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 それから数日ほどバロウにもリタチスタさんにも会う機会はなかった。毎日毎日ただ魔法の完成はまだかとだけ聞きに訪ねるのはしつこいし、それにリタチスタさんがバロウの作る予定でいた魔法を代作するならそもそも、リタチスタさんがバロウの家で転移魔法の陣を見つけるまで待つしかない。自分の事なのに何も出来ない。

 どうしたらいいだろうと、出かける先もなくてぼーっとベッドに寝そべって見える空を窓越しに見ていたお昼過ぎ。ガジルさんが気まぐれに私たちが借りている宿の部屋へ会いに訪ねて来た。

「よう、元気か」

 カルデノが扉を開けるとガジルさんは明るい様子で片手を小さく挙げて軽い挨拶。

「ああ」

 カルデノが答えた。

「今日はどうしたんだ?」

「この間の事なんだけどな、途中で帰って最後まで聞かなかったろ。本当に気にしてねえからな」

「は?」

 ガジルさんはまるで、これを言えば話が通じて当然とばかりに話し始め、私とカルデノはお互い目を合わせた。

「……何の事を言ってる?」

「何の事って、この間カルデノ一人で俺を訪ねて来ただろ。その時の話だ」

「え……」

 カルデノはずっと私と一緒にいた。四六時中とまで言わないがそれでも離れたのは長くて一時間程度なものだった。その短時間でガジルさんを尋ねるには至らないし、そもそもカルデノが顔をしかめている。

「え、って、えってなんだよ?」

「とりあえず、中に入りませんか」

「え、ああ。……そうさせて貰うか」

 どうやらガジルさん自身も自分が口にした話題のせいで様子がおかしいと気付いたようで、気まずさをたたえた表情でおずおず中へ足を踏み入れた。

 部屋に二脚ある内の一つを使うようすすめ、もう一脚はカルデノに座って貰い私はベッドに腰掛ける。

 二人とは輪の外れた位置関係になってしまうが話が聞こえないわけではない。

「それで、改めて話を聞きたい」

 カルデノが口を開いた。

「あ、ああ。カルデノがこの間俺の所に来た、だろ……? 来たよな?」

「いや」

 来たと言ってくれと懇願するような声色だった。けれどカルデノはバサリとそれを切り捨てるように即答した。

「嘘だろ、じゃああれ、誰だったんだよ」

 気味が悪い。ガジルさんが誰かをカルデノと勘違いしたのか。誰かが意図してカルデノに化けガジルさんに近づいたとするなら何が目的なのか。

「私はカエデを一人にしたりは基本的にしない。だから私が一人でお前の所に行ったりもしない。その時一体、何の話をしたんだ?」

「あ、ああ……」

 ガジルさんはカルデノが来たと言う時の詳細を語ってくれた。

「ええと、何日くらい前だったろうな……。カルデノが一人で来て、その、だな……」

 何故か言葉を渋り出し、カルデノが眉間に皺を寄せる。

「何を話した。言いづらい事ならなおの事、その偽者が何を耳に入れたか私たちは知っておく必要があるだろう」

「言いづらいっつーか……」

 モゴモゴと噛み切れないゴムを噛むようにまごついた口は言葉にならず、それでも一度咳払いしてからハッキリと口を開く。

「カエデが別の世界から来たって話、感づいてるだろって確認されたんだ」

「あ」

 思わず漏れた声だった。カルデノもハッとしたようにして私たちは二人でガジルさんを食い入るように見た。

「な、なんだよ急に。……俺だって空気を読んで今まで何も言わずにいたんだぜ。だから目の前で俺の事を忘れたみたいにベラベラわけの分からねえ事を話されても深く追求せずいたんだ」

 これは本当に口にして良かったのか? そう語る表情は顔色まで悪く見える。

「おい、おい俺が触れていい内容なのか? 後から何も言わないだろうな?」

「そ、それは大丈夫です……」

 全てにおいてこちらのせいなのだから、むしろガジルさんにとってわけの分からない事を聞かされて、変な顔もせず友好的に接してくれたのには感謝しかない。

 むしろ今まで気になっていただろうに事情も詮索せずいてくれた気遣いがありがたくて申し訳なくて、ガジルさんを思わず見てしまったのも何て事だと湧き上がる後悔からだ。責めようとしたのではない。

 ガジルさんが言っているのは初めてバロウの家を訪ねた時の事だろうか。あの時は私が取り乱していたとは言え、失礼だがガジルさんの事を忘れかけていた。……いや言い直そう、忘れていた。

