第四章 夏季キャンプ(7)
「肝試し?……怖いです」
一通りの趣旨を聞いた富岡がそう呟く。しかし、守はすぐにその心配を否定した。
「大丈夫、信頼できる男が一人、ちゃんと付くから」
「その男も人によっては危ないかもね」
守の言葉に対し、春奈が冷たい目でそう反論する。守は初め、自分のことを言われていると気づいていなかったが、全員の視線を浴びていることを察して急いで手を横に振った。
「俺いい奴。悪いことしない!」
「どうして片言なんだよ?」
健人は守に呆れる。ただ、守はそんなことをする人間ではない。
「でも、どうして急に肝試しを?」
榛名が不思議そうに尋ねる。榛名に怖がっている様子はなかった。
「最後の思い出ということで。折角ここまで仲良くもなったんだからさ」
文俊はそう言って、目の前の森を差し示す。そこには真っ暗闇に包まれた空間が広がっていた。
「二人一組になって、山道を少し歩く。ちゃんと道なりに行けば、すぐ横に見えてるあの出口から出られるから、まあ迷うことはないよ」
文俊は出口の場所も伝える。ただ、言われなければ分からないほど、出口も暗闇の中だった。
「それで?どうやってペアを決めるの?」
春奈が質問する。春奈はその奥に隠れている早織の手を握っており、早織のことを気にしているようだった。
このキャンプを通じて、健人は早織が一番大人しい性格であると理解していた。それ以外の女子は何かしらおかしな性格を有しているのだ。
「二人組はくじで決める。同じ番号が書かれた紙が二枚入ってるから、それを引いた人同士ってわけだ」
「いかさましてない?」
「し、してないしてない」
富岡が文俊を疑う。文俊は顔を引きつらせつつも否定する。富岡はそんな態度をさらに疑った。
「誰から引くかとか全部決めていいぜ。富岡から引くか?」
雄二が挑発するように富岡に言い返す。健人はその様子を見て、雄二が詐欺師に向いていると心の中で感じた。
「そう言われると癪にさわるわね。私は後でいいよ!」
「それじゃ、他の三人からどうぞ」
雄二はそう言って、富岡以外の女子にくじを引かせる。三人が引き終わると、次に健人らが引いていき最後に富岡が引いた。
その結果、健人は富岡と、守は早織、雄二は春奈、文俊は榛名とペアになった。くじを引く前に雄二が健人に伝えていたペアと同じ結果である。
「じゃ、入っていく順番だけど、これは番号順でいいか」
雄二は適当を装って決めて、引いたくじの紙を揺らしてみせる。ちなみに、その数字も雄二が言っていた通りである。
その結果、最初に入るのは雄二らで、その後に文俊ら、健人ら、最後に守と早織の順番だった。
「じゃあ、パッと入ってサッと終わらせようか。くれぐれも各人変な気は起こさないでね」
文俊の忠告を聞いてから、雄二と春奈がスタートする。お互いの間隔は三分としていた。
「じゃ、俺らも行くか」
順番が回ってくると、健人は怖がる富岡に声をかける。そして、守と早織を残したまま二人は道に入った。
「や……やっぱり怖いね」
「影から何かが出てきそうだ」
「ちょっ、ちょっと!」
健人は怖がらせるつもりなどなかったが、富岡は健人の言葉に怯えた。確かにあたりは光の一つもなく、星明かりでさえ木々に隠れて届いていなかった。
「……まあ、道はちゃんとあるし、全く何も見えないわけでもない。そこまで怖くはないな」
「怖いよ。見えないのが怖いの」
富岡の声は健人の左側から聞こえてくる。しかし、前を向いて歩いている健人が、富岡の位置を正確に把握しているかと言えばそうではなかった。
「きゃっ!」
二人で道なりに進んでいた時、富岡が小さく悲鳴をあげて健人に寄りかかる。どうやら木の根に躓いたようだった。
「大丈夫か?」
「う、うん。ごめんね」
富岡は健人の腰あたりに倒れかかっている。健人は富岡の肩を持ってゆっくりと立たせた。
「やっぱり暗いよな。企画しなければ良かった」
「……どうしていきなり肝試ししようってことになったの?」
健人が愚痴をこぼすと、富岡がそれに食いついて尋ねてくる。健人は口が滑ったと思いつつ、適当な返答を考えた。
「いやまあ……最後の日だしな。キャンプといえばこれだろ?」
「そうなのかな?」
富岡は不思議そうな声を出す。健人は富岡が納得してくれるのを待つしかなかった。
「……でも、大野さんは全然怖がらないですね。怖くないんですか?」
