していた。
「これってつまり……クリスマスも補習が入るってことか?」
「そうだな……午後からみたい」
健人の無慈悲な言葉が守を貫く。ただ、健人が予定しているためではないため、どうすることもできない。
「勉強を頑張っていれば、普通は呼ばれることなんてない。本気で勉強する気持ちがあればの話だけどな」
「やる気はある。というか今出てきた」
守は拳を固める。しかしすぐに、弱気になってため息をついた。
「いや、やっぱダメだな。今やる気を出しても、これまでのツケが清算できない」
「それは今までの自分を恨むしか……」
守の勉強に対する態度を、健人は今までに散々見せられている。そのため、同情はなかなかできなかった。
「健人、今回はこれまで以上に辛い戦いになると思う」
「おう、頑張れ」
「いやっ、健人、俺は健人がいないと満足に勉強もできない人間なんだ。だから頼む!」
健人が協力しないことを遠回しに伝えると、守は毎度のことながら健人に頭を下げた。しかし、今回は健人も健人で忙しい。申し訳ない話ではあったが、守の勉強に付き合っている暇はなかった。
「今回はマジで力添えできない。まあ、学校の中だったら質問くらい聞いてやるから」
「な、何言ってんだよ?健人がいなかったら、俺は補習とかいう話以前の問題になる!」
健人は今まで、文句を言いながらも守に協力してきた。そのため、守にとってそれが当たり前のようになってしまっていた。従って、健人の協力が得られないということが守にとって何を意味するのかなど、誰にでも想像のつく話だった。
「彼女に見てもらえばいいだろ?」
「いや、……そんなことをしたら本末転倒だ」
健人が代案を示してみるも、守は顔を真っ青にしてそれが現実的でないことを伝える。健人は、無駄にプライドが高い守に鋭い視線を向けた。
「守がどうしようもないほどの馬鹿だってことは、向こうも知ってるでしょ。見栄を張るのはどちらにとっても良くない」
「でも……」
「それに、都合良く周りには秀才が集まってるんだからさ、俺みたいなバランスの取れていない人間よりも、全体的に優秀な奴に見てもらった方がいい」
健人は人任せな提案をしてみる。すると案の定、守は人選に困った。
「健人以外に誰がいるんだよ?」
「いるじゃないか。このクラスは学年二位を二人も輩出してる。どっちとも文句は言ったとしても、嫌がったりはしないだろ」
「いや、いやいやいや」
健人は、二人の「はるな」のどちらかに教えてもらうことを守に提案する。しかし、守は首を大きく横に振って、不可能であることを示した。
「あの二人に迷惑はかけられない。それに、そんなことがバレたらどんな酷い未来が待ってることか」
「……まあ、それもそうか」
健人は守の言葉を聞いて納得する。健人は、相手側が受けてくれればそれでいいと考えていたが、守には早織がいたのだ。
「じゃ、いないな」
「健人、それはダメだ。なんとか他の道は……?」
守は健人にすがって助けを求める。それほど切羽詰まっているのであれば自分で勉強しろと、健人はつい言いたくなる。しかし、それを飲み込んで他の案を出してみた。
「それじゃ、普通に先生に教えて貰えばいい。それが本職なんだし」
守の最大の敵であるテストを作るのは先生であり、先生に教えてもらうことは同時にテストの傾向を知る機会にもなる。科目ごとに人を変えなければならないことが問題であったが、文句は言っていられないはずだった。
しかし、守はその提案に対しても表情を暗くした。守には守の特殊事情があったのだ。
「大体の先生に見切られてる俺に、そんなことをしてくれるだろうか。それに、俺なんかのために時間を使ってもらうのは申し訳ない」
「何だそれ?そんな風に思ってることを、今まで俺にさせてきていたのか?」
守がやけに下手に出る様子を見て、健人は文句を言う。そんな認識で時間を奪われていたと思うと、無性に腹が立ったのだ。
