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第四章 夏季キャンプ(2)

夏季キャンプの当日、駅前には健人らを含めて二十人ほどの高校生が集まっていた。全員大きな荷物を持っており、何よりも眠たそうである。時間はまだ朝の六時半。駅が人で混雑する時間ではなかった。


「はい皆さん、おはようございます」


今回のキャンプ企画のスタッフと思われる男性が、二十人の前で話し始める。健人と守、榛名と春奈は会話を中断してその男の方を向いた。


「今回はこのキャンプに参加してくれてありがとうございます!私がこのキャンプで皆さんの手助けをするスタッフのリーダー、玉田昇(たまだのぼる)と言います。よろしくお願いします!」


玉田が自己紹介をすると、周りから小さな拍手が飛ぶ。玉田はそれが静まるのを待ってから、他のスタッフの紹介も始めていった。


スタッフは全員で五人。男性が三人で女性が二人、この五人が健人らの四日間の世話をすることになっている。玉田はその五人の中のリーダーで、二十代後半に見えた。元気はつらつでキャンプなどのアウトドアに向いてそうではあったが、健人は何故か親しみを持てなかった。


「……早くバスに乗せてくれ。昨日は徹夜したんだ」


守が船を漕ぎながらそう呟く。守の頭は幾度となく重力に負けて垂れていた。


「なんで徹夜するんだよ。昨日くらい早く寝ればよかったのに」


「ゲームをしばらくできないと思うと、止めるに止められなかったんだって」


守は悲しそうに呟く。ただ、健人にはそんな守の考えが全く理解できなかった。


「私も楽しみで眠れませんでしたよ」


守が再びうつらうつらし始めると、榛名は守を見ながらそんなことを言う。榛名はコンパクトなリュックサックとやや大きめの手提げ鞄を持っていた。


「小学生みたいだな」


健人は榛名の言葉に意地悪く言い返す。楽しみではなかったとは言わないが、眠れないほどというわけではなかったのだ。健人の言葉を聞いて、榛名は頬を膨らました。


「私は何を持っていくべきか困って、寝るのが遅くなったわ」


春奈は自分が持つスーツケースを示してみせる。キャンプでスーツケースを持ってくるあたり、春奈はレジャーに不慣れなのだと健人は思った。


そんな話をしばらくしていると、スタッフの話がようやく終わる。そして次に、スタッフは参加者全員に紙切れを渡し始めた。


「今回は色々な学校から参加してもらっています。そこで、交流を図ってもらうためにバスの座席をくじで決めたいと思います。座席には番号が振られていますので、自分が手にした番号の座席に座るようにしてください」


玉田が説明をすると、周囲が騒つきながら数字を確認する。健人らも数字をそれぞれ確認した。


「では、乗車してください」


スタッフの指示の後、バスに近い学生から荷物をトランクルームに入れてもらい、乗車していく。健人も自身の大きな鞄を預けた後、バスのステップを上がった。


バスの中に入ると、健人は自身の数字と同じ座席番号を探す。見つけた場所は、通路右側の窓側席だった。隣にはまだ誰もおらず、健人は身を縮こませながら隣の席の人を待った。


守は健人より後方の座席であり、隣には他校の女子生徒が座っている。また、春奈の隣には他校の男子生徒、榛名の隣には他校の女子生徒が座っていた。


健人の隣にも、すぐに人がやってきた。


「あっ、失礼します」


健人の隣に座ったのは、おさげ髪の女性だった。健人は少し頭を下げて、自分の身体を窓側に追いやる。健人にとって知らない人に話しかけられることなど稀で、今の状況に困ることになった。