 とにかく目の前のバロウという存在に意識が全て向いていたのだ。

「とにかく、カルデノが俺の所に一人で聞きに来たってのはその、違うんだな?」

「ああ、私じゃない。となるとまた私に化けた誰かがいたって事になる」

「じゃあ、あの人かな? ほらカルデノがタンテラに捕まった時カルデノのフリをして私と少し行動した」

「いや、違うだろ」

 真っ先に否定したのはガジルさんだった。

「外で異世界だか何だかの話はしてないだろ?」

 問われて私はうなずいた。

「改めて口に出すと、異世界ってなんだよ、あんのかよ……」

 眉間にシワを寄せてすっぱそうに口が窄まる。

「私からは、あるとしか言えないですけど」

 信じられないのが普通だ。混乱するのも無理はないからこれ以上はもう苦笑いするしかない。

「それはひとまず置いといてですね、あの人がカルデノに化けたんじゃない根拠が聞きたくて」

「お、そうだったな悪い」

 ゴホンと咳払いをきっかけに気を取り直す。

「あいつはカルデノに化けただけであって、カルデノが置かれてる状況だったりカエデについて詳しいわけじゃないと思うんだよなあ。だって毎日のように俺んちの近所で見かけるんだぜ。あの様子であんたたちの周りをウロチョロしてたとじゃ考えづらい」

 時間と行動範囲からして確かにそれは不可能だろう。とするとカルデノのフリをしてガジルさんを尋ねたのは誰か。

「うーん……」

 私がこの世界の住人でないと確実に知っていてなおかつ身近な人物はバロウ、リタチスタさん、ガジルさん、カルデノ、カスミの五人。さらに見た目を他人に成りすますため魔法が使える事が前提なので、バロウかリタチスタさん。

「思い当たるのが、リタチスタさんしか居ない気がする」

「奇遇だな、私もだ」

 バロウがカルデノに成りすます理由が今のところ検討つかないのに対し、リタチスタさんにはその余地がある。

「ガジルと話して色々と聞き出したからそこ、カエデが異世界から来たと確信めいて話し合いに乗り出したんじゃないか?」

「私も、そうじゃないかなーって」

 もう、一度気付くとそうとしか思えない。

「リタチスタさんも必死だったみたいだし」

 私とカルデノの間では共通の知人だが、ガジルさんはリタチスタさんの名前を聞いて首を傾げる。

「今の話に出てきたリタチスタってのは、誰だ?」

「私たちの知り合いの女性です。ええとバロウと一緒に魔法を学んでいたらしくて、それでバロウに会うためにギニシアからカフカへ来たみたいで」

「へえ。けど勝手にカルデノに化けてまで情報盗み出すような行為する奴だろ? 危険じゃないのか?」

 そう問われると、とリタチスタさんの顔をぼんやり思い出すが、笑った顔も真剣な表情も強く印象に残っていてどっちつかず。

 だから適当な人とは思わないし、でも真面目とも言いがたい。ただ、危険かと問われるとそれは肯定しかねる。そんな人だ。

「危険とかはないと思います」

「完全な信用はまだ出来ないが」

「どっちだよ……。まあとにかく危険じゃねえけど信用出来ない奴なんだな」

 腰掛けた椅子の背もたれにダランと片腕をかけ、脱力しながら続ける。

「聞く限りだと、ただただ怪しいなあ」

「ま、まあそう言わず……」

 言葉の途中で、コンコンと扉をノックの音がして私たち三人の目がそちらへ向いた。そして了承の言葉もない内に扉が開いた。

「やあ、お邪魔するよ」

 何故か半開きにしかしない扉の隙間からヒョコリと覗くように顔だけを出して見せたのはニコリと笑顔のリタチスタさんだった。

「え、あっリタチスタさん?」

 私は立ち上がってリタチスタさんの方へ歩み寄る。ガジルさんは今しがた聞いたばかりの名前だったためだろう、リタチスタさんの顔をジッと、目に焼きつきそうな程凝視していた。

「やあ、私の噂話が聞こえたような気がしてね、来ちゃった」

 タイミングは絶妙だ、会話が聞こえていたなら来ちゃったなんて可愛らしい語感にそぐわない地獄耳だ。

 まあ聞こえるはずもないので、単純に私たちに用があってたまたま訪ねて来ただけだろう。

 凝視されれば嫌でも無視は出来まいが、リタチスタさんは数秒ガジルさんと目が会うと若干困り気味に眉をしかめる。

「来客中だったみたいで申し訳ないね」

「いえ……」

 折角足を運んでくれただろうに、また時間か日を改める事になるのだろうと思っていた。しかし謙虚にも思えた半開きの扉を勢いよく開いて中へ入ってくると、遠慮なく私が座っていたベッドに腰掛けた。