「……最悪、先生に聞くか。……なんで俺ってこんなに頭が悪いんだろ?」
「過去の自分を恨むことだな」
健人は冷たく言い放つ。ただ、健人は言い放った後で少し後悔することになった。
これは最初で最後の健人のやる気かもしれない。これを逃せば、守の勉強に対する認識の改善は難しい可能性があった。そう思うと、ここは自分が折れるべきと健人は感じた。
ただ、健人は協力してあげたくてもそれができない理由がある。そのため、健人は困ることになった。
「……じゃあ、守が全く文句を言わないのであれば、一人いい人材がいる」
「女子じゃないか?」
「違う。俺はそこまで女子と仲良くないからな」
「頭良いか?」
「……まあ、お前よりは」
守の質問に健人は淡々と答える。すると、守は一気に表情を明るくした。
「だ、誰だそれ?」
守は期待した目で健人を見つめる。健人は最後の可能性にかけて、その者の名前を守に伝えた。
「大林だ」
「……何故俺なんだ?」
まだ帰っていなかった大林を隣のB組で見つけた健人は、大林に時間を作ってもらって守のことを説明する。すると案の定、大林には歓迎されなかった。
「大林、頭良いじゃないか。社会貢献だと思って頼む」
「しかし、俺がどうこうできる点数じゃないだろ」
大林は守の過去の点数を見て、冷静に評価する。ただ、健人には実績があったため、大林の言葉に反論した。
「補習を受けない程度まで上げてくれれば良いんだ。別に成績上位を狙ってるわけじゃない」
「そ、その通りだ。どうか学年一位の頭脳、この俺に分けてくれ」
健人の説明とともに守が頭を下げる。対する大林は完全に引いていた。
「俺にメリットがない。さすがに対価のない労働は嫌だからな」
「対価……それはお金ということですか!?」
大林が断る口実を作ると、守が必死に食らいつく。そんな馬鹿丸出しな守の姿に、健人はため息をついた。
「金銭関係は後で酷い目に遭う事を知っている。もっと別な対価だ」
大林は守に対してそう言い返す。もう守に案は残っていなかった。
「じゃ、大林はどんな対価なら受け取る?内容によっては可能かもしれない」
健人が守の代わりに質問する。ほとんど望みがないと承知はしている。しかし、大林以外に助けを求められる人間はいなかった。
「……じゃあ、こういうのはどうだろうか。俺に遠藤と話す機会を作ってくれ。最近は遠藤の周囲にたくさんの人がいて、良いタイミングがないんだ」
「おい、どういう理由だ!?」
大林が口にした事に、守がすぐさま食らいつく。守は、大林が榛名に何らかの好意を持っていると勘違いしたのだ。しかし、健人は大林と榛名の関係についてほんの少しだけ伝えられていたため、話を続けるよう大林に促した。
「遠藤が何を考えていたのか今は理解する事ができているが、当時は全く分からなかった。転入生だと話していた事もあって、だから協力してやったんだ。ただ、大野には申し訳ないが、あの時協力しなければ良かったと思ってる」
「……何の話だ?分かるように説明しろ」
守は大林と会話が噛み合わず、大林を睨む。しかし、健人は何となく状況を理解した。
榛名が健人と知り合う前、大林とどんな事があったのか。健人にはその内容は全く分からない。しかし、何かがあって、それを大林が後悔している事は理解できた。その経験を踏まえて、大林は健人に話をしているのだ。
「大野、別に変な気を起こしているわけじゃない。ただの頼みごとだ。……どうだ?」
大野は健人に対して最終的な確認してくる。健人はしばらく考えた後、口を開いた。
「別に良い。都合が良い日を伝えてくれたら、それを榛名に伝える。……こんな事で良いのか?」
「ああ、それだけで良い。ただ、今回のテストだけだ。次のテストからは、本格的に受験勉強を考えているからな」
大林は満足した様子でそう二人に伝える。ただ、大林の勉学への態度を聞いた二人は、苦笑いするしかなかった。
