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私たちが宿へ戻って数十分ほど経ってから、リタチスタさんは言った通り私たちの使う部屋へ姿を現した。
そこからはバロウの家を探っていた私とリタチスタさん、バロウを追ったカルデノとカスミ、ガジルさんの情報交換のような場になり、一番最初に口を開いたのはリタチスタさんだった。
「それで、まず先にバロウの行き先から聞いても?」
すでにこの部屋での自分の定位置を決めたらしく、リタチスタさんは特に了承無しに私の使うベッドに腰を下ろしている。私はカルデノの使うベッドへ腰掛け、カルデノとガジルさんは小さなテーブルとセットの二脚の椅子。いつか見たような位置に皆落ち着いている。
カスミはまだリタチスタさんに慣れないのか、姿を見せない。
カルデノがリタチスタさんの問いかけに答えた。
「ああ。まずリタチスタの読み通り、バロウはティクの森へ向かった」
不服そうに腕を組み、ガジルさんが尾行の様子を語る。
「気付かれないようにとは言え、あの魚がウヨウヨしてる中での追跡は厳しかったぜ。こっちは魚を追い払うためのランタン無しだったからな」
「厳しかっただけで済んだんだから文句なんて聞きたくないんだけれど」
「結果論じゃねえか」
子供が拗ねたみたいに唇を突き出すと、まあまあとリタチスタさんは扇ぐように手のひらを振る。
「それで? バロウはティクの森で何を?」
打って変わって真剣な声色。そろそろ聞かせてほしいと言う訴えだろう。カルデノも応えるように一度小さく頷く。
「それが、……あれは一体何だろうか、分からないが魔法を使っていた」
「魔法? どんな?」
「どんな……」
カルデノは少し困ったようにガジルさんに目をやる。
「目に見えて何か出て来るとかなら俺らにだってどんな魔法か説明も出来るだろうが、分かったのは魔法を使ったってだけだ」
「魔法を使った事は分かったのに、効果が不明だって?」
呆れの混じった眼差しが細められるが、気にせずカルデノがガジルさんの話を繋げるように続ける。
「そう。大きな木の下にたどり着いたと思ったら、木の根に何かしたのか陣が出てきて、それを少しいじっただけで後はもう帰路だった」
バロウを追って着いたのはティクの森の中でも珍しい大木の根元だったが、大木としての大きさ以外に特別なところがあるようには見えない、普通の木だった。それなのにバロウが木の根元へ触れると、レシピ本から陣が飛び出した時のように木から青い陣が広がり、そして一瞬でまた木に吸い込まれるように消えた。
これを実際に目の当たりにした二人は、魔法を使ったが何の変化も効果も見られない、正体不明の魔法としてリタチスタさんに報告した。
「ふうむ。気になるね」
「すまないがこっちは、これくらいしか……」
尾行が失敗したでもないのにカルデノは何となく申し訳なさそうにしていて、尻尾もズンと重力が増したように垂れていた。
「友達思いだね」
リタチスタさんが呟くような小さな声で言った。
カルデノは、自分の成果が私が元の世界に戻れるかに直結していると考え行動してくれていたのだ。だからこの落ち込み様なのかと思えば気にしないでと言葉をかけずにいられなかった。
「にしても英雄の一人だってのに、俺たちの尾行にゃ気付かないもんなんだな」
「ハッハハ!」
魔王を討伐した英雄の一人。その肩書きがあれば確かにとガジルさんの言葉にも頷けたが、リタチスタさんには予想外に面白い意見だったのか、愉快ように笑い声を上げた。
「魔法にばかりかまけてた奴に剣士と同じ感覚を磨けと言うのも酷なものだよ。バロウなんて余計に」
「そうなのか?」
本当だろうかと眉を顰めるガジルさんに、念を押すように言葉が続く。
「あいつから魔法を取ったら不健康な男と言ったけど訂正だ。無愛想で何の面白みもないただの非力な男だ。だから自分の身を守るため魔力切れを人一倍嫌ってる」
ふうん、と呼吸のついでに出されたような声は平坦な感情を現していて、ガジルさんはさほど興味惹かれなかったらしい。
「なるほどな。それで本人がどんだけ気を付けてたって俺らは見つからなかったわけか。魔法にだけ特化してたバロウに感謝だな」
「そうだね」
次はこちらの番だね、とリタチスタさんはバロウの家にあった地下収納について切り出した。