富岡が不思議そうに尋ねてくる。確かに富岡の言う通り、健人は恐怖をそこまで感じていない。ただそれは、恐怖以外の感情で薄れているだけだった。
「まあ、怖いものなんてないしね。怖いと思えば怖くなって、怖くないと思えば怖くない。人間って一時の先入観にすぐ騙されがちだから」
「じゃあ、幽霊とかはいないと思っていますか?」
富岡は恐怖を紛らわせるためか、不思議な質問をしてくる。しかし、富岡のその声はやや震えていた。
「信じていないとまでは言わないけど、見たことないからいるって言えないし」
「自分の目で見るまでは信じないタイプなの?」
「そういうわけじゃない。幽霊はまあちょっと違うけど、宇宙人ならいると確信してる。というか、いないわけがないとさえ思う」
健人は歩みを進めつつ、自分の意見を口にする。富岡はそれを聞いて少し笑った。
「私にしてみれば幽霊も宇宙人も一緒だと思うけど?どうして宇宙人はいると思うの?」
「いや、だって俺らがどこかの星の宇宙人になり得るから。星に生命が誕生するいい例として、俺たちがいるからね。でも、幽霊はその例がない」
「じゃあ、いないと思って怖がらなくていいのね?」
富岡は健人に確認する。ただ、健人が言いたいことはそういうことではなかった。
「いや、富岡さんには見えるかもしれない。俺には見えないから否定してるけど、富岡さんがどうなのかは知らない」
「えー、やっぱり怖いわ」
富岡は残念そうに声を出す。同時に、健人は話がごまかせたことに安堵した。
「………ん?」
そんな時、健人は道の先で小さく何かが動いたのを確認した。健人は最初、先に行った文俊らに追いついたのだと推測した。しかし、近づくにつれて健人は様子が違うことに気づいた。
道を外れた箇所で何かが動いている。健人はそれをはっきりと確認していた。ただ、富岡を怖がらせることはできないため、そのことを伝えはしない。
そうして、二人はその近くを通り過ぎようとする。そんな時だった。
「きゃああああ!」
突然、富岡の叫び声が響く。健人は咄嗟に富岡に近寄った。
「どうした?」
「何か……何かがそこ歩いてた!」
富岡がある一方向を指差す。ただ、その方向に健人は異変を見つけることはできない。
「狸とかだろ?」
「二足歩行!」
「じゃあ、猿か?」
健人は適当なことを言って、富岡を安心させようとする。ただ、富岡は完全に腰を抜かしていた。
「た、……立てない」
切迫感ある声で富岡が健人に状況を伝える。へたり込んでいる富岡は、石のようだった。
「……じゃ、置いてくか」
「えっ!?」
「冗談だ。背負おうか?」
健人は仕方なく提案する。人をおぶって山道を歩くとなると、健人自身が足を挫きやすくなるのだ。
「それは……私重いし」
「それじゃ、置いて行くけど?」
「いや、連れて行って!」
富岡は恥じて躊躇うも、恐怖には勝てないといった様子で健人に懇願する。健人はそれを聞いて、ゆっくりと富岡を背中におぶって立ち上がった。
「守よりは軽い」
「嬉しくないけど……」
健人は一言告げてから再び歩き始める。実際、そこまで健人に苦痛はなかった。
「……今の何だったんだろ?」
富岡の心配そうな声が響く。健人も詳しく何かを理解しているわけではない。しかし、富岡が見たものについて心配はしていなかった。
健人は富岡をおぶって道なりに歩く。そして少し時間が経った後、健人は再び前方で何か動くものを確認した。ただ、富岡は気づいていない様子である。
「肝試しを楽しみたいんだったら言わないんだけど……」
「なっ!なに!?」
富岡がやや大きな声をあげる。すると、前方にかすかに見えていた影は動きを止める。健人はそんな影を注視しながら言葉を続けた。
「いや、楽しみたいなら何も言わないけど」
「言って!」
富岡は健人の首を絞める勢いで、背中の上から詰め寄る。健人はそれを聞いて声を潜めた。
「少し行った先でまた何か出てくるかも」
「何かって?」
「さあ?それは俺にも分からない」
「じゃあ、なんで怖がらないで歩いてるの!」
富岡は健人に立ち止まるよう言って肩を叩く。しかし、止まってしまっては後続に追いつかれる可能性があったため、健人はそのまま進み続ける。
「心配ない。ただの猿とかだろ」
「本当に怖いです!」
「それが醍醐味だろ」
健人は強引に歩みを続け、そして動く影を見たそばまでやってくる。すると案の定、何か一つの影が二人のそばを駆けた。ただ、準備ができていたからか、富岡は身体をビクつかせただけだった。
