不死者の主
俺の感情に反応するのか分からないが、体の変異は時間と共に元通りに戻った。腕は人の腕に、尾も徐々に縮んで、今はもう影も形もなくなった。自分の体がどうなっているのか、まだよく分からない。
風呂から上がって初めてシャツを着せられた時は、綺麗でなんだか偉くなった気分になった。ボタンをはめるのが面倒だと思ったが、それでもボロ布なんかと比べるべくもない。ルシオラに長ズボンを穿かされて、さらに上に着せられそうになったが、それらは全て突っぱねた。
駄々もこねれば通るもので、ルシオラは渋々引き下がる。女は俺とルシオラのやり取りを眺めて笑っていたが、一段落着いたと判断したのか、次は食事の用意をするよう命令し、俺を連れて一階の食堂へと歩いていった。途中、ルシオラは服を替えにいき、女はその折に思い出したように持っていた剣を護衛の男に渡す。剣には未だ血が付着しており、護衛の男はそれを布で綺麗にふき取った。その布は俺の着ていたボロ布なのだが、今はもう何も言うまい。
食堂に着くと、凄まじく長いテーブルが――あるわけでなく、しかし長方形のテーブルに真っ白なテーブルクロスがかかっており、高価なものであるのは見て取れた。女は向かい合うように座るよう俺に言いつけ、二人で席に着いて食事を待った。
やがて姿を見せたルシオラは何事もなかったように食器を並べている。真新たしい衣服に身を包み、せかせかと動いている姿は、先ほど胸を貫かれて絶命した者とは思えない。時折並べる食器を眺めて、光沢ある輝きを確かめてにやけるくらいに余裕があるようだ。
ルシオラは確かに胸を貫かれたはずだ。普通であれば死んでいるはずの致命傷だったにも関わらず、彼女は平然と食事の用意を進めている。不死者の館とかいう名前の通り、ここには不死者なるものだけが住んでいるということなのだろうか。
いや、そもそもあの召使い、人外という言葉を吐いた時点で俺のような存在を知っていたってことじゃないか。姿が変わってもさして驚いたようには見えなかったし、常人でないのは確かだ。
テーブルの上にはパンやスープ、サラダに肉料理と料理が並び、女と俺の手元にフォークやスプーンなどが用意されている。ルシオラはかしこまったように一礼し、食事の用意が整ったことを告げた。
「さあ、食べましょう」
ルシオラともう一人の護衛は席に着かずに壁際に佇んでおり、食事には参加しないらしい。それにしても、食べたことのないものばかりが並んでいるのに、どうしてこんなに食欲が沸かないのだろう。昨日はあんなに、拒絶したいくらいの食欲が沸いたというのに。それに、木製のものなら使ったことはあったけど、このスプーンやナイフは触りたくない。嫌な感じがするのは何故だ?
「なんだ? 折角我が主が好意で君にも食事を与えているのに食べないつもりか? もしかして食器の使い方が分からないのか?」
「それぐらいは、分かる。でもなんだか、触りたくないんだよ」
「なにを言ってるんだ、触りたくないだと? 我侭な子だな、いいか? 銀の食器など、君如きが本来扱っていい代物ではないのだぞ。それを触りたくないなど」
「アニマ、触れてみなさい」
俺とルシオラの会話に、女が割って入った。女の目は真っ直ぐ俺を射抜くような、嫌な目だ。これは命令であると諭している。逆らう意思はあっても、体は女の命令を受けて素直に動いてしまった。
指先でスプーンに触れると、肉が焼けるような音と共に痛みを感じてすぐに指を引っ込めた。女はその様子を眺めて、ルシオラに木製のものを用意するよう言いつける。
「成る程、狼男だから銀が弱点なのね。それとも、怪物の共通する弱点である可能性もあるのかしら。あら、新しい発見」
楽しそうに笑っている女には、相変わらず嫌悪感を感じる。しかし、俺の寄る辺はこの女の下しかないのだ。
いや、この女が俺を飼い慣らすつもりなのかは知らないが、好意的な内に情報を引き出そう。怪物を生み出したこの女なら、怪物についての知識が豊富なはずだ。元に戻る方法だって、あるのかもしれない。たとえそれが淡い夢だとしても、夢は見続けていたい。
全ての元凶はこの女だ。殺してやりたいほどの衝動は未だ胸の内にある。今の俺なら、この女をそれこそボロ布のようにすることだって可能だ。でも、それはできない、今はまだしてはいけない。
この女にしか、怪物になった者たちを治すことはできないだろうからだ。あの薬がなんなのか、女の目的は? 怪物を生んでなにをするつもりなんだ? 訊きたいことは山ほどある。返答によっては、ここで……。
「まったく、君は厄介な客だよ」
考え事をしていたせいで、目の前まで来たルシオラに気付かなかった。少し驚いて仰け反ってしまったが、ルシオラはさして思うことがなかったのか、木製の食器を渡してさっさと壁際に引っ込んでしまった。動揺しながらも、俺はようよう食事にありついた。スープから肉料理から、食べたことのない味わいが口内に広がる。美味い! だけど――物足りない。
食べる機会なんてないくらいのご馳走だ。なのに、俺は満足出来ない。決して不味いわけじゃない。本当に美味しいのに、この物足りなさはなんだろう。
そうだ、足りないんだ。舌の上に感じたい味、歯で確かめたい食感。あの味が――双頭の犬を喰らったときと同じ、怪物の血と肉の甘美な味わいが!
