第四章 夏季キャンプ(4)
キャンプ二日目の午後、健人と守は近くの川で釣りをしていた。午前中は参加者全員で近くのハイキングコースを歩くイベントがあり、二人は無駄に疲れていた。
午後は自由時間となっていたものの、疲れのため身体を激しく動かすことは出来ない。そんなこともあって、守の提案で釣りをすることになった。ただ二人とも、釣りの経験はない。
「あっ……」
二人して流れる川を眺めていたとき、守が突然声を漏らす。健人が守の釣り糸を見てみると、それは一直線に張っていた。
「来たのか?」
健人はやや期待しながら尋ねてみる。釣竿を手に持ちながら川を観察していた健人は、今まで魚の一匹も目撃していない。そのため、魚がいる証拠を欲していた。
「いや、地球だわ」
ただ、健人のそんな期待もよそに、守は冷静にそう分析して釣竿を左右に大きく振った。しかし、針はなかなか水面から出てこない。
「くそ、何だよ!」
守はそう言って強引に釣竿を振り上げる。そしてようやく、針が地上に戻ってきた。健人はそれを見て、残念に思いつつ自分の釣竿に再び目を向ける。しかしその瞬間、守は突然叫び声をあげた。
「健人!これ見ろ!」
守は興奮した様子で、健人に釣り針を見せてくる。そこには小さなカニが一匹引っかかっていた。
「なんだそれ?」
健人は純粋に不思議に思う。守はそのカニを大事そうに手に取ると、ガッツポーズを見せた。
「人生で初めて釣り上げたのがカニなんて、世界中探しても俺だけだぜ!」
守は嬉しそうに健人に喚く。ただ、健人はどうしようもないと思って、そんな守を適当にあしらった。カニならば手でも捕まえられる。魚を釣らない限り、満足できそうになかった。
そうして、再び暇な時間が襲いかかってくる。たまに引き上げてみても、餌が取られた様子さえない。健人はせめて一匹だけでもと考えながら、根性強く待つことにした。
すると、そんな健人と守のもとへ新しい声がやって加わってきた。
「あれ?バケツの中水だけだよ?目に見えない魚でも入ってるの?」
嫌味を言ってきたのは春奈だった。鬱憤が溜まっていたこともあって、文句を言おうと健人は振り返る。しかし、振り返った先の光景を見て、健人の文句はかき消えた。
「なっ……なんて格好してるんだよ!」
健人はそう叫んで視線を川に戻す。すると、春奈はそんな健人の背中に近づいた。
「別に変な格好じゃないでしょ?ただの水着だし」
「可愛いと思うぜ。そら健人、見てみろよ」
守が健人に声をかける。ただ、健人は一度目を背けてしまったため、振り返ることなどできない。
そんな時、さらにもう一人の声が響いてきた。
「ちょっと待ってください。私泳げな……」
榛名の声がプツリと止まる。足音はその他複数聞こえ、榛名の他にも数人いるようだった。聞こえてきた声が榛名のものだと認知した健人は、余計に気まずくなる。
「あれ?どうして健人が?……あと狭川君も」
「俺はついでかい!」
守が軽くツッコミを入れる。ただ、誰もそれに反応をしてくれない。
「見ての通り、釣りの真っ最中だ」
健人は釣竿を振って真剣に釣りをしていることをアピールする。すると、春奈と同じように榛名も健人に近づいてきた。健人は足音でそれを確認するなり、急いで立ち上がる。
「こ、このポイントは良くないな」
健人は適当な言葉を並べてその場から離れようとする。しかし、誰かの手ががっしりと健人の肩を掴んでいた。
「せっかく健人に見てもらおうと思ったのに。……ね、はっしー?」
春奈の口調は穏やかで、加えてゆっくりとしている。健人はそんな春奈の声に、少しの恐怖を感じた。
「そ、そうです。あと、二人も。……ねぇ?」
「私たちは関係ないじゃん。……それで?その人が言ってたあの……」
「トミー?何の話?」