「けどお邪魔するよ」

「え、あ、……はい」

 駄目ですなど言えるわけでもないし、けれど部屋の空気は気まずさで満たされていた。

 とりあえず、と私ももう一方のベッドに静かに腰掛ける。

 ガジルさんは相変わらずリタチスタさんを凝視していて、それに答えるようにリタチスタさんは口を開く。

「元気にしてたかい?」

 初対面だろうに何故そんな事を、と一瞬思ったが、カルデノに化けてガジルさんを尋ねたのはリタチスタさんではないかと先ほどまで憶測で会話していたのを思い出し、ガジルさんが何と返すかをそっと見守る。

「……カルデノに化けて俺に色々聞いてきたの、あんたか?」

「そう。よく分かったね?」

 やはりリタチスタさんだった。あんなに悩んで話していたのが無駄になるほどあっさりと認め、弁解もないようだった。

「それで今日キミたちを訪ねて来た用件なんだけれど……」

「おい待て待て」

 鋭く睨み付けるガジルさんの視線など無いもののように話を切り出したリタチスタさんに待ったをかける。対するリタチスタさんは言葉を遮られて不服そうに口をへの字に曲げた。

「なんだい?」

「なんだいじゃないだろ。なんでカルデノに化けたんだよ」

「必要だったからさ。君と話した会話の内容全てがあの時の私には必要だった。でもこの通り君と面識はない。知らない女が君に何を聞いたって話すはずないからカルデノの姿を借りたまでさ」

 ごく当然のように語ったがガジルさんは騙されたには違いないので、納得出来ないように目を細め唇を少し突き出した顔でムスッとしたまま表情が動かない。

「なら、あんたはどうやってカエデが別の世界から来たって話、知ったんだよ。カエデが別の世界から来たっての、俺からあんたに言ったわけじゃなかっただろ」

「うーん」

 リタチスタさんは確かにどのように私の事情を知ったのは、その辺のことは詳しく話してくれていなかった。

 以前の話しぶりからして、バロウの周辺を探っていて事実に自力でたどり着いたものと思い込んでいた。でもリタチスタさんが自分で言ったようにガジルさんとリタチスタさんに面識はない。どうしてリタチスタさんはガジルさんが知っていたのか。

「それは言えないなあ」

「なんで言えないんだ?」

 これと言って表情に変わりのないリタチスタさんにガジルさんが問う。

 どんなに聞いたってリタチスタさん自身に話す気がなければどんなに責め立てたって懇願したって口を割ってくれないだろうが、気まぐれに口からこぼしたりはしないだろうか。

 そう期待して、何やら面白そうに口を歪めているリタチスタさんに目を向ける。

「言えない理由も言えない」

 どうやらリタチスタさんは次々変わるガジルさんの表情を面白がっているらしい。

 カチンと来ているのが一目で分かる眉のつり上がったガジルさんを見て、わざとらしく喉の奥でクク、と小さく笑う。

 初対面がこれではガジルさんのリタチスタさんに対する印象は良くなさそうだ。

「いや悪い悪い。けど言えないものは言えないから許しておくれ、魔法は時に秘匿の義務があるんだよ。それよりもっと楽しい話をしよう」

「いや秘匿とか言われてもあんたな……」

「楽しい話って言うのはバロウがどこかに隠しているはずの転移魔法の陣の所在についてだ」

 これ以上ガジルさんに口を挟ませないためか、言葉を遮って早口で一息にワッと言ってのけた。

 そして、リタチスタさんがどうしてガジルさんを知ったかよりもずっと大切な事に思えた。

「わ、分かったんですか?」

 思わず前のめりになる。まだ何か言いたそうだったガジルさんは私の様子を目に留めると、今にも言葉が出そうだった口を閉じた。きっと疑問よりも私の興味を優先してくれたんだろう。