隣の女子生徒の方も気まずく感じているようで、不自然に周囲に視線を泳がせている。そんな中でバスは動き出した。


バスの乗車時間はおおよそ二時間半と聞いている。健人は忍耐の時間が訪れたと思い、窓の外の風景を眺めて時間を潰すことを計画した。


ただそんな時、隣の女子生徒が突然健人に話しかけてきた。


「あの……私は北高の富岡と言います。よ、よろしくお願いします」


恥ずかしそうにしながら健人に頭を下げる。健人は富岡の自己紹介を聞いて、すぐに言葉を返す。


「西高の大野です。よろしく」


健人は言ってからから少し不愛想だったと感じる。初対面を相手にして、かなり緊張していたのだ。


「あのっ……何年生ですか?」


富岡は会話が続かないことを危惧したのか、咄嗟に健人に質問をする。ただ、その声は途中裏返った。富岡はそれを恥ずかしがって笑って誤魔化し、健人は作り笑いを浮かべながら質問に答えた。


「二年です。……富岡さんは?」


「わ、私も二年です。テニス部に入ってます!」


健人が質問に答えると富岡は慌てた様子で返答し、さらには聞いていない情報まで付け加えた。健人はそんな富岡を見て少しだけ安心する。


「俺は帰宅部。趣味はプラモデルとかペーパークラフトです」


健人も情報を付け加えて話す。ぎこちない会話を止めないために、健人は流れを作ろうとしていた。


「私の趣味は、ほ……本を読むことです。……えっと、好きなジャンルは刑事モノです」


富岡も健人の意図を掴んだようで、情報を付け加えて話してくる。健人と富岡の会話はこうして続いた。


富岡の人付き合いに慣れていない様子に、健人は親近感を沸かせる。最初から馴れ馴れしく話してくる人間より、よっぽど富岡の方が話していて楽だと感じたのだ。


そういうこともあってか会話は予想以上に続き、キャンプ場に到着するまで止まることはなかった。周囲も隣同士や通路を挟んで会話を盛り上げており、座席のくじ決めは案外効果を示していた。


キャンプ場は県北部に位置しており、自然豊かな環境の中に立地している。健人らが行うのはフリーサイトでのキャンプとなるが、その他区画サイトやコテージなど施設は充実しているという。


近くには川が流れており、そこでは魚釣りができるとの説明もあった。健人はずっと都市部で暮らしてきていたため、自然豊かな環境にやや胸を躍らせた。


「こんなとこで一度は生活してみたいわ」


キャンプ場に到着してバスを降りた春奈は、囲むようにそびえる山々を見てそう口にする。天気は良く、景色は遠くまで見えていた。


「そうだな。でもずっとは無理じゃないか?俺たちは都会に慣れすぎた」


「でも憧れるわ」


春奈も健人と同じく東宮で生まれ育った人間である。都会の人間が自然に憧れても無理はなかった。


「私も引っ越す前は東京でしたから。こういうところは気持ちがいいです」


「東京ってやっぱり自然は少ないのか。行ったことがないから知らないな」


「そうですね。ここらの木々が全部ビルになったような感じでしょうか。中心はコンクリートジャングルですから」


榛名の言葉を聞いて、健人はそれを想像してみる。ただ、想像さえ出来そうになかった。


「ここはまだ電波が入るみたいだ。……ありがたい」


守はスマートフォンを手にしながらそう呟く。守にはやはり、パソコンがなくてもネットは必要なようだった。


キャンプ場は自然に触れることを目的としている。しかし、訪れる大半の人間は、普段は都会とまでいかなくとも自然の少ない街で暮らしている。そのような人のためには、このような整備も必須のようだった。


