今日は休日急なお誘い
昨日はドラゴンに遭遇してえらい目に合った、今日は一日ゆっくり休もう。
そう思って昨日はなんの被害もなかった宿で休んだのだ。
「カエデ、カエデ」
デジャブ、なんだか昨日もこんな起こされ方をした気がする。
「んー、なに誰?」
寝ぼけ眼をこすり、誰かと目を凝らした。
「えー、アスル?」
「ああ、寝ているところすまない」
「なんで入れたのさ、鍵かけたのに」
ゆっくり体を起こし、大きくあくびした。
「受付に言ったら開けてくれたぞ」
「うわ、セキュリティー皆無」
ベッドから降りて、ぐーっと体を伸ばすとやっと目が覚めた気がした。
「で、どうしたの?」
「それがな、報奨金が貰えるかも知れないんだ、いやほぼ確実に」
「私が?」
「ああ、晶石が利いたな」
「え、うそ、いくら?」
「それは分からないが、安くは無いはずだ」
思わぬ収入になりそうだ、いつどこで貰えるかなど聞いたら、王都だと言われた。
「無理じゃん」
舞い上がった気持ちが一気に沈む。ぬか喜びさせないでくれよ。そう言いたくて少し睨んだら、アスルは首をかしげた。
「無理じゃないだろう、俺たちはこれから王都に行くんだから」
「だから、アスルは王都に帰れるかもしれないけど、私は王都までの移動費もないんだってば」
「何を言ってる、俺たちが王都に行くんだからお前も来いと言ってるんだ」
「お金ないっていってるじゃんかー」
「……カエデ、なにか勘違いしているな」
「え?」
アスルはその高い身長で、私を見下すような目つきで睨んでいた。
「お前も、俺たちの馬車で、一緒に来いと言っているんだ。さっきからな」
「は、えええ?」
「明後日出発の予定だ、朝に迎えに来るからな」
それだけ告げて部屋を出て行こうとするアスルのマントを掴んで引き止めた。
「ちょ、ちょっと待ってよ、本当に私も行くの?」
「ああ、他の連中にも言ってある」
「だっていきなり知らない土地に行ったって……」
「報奨金が出るんだ、そうしたら帰ってくるなり、向こうで商売を始めるなりしたらいい」
「その報奨金はいくらなのさ」
「国からの報酬だ、それなりだぞ」
「それなりって……」
マントから手を離すと、アスルは部屋から出て行った。
どうやら本当に行くことになるようだ、準備をしたほうがいいだろう。
それから銭湯が営業しているのを確認してさっぱりしてから、薬屋のおじさんのところへ行った。
ドアを開けると、おじさんはいつもと変わらない様子でカウンターにいたので、カウンターを挟んで話し始めた。
「おう、いらっしゃい」
「あ、どうも。昨日は大変でしたね、怪我とかしませんでした?」
「なんともないさ、外になんか逃げられないもんだから、結局店に戻っちまってな。じょうちゃんこそ怪我はなかったか?」
「いえ、少し怪我はしたんですけど、ポーション使いました」
「そうか、製作者だったな」
おじさんはニッと白い歯を見せて笑った。
「ええ、それであの、明後日王都に行く事になって、今までお世話になった挨拶に来たんです」
「王都に?」
「はい、帰ってくるかもしれませんけど」
おじさんは驚いて目を見開いていた。
しかしすぐに優しい眼差しにかわり、私の頭をやさしく撫でた。
「がんばれよ」
「はい、ありがとうございます」
ここに来て一番お世話になったのはこのおじさんだったかも知れない、もう一度お礼を言って店を出た。
明後日までにやっておくことを考えたら、後はセリーさんとランジさんにも挨拶をしておきたかった。宿で空にしたリュックサックを背負い、財布を持ってギルドに向かった。
途中でパン屋に寄ってパンを買った。
ギルドは少し混んでいて、何かあったのかなと思いつつ、セリーさん達がいないか見回した。
入り口から受付の窓口まで見てもいないようで、仕方なく3階に上がった。
セリーさん達に挨拶をしたらここに来るつもりだったのでいいが、やはり今日会っておきたかった。
赤石と紫石を3つずつ、狼の牙を6つ買ったあと、はたと思い出した。
そう言えば炎晶石はどうしたんだろうかと。
確か雷晶石と一緒に生成して、その後、そう瓦礫が肩に当たって落としたんだ。
面倒とは思いつつその瓦礫の場所に行ったら、もう撤去が始まっていた。
慌ててそこで作業している人に話しかけた。