「いや、ここにある、と確定したわけではないんだ。けれどひょっとしてバロウの家には無いんじゃないかって可能性も出てきた」

 何故そう推測したのかを問うと、リタチスタさんはベッドから見える窓をスッと指差した。

「窓が、なにか?」

「それなら多分、ティクの森かなってね」

 指差されていたのは窓ではなく、そのずっと向こう側に生い茂るティクの森だった。指差していた腕が下りる。

「バロウは夜、起きてる人を探す方が難しいってくらいの時間になると外に出てるようなんだ」

 それも連日ね。と小さい声で付け加えられる。

「そんな時間に外へ出てどこへ行くのかと思って尾行しようともしたんだけれど、どうにも感づかれそうでね」

「なんだよ尾行へたくそか?」

 煽るようにガジルさんが言うとリタチスタさんはハハと軽く笑った。

「自分ではそう思わないけど、そうじゃなくて私が今いるのはバロウの家なんだ。家を出るのも入るのもバロウには簡単に感知されてしまうんだ」

 感知? 扉の開く音が聞こえてしまうとかでなく、感知と言われればどこか機械的な仕組みに思える。

 首を傾げる傍らでガジルさんは、ふうんと少し考える。

「そういう魔法が使われてるって事か?」

「理解が早いね」

 リタチスタさんは機嫌良く答える。

「だから丁度いい。尾行がへたくそな私に代わって、バロウの行き先を突き止めてくれないかな? キミたちがさ」

 ガジルさんが煽り半分で口にした言葉をこれでもかと強調し、私、カルデノ、そしてガジルさんと流れるように目を向けた。

「私たちが?」

 カルデノが言うと、当然じゃないか、とリタチスタさんは大げさにため息をついて見せた。

「だってバロウが出歩くのは夜だし、その夜だって私がバロウの家に居ないならきっと出歩く事はしないだろう、だってそもそもバロウだって、私がバロウが出歩くのを怪しんでる事に気づいてる」

 バロウは確実にリタチスタさんを警戒していて、それは夜な夜な出かけている目的が少なくともリタチスタさんに見られたくないから。バロウはリタチスタさんがその目的を知りたがっている事も気づいているから、家に感知の魔法を仕掛けている。

 恐らくリタチスタさんが夜まで外で待機していればバロウが出歩く場面で追跡できるかと言えばそうならない。何故ならその場合バロウにとってリタチスタさんの居場所が不明瞭で危険であるから。

 それが、リタチスタさんが私たちに尾行を頼んできた理由だった。

「出来れば今夜にでも、バロウがどこへ行ってるかを突き止めて欲しいんだ」

 出来る事が無かった事をもどかしく思っていたところにこの頼み。勿論二つ返事で受けた。

「早い方がいいんですか?」

「そうだね」

 リタチスタさんは頷いた。

「何をしているかはわからないが、何かしているのは確かだろうからな。それがコソコソしてるとなれば私たちにはやましい事ではあるだろうな」

 カルデノが口にした事はリタチスタさんの考えと一致していたらしく、うんうんとリタチスタさんは数回頷いた。

「私がここへ来る前からなのか、それとも私が来てからなのかは不明だけれど……」

「夜な夜な出歩いてるんなら、結構前からなんじゃねえか?」

 ガジルさんがリタチスタさんの言葉を遮った。

「ほら、俺があいつを見張ってて、夜にあいつ逃げたぞってここに呼びに来た事あっただろ」

「ああ、あったな」

「ありましたね」

 あれは、バロウと初めて会った日だったろうか。ガジルさんが慌てて知らせに来た時は驚いたものだ。

「あの時は逃げ出したもんだと思ったけど、実はあの時から夜にどっか行って準備でも何でもするのが日課みたいになってたんなら、まあそりゃあ早く何をしてんのか突き止めた方がいいよな」

「準備……」

 私は唇を少し丸め込む。

 まさか姿をくらます準備じゃなかろうか、と嫌な想像をしてしまった。もしもこのままバロウが姿を消せば、振り出しに戻るどころじゃない、マイナスからのスタートになってしまう。

「まだそうと決まったわけじゃない」

 リタチスタさんはベッドから立ち上がる。

「けど、私が来てから焦ってるはずなんだよねえ」

「……? 何かそう思う節があったんですか?」

 口元に手を添えながら独り言のような声量。けれど聞こえたからには気になった。

「ああ、そう。バロウの家から出られないなら、思う存分家の中を探ってやろうと思って、私も毎晩バロウが出かけた後、色々探ってたんだ。けど昨日の夜、いつもは鍵がかかってたバロウの書斎が、鍵をかけ忘れてたんだ。施錠の音がしなかった」