「皆さん集まってください。……気分はどうですか?良くない人はすぐに言ってくださいよ。では、今からの流れを説明していきます」


全員がバスから降りて体調不良者がいないことを確認すると、玉田は指示を出し始める。健人らはその話を聞いてこれからの予定を把握した。


正午までにフリーサイトにテントを設営することから予定は始まる。その後に昼食があり、午後は自由時間となっている。


テントは四人一組となるらしく、これはスタッフに名前を呼ばれて分かれていった。健人は守と他校の男子二人が一緒となる。


全ての指示が通ると、スタッフは各グループにテントを配布していく。また、テントを建てるおおよその位置も伝えられ、健人らは指示に従ってその場所に向かった。


「僕は北高の長瀬文俊(ながせふみとし)と言います」


「俺も北高で武島雄二(たけしまゆうじ)です」


同じグループになった四人で歩いていると、二人が健人と守に自己紹介をする。健人らもすぐに自分の名を名乗った。


「俺は西高の狭川守だ」


「同じく西高の大野健人です」


健人はテントの骨組みを運びながら会話を進める。本体は武島が運んでいた。


「下の名前で呼んでも?」


文俊が守に尋ねる。


「勿論。じゃ俺も、えっと……」


「文俊だっけ?」


「そうそう」


守は聞いた名前をすぐ忘れてしまったようで、健人がフォローする。文俊は苦笑いを浮かべつつ、よろしくと頭を下げた。その後、文俊と雄二は守のためにもう一度、今度は詳しく自己紹介をした。


文俊は北高の二年で、バスケ部に所属している。高身長な文俊を見てそんな気がしていたため、それを聞いて健人は納得した。第一印象は好青年である。


雄二もバスケ部に所属する二年であるが、文俊ほど背は高くない。しかし、屈強な体つきをしていて鍛えていることがすぐに分かった。


「ここらに建てようか」


「そうだな」


テントの設営地に決めたのは、フリーサイトの中でも木陰になっている場所だった。健人は蜘蛛の巣を払ってから骨組みを木のそばに置く。


「まず……えっと」


文俊がテントの設営方法が記載されたプリントに目を通す。数秒後、文俊は指示を出し始める。


「まずは近くの大きな石を取っていこう。その後にブルーシートを敷くらしい」


文俊からの指示が通ると、全員でその場の石を取り除いていく。ただ、数はそんなに多くなかった。ある程度取り除いた後、守と雄二がブルーシートを広げる。


「……テントを建てたことは?」


「ない。俺も文俊もこういうことは初めてだ」


守が雄二に質問すると、雄二は即答する。つまり、健人らのグループは全員が初心者ということだった。


ただそれでも、致命的に読み込みの悪い人間がいるわけではない。健人らはテントを予定時間まで設営し終えた。


テント内で使うマットを受け取って、それを中に敷き終わると一通りの作業は完了する。健人はペグが上手く刺さっているか見回った後、自分たちが建てたテントを眺めた。


「健人、スタッフのところに行けば昼飯をもらえるらしいぞ」


「分かった」


守は健人の他に文俊と雄二にも声をかける。そして四人でスタッフの元へ向かった。


「それにしても建てている間、スタッフの一人も見にこなかったけど良いのかな?」


「……確かに。俺たち全員初心者なのにな」


文俊が疑問に思ったことを口にすると、それに守が同調した。テントの設営が捗っているか、普通ならスタッフが確認して回るはずである。


「なんか女子の方を手伝ってるって聞いた。俺がマットを取りに行った時、まだブルーシートで止まっていた」


雄二は見たことと聞いたことを合わせて、三人に説明する。健人はそれを聞いて、春奈と榛名の二人が心配になった。


今回のキャンプでは、女子のグループは二グループある。同じ学校から来ているということで、二人は同じグループに組み込まれていたが、そうは言っても親しい間柄だというわけではない。そう考えると、健人は二人がどうしてこのキャンプに参加したのか、つくづく疑問に思った。