「あの、ここの瓦礫の中に、赤い晶石がひとつ落ちてませんでしたか?」
「晶石?」
「はい」
トカゲの頭をしたおじさんかお兄さんか分からない人は、周りで作業していた人にも聞いてくれたが、全員が知らないとの答えを返した。
「まだ全部片したわけじゃないから埋まってるかもしれんけど、あんたのかい?」
「はい、私のです」
「見つかるかもしれないから、夕暮れ時くらいにまた来な」
「はい、お願いします」
それならと、その間に髪用石鹸の売っている雑貨屋に行って2つ石鹸を買い、そのあと東門の通りの魔法石店に行った。
「すいませーん」
そーっとドアを開けて中に入ると、奥のカウンターに店員の女性がいた。
「いらっしゃいませ。また来てくれましたね」
「はい。またあの水晶が欲しくて」
「はい、おいくつですか?」
「6つお願いします」
「はい」
女性は布の袋を渡してきた。
「この中に入れておきました」
「ありがとうございます、いくらですか?」
「54タミルです」
財布から54タミルを支払った。
「お客様」
「はい?」
「昨日は大変でしたね」
「そうですね」
何故呼び止められたかと思えば単なる世間話で、それに応じた。
「ここ東門の通りだし、人がすごくなかったですか?」
「ええ、とても。ドラゴンも無事に退治できたようですし」
「そう、ですね」
そういえばこの女性は龍族だと言っていたが、ドラゴンとは関係があるのだろうか。関係があるならあまり下手なことを言わないほうがいいだろう。
そんな心境に気づいたのが、女性は笑った。
「私は龍族ですが、あのドラゴンとはなんの関係もありませんよ。お気になさらず」
「そうですか、よかった。知らないで失礼なこと言ってたらどうしようかと思ってしまって」
「ふふふ、優しい方ですね」
「そんなこと無いです、普通ですよ」
「普通だったら、龍族を見ただけで目の色が変わるんですよ」
「え……」
「私達龍族はとても貴重で、高価ですから」
女性の顔がとても悲しげで、何も言えなかった。
そう言えば今日は長いスカートを履いているし、手には手袋、ハイネックの首にも包帯が巻かれていて、鱗の一枚も見えなかった。
しかし目だけはあの日見た時と同じで、縦に開いた瞳孔がある。
「高価って、どういうことですか?」
つい聞いてしまった、後悔と好奇心半々くらいだ。
「奴隷として、ですよ」
「奴隷?奴隷って、あの?」
「お客様の認識と私の認識が合致しているのなら、それです」
「奴隷って、捕まったらなってしまうんですか?」
「普通は罪を犯した者や親に売られるなど、普通に生活していく上ではまず奴隷になどなりません。けれど龍族は貴重です、売れば高額で取引されると認識されていますから、犯してもいない罪をでっち上げるなど手間でも面倒でもないのでしょう」
「けどそれって……」
「この街は平和ですから」
私の言葉は遮られた。
「だからとても暮らしやすいですね。お客様のように優しい方もいて」
女性は私にいっそう綺麗な笑顔を見せてくれた。
「…………でも私、明後日王都に行くんです」
けれど私の言葉を聞いて、残念そうな笑顔になってしまった。
「そうだったんですか。向こうで暮らすんですか?」
「それはまだ分からないですけど、暮らせるようなら暮らそうかなって」
「王都は大きいですから、きっと楽しいですよ。頑張ってください」
「ありがとうごさいます」
私はそっとお店を出た。
夕暮れ時にまた来てくれとは言われたが、そこまで時間がつぶれたわけではなかったので、今はただ瓦礫の撤去作業を見ていた。
もうほとんど片付いていて、もう見つかったかな?と思うほどである。
しばらく人の流れを見ていると、隣りに誰か来たのが分かり、ふと隣りを見てみた。
「あ、やっぱりカエデだったんだね」
「ダリット、久しぶりだね」
隣りに来たのはダリットだった。人のよさそうな笑顔で話しかけてきた。
「どうしたの?こんなところで」
「うん、あそこの瓦礫の中に、炎晶石忘れてきたかもしれなくて、今撤去がてら探してもらってるの」
「そうなんだ。じゃああの時使ったのは雷晶石だったんだね」
あの時と言うのは十中八九ドラゴンに雷晶石を使ったときのことだろう。
頷くと、やっぱりと言われた。