「カエデに手伝いだかと言ってたが……、手伝いが必要な何かがあったんだな? 持ち出す物とかがあったか?」
「いやいやそういう手伝いではないよ」
否定のためフルフルと首を横に振った。
バロウの家から脱出した私が特に荷物を抱えているようにも見えなかったためか、単純に疑問に思ったらしい。
「勿論カエデが来てくれて助かった」
バロウに魔力感知されるのを恐れて扉は私が開閉を担当したし、それだけでも役に立てたかと思う。
ただ、やはりどうしても家の中を探った痕跡は完璧に消す事など出来ないだろうし、それは私が気付いているのだから当然リタチスタさんだって心にかけているだろう。けれど楽観的過ぎはしないか、と考える。
「で、だ。カエデが元の世界へ帰るために必要と思われる陣を見つけた」
件の陣を書き写した紙が入ってるであろうポーチをポンと叩いた。
「本当か!」
カルデノが我が事のように驚きをあらわにする。
「ああ、けど詳しく調べてみない事には本当にそも目的の陣なのか、すぐに使えるかそれとも改良が必要か否か確証がない。けど今ハッキリ言えるのは、バロウの作った陣には私も知らない文字列があったって事だ」
「でもリタチスタさんでも知らないような文字列で作られた陣でも、確実に使われた可能性は高いですよね?」
リタチスタさんとバロウに魔法についての知識にどれだけの差があるかは分からないが、リタチスタさんだってバロウと同じ先生から同じだけを学んでいるのだから、同等と見ても差し支えないだろう。
「あるいはこれから使われる予定だったか」
「とにかくこれで私、帰れるって事でしょうか」
「さっきも言ったけど、調べてもいない物はどれだけ確率が高くたって確かな事は言えない。ぬか喜びだってしたくないだろう?」
困ったような、わがままを言う子供を諌めるようにピッと指を指される。
「そ、そうですね、すみません……」
大きく期待に膨らむ胸を押さえる事が出来なくて、それでも今はまだ帰れる段階じゃないと心の中で厳しく自分を叱咤する。
「ところで、バロウには地下に行った事、バレませんでした?」
「ん、ああ多分バレてはなかったと思うんだけど、それでも一応誤魔化してきたよ」
「誤魔化す? わざわざバロウに何か言ったりしたんですか?」
誤魔化したって事はあの後わざわざ自分で部屋を出てバロウに疑われてもいない事柄に対して身の潔白でも証明したのだろうか? それなら確実に余計な行動だったろうに、本当に大丈夫なのだろうかと心配を余所に、リタチスタさんの誤魔化し方は私の想像とは遥かにかけ離れていた。
「いや、自然な流れで書斎を壊した」
「こっ、壊し……、えっ?」
書斎を壊した、とは。
「自然な流れ?」
「書斎って事はつまり家を壊したって事だよな? 家を壊すので自然な流れってなんだ? 決闘でも申し込んだのか?」
私と同じくカルデノもガジルさんも顔を顰めた。書斎を壊すなんて並大抵の行いじゃない。
「自然な流れは自然な流れだよ。自然にこう、ソイッとね。もうこれ以上形容出来ないほど自然に……」
リタチスタさんはハッとして咳払いし、強制的に自然な流れで書斎を壊した話を終わらせてしまった。
「いや、そんな事はどうでもいい。とにかく、寝る暇なんてないぞ、バロウが何か魔法を使ったって言う場所まで今から案内して貰うからね」
「え!?」
私はギョッと目を剥いた。
「まあ早いに越したことはない」
「道も場所もしっかり覚えてるから安心していいぜ」
が、この深夜にティクの森へ向かうのを躊躇したのは私だけのようだった。
言われれば二人の言葉も理解出来る。この場合私がのんきなのだろう。
「カエデの魔力がないならではの協力がティクの森でも必要になるかも知れないから、勿論一緒に行くよ」
「は、はい……」
私だけ宿で待っているつもりは無かったしこの人数なら暗い夜道だって怖くない。
ティクの森へ足を踏み入れて、ランタンの灯りから逃げるように道を明けて避ける魚を見上げる。その頃になるとずっと私の髪の中に隠れるようにしていたカスミは自由に周りを飛び回り始めた。
夜の森と言うのは気味が悪い。これだけの人数で歩いているのに先の見えない恐怖は払拭されなのだと初めて知った。いや漂う魚が発光しているから普通の森とくらべたら幾分かマシか。