一瞬意識が揺らぐ。右腕が黒に染まり、尾が炎のように立ち上る。変異した箇所は同じでも、風呂場とは大きく状況が違う。俺は今とてつもなく興奮していて、激しくなにかを壊したい衝動に駆られている。自我すら飛んでしまいそうだ。
護衛の男が俺に迫り、一気に近付いてくると羽交い絞めにされた。しかし、俺の首を絞める腕は逆に俺の中に沈み、するりと抜けてしまう。護衛は驚いたようには見えない。そもそも仮面をつけているせいで、なにを考えているのかすら分からない。
分からないことばかりだ。それが無性に腹ただしい!
護衛が再度掴みかかろうとしてくるが、俺は椅子から飛び上がって避け、腕に意識を集中させる。指先が鋭く尖り、痺れがとれるように感覚が戻った。部屋の中を逃げ回っても何度も向ってくる護衛の男。俺は無防備に迫る男に対し、怒りのままに狂爪を振るってその体を分断した。
男は固い音を立てて床に転がり、やっと俺に付き纏う鬱陶しい存在が消える。視線を彷徨わせ、女とルシオラへ向けた。次は、どっちだ? 尾に感覚が走り、揺らめく形が刃のように変化していく。
「本当に厄介な客だな君は! やはりここで排除することが館を汚さずに済む最善の道」
ルシオラが先ほど片付けたと思った銀のナイフを取り出し、構える。嫌な感じがする。あれは俺にとって
毒でしかない。変異が進み、徐々に黒が体を覆っていく。唸る俺の声が狼のそれに変わっていくにつれて、殺意が強まって目の前のルシオラに威圧をかけたが、彼女は動じない。
先に動いたのは俺のほうだ。重さを感じない体を右往左往に動かし、俊敏な動作でルシオラに迫る。床を滑るように移動して、距離を詰めると一気に尾で斬りつけた。体を捻って大きく薙ぎ払うと、ルシオラは身を床擦れ擦れまで屈めてそれを避け、逆に銀のナイフを俺に投げつけてきた。それは俺の左肩に命中し、深々と突き刺さって猛烈な痛みを生み出した。
「グウウウウ!?」
熱い! 焼けるというよりは溶けるようだ。血すらも沸騰させ蒸発させるような高熱が肩口から発せられているような錯覚に陥る。ナイフを抜かんと握った手すらも火傷しそうな痛みを伴って、やっとの思いでナイフを抜き、床に投げ捨てることができた。
この女、たかだか召使に過ぎない豚の分際でよくも俺にこんな傷を! 肩の周辺が赤く焼け爛れており、小さなナイフが刺さっただけでかなりの手傷を負った。抜いた手はそこまでではないが、それでも真っ赤に染まってしまっている。
痛い。なんて痛みだ。ああ、痛い痛い。こんな痛みを、以前にも感じた気がする。そうだとも、あの椅子に座って食事を続けている女にやられたことがあるんだ。熱した鉄を腹に押し当てられ、もがく様を高笑いしながら眺めていた鬼畜な女。
そう。あの女に、やられたんだよな。あれ、俺は今、なにをしている? どうして今、こいつらを相手にしなければならない? 手がかりはあの女だけだぞ? さっき自分でそう思ったじゃないか。なのに、なぜ俺は暴れているんだ。
変異が止まる。俺の尾が縮まると、揺らめく影の体が落ち着きを見せる。体から徐々に黒色が引いていき、腕も元の肌色に戻っていった。ルシオラは俺を睨んでいたが、元に戻ったのを確かめて身構えるのをやめ、腕を組む。
「正気に戻ったか?」
「俺は、また暴走してたのか」
