第四章 夏季キャンプ(3)
フットサル場は人工芝が整備されており、フェンスやゴール等全てが綺麗だった。ピッチの中では、すでに数人がウォーミングアップを始めている。
「お、来てくれたのか。僕たちも今から動き出すところ」
文隆が健人と守を見つけて声をかける。健人と守はアップを進める数人のボールさばきを見ていた。
「……そこで着替えられる。着替えて身体を伸ばしたら来てくれ」
文隆はそう言うと自分もピッチの中に入っていく。健人と守は指示通りに更衣室に向かった。
「なかなか上手かったな」
「確かに。でも俺には及ばないな」
守は自信満々にそう口にする。ただ、守は最近ほとんど運動をしていないはずである。一体どこからそのような自信が湧いてくるのか、健人には分からなかった。
二人は着替え終えると、簡単に準備体操をしてからピッチの中に入った。そこで文俊と雄二以外のメンバーに自己紹介を行う。
文俊と雄二以外のメンバーは二人と同じ学校らしく、名前はそれぞれ田中と中村といった。部活でサッカーをしているそうで、上手なのは当たり前だった。
「ちょっとシュートでも打ってみる?フットサルは久しぶりで、ゴールが小さくてびっくりした」
中村が守にボールを転がしつつ笑う。守はそれを足で受け取ると、ヒールで持ち上げてシュートを放った。ただそれは、ポストに阻まれて戻ってくる。
「ナイスシュートじゃないか!サッカーしているの?」
守のシュートを見て、田中が驚きつつ質問する。守は帰ってきたボールで小さくリフティングをしながら答えた。
「もうしてない。中学まではしてたけど」
守はそう言って健人にボールを渡す。健人はそれを受け取ると、守にならってリフティングをしてみる。地面には落ちなかったものの、守に比べれば不安定なリフティングとなった。
中学までの守は特別だった。県の選抜にも選ばれていて、多くの人の憧れの的だった。今でこそ守の英断に理解を示しているが、守がサッカーをしないと言い出した時、健人はそれを認められなかった。あまりにも簡単に、守は大きなものを捨てようとしていると思ったのだ。
健人は今もまだ技術を失っていない守の姿を見て、再びそんなことを少しだけ考えてしまう。
ピッチで程よく足慣らしを終えると、健人らは早速二チームに分かれてゲームを始めた。本来のフットサルは五人同士で行うが、この場にいるのは全員で六人のため、三対三となる。チーム編成は無作為に決められることになった。
人数的にゴールキーパーを用意できないため、三人が連携してゴールを守ることになる。手は使えないものの、ゴール自体が小さいため絶対に止められないシュートはないはずだった。
しかし、そんな中でも異彩を放っていたのは守だった。現役である田中や中村を、守はボールを地面に這わせたままかわしていく。健人や文俊、雄二はもはや相手にもならない。
「ダメだ。扱いが上手すぎて何もできない」
守に抜かれた後、田中は笑いながら口にする。目で確認しなくても、守はボールの位置を完全に把握している。そして、ボールをどのように触れば相手が翻弄するかを知っていた。
守に敵う者はこの中にはいなかった。
ただ、田中と中村が同じチームになれば、ある程度守の動きを抑えることができる。チームの構成として、守が田中と中村の二人と違うチームにならなければ、ゲームとして成り立たなかった。
健人らがそうしてゲームを重ねていた時、応援者として春奈らのグループ四人が様子を見にやってきた。榛名と春奈が健人や守と同じ学校であるように、春奈らが同じグループになった他の二人の女子生徒は、文俊や雄二と同じ学校である。
健人は今にも倒れそうになりながら、やって来た応援者に気がつく。しかし、守は反対にさらに動きを良くさせた。
春奈らが見ている中、健人らはもう一度グループ分けを行ってゲームを行う。チームは健人と守と雄二のグループとその他に分かれる。
「……健人、ちょっと本気出すから」
守は真剣な表情で健人に話しかける。女子が見に来たということ以外にも、何か理由があるようだった。
「ご勝手に」
健人に言ってきたところで、守が本当に本気を出せば健人など必要ない。雄二には申し訳ないと感じた健人だったが、守の活躍を目に焼き付けることにした。