春奈らと同じグループの富岡の声が聞こえてくるも、それは春奈によって強制的に遮られる。何故か健人の肩を持つ春奈の手の力は強くなった。
「ねぇー、早く泳ごうよ。そんなに見せようとしなくても、泳いでる姿は嫌でも見てくれるよ」
健人の知らない声が、春奈と榛名にそう告げる。消去法的に春奈らのグループの健人が全く知らない一人の声であった。
「それもそうね、じゃ行こっか」
春奈は簡単に同意すると、健人から手を離して川岸に向かう。そんな春奈について他の三人も川に向かっていった。
健人はその四人の背中をしばらく眺めたあと、守の方に目をやった。いつもは嬉しそうにする守が、今はやけに静かだと気づいたのだ。
「どうしたんだ?守?」
「い、いや、何もない。目の保養になったな!」
健人の質問に、守はとってつけたような返事をする。健人は守の態度を不自然に思わざるを得ない。ただ、深く問うことはしない。
健人と守が釣りをしている中、その目の前で水着姿の四人がはしゃぎ回る。水音を立てて魚が逃げてしまうと健人は懸念したが、今までに釣れていたわけでもなかったので害はなかった。
健人は二人の「はるな」を見つめながら、四月のことを思い出した。占い師に「はるな」のことを言われてから四ヶ月が経とうとしていたが、今のところ変化という変化はない。榛名が現れたことに驚いた健人だったが、今では偶然だったと割り切れていた。
所詮は占い。健人はそう思って釣竿を何度か揺らした。
榛名は健人らの前で水着でいることが恥ずかしいのか、何度も健人らの方に目配せをする。健人はその時には目を離すようにしていたが、すぐに視線はそちらに戻ってしまう。占いはさておいても、榛名は魅力的なのだ。
しばらくすると、春奈らは疲れたのか岸に上がってきた。春奈はそれと同時に健人に近づいてきて、二つの意味で健人を馬鹿にする。健人はそれを無視して釣竿を引き上げた。時間的にこれ以上続けても、収穫があるように思えなかったのだ。
健人は結局一匹も釣れないまま、春奈から逃げるために釣りをやめることにした。健人は守に声をかけてテントに戻ることを伝えようとする。しかし、守の様子を見て動きを止める。
「……二人何かあったの?」
春奈も気付いたようで健人に声をかけてくる。しかし、健人には全く心当たりがなかった。
「早織ちゃん、そういえば行きのバスで狭川君の隣だったよね?」
「……あー、そういえばそうだったね」
榛名の言葉に春奈は手を叩いてそうだったと思い出す。そんな三人の視線の先では、守と早織が楽しそうに何か話をしている。ただ、楽しそうなのは早織だけで、守はカチコチに固まっていた。
早織は小柄な人物で、健人の第一印象としては大人しそうだった。守がどういう経緯で早織と仲良くなったのかは健人の知るところではない。健人は釣竿を肩に乗せ、一人で戻ることにした。
「守に先を越されても良いのー?」
春奈が健人の後ろについてきてそう口にする。健人は振り返ることもせずに、春奈に言い返した。
「春奈が気にすることじゃないだろ。人のことは放っておけ」
守に無用な手出しは要らない。そんな意味を込めて健人は春奈に忠告する。しかし、春奈は違う意味で健人の言葉を捉えたようだった。
「べ、別に健人を心配したとかそんなんじゃ……」
「……は?」
健人は訳が分からなくなって春奈の方を向く。ただ、春奈も訳が分からなくなっているようだった。
「不純ですよ?水着でそんなことを堂々となんて。早く着替えに行きましょう」
健人と春奈が口を閉ざしておのおの考え込んでいると、榛名が富岡と一緒に歩いてきて春奈の腕を掴む。そして、そのまま引きずるように春奈を連れていく。
「じゃあ、また夕食の時に」
榛名はそう言って健人から離れていった。健人は一人残された形となったが、後ろから守と早織が歩いてきていることに気付くと、追いつかれないように歩調を速めた。




