第四章 夏季キャンプ(8)
この話は前話と強引に切り離しています。違和感がある場合は、前話と一緒に読むことをおすすめします。
「どうかした?」
健人は榛名に尋ねる。一人で立っている榛名は、手を後ろで組んで肩を揺らしていた。
「いや、えっと……」
榛名は健人の質問に少し口籠る。しかし、顔を真っ直ぐ健人の方に向けると、榛名はいつも通りの様子で喋りだした。
「実はさっきの道のどこかに携帯を落としてしまいました。でも一人で戻るのは怖くて」
「……一緒に行けと?」
「お願いします」
榛名は深々と頭を下げる。健人はそれを見て困った。
「行ってやれよ。俺たちは帰っとくから」
健人が面倒臭く感じていると、守が健人に言ってくる。するとすぐに、文俊や雄二も賛同した。
「急いで回ればそんなに時間はかからないだろ?先に守の話で盛り上がっておくから」
「電話を鳴らしてあげればすぐに見つかるだろうね」
三人全員が他人事だと思っているようで、気楽そうな言葉を健人にかける。
「……分かったよ。じゃ、さっさと行こう」
健人は仕方ないと思い、榛名の願い出を了承する。榛名を一人で行かせることもできないため、これ以外に選択肢はなかった。
「ありがとうございます」
健人は頭を掻きつつ、肝試しで通った道を戻る。その後ろを榛名がついて歩いた。
「どこらへんに落としたか心当たりはないのか?」
「ごめんなさい。終わって気付いたから分からないです」
健人はそれを聞いて、もう一度しっかり回らなければならないことを認識する。溜息を吐きたくなったものの、健人がそんなことをしても解決はしない。榛名は申し訳なく感じているのか、異様に静かだった。
道に入った健人は携帯を取り出す。そしてしばらく考え事をした後に口を開いた。
「そういえば、はっしーの番号知らないな」
「そうでした?私の番号は……」
榛名は自分の携帯の番号を思い出して健人に伝える。道はやはり暗く、手掛かりがない限り発見は難しそうだったのだ。
健人は言われた通りに番号を入力すると、そのまま電話をかける。するとすぐに、健人の携帯からコール音が響く。
それから、ほんの少しした後だった。
榛名のズボンのポケットがやや明るくなり、そこから音楽が流れてくる。ただ、榛名は何事もなかったかのように電話を切ると、携帯を再びズボンのポケットにしまった。健人はそれを見て呆然とする。
「……鈍臭いなって言って欲しいのか?」
「いいえ」
健人は自分も携帯をしまうと、榛名の顔を凝視する。榛名もそんな健人を一直線に見ていた。
榛名は嘘をついて健人をここまで連れてきた。健人はその理由を知る必要がある。眉にしわを作って榛名に質問した。
「じゃ、どういうこと?」
健人は結論だけを求めて質問している。ただ、それを聞いた榛名は、驚いたように目を開いた。
「分からないんですか?健人と二人になりたかったんです。こうでもしないと恥ずかしいから」
榛名は真剣な面持ちで、健人に今回の行動の理由を説明する。健人は榛名に見つめられつつそんなことを言われ、恥ずかしさに顔を赤くした。
「からかうのはやめてくれ。俺は怒ってる」
「ごめんなさい。でも、言いたいこと……言っておきたいことがあったから」
榛名は一歩健人に詰め寄る。健人は榛名の今の様子を観察して、演技をしている可能性を探った。しかし、健人にはそれを見極めることも、冷静に考えることもできなかった。
「健人は深瀬さんが好きですか?それとも富岡さん?」
「な、なんだよ急に」
「何にしても、私は健人が好きです。いつからとかそんなのはどうでも良くて、今の私は健人が好きなんです」
健人にさらに詰め寄った後、唐突に榛名が告白する。健人は突然の出来事に思考を停止させた。
「健人が深瀬さんと幼馴染で親しい仲なのは知っています。深瀬さんも健人のことが好きなはずです」
「お、おい……」
「富岡さんだって、たった三日しか関わっていなかったのに、健人のことをずっと見てました。……それに、狭川君のこともあったので気が気じゃなくて」
「……ちょっと、ちょっと待って!何?ドッキリに引っ掛けようとでもしてるの?」
健人はついに我慢できなくなって榛名の言葉を遮る。健人は状況を全く理解できていないのだ。
「そんなこと……これは私の本心です。信じてください」
「じゃ、どうしてそんなに焦って話をするんだ?俺には訳が分からない」
健人はこんな経験を今までにしたことがない。そのため、今の榛名をどのように対処すれば良いのか分からなかった。榛名が話を急ぐこともあって、健人は混乱の境地にいたのだ。
「焦っているのは……怖いからです」
「じゃあ、どうしてこんなところで話するんだよ?」
「違います!ここが怖いんじゃなくて。……健人が他の人に取られてしまうことが怖いんです。私は健人が本当に好きだから」
榛名はさらに一歩健人に迫ると、とうとう健人の手を握る。健人は近づいた榛名の顔から、急いで自分の顔を逸らす。
