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第四章 夏季キャンプ(1)

期末試験を終えて勉強の目的を失った多くの学生は、夏休みを前に気力のない生活を送っていた。七月も後半に入ろうとしており、初夏の暑さに健人らは滅入りそうになる。


「夏休み前の注意プリントです!ちゃんと目を通して下さい!」


早くから鳴き始めた蝉の声に掻き消されながらも、黒田は懸命に指示を教室中に送る。健人はその言葉をなんとか聞き取って、プリントを眺めていた。


「ゲームのやりすぎには注意しましょう……だって」


健人は守にプリントの文言を見せる。席替えで健人の隣となっていた守は、そこから健人が持つプリントを覗き込んだ。そして、それを見て馬鹿にするように笑った。


「学校は何にも分かってない。夏休みにゲームをしなくて何をする?」


「いや、色々あるだろ」


「なんだ?言ってみろよ?」


健人が守の言葉を否定しようとするも、守は強気な様子で健人に言い返す。健人は少しの間考えてから幾つか例を挙げた。


「海に行くとか」


「泳げない俺が行けば、水死体になる」


「夏祭りとか」


「あんなカップルと子供のためにあるような行事に誰が行くものか」


「……勉強に励んでみるとか」


「誰に言ってるんだ?え?」


健人が提案した全てに文句をつけた守は、最終的にゲームで過ごすのが一番だと納得しようとする。健人は守をどうにかすることを諦めて、次に配布されたプリントに目をやった。


ただ、それを見た健人は再び守に提案してみた。


「これに参加してみるとか」


「んー?なんだ?」


守がプリントを凝視する。プリントの内容は、市内の高校生を対象にした夏季キャンプイベントのお知らせだった。


「三泊四日で自然に触れ合おう。他校の生徒と友達になろう」


守が棒読みで副題を読み上げる。健人はすでに内容の確認に入っていた。


「馬鹿にすんじゃねぇぞ?今やネットの時代。そこには知り合いなんてごまんといるんだよ」


「でも彼女はできないぞ?」


「………」


健人は現実的な話をする。さすがの守でも、出会い系を信じてるとは考えられないのだ。


「……まさか行こうと思ってるのか?」


守が恐る恐る聞いてくる。健人はただ守に対抗するためだけに頷いてみせる。いつもはこのようなプリントはすぐに捨てている。しかし、それでは守に負けた気がして嫌だったのだ。


守は健人の返事を聞いて、再びプリントを見つめる。場所や日時、予定表などがプリントには事細かに書かれていた。


「そ、そうだなぁ。……健人が行くなら俺も行こう。ちょっとくらいネットがなくたって良いじゃないか」


「スマホがあるだろ?」


「まあそうだけど。……締め切りは明後日だって。もう書いとこうぜ」


決心を鈍らせないためか、守はプリントの下部に設けられた申し込み欄を記入していく。最初は冗談半分で言ったことであったが、今は健人も面白そうだと感じていて、自分も申し込み欄を記入し始めた。