スタッフのもとへ行くと、健人らはおにぎり弁当を配布され、午後五時までは自由時間だと告げられた。健人の目には、スタッフがやる気を出していないように映る。


「……二人は自由時間何するか決めてる?」


木陰で昼食を取ってる時、文俊が健人と守に質問する。


「いや、特に何も。まだ全然ここのことを把握できてないから」


「だよね。……良かったら向こうにフットサル場があるんだけど来てよ。そこでフットサルをする予定だから」


「あ、ああ。分かった」


文俊の誘いに守はやや口籠もりながら返答する。健人はそんな守を見ても、特に何も言わなかった。


守がサッカーに熱中していたのは、もう一年以上も前の話である。サッカーと距離を置いた守が、文俊の言葉に戸惑うのも無理はなかった。


昼食を終えた健人と守は、一度榛名と春奈の様子を見に行くことにした。ただ、場所を知らない健人らは、フリーサイトの中を適当に歩く。


「……文俊が言ってたこと、どうする?」


二人で歩いていると、守が健人に尋ねる。周囲では、ペグを打つ音がまだあちこちから聞こえている。


「俺はどっちでもいい。守次第だな」


健人はそう言ってあえて守に決断させる。健人がサッカーをしなくなった理由と守のそれは、比べるわけにはいかないほど異なっているのだ。


守はしばらく何も言わないまま歩く。ただ、守が決断する前に榛名と春奈のグループを見つけた。


「あ、健人。どうしたの?」


骨組みを直線に繋げていた春奈が健人と守の姿に気付く。その声を聞いて、榛名も作業場所からトンカチを持ったまま顔を健人らの方に向けた。


「上手くいっているか?」


スタッフが骨組みをテントに通そうと尽力している様子を見ながら、健人はそう尋ねる。目にした中では最も遅れていた。


「皆と自己紹介してたら遅れたの。それに私たちこういうの建てたことなくて」


「説明書みたいなのあっただろ?」


健人は不思議に思いながら口にする。健人らがテントを設置できたのはそれのおかげであるが、別段それが難しく書かれていたわけではなかったのだ。


「……そうなんだけどね。風でどこかにいっちゃった」


春奈は気にしていない様子で健人の質問に答える。すると、榛名が作業を中断して健人のもとにやってきた。


「どうしたんですか?暇そうです」


「はっしー!ただでさえ遅れてるんだから!」


榛名が健人に声をかけるも、その前に春奈が立ちはだかる。ただ、健人は目の前のやり取りに違和感を覚えた。


「はっしーか。浸透してるな」


「そ……そうですね。色々事情があって……」


榛名は苦笑いを浮かべる。ただ、グループで活動する時に同じ名前が二人いると厄介なのは間違いない。せっかく作った愛称であるため、健人はそれで榛名を呼ぶ人が増えて良かったと感じた。


「それで健人たちは何してるの?今、自由時間って聞いたよ?」


「そうなんだけどね。……守、どうする?」


健人は思い出したように守に声をかける。ただ、守はまだ決断を渋っていた。そんなことをしていると、榛名と春奈が作業を中断してしまったため、残りの二人が近づいてきた。


一人はバスの中で健人の隣に座っていた富岡で、もう一人は守の隣に座っていた女子学生だった。


「どうしたの?……あれ?彼氏?」


「違うよ、同じ学校の友達!」


春奈は慌てて首を振る。その隣で健人は富岡と目が合い、軽く頭を下げた。その時に榛名が眉間にしわを寄せたような気がしたが、守の言葉で健人の視線は守に移った。


「いや、邪魔して悪かった。俺たちは行くところがあるから」


守はそう言うと健人を連れて行こうとする。健人は守が突然決断したことに驚く。女子らは不思議そうな顔で二人を見ていた。


「……何するの?」


「いや、なんか向こうにフットサル場があるらしくて、誘われてるんだ」


健人が事情を説明すると、春奈は納得した表情を見せる。春奈は守の過去を知っているのだ。


「建てたら見に行きますね」


榛名が何気なくそう口にする。守はそれに対して親指を立てて返事をした。そして、守は健人を連れて強引に歩き出した。


「……何があったんだよ?」


春奈らから離れた後、健人は守に質問する。守の事情を知っているために、健人は守を心配していた。


「あそこにいた女子、バスの時に隣の席だったんだけど、趣味はサッカーですとか言っちゃったんだよね」


守は困ったように健人に説明する。健人はそんな事情を知って、即座に心配することをやめた。そして、馬鹿らしい理由に安心した。

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