「それで?彼の学力はどんな……」
交渉がまとまった後、大林が守の学力について尋ねてくる。守に勉強を教えるにあたって、それは必要不可欠な情報であるのだ。
しかしそんな時、B組の扉が開く音が響いた。
「あ、見つけました。こんなところで何をしてるんですか?」
「……は、はっしー」
健人は、突然入ってきた榛名の姿に硬直する。そしてそれは、大林も同じだった。いつもの大林を知らない健人であるが、彼が普段冷静に対応していることは予想がつく。しかし、今の大林は榛名に顔を合わせないように、空気になろうとしていた。
ただ、その場の大林の存在は、榛名の目にしっかりと映っている。榛名は目を鋭くしてから、ゆっくりと歩いて近づいてきた。
「大林さんですよね、どうして健人と一緒に?」
榛名は健人にではなく、大林に声をかける。この時点で、大林と榛名が以前に会っていたという話の裏付けが取れる。
「いや、大林に守の勉強の面倒を見てもらおうと思って」
「……そうですか」
健人が説明するも、榛名は興味なさそうな声を出す。そんな榛名の視線は、大林へ一直線に伸びていた。
「……大野、この空気なんとかしろ」
「そう言われても……」
居心地悪く感じた大林が、健人に無茶を言う。守はそんな二人の間に挟まれて困惑していた。
「……それではっしー、何か用でもあった?」
健人が自然を装って榛名に声をかける。
「いえ、健人と狭川君の鞄がまだあったので二人を探していたんです。一緒に帰ろうと思って……」
「そ、そうか。じゃあ帰ろう」
健人は榛名の言葉を聞いて、早速行動に移ろうとする。しかし、榛名が不思議そうに口を開いたため、健人の企みは失敗した。
「何か変な話をされませんでしたか?」
「へ?」
「いえ、されていないのであれば良いんですけど……」
榛名はやや声を小さくして呟くように話す。健人はそれを聞いて、よくよく考えてみた。
「ああ、そういえばなんか、大林が榛名に話したいことがあるらしい。……今ちょうど良いんじゃない?」
健人は大林に頼まれていたことを思い出して、大林に今その話をすることを提案する。しかし、大林から返ってきたのは、健人のことを非難する表情だけだった。
「……何の話でしょう?大林さん?」
「いや、別になんでもない。ちょっと大野をからかうつもりで言っただけだ」
逃げるように大野は理由を作り上げる。話を聞いている健人としては、大林の苦しむ様子が目に見えて分かった。
ただ、大林がそのようになっているのは、この場に健人がいるからである。今の様子を見て判断する限り、大林は榛名から何らかの口封じがなされていると考えるべきだった。
「じゃ、俺と守は先に支度しておくからさ。榛名は話が終わったら戻ってきてよ」
「分かりました」
健人は大林に助け舟を出すつもりで、混乱している守を引き連れて教室から出る。そしてそのまま、隣のA組に戻った。
「い、いいのか?なんかすごいことが起きてたぜ?」
「気にするようなことじゃない」
守が心配そうな表情で健人を見つめてくるが、健人は問題ないことを守に伝える。ただ勿論、大林と榛名のことについて、健人が気にしていないわけがなかった。
「後ではっしーと話すよ」
健人は隣にいる守に一言そう呟く。そもそも健人は、大林に対して何か複雑な感情を持っているわけではない。やきもちや嫉妬など、全くありえない話である。
しかし、好奇心とは別の理由から、健人は二人の関係が無性に気になった。榛名に全く関係ないと言われたとしても、健人は一つでも多くのことを知りたかったわけである。
「……ごめんな、俺のせいで」
守は罪悪感を認識しているのか肩を落とす。
「なんで謝る?早く帰りの支度を済ませろよ」
健人は何も問題がないという様子を見せて、守に帰宅の準備を指示する。守はそれを聞いてゆっくりと動いた。
榛名が一人で教室に戻ってきたのは、それから数分後のことだった。