健人らのチームのボールでゲームが始まると、守は早速正面突破を図った。ただ、これまでのゲームで守の傾向を掴んでいた田中と中村は、ゴールを文俊に任せて守を潰しにかかる。
守のボールさばきは現役でも通用する。しかし、体力の面では守のそれは田中らに遠く及ばない。そのため、守は次第に動きを鈍くしていった。後ろから見ていた健人は、今まで通りに守が正面を突破することは難しいと感じた。
ただ、それは守が本来の力を出さなければの話である。
守は田中の直前でスピードを落とすと、周囲を確認する。しばらく守が足踏みしていると、田中の方から動き出した。後ろに中村がいることから、田中はボールを取りに行ったのだ。
ただ、守はそれを待っていた。守はボールを宙に浮かせると、自分の身体を田中とボールの間に挟みながらリフティングで前進する。空中にボールが浮いて足が出せなくなった田中は、あっという間に抜き去られる。
その後、同様の方法で中村も突破した守は、最後には文俊をゴール前から誘き出して難なくゴールを決めた。健人と雄二はそんな守を見ているだけである。
「よし、俺は下がるわ」
健人らのところへ戻ってきた守は満足したようにそう告げる。健人には守が何を狙っていたのか分らなかった。
その後、健人と雄二は守が後ろにいるという安心感のもと、積極的に相手のゴールを攻めた。守はあれ以来一度も攻撃に参加しなかったが、健人らが勝利したのは紛れもなく守のおかげだった。
自由時間の終了間際、全員は更衣室横のシャワーで汗を流し、急いで集合場所に向かった。これから夕食の準備をしなければならないのだ。
「……何かあったのか?やけに今回は本気を出してたけど?」
小走りで集合場所に向かう中、健人は守に問いかける。
「本気?馬鹿言うなって、あれが本気なわけないだろ?」
健人の質問に対して、守は健人を馬鹿にして言葉を返す。ただ、その言葉がジョークであると、健人にはすぐに分かった。
「だってお前、体育でサッカーしてもいつも後ろに下がってばかりだったじゃないか」
「それはそれ、これはこれ」
守は適当に返答する。健人は、間違いなく守が何かを考えていると確信した。
「まあなんでもいいけど。でもな、お前は俺の占いのことでいちいち文句言ってきてるんだから、俺も何か言うときは言うからな」
「もー、俺の母ちゃんかよ!」
守は小馬鹿にしたように言い放つ。しかし、その守の言葉は完全に無視した。
健人らが集合場所に到着すると、そこではすでに多くの人が待っていた。春奈らの姿を見つけた健人と守は、その隣まで移動する。
「では皆さん、今日の夕食はカレーライスです。そのため、飯盒炊飯でご飯を炊いてもらって、カレーのルーもかまどで作ってもらいます。手順等については配布の資料に従ってください」
スタッフが全員の前で真剣に説明を行う。周囲はすでに暗くなりつつあり、それと同時に気温は急激に低下し始めていた。
「夏なのに寒くなってきたね」
春奈が健人の隣で呟く。健人は仕方がないと思いつつ、自分が湯冷めしないように着てきたパーカーを春奈に渡した。春奈はお礼を言ってから笑顔でそれを受け取る。
「まだ空はあんなに青いですけどね」
健人が回ってきた資料に目を通していると、今度は榛名がやや苛立った様子でそう口にする。
「まあ仕方ないだろ。太陽はまだ出てるんだろうけど、山の陰に入ったからな。明日の日の出も遅く感じるかも」
健人は榛名の言葉に真面目に答えてみる。ただ、榛名はそのことを十分に理解していたらしく、どうしようもないことであるからか、ため息を大きく吐いていた。健人はそんな榛名に首を傾げる。
「グループ単位で作ってもらいますから、誰がご飯を担当するのかなどを決めておいてください。用具はすでに準備を済ませていますから、整い次第作業を始めてください」
スタッフの最後の指示が通ると、全員がざわざわと動き出す。春奈らもグループで歩いていった。
健人らも各担当を決めるために話し合う。その結果、健人と守が飯盒炊飯を担当し、文俊と雄二がカレーのルーを作ることになった。
健人には飯盒炊飯の経験などない。しかし、資料に詳しく方法が記載されていたため、困難そうな雰囲気は感じなかった。二人はかまどの前で各々の作業分担を決める。