「鍵のかけ忘れ?」

 それだけ? と首を傾げたが、リタチスタさんは分かってないなあ、と若干斜め上を向いて少し得意そうに口の端を吊り上げて笑う。

「それを忘れたって事は、鍵をかけてまで隠さなきゃいけない物が頭からすっぽ抜けて、行動を起こす余裕が頭から無くなってるって事だろう?」

 その書斎の扉の鍵穴にはあまり傷などなく、自分がバロウの家に来てから施錠し始めたのだろうとの推測に、私は感心する他なかった。

「へえ、随分と家の中の調査してるんだな」

 ガジルさんも私と同じく感心したらしい、目を大きくしていた。

「書斎の中には入ったんですか?」

 リタチスタさんは首を横に振った。

「入ってない。無遠慮にかき回す事も考えたけれど、それを口実に出て行けなんて言われかねないし」

 本人も書斎の中に何があるのかは気になっているようだ。

「とにかく、今夜だ。バロウは今夜も必ずどこかへ行くはずだ。それを突き止めてくれる事を期待してるよ」

「それは構わないが……」

 カルデノが何を心配してるのか、言葉とは裏腹に渋った様子で眉間にシワを寄せる。

「一つ心配なのは、尾行が成功するかと言うところだ」

「何故それを心配に思う必要が?」

 リタチスタさんは嫌味ではなく本当に分からないように口をへの字に曲げてわずかに首を傾げた。

「私たちは度々忘れているが、バロウは魔王を倒した英雄の内の一人だろう。そんな奴が大人しく尾行されてくれるだろうか? 恐らく、ただでさえリタチスタがここへ来てから警戒しているだろう」

「それを言うならよお」

 少しばつが悪そうに、だがハッキリとガジルさんの目が私に向けられた。

「この尾行にカエデは連れて行けねえよな。尾行がばれる一番の原因になりそうだ」

「えっ、私ですか?」

 私は自分で自分を指差した。ガジルさんはそうだ間違いないと語る表情でウンウンと頷く。

「いやだって、何かに気付かれないように行動するとか、音を立てないような足運びを徹底するとか、機敏に反応するとか、見るからに慣れてないだろ、絶対。慣れてないっつーかできないだろ」

「……」

 否定しようにも否定の言葉が無いので口からは何も言葉がなく、むぐ、とただ音にもならない空気が詰まった。上げられた全ての事項の全てが自分には到底出来っこ無いものだった。

「……で、出来ないですね」

 肩を落としてため息を吐き、大人しく認めることにした。自分のために他の人が動くのに自分だけ何も出来ないなんて、気を揉むどころか情けない。

「カエデはともかくとして、尾行は問題ないと思うんだよね」

「何故? バロウは気配に疎いのか?」

 カルデノが聞く。

「魔法にばっかり頼ってかまけてると、案外人の気配に敏感にはなれないものだよ。バロウなんて見て分かる通り魔法抜きに考えたらただの不健康男だし」

 私が殴ったって倒せそうだものとリタチスタさんはポソっと最後にこぼした。

「いくら気配に疎いって言っても、流石にカエデが転んだりでもしたら気付かれるだろうけどねえ」

 それには私も同意する。

「無理に着いていっても失敗したら事だよ」

「カエデの事を置いていくのは悪いと思うが、今回は私とガジルで何とかする」

「うん。私の分までよろしくね」

 それでも、自分に出来る事の一つも無いんだろうか。リタチスタさんに尋ねると、何も言わずアゴに立てた人差し指を付いて考え出したようで、俯き加減で動かなくなったリタチスタさん。

 考えを邪魔しないようにと私は押し黙り、その空気がカルデノとガジルさんに伝播したのか、同じく押し黙ってしまって四人もいる室内が耳鳴りか、あるいは外の物音が鮮明に聞こえる程静かになった。

 一分ほど、ピクリとも動かず勿論何も答えがないまま時間が過ぎた。流石にこれは? と控えめに声をかける。

「あ、あのリタチスタさん。そこまで無理に考えてくれなくても大丈夫です。自分でも何か出来ないかと勝手に意気込んじゃっただけですから」

「いいや」

 このままでは石像になってしまう、と的外れな心配すらして来たところでリタチスタさんは手を下ろした。

「ならカエデにちょっと手伝って貰おうかな。カルデノたちと同じく時間は夜、バロウが家から出た後だ」

「えっ」

 きっと自分に出来る事などないんだろう決め付けてたばかりに、上擦った声が出てしまった。

「わ、私に出来る事があるなら是非!」

「うんうん、やる気があるのはいいね。手伝って欲しいのは簡単な事だけだから安心して」

「はい!」

「本当に簡単な事だけなんだろうな……」

 カルデノだけがリタチスタさんに疑いの目を向けた。

「本当に大丈夫だよ。一緒に家捜しするだけだから」

「家捜しか……」

 カルデノ的に家捜しは心配いらない振り分けなのか、それ以上は何も言わなかった。

ここまで読んでいただきありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
いやーリタチスタ大好き!!この合法非道徳女!!交渉腕力強い人大好き!!
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