そんな時、健人は後ろから声をかけられた。


「健人、このキャンプに参加するんですか?」


健人の後ろは榛名である。榛名は二人の会話を聞いていたようで、興味津々な様子で尋ねてきた。


「成り行きで決まったけどね……」


「そんなにお金もかからないみたいですね」


「一応学生に良心的だな」


健人は苦笑いしながら榛名と会話する。馬鹿話から参加を決めた様子を榛名に見られ、健人は恥ずかしく思っていたのだ。


しかし、榛名が考えていたことは、健人が恥ずかしがっていたようなこととは全く違っていた。


「じゃあ私も参加しようかな?」


「……えっ!?」


「とても楽しそうで良いじゃないですか。健人もそう思ったんですよね?」


榛名はそう口にするなり、自らも申し込み欄を埋め始める。


「ちょいちょい待って」


健人は榛名が持つボールペンを手で押さえて、榛名の動きを封じる。健人と守はこのような決め方で差し支えないが、榛名はそういうわけにもいきそうになかったのだ。


「せめて家族と相談してからにしたほうが良い」


榛名は女性で、加えてキャンプといったアウトドアが似合いそうにない。榛名が良いと言っても、母親が良くないと考える可能性が十分にあった。


しかし、榛名は制止させている健人の手を掴んでボールペンから離させると、そのまま記入を続けた。


「大丈夫ですよ。私の母はそういう面で甘いですから。……それに、健人が一緒なら安心できます」


「…………」


榛名は健人を納得させられたと感じたのか、最後まで記入を済ませた。


「え、遠藤さんも行くの?」


「はい。健人が行くらしいので私も行きます」


「……ふぉー!仲が良いですね!」


守は間を空けてからそう叫び、体を揺らして楽しみであることをアピールする。そんな守はすぐ黒田に注意された。


「本当に大丈夫?」


「はい。問題ないです」


健人の問いかけに榛名は即答する。しかし、健人はその言葉を聞いて、それ以上何かを言うことはしなかった。


ホームルームを終えると、健人は守と春奈の三人で帰路についた。大した内容ではないものの、三人はいつも通りの様子で楽しく会話をする。そんな些細な会話をするだけで、健人は何故か安心していた。


しばらくしてから、健人と春奈は守と別れる。そうして二人だけになると、会話は少しだけ止まった。しかし、その間が重くなる前に春奈が話し始める。


「……さっきのホームルーム、何を話してたの?」


春奈は前を向いたまま健人に質問する。守が騒いでいたことで、席が離れていた春奈も三人で話していたことに気付いていたようだった。健人は春奈の質問に、プリントを取り出して説明する。


「このキャンプに行こうって話だ。俺以外に守と遠藤さんが行くと言ってる」


「遠藤さんも行くんだ。意外……」


春奈はそう呟いて考える。健人はそんな春奈に補足として言い加える。


「俺はよく考えてみた方が良いって言ったんだけど、その場で決めちゃって。三人とも、もう申し込み欄を埋めてしまったんだ」


健人はそう言って、自分が記入した箇所を指差す。


「そうなんだ」


春奈は声を小さくして相槌を打つ。そして健人に見せられているプリントを確認した。


「……じゃ、私も行こうかな」


「言うと思った」


健人は春奈の唐突な決断にそう返事する。ただ、健人には幾つか疑問があった。


「クラブはどうするんだ?」


「休む。この期間ならお盆でもないし、人が足りないなんてことはないでしょ」


期間は七月最後の四日間であり、確かにお盆とは外れている。ただ、健人にはまだ心配することがあった。


「明奈ちゃんはどうするんだ?」


明奈は中学生で参加できない上、中学生であるために一人で留守番はさせられない。健人はそのことを心配した。


「叔母さんにお願いするわ。この期間だけ毎日顔を出してもらうだけでいいから、多分大丈夫だと思う」


「……そうか」


春奈は冷静に、健人が感じた心配事を解決していく。しかし、健人には春奈が無理をしているように見えた。


ただ、そういったことが春奈によくあることを健人は知っている。そのため、健人はむやみに春奈を心配することをやめた。


「それにしても、明後日締め切りで間に合うの?参加者がかなり多かった場合のことを考えてるのかな?」


「まあ一応、フリーサイトにテントを建てるって書いてるから、多少の人数の増減には対応できるんだろう。まあ、あまり上手いやり方じゃないと思うけど」


健人はプリントの情報からそのように推測する。春奈もそれを聞いて頷いた。


「高校生にもなってこういうのに参加する人は少ないのかな?私だって健人がこのことを話さなかったら行くつもりなんてなかったもん」


「俺と守もノリで決めただけだよ。遠藤さんも俺が行くから行くみたいなことを言ってたし」


健人はそう考えて、計画性のない集団を笑う。しかし、春奈はそれを聞いて厳しい顔つきになった。


「まあ、せっかく行くんだから、今から楽しみにしておかないとね」


春奈はそう口にして、健人に向かって笑顔を見せる。健人は春奈のその作り笑顔を見破ったものの、笑って誤魔化すしかできなかった。春奈が何かを訴えていたことは分かったが、それが何なのかまでは分からなかったのだ。


こうして健人らは夏休みに入った。

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