「健人は米を研いでくれ。俺が火をつけておく」
「分かった。火力が大事と書いてるから、しっかり頼む」
「おう」
二人が役割を決めると、健人は早速準備されていた飯盒と米を手にとって流し場に向かう。その後、健人は全て資料通りに手順を進め、特に問題を起こすことなく米を研ぎ終えた。
健人がかまどへ戻ると、早いグループではすでに大きな火と格闘していた。薄暗い中、煙がもうもうと山の方へ流れていく。
「守、大丈夫か?」
健人は守のもとに着くなり、かまどの様子を確認する。意外になことに、守もしっかりとした火を起こせていた。健人はてっきり、くすぶっている火か、もしくは火事寸前の炎になっているだろうと考えていたのだ。
「この薪ちょっと湿っていて火がつきにくいんだ。ただまあ、最初の弱火くらいの火力はある」
守はやけに真剣な面持ちで、自分が起こした火を見つめる。周囲には、着火に使ったと思われる新聞紙が散らばっていた。
「あれ?守、火をつけられたの?」
健人が飯盒をどのように火の上に置こうか考えていたとき、かまど越しに声が届いてくる。春奈らのグループは、健人らのかまどの奥側で作業をしていたのだ。そこでは勿論、榛名や他のグループの女子生徒が奮闘している。
「まあな、これくらい朝飯前だ」
守は笑みを浮かべて春奈に自慢した。対する春奈は苦笑いをしている。健人は春奈らのグループの様子を見て、守の隣から春奈に声をかけた。
「そっちもちゃんとついたんだ」
「勿論よ。私がいるんだからね」
「そっか」
春奈は胸を張って起こした火を見せびらかす。ただ、そんな春奈らのかまどでは飯盒が火に包まれていた。
「最初ちょろちょろって書いてたぞ?」
健人はさすがに火が大きすぎると思って忠告する。ただ、春奈はどこから湧いてくるのかわからない安心感を見せていた。
「だってどうやったら火が小さくなるのかわからないし。……大丈夫よ」
「知らないからな」
健人はどうしようもないと感じて、自分のことに集中する。飯盒炊飯に失敗してしまえば、待っているのはルーだけのカレーなのだ。健人は真剣に作業を続けた。
その後すぐに、食材を切り終えた文俊らが鍋を持ってきて、すでに火をつけておいたもう片方のかまどでルーを作り始める。今のところ、健人らのグループに問題はなかった。
それから一時間半、健人らは完成したカレーの前に座っていた。健人らのカレーは上出来という評価が妥当である。
「……向こうの方からずっと焦げ臭い空気が漂ってきてるんだけど、大丈夫かな?」
文俊が心配そうに一つの方向を眺める。そちらの方は、春奈らのグループが作業を行っていたかまどである。
「できたグループから食べてくださいよ」
スタッフの声を聞いて健人らは一斉にカレーを口に運ぶ。ただ、健人はずっと春奈らのことを心配していた。
しばらくすると、榛名と富岡が小走りに健人らのもとへやってきた。
「ごめんなさい。少しご飯を分けてもらえませんか?」
「文くんお願い!私たちお米を炭にしちゃって」
二人して恥ずかしそうに白米を求める。健人らの飯盒にはまだ白米が残っているはずで、健人は全員の意見を聞くために振り返った。
「……いいんじゃね?」
雄二が最初に意見を告げる。すると、守と文俊も問題ないことを示した。
「あそこにあるから、飯盒ごと持っていっていいよ」
健人は全員の意見を聞いた上で、榛名にそう伝える。すると、二人は申し訳なさそうに頭を下げた。
「ありがとうございます」
「文くんに雄くん、今日のことは忘れないから」
榛名と富岡はそう言い残すと、健人らの飯盒を持ってそそくさと自身のグループのところへ戻っていった。
「富岡さんって器用だと思っていたんだけどな」
文俊は二人の背中を眺めながら、不思議そうに口にする。文俊には富岡が失敗したことが信じられないらしかった。
「たまに抜けているところあるしな。馬鹿みたいに火を大きくしたんだろ?」
雄二はどうでも良いという感じでカレーを完食する。健人はそんな二人の話を聞かないようにして、カレーを食べることに専念した。
白米を炭にしたのは間違いなく春奈である。ただ、春奈のためにも健人はそのことを暴露しないように努めた。
こうしてキャンプの一日目は終わった。




