剣道部の部長は難関だった
この乙女ゲームの主人公である「花咲翼」はどじっ子属性のあるヒロインである。
何も無い場所で転んだり、落下してくる鳥の糞を運悪く頭で受け止めちゃうようなそんな女の子。
バカだけどウザ可愛い天然さが人気で、「はわわあ」と慌てている様は女性ユーザーですら和ませた。
そう。ゲームならね、ゲームなら。
けどさあ。
一体何も無い場所でどう転べと?
いくらハンサムマンに注目して貰うためとはいえ、頭に鳥の糞つけて鼻歌とか絶対無理!!
忘れ物なんて生まれてこの方したこと無いし、デート相手が雪の中待ちぼうけ食らってるのにこたつでうっかりうたた寝とか心臓が痛いですから!!
そんなわけで、折角大好きな乙女ゲームのヒロインに転生するという奇跡のような不思議特典を享受していながら、私はその特典を持て余していた。
ああ、フラグの選択肢も前振りの会話も全部全部覚えているのに。
そこの道行くイケメン剣道部長の彼、プロフィールはそらで言える。
彼の悩みも好きなうまい棒の味も正解の選択肢も何もかも、ついでにパンツの柄まで言えたりする。
彼についてのおはようからおやすみまでを知り尽くしておきながら、私は未だに彼とのイベント一つ起こす事が出来ないで居る。
剣道部長との4月中に起こすべきイベントはたった一つ。廊下で角を曲がった拍子にぶつかって彼の上に倒れ込むという、所謂ラッキースケベさせてやるぜイベントだ。
一見簡単かと思いきや実はそうではない、剣道部長が廊下の角を曲がった瞬間に待ち構えてタックルをかまし、彼が倒れ込んだ上にマウントポジションで覆い被さり「いったーい☆」と天真爛漫な笑顔で微笑まなければならないのだ。
ちなみに剣道部長なだけあって、身長は180センチ超えをしている。その彼を床に押し倒すだけでも、いかに大変な事か。
「イベントのハードルの高さが……憎い!」
思わず廊下で一人、拳を握りしめて叫んでしまった私を誰が責められようか。
あっ、ちょっと剣道部長、変な顔して逃げないで。もう後つけ回したりしないから。
ごめんなさーい。