「王都に行くことアスルから聞いた?」
「聞いた、突然すぎて驚いたよ」
「でも報奨金が出るからさ、君の功績は大きかったんだよ」
「そうかな……」
私にしてみたらただ石を投げただけだ、お金は貰えれば嬉しいが、だからといって貰えるだけの働きをしたとも思えない。
「僕なんかドラゴンの尻尾に払われちゃってさ、全然役に立たなかったんだ」
「え?そうなの?」
「うん、ドラゴンと戦うのは初めてだったんだ。って言っても言い訳かな」
つまらないギャグを聞いたみたいに力なく笑っていた。
「でもこれから役に立てるようになっていくんでしょ?」
「まあね!そのつもり。兄さんみたいに立派な剣士になる事を目指してるんだ」
「へー、お兄さんすごい人なんだね」
「実は僕の兄さん、あのエリオットなんだ」
「…………」
誰だろう、それしか頭に出てこなかった。
何の反応も示さない私に、ダリットはきょとんとし、ハッとしたように口を開いた。
「あ、あれ?知らない?」
「ごめんあの、知らないや」
ダリットの顔は明らかな落胆を見せていた。
それに何か言わなきゃと焦る。
「えーと、えーと私田舎の生まれだし今までそういうのに興味なかったから知らなかっただけだよ。きっとみんな知ってる有名人なんだろうね。私も知りたいな」
「知りたい?」
「う、うん。ぜひ」
「そっか!」
先ほどとは打って変わって輝かしい笑顔で話しを始めた。
「エリオット兄さんは、21歳の時にドラゴンを単独で討伐したすごい剣士なんだ。あ、ちなみに今は28歳だよ。それでその腕を見込まれてコトル大陸で悪事を働いていた魔王を討伐するためのメンバーに選ばれて見事魔王を退治したんだ、それで国に帰って来たあとレジーナ姫と結婚してもう英雄みたいなものなんだ。すごいだろ!?」
「………………」
「あれ?」
ダリットの泣きそうな顔に慌ててテンションの高い反応を返した。
「すごいね!あんまりすごすぎて呆然としちゃったよダリットのお兄さんって英雄なんだね、うらやましいなあ。それで自慢のお兄さんを目指してるんだね!」
「そうなんだよ、兄さんはすごいんだ」
満足そうに笑ってるところ悪いが、別に本当にすごすぎて呆然としたわけではない。
そんな王道の物語みたいな話し実際にあるのかと疑わしいくらいで、ぶっちゃけどうでもいい。
レジーナ姫が誰かも分からない私には無駄な話しだったかもしれない。
「お兄さんの話もいいけどさ、私普通に王都の話しが聞きたいな、初めて行くから緊張してて」
「そっか、きっと初めて行くなら驚くよ」
「そうなの?」
「うん、人が沢山いて、沢山物があって活気があってとても広くて。楽しいよ、慣れるまでは少し大変かもしれないけどね」
「へえ。家とか売ってるかな」
「家?」
私が家の話しをするのが意外だったのか、またきょとんとしていた。
「そりゃさ、やっぱりどこかに腰を据えたいし。いつまでも宿での生活なんて嫌だよ」
「そっか、家かー考えたことなかったな。売ってるとは思うけど買えるの?」
「う……」
確かに値段のことは気になってる、けどいつかは買いたい、いつ元の世界に帰れるか分からないが、それでも自分の家が欲しい。
「今回の報酬でお金の代わりに家を頼んだら?」
「え、そんな事できるの?」
「出来ないこともないんじゃない?分からないけど聞くだけならタダだよ」
それはとても魅力的だ、それだけでも今後の宿代が浮く。
それが出来なくても報奨金が出るし、いくらか分からない今、何を考えても皮算用だからしかたないが、王都に行くのが少し楽しみになってきた。
「おーい、あんたの探してたのってこれかー?」
撤去作業していたトカゲの男性は、いつからこちらに気づいていたのか、手に炎晶石を持って見せてきた。
「それです!ありがとうございます」
無事に炎晶石を受け取って、ダリットの話しも終わったことだからとお互い宿に帰ることにした。
ここまで読んで頂きありがとうございます。
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もうすぐ書き溜めている分がなくなってしまうので、早く続き書かなきゃ!
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