食事していただけだった。物足りなさを感じて、そこからおかしくなってしまっていた。欲求が強まっているのかもしれない。ただ、俺はもうまともな生活を送ることはできないのだろう。こいつらだから対応できたが、これが普通の人間の家ならどうだ? 俺は間違いなく、皆殺しにしただろう。
「ルシオラ、俺さ――どうしようもない化け物なんだ」
血まみれになった家を、牢獄の中を思う。目の前にフロースの死体が、グラディウスの亡骸が、オルニットの屍が、ゼノの骸が血に塗れて、無惨な姿で床に転がっている様が容易に想像できた。俺は誰であってもそうしてしまう。皆をバラバラに引き裂いて、きっと罪悪は感じない。むしろ歓喜に満ちることだろう。
なぜなら俺は化け物で、彼らを求めるからだ。魂の根底にある渇きを癒すために。
「どうしたらいい? 俺はどうすればいい? 自分を制御できないんだ」
「死のうと思えば、可能だぞ」
ルシオラが顎で床に捨てられた銀のナイフを指した。確かに、これなら俺の命を絶てるのだろう。影の体は銀以外を通さなかった。今ここで果てたほうが、俺にとっても殺してしまうかもしれない誰かのためにもいいのではないだろうか。
自虐的な考えが頭の中を占めかけたが、俺はそれを消さんと頭を横に振った。確かに死ねば楽になれるのだろう。なにも考える必要はなくなる。恐ろしい思いをすることも、これからに怯えることもない。
だが、俺がもしここで諦めたらフロース達はどうなる。あいつらは今、怪物になってしまっているかもしれないんだぞ。俺と同じ思いをして、苦しんでいるかもしれない。もしくは、自我を失って無差別に人を襲っているってことも有り得る。
それを止められるのは、俺だけだ。同じ力を持ってる俺だけなんだ。怪物に対してとてつもなく食欲が沸いてしまうのは分かってる。だけど、それでも俺がやるんだ。仮に元に戻る方法があったとして、あいつらを連れてくるにしても絶対に会う必要がある。どうあっても俺がやらなければならない。
「死なない。俺は生きる」
「ふん、止めるこちらとしては、残念な決意表明ね」
溜め息混じりに、本当に残念そうに吐き捨てるルシオラの非情さを感じながらも、しっかりとこちらを見据えてものを言う彼女はちゃんと俺を見てくれているのだと感じた。女は相変わらず暢気に食事を続けており、こちらなど眼中になさそうだ。
そういえば、俺は誰かを斬り捨てたような気がする。後ろを向けば、護衛の男が上半身と下半身、真っ二つに裂かれて床に伏しており、ルシオラに目でこれをどうすればいいのか訴える。彼女は俺の視線に気付いて護衛の男に目を移すが、特に慌てた様子でもない。
「平気よ。言ったでしょう、ここは不死者の館だと。まあ、そう呼ぶのは近隣の人間なのだけどね。あれも死なないから」
「そういえば、血が出てない」
男は裂かれたにも関わらず、血の一滴も流れていない。そういえば、あの女の別館で蜥蜴人間に変化した子が護衛の男と対峙した際、傷を負っても血が出ていなかった。深手だったにも関わらず、だ。あの男とその時の男は違うが、一体奴らはなんなんだ?
俺の思考を消すように、カチャリとなにかが音を立てた。音の元を探せば、女が暢気に口元を拭いており、満面の笑みを浮かべている。皿が一つ空いており、それを食べ終わったのだと分かった。あの女、あの騒ぎの中で飯食ってたのかよ!