どうしてか一人で歩いていたらと想像して鳥肌を立ててしまい腕をさする。
「さっきバロウを尾行した時はランタンを使ってなかったんだよね? よくこんな沢山の魚から逃げ続けたね」
「ああ、見ての通りこいつらはそこまで移動速度は速くないから助かったのもあるが、それよりカスミが私たちに危害が及ばないようにずっと風を使って遠ざけてくれてたんだ」
「本当? すごいね!」
「へへ!」
カスミは照れ照れと頬に両手を当ててくるんと回って見せた。
カスミは体こそ小さくとも何度も助けられてきた頼もしい存在なので、私が見ていなかったところで二人を助けていたのを想像して誇らしい気持ちで胸が満ちる。
「お、見えたぞあの木だ」
ティクの森に入ってどれほど歩いただろう、うんと深くまで行くのかと思っていたばかりに拍子抜けした。
ガジルさんが指差した木は背こそ抜きん出て高いわけではないが、幹は大人の男性が大の字に寝た直径ほどもあり太く、沢山の葉を茂らせている。
「確かに他の木よりも大きいですね」
「だろ? だから間違いない、ここだ。あとはあんたが調べてみてくれ」
リタチスタさんはすでに大木を見上げていた。ガジルさんの言葉にはそのまま分かったと返事をして、ゆっくりと歩き出す。大木を目の前にして、すぐに何か気がついたように根元の土を少し手で掘り起こす。
「ここに何かあるみたいだ」
土に埋まっていた木の根に目が留まったらしい。そこに指先で触れると青く発行する陣が大木を中心に波紋のように広がる。
「う、おお……!」
ガジルさんは陣が広がる不思議な光景を指差した。
「俺とカルデノが見たのもこれだな!」
「ああ」
「これは、バロウの家の地下で見つけたのととても似てはいるが……」
興奮を隠し切れないガジルさんに何を言う余裕も無いのか、リタチスタさんはただ目の前に広がった陣、そして流れるように回り続ける模様のような文字を一文字も逃さないようジイと見つめる。
「似てるけど、全く同じものでもないね」
「似たものを二つ作る必要があるのか? それに片方は森の中だ。これは一体何だ? 何故森の中へ忍ばせる必要があるんだ?」
「ふうむ……」
カルデノの疑問に対しあれこれと思考を巡らせているのか、リタチスタさんは顎に手を当てて陣を見つめたまま石像のように動かなくなってしまった。
「あの、バロウは今までに三回、同じような異世界間の転移魔法を使ってますし、これは古い物か新しいものかなんじゃ?」
失敗を重ねているのなら陣は作り直していると言う事なのだし、今目の前に広がる陣が改良前なのか後なのかは判断が付かないけれどあり得る事だ。
「だけど、それだと何でこんな森の中に陣を置いてるのかが不明瞭じゃないかい? 人の目を気にするならもっと森の奥深くだろうし」
「確かにそうですね。ならこの場所じゃないといけない理由があったとか」
「私たちは詳しくないが、リタチスタから見てこの森で魔法を使うような利点があるとかは?」
カルデノが私の疑問を救い上げてさらに言う。
「なるほど。その土地に自然的に発生する魔力や生物の有無も関係しないとは言い切らないけれど、それにしてもティクの森は変わった魚が泳いでいる以外は特に一般的な森と違いはない」
違いは無いけれど、とリタチスタさんの目が大木に向く。
「強いて言えばこの大木を利用してるって事かな。この木に限った話じゃないけど、長く生きて大きな植物はそれだけ今まで吸い上げた魔力が多くて、そのせいか蓄えられる魔力が桁違いなんだ」
昼間なら薄暗い森の中でもこの大木は一際大きな事が遠目で見ても分かるくらいだし、場所はともかく、出来るだけ多く魔力を有する物に陣を埋め込みたかったんだろうか。
「無関係なわけはないし、ここで放置するのも不安が残るね」
リタチスタさんはバロウの家の地下でしたように、ポーチから紙を取り出して宙で怪しく光る陣を書き写していく。その手の動きは素早く正確で、スラスラと余白が埋まって行く。
「このために、私たちを遠ざけてたのかな」
晶石を買い集めて来いだったり、遠い街にある紙を買って来いだったり。
何日も帰ってこない事が分かっていればバロウも私たちの動きを警戒せず自分のしたいように動けただろうし、リアルールにある紙でないとどうしてもダメだ妥協出来ないと、強引で意見を曲げなかったのも納得出来てしまう。