「もう!誰なの!」
「耳元であまり大きな声出すな」
健人は影に対してではなく、富岡に対して文句を言う。この二回の事象は、怖がるほどのことではなかったのだ。
健人は背中に富岡を乗せながら道を歩き続ける。周囲を警戒している富岡を見て、健人は文俊や雄二が言っていたことが間違っていると悟った。富岡は人付き合いの良い人間ではあるが、文俊らが言っていたような様子は見られなかったのだ。
そのためか、健人は安心することができていた。
二人がゴールに到達すると、そこでは先に行っていた四人が待っていた。富岡がおぶられている様子に、その場の全員が驚きを見せる。
「猿かなんかが出てきて腰を抜かしたんだ」
健人はそう説明して富岡を下ろす。すでに富岡は自分で立てるようになっていた。
「ちょっと!この中にいるんでしょ!?私を驚かせた人!」
「何のこと?僕らは何事もなくゴールしたけど」
文俊が白々しく言い返す。ただ、富岡はそんな文俊の顔を凝視して、やっぱりといった感じで頷いた。
「文俊でしょ!?あの猿みたいなの!」
「猿じゃないよ、失礼だな」
文俊は笑いながら否定する。この肝試しを行った理由を知っている健人としては、そんな文俊がどうしようもなく怪しく見えた。
「……あっ、最後が帰ってきた」
富岡と文俊が言い合いをしている中、雄二が二人を仲裁するように声を出す。健人が見てみると、二人の影がこちらに歩いてきていた。
「……早織ちゃん」
富岡が驚いた顔で口にする。健人も二人の予想外の登場に驚いた。
「なんか道の向こうから化け物みたいな声が聞こえてきて怖かったぜ」
「……いや、そうじゃなくて」
健人は守と早織の間をよく見る。固く手を握っている二人は、どう見ても良い雰囲気にしか見えなかった。
「仲良くなったんだな」
雄二が感慨深そうに口にする。そこでやっと、守と早織はことに気づいた。二人は素早く手を放し、恥ずかしそうに頭を掻く。
「……あやかりたいなぁ」
文俊が冷やかすも、二人はそれに対して黙ったままである。早織が女子と合流すると、守もこそこそと守以外の男子の中に入り込んできた。
「健人、あの占い師はペテン師だ。今分かった」
「だからずっとそう言ってただろ?」
健人はそう言うも、言葉に力がこもらない。健人は不思議な感覚に陥っていたのだ。
春休み、健人に衝撃を与えた占い師は、守には運命の人が見えないと言っていた。しかしそれは、完全に外れた内容だった。
勿論、早織が守の本当の運命の人でないのであればそこまでである。しかし、そうだとすれば健人が占い師の言葉に衝撃を受ける必要はなく、問題は存在しないに等しくなる。
それゆえ、守がこのキャンプで早織と親しくなったことは、健人にとって意外だった。占い師が言っていたことが間違いなのであれば、健人がこれ以上その言葉に苦しめられる必要はない。杞憂であったと言えるのだ。
ただ、そうなれば健人は本格的に全てのことが分からなくなっていった。占い師が「はるな」という名を出したことは事実である。そして、榛名と春奈が健人のそばで生活していることも事実だ。
占い師が正しいことしか言っていないわけではないと証明された。しかし、新たな問題が健人に襲い掛かることは間違いなかった。
「……それで?健人はどうだったんだ?」
「俺ら?富岡さんがいい演出をしてくれただろ?いい悲鳴だった」
健人は笑ってそう伝える。守はそれを聞いて化け物の声の正体を知る。
「でも結局何もなしか。ちょっと期待外れだったな」
文俊が小さな声で感想を述べる。ただ、健人にしてみれば知った話ではなかった。
「まあ、思わぬ収穫があって良かったじゃないか」
「おい、恥ずかしいからこの話はなしだ。もう戻ろう」
守は自分の話題をされ続けて、その性格に似合わず恥じてみせる。健人はそんな守を見て気持ち悪くなった。
「じゃ、最後のイベントも終わりってことで。お疲れ様」
各々が感想を述べ終わった頃、文俊が全体に伝える。ここからテントまではそんなに離れていない。そのため、男子と女子は別れて各自でテントに戻ることになった。
ただ、そんな時だった。
「健人、ちょっと待って」
四人でテントに戻っていた時、健人は不意に後ろから声をかけられる。健人が振り向いてみると、そこには榛名が立っていた。