「うふふ、今日も美味しいわ、ルシオラ」
「お、お褒めいただきまして、感謝の極み。ですが我が主、よくあの状況で食べてましたね……。呆れるどころか尊敬いたします。ところで、ハウメルを甦らせていただきませんか」
「あら、いつの間にか体が半分になってるわね。仕方ない子」
いつの間にかって、真っ先に騒ぎを収めるために向ってきたのにそんな扱いなのか? というか、あんだけ騒いでたのに一目も見てなかったのかよ。なんだがハウメルってやつが不憫に思えてきた。
女がゆっくりとハウメルとやらに近付くと、思いっきり足蹴にしてなにかを呟いた。すると、分断されていた体が惹かれあうようにしてくっ付き、ハウメルは再び動き出す。女がハウメルの仮面を取ると、そこには予想に反して美形の顔があった。
灰色の髪に銀色の瞳。顔の色は蝋のように白く、おおよそ生気を感じない。彼は虚ろな目で女を見上げると、膝を屈して頭を垂れる。
あの不思議な目の色といい、顔立ちといい、嫌なほどにあの女に似ているような気がする。
「我が主、蘇生感謝いたします。私の勇姿はいかがだったでしょうか」
「ええ、まったく見てなかったわ」
「まったく……そうですか」
しょんぼりと肩を落とす彼を見て、なにか不幸な匂いと不憫さからか同情の思いが芽生えた。ルシオラも冷めた目でその様子を眺めている。ひっそりとルシオラに近付き、訊ねてみた。
「なあ、あのハウメルってのは?」
「彼も不死者の一人よ。私と違うのは、彼が我が主の弟ということ。血の繋がりがあるかは知らないけど、あんな目の色、そうそう同じなはずはないから、そうなのだろうさ」
弟だって? あの別館にいた奴らとは違うってことか? それとも、あれも全部姉弟だったとでもいうのかよ? 気持ち悪ぃ話だ。やつら、一族で俺達を嬲っていやがったってことかよ。
だが、あの女の弟が不死者だっていうのなら、当然姉であるあの女もその一人ってことだよな。つまり、奴自身が化け物みたいなものってことか。殺しても死なない。簡単には八つ裂きに出来ない相手。俺達をこんな目に遭わせた復讐をするのにも骨が折れそうだ。
女はハウメルを足蹴にするのをやめると、俺のほうへと歩み寄ってきた。そして、やや屈んで俺と目線を合わせると、安堵したように息を吐く。
「ああ、私の愛しいアニマ。多少傷は負ってるけど、元気なようでなによりね」
「あんたは何者なんだ? あんたもあの弟と一緒で、不死なんだろ!?」
「うふふ、どうかしら。殺してみる?」
見開いた女の銀の瞳が煌く。その輝きにおぞましいものを感じて、体に震えが走ったが、それでも目は逸らさなかった。意地に過ぎない。ここで目を逸らしたら、いつまでもこいつに怯えることになるような気がした。
「なんでだ。なんで怪物を生み出したんだ」
「さあ、天才の考えることは、凡人には理解出来ないわ」
「なんだよ、その言い方。まるであんたが考えたことじゃないような言い草じゃねえか」
「そうよ? 始めたのは私じゃない。始めたのはハウメルよ。あなたに飲ませた薬も、不老不死の法を編み出したのも、全部ハウメルがやったこと。私は弟が完遂できなかったことを完成させただけ」
俺は思わずハウメルのほうへと視線を移す。虚ろな瞳をした男は、その身をようよう起こして、ふらつきながら立ち上がっていたところだった。血すらも失った人形のような男が、全ての元凶だというのか。この女の従者に成り下がった男が、俺達を変えたというのか!?