「時間を作るって目的は、あっただろうね」
筆を握るリタチスタさんは淡々としていた。
「転移魔法を発動させるために必要な魔力。カエデが来てから思い浮かんだ陣の改善点。穏便に逃げる算段。その他あれこれ」
普段お茶目な面を見せているリタチスタさんが淡々と感情の起伏なく言葉を発している姿は見慣れないような、別の存在を思わせる。
「私と会わずキミたちだけでバロウのおつかいをハイハイとこなしていたら、きっとある時突然バロウは居なくなってただろう」
そうなっていたら、私はどうしただろう。
「だからってこれは元の世界に帰るために必要な事だからと言われてカエデが断れないのもまあ、分かる。卑怯だねえバロウは」
筆を持っていなければ、リタチスタさんは呆れたような表情を見せただろうか。
「アンレンを離れていた時間は割と長かった。ここ以外にも陣を設置してたりするだろうか」
カルデノは両手の塞がったリタチスタさんの手元が見えやすいように、ランタンを掲げた。
「うーん、何となく二箇所だけとも考えづらいけれど、そうだとして他を探す手がかりが……」
ぴたり、筆を持った手が止まる。
どうしたのかと、私はリタチスタさんの手元を覗き込む。紙に触れたままのペン先からジワ、とインクが滲んでいる。
「これ、ちょっと重なりそうだな」
「重なる? 何がですか?」
これだよ、とポーチからバロウの家の地下で書き写した紙を全て出して落ち葉だらけの地面に躊躇なく並べる。
リタチスタさん以外の私たち四人はそれを良く見ようと屈んでそれぞれ顔を近づけたりしたが、誰一人その内容を理解できず揃って首を傾げる。
「何か重なるのか? パズルか? 俺は苦手だぜ」
「問題ないよ端から期待してないって」
言ってリタチスタさんは少し笑った。
「地下で書き写した陣の文字列は曖昧だったり、意味が分からなかったりする部分があるんだ。それは異世界間の転移魔法って事で私が理解出来なかったり見たことが無いからだって思ってた」
でも、と今まで書き写していたインクの滲んだ方の紙の一部を指差す。
「その不思議に感じられる文字列が、この大木に埋め込まれた陣にも存在してるんだ。そこを地下にあった陣と繋ぎ合わせると……」
今度はバロウの家の地下で書き写した紙のとある部分を指差す。
「お互いの陣の一部が理解出来る内容になる」
指差した部分の二ヶ所がそれぞれ組み合わさって、意味のある文字列になる、という事なのは何となく理解出来た。
ガジルさんが言った通り、まるでパズル。
「ええと、繋がるようになって、えと、つまり……。どういうことでしょうか」
理解できなかったのは私だけでなかった。横にいる三人も小難しい顔を並べている。
「要するに一つの陣を分割してるって事だよ」
「分割ゥ? それにどんな意味があんだ?」
「どんなってねえ」
ガジルさんの問いに、まるで首のコリをほぐすかのような動きで首を傾げた。
「あんた同門だろ? それなのに分からねえのかよ」
ガジルさんにとっては何気ない一言だったのだろう、けれどリタチスタさんは途端に眉間に皺を寄せて、ムッと怒りの表情をあらわにした。
「ずいぶん失礼な事を言うなあキミ。同門だからって仲間の胸中が悟れるのかい? 思考や行動が読み解けるのかい?」
「え、あ、そうか……。悪い」
素直に謝罪されたためかリタチスタさんの怒りは持続されない。すぐに小さなため息と共に吐き出されたのか、いつもの調子を取り戻す。
「まあいいけど」
言いながら地面に並べていた紙をかき集めて一纏めにする。
「とにかく分割されてるなら全て見つけ出さないと、地下で折角書き写したこの陣だって完成されたものじゃないって事だよ」
パシン。紙を弾くように叩く。
「でも地下にあったのが一つで、もう一つ見つけられたのがこのティクの森って事は、分割された陣はそこそこな広範囲にあるようですし、他にいくつあるかの分からない残りの陣はどうやって見つけ出したらいいですか?」
「うーん、ううーん……」
文字通り唸りながらリタチスタさんは大木、ここからは見えないバロウの家、それから手元の紙を睨んだ。
「バロウの家からここまでと同じ直線距離で結べるどこかにあるかも知れない」
「それはまた何故だ?」
私も同じ疑問を持った。カルデノが私より一息先にその疑問をリタチスタさんに投げかける。