「ちょっと待ち!……待って!」
健人は堪えきれずにそう言って榛名から離れる。そして、火照る顔を急いで冷まそうとした。
健人は悪い夢でも見ているような感覚に陥っている。そのため、その場をくるくると歩いて、自分と榛名が共に冷静になるための時間を作った。しかし、健人の頭の中は、一向に落ち着きを取り戻せないでいた。
「急なのは分かってるんです。迷惑をかけていることも……」
「もうちょっと色々考えてから言ったほうが良い。冗談だとしても洒落にならない」
「本当の気持ちだったらダメなんですか?」
健人は忠告するように榛名に自分の考えを伝える。しかし、榛名はそれを上回る回答で健人を翻弄した。
「……困りはしないよ。はっしーが良い人なのは知ってるし、信頼もしてる。だけど話が急すぎて。……はっしーの気持ちは聞いた。それで何を求めるの?」
健人は一番疑問に思っていたことを尋ねる。自分の感情を相手に伝えることは簡単である。しかし、言われた側はその反応に困るのだ。
「……分かりません。私は健人が好きで、後悔する前にその気持ちを知って欲しかったから。これからも一緒にいて、仲良くしてくれると嬉しいです」
榛名も相当動揺しているようで、色々な方向に視線を漂わせて言葉を並べる。健人はそんな榛名の様子を新鮮に感じた。
「それじゃ、付き合ったりとかそういうのが目的じゃないんだね?」
「それは……!」
健人が聞いている限り、榛名は健人との交際を求めていない。そのため、健人はそれを尋ねて榛名に確認してみた。ただ、健人の中では素直に肯定されるはずだったその質問に、榛名は返答を遅らせる。
「それは勿論……私はそうしたいです。ですけど、健人に押し付けるのはよくないと思って分からなくなっています。……どうしたらいいですか?」
榛名は困った様子で健人に質問する。ただ、健人がその質問に答えられるはずがなかった。榛名のことをどう思っているかなど、健人自身にもよく分からないのだ。
「それはなぁ……どうしよう」
「……やっぱり迷惑でしたよね、すみません」
健人の振る舞いを見て、榛名は焦り口調でそう告げる。そして、急いでその場を去ろうとした。しかし、健人はそんな榛名の腕を掴んで止めた。
「ちょっと待って。誰も迷惑とか言ってないだろ?」
「……でも」
健人はこのまま別れると禍根を残すと考え、榛名を立ち止まらせた。しかし、それからのことは全く考えていなかった。
「……はっしーは凄い綺麗で可愛いと思う。それにとても優しい」
「えっ!?」
「はっしーに好きと言われて迷惑がる男なんているはずかない。俺はそう思う」
健人は良いことを言ったと自分で感じる。しかし、榛名が求めていることはそうではなかった。
「周りの人がどうとかそういうのは関係なくて、私は健人がどう思っているのかが知りたいです。……ダメですか?」
最後、榛名は弱々しい声で呟く。健人はその言葉に真っ暗闇で再び赤面した。一体何があってこんなことになったのか。健人には皆目見当つかない。
ただ、これが不快かと言われればそうではなかった。占い師に「はるな」という名を出されてから、健人は榛名のことを無意味なほどに気にしてしまっている。そのせいで、健人は榛名のことをどう思っているのか、結論は出せていない。
しかし、気持ちを直接伝えられるということがどういうことなのかを、健人はこの時になって初めて理解した。そして、そんな経験が健人を決心させた。
「今俺がどんなことを言っても、この場の流れに飲まれた結果と思われる。だけどそれで良いなら……えっと……」
「言って?」
榛名が健人の腕を頼りに目の前までやってくる。健人は唾を飲む。
「す……好きだ。……うん」
健人は言い切った後、さらに顔が熱くなっていくのを感じる。しかし、言った後に後悔はなかった。
「……きっと、まだはっきり整理がついてないんだと思います」
榛名はそう言いつつ両手で健人の顔を挟む。両頬を榛名に触られて自我を失いそうになった健人だったが、榛名の手も健人と同じくらい火照っていた。
榛名は背伸びをして顔を健人の顔に近づける。そして、お互いの顔を焦点が合わなくなるほどまで近づけると、榛名は小さく呟いた。
「でもきっと、私の虜にしてみせます。覚悟していてください」
「あ……ああ。分かった」
健人は考えることを放棄して、適当に返答する。理解の出来ない心地よさが心を掴んでいるようで、健人はそれに飲まれていたのだ。加えて、今の榛名がどうしようもないほど愛おしく見えていた。
「じゃ……戻ろっか。携帯も見つかったし」
「あ、ああ」
榛名の冗談さえ、健人は上手く返すことができない。ただ、健人は占い師の言葉が案外間違っていなかったことに気付き、守のことも含めて理解に苦しんだ。
しかし、榛名と手を繋ぐことを強要されてそのまま道を歩いている時、占いなどもはや関係なく自分がもっとしっかりしなければと感じた。