「無駄よ。彼に訊いても答えられないわ。理由なんて、もうその頭には一欠けらも残っていないでしょうから」
「なんだって?」
「ハウメルは死んだのよ。一度、完全に死んだの。私の弟はもうこの世にいない。ここにいるのは、残骸になった弟の姿を模したものがいるだけ」
「不老不死を生んだのは、こいつじゃあないのかよ」
「言ったでしょう。編み出した、のであって完成させたのは私なのよ。不完全な法を用いたハウメルは、結局その身を破滅させてしまったわ。結果は確かに成功しているのだけど、記憶は失い体は土くれとなった。今でこそ会話を行なえるだけマシになったけど、赤子のようになった彼をここまで戻すのに何年かかったかしら。不死の面も、誰かに蘇生の呪いをかけてもらわないとできない、本当に出来損ないの法でしかないの。困った弟なのよ、本当に詰めが甘くてね。頭の良さは確かだったのだけど、それを過信しすぎるところがあったから」
つまり、真相は誰にも分からないのか? 化け物を生んだ男は完全な木偶の坊に成り下がってしまったから、もうこの世の誰もその理由を――いや! 違う、そんなわけない。この女は自分で言ったよな。完成させたのは自分であると。
化け物に変える薬も、不老不死の法も、全てこの女の手によって完成した。まるで自分がやっていないように言ってはいるが、事実はそうなんだ。弟が死んだ時点で止めれたものを、こいつは続けたんだ! その意味がどういうことか。
「なに関係ないみたいに言ってんだよ。言葉巧みに俺をまどわそうったってそうはいかないからな!」
「うふふ、賢しいこと。さすがに利口ねアニマ」
「教えろ、どういう意図がお前らにあったのかを!」
女は口を噤んだ。笑みを浮かべていた口元は自然と水平になり、その目は細められて俺をその瞳に映した。何度も見てきた。女が俺に鞭を振るっていたあの顔だ。女が俺の両肩を掴む。すると、俺の体がまた黒く染まり変化を始めた。俺の意思とは関係なく、黒い影が体を侵食していく。また食欲に駆られるのをかろうじて耐え、意識を保つ。
「教えろ? 偉くなったものねアニマ。お前に指図は受けないわ、命令するのは私で、それを聞くのが犬であるお前の立場だろう? 鳴きなさい。犬のように喚きなさい。私に対して、お前が出来るのはそれだけよ」
「ぐ、があああああ!!」
「そう、お前には泣くのがお似合い。その顔がたまらなく好きなの。ねえ、アニマ。あなたは良い子だから、特別に二つだけ教えてあげる。一つ、怪物を生み出したのは世に混沌を振り撒くため。二つ、そして怪物は、同じく怪物にどうしようもないほど惹かれるの。つまり、互いを求め合って怪物同士で争いあうのよ。人間を巻き込んでね」
「ど、どうして、そんなこと、を……!?」
「どうして? 理由なんて、分かるでしょう。お前は私をどうして殺したい? その理由は憎いからだろう? 私も同じよ。憎ければ殺してしまいたいと、消してしまいたいと思うでしょう? つまらない理由だと笑う人もいるでしょうね。でも、つまらないと思うのは、我が身に降りかかることがないからよ。
だから、そんな思いはさせない。全てのものに思い知らせてあげる。この世を喰らいつくす怪物達をもって、私の憎悪を届けてあげるわ。そして思うときがくる。腕を引き千切られ、胴体を抉られ血達磨になりながら這い回るだけの芋虫になって、ようやく思うはずよ。なぜ自分がこんな目に――ってね。楽しみね、アニマ。世界があなたみたいな顔になるの、今のお前の、怯えた犬のような顔に! あっはははははは!!」
狂っている。この女は完全に狂っている。世界に復讐をする気だと? そんな理由で俺達を化け物にしたっていうのか。てめえの復讐に俺達全員を巻き込んだっていうのか!
だが、並々ならぬ怒りと憎悪を確かにこの女から感じる。なにがこの女をこうも駆り立てる。この世界がこの女になにをしたというんだ。いや、きっとそれは大それたことじゃない。ただ、一人の人間の憎しみに過ぎないことだ。けれど、想定外なのはこの女が一人分の憎しみで世界を潰そうとしていることだろう。
普通ならできるはずがない、だがこの女はそれを可能にする力を持っている。俺もその力の一部に過ぎないんだ。敵わない、普通なら。だが、一人が世界に挑んだように、一部が全部を飲み食らうことはできるはずだ。
「反抗的な目ね、アニマ」
「俺がお前をぶっ潰す。舐めんなよ化け物が!」
「うふふ、良い子ね、本当に面白い子。ここに住むこと、改めて許可してあげる。いつでも私を殺しにきなさい? それとあなたのお友達の情報もあげる。正気に戻せるものなら戻して連れ帰るといいわ。そうして力を蓄えて、私の計画を潰してごらんなさいな」
「我が主! それでは……!」
「口出ししないでルシオラ。あなたも私の機嫌次第だということを忘れないで」
ルシオラは口惜しそうに口を閉じる。目を伏せ、眉間に皺を寄せる姿から、彼女もなにかしら事情を抱えていそうだ。
「いいんだな、大口叩いた上に、懐に狂犬まで抱え込んで」
「もちろんよ」
「必ずぶっ潰してやる、魔女め!」
「……そう呼ばれるのには慣れたわ」
女は饒舌だ。計画とやらが本当かどうかは分からない。だけど、俺は決めた。皆を救って、この諸悪の元凶を必ずこの手で仕留めると。そのために、この力を振るおう。正義とは程遠い、この化け物の力を。