「キミたちの見たことがある陣って、形が丸いだろう。円形のはずだ」
「そうだな」
カルデノは頷く。
この大木から波紋のように広がった陣も円形。レシピ本から出てきた陣もそうだ。
「魔法は色々……いや長くなるんで話さないけれど、円形の陣は魔法円と言ってとにかく完璧に近く円である事が望ましい。それと種類は違うけど他に三角形、四角形、六角形と、いやいや数多く基本的な形を持つ陣はあってね、私たちの界隈では歪に見えるより均等や完璧が好まれる……」
前置きなのだろうが、話している言葉が分かっても内容が理解出来ないままに話しが続いた。
リタチスタさんは地面の落ち葉を払って土を露出させると、そこへ適当な枝で綺麗に三角形を書いて見せた。三角形の中心には謎の丸印が一つ。
「中心の丸印は仮にバロウの家と思って見てくれ」
そして次に三角形の頂点の一つを枝先で指す。
「そしてここがティクの森の、この大木って事にしよう。分かるかな、バロウの家である丸印から三角形の頂点三つへの距離は同じ。コンパスで線を引けば全て重なるように均等に配置されていて、これが魔法を使う者が好む形の法則の内の一つなんだ。バロウも例外ではないと思う」
三角形の中心を仮にバロウの家としたのは、陣の中心、核となる部分は自分の目の届く場所にしたいのが通常心理ではないかと思ったかららしい。
だからこの仮定が正しかったとしても中心となる部分が違う場所なら探し直しになる。
「なら、バロウの家を中心に残りの陣を探して見るって事で決まりですね」
「ああ」
「どうせ俺らじゃあ検討も付かねえんだからな」
リタチスタさんの言った可能性はあくまで可能性ではあるものの、他に私たちではどうしようもない。
「限りなく正解に近いとは思うけどねえ」
魔法は勿論のこと、バロウとも付き合いが長いリタチスタさんの自信ありげな言葉にはどこか説得力があった。
それからリタチスタさんは陣を書き写している途中なのを思い出したようにまた筆を紙に走らせてさっさと終わらせると、あっさりと帰ろうか、と言った。
「もういいんですか?」
「いいよ、陣だけが全てだし完璧に書き写したからね」
引き続き私たちを手伝ってくれると言ってくれたガジルさんとはアンレンまで戻ってきた道の途中で別れて、あとは私たちが宿へ戻るだけ。緊張感から来た疲れなのか身体的な疲労のようにドンと感じる事はなくても、一秒でも早くベッドへ体を投げ出して体を寛げたかった。
当然のようにリタチスタさんはバロウの家へ戻るのだと思っていたが、そんな気配がないままとうとう宿の前まで来てしまった。
「あの……」
「ところで」
とリタチスタさんはまるで私が口を開くタイミングを見切ったかのように言葉を遮って、困ったような、ねだるような眼差しで、祈るように合わせた両手を右の頬へ当てて、ワントーン高い声で言った。
「今日だけカエデたちの部屋へ泊めてくれないかい?」
「え?」
「何言ってるんだ?」
カスミでさえギョッとしてカルデノの肩の上からリタチスタさんを見ていた。
「え、だってバロウの家を今、使ってるじゃないですか」
「なに言ってるんだ。書斎を壊した奴をいつまでも置いてくれるわけないだろう。その場で追い出されたよ」
「あー……」
そうだった。リタチスタさんは家に、そして地下に侵入した事を誤魔化すため、あろうことか書斎を破壊したのだった。あまりに突飛な発想とそして行動力だったため頭から抜け落ちていた。
「えー、と、今日一晩だけで大丈夫ですか?」
「勿論!」
私がリタチスタさんが追い出された直接の原因ではないが、直接の原因はリタチスタさんが書斎を破壊した事だが、それでも一緒に地下へ侵入したのもあって突っぱねる気にもならなかった。
流石に今は深夜。宿の受付はしていないだろうし、だからと言って私たちの部屋に泊めるのを断ればリタチスタさんに野宿を強いる事にもなる。
「じゃあ、あの、一晩だけどうぞ」
「ありがとう! 大丈夫明日になったら改めて部屋を借りる、今晩の事は宿の人に説明して謝っておくさ」
二人用の部屋にベッドは二つしかなく、リタチスタさんを床で寝かせる事は出来なかったため私はカルデノと一緒に狭いベッドで一緒に眠り、一つのベッドをリタチスタさんに譲った。
ここまで読んでいただきありがとうございます。