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「うん、視界良好だ」

 上空。時間は人々が寝静まる真夜中。ゴウゴウと長い髪が全て自我を持ったようにうねる程吹きすさむ風の中、空をまるで飛行船のように浮遊しながら進む荷台。馬に引かせる姿をよく見るあの荷台だ。リタチスタ自らの意思によりとある場所へ荷台を向かわせるその屋根の上び立ち、不思議な事だが落ちもせず、両目を閉じているくせにそう言った。

 今にもどこかへ飛んで行きそうな帽子の広いツバを逃がすまいと、両手でギュウと捕まえたまま、パチリと閉じていた目を開く。

「いたな、バロウ」

 見えるのは月のわずかな明りに照らされた遥か地上の山や谷、道に農地、営みが寝静まった町や村。バロウどころか人すら見えないのにリタチスタはやはり何かを見た。

「待ってなよ。久々に友の顔を拝ませてやろうじゃないか」

 その目はとても、かつての仲間との再会を喜ぶものではなかった。

 リタチスタにとって、バロウを心の隅にであっても仲間と思う気持ちは現在もあるのか、自分にも分からないところがある。

 師であるアルベルムが亡くなる前までは確かに敬愛する友だった。兄弟だった。実力を競い合う好敵手でもあった。

 けれどアルベルムを裏切った。リタチスタはそう思う。だが、だから憎いのだと心すべてを注ぐにはあまりに、共にすごした時間が長かった。感情は複雑で結論も出せない中で悪か善か。二択に答えを絞れるはずもない。けれどたった一つハッキリしているのは、今のバロウにリタチスタが憤っていると言う事。

「ん、見えてきた」

 月明かりで確認できたのはそれなりに大きな街で、どうやらリタチスタが目指していた場所のようだ。街へ向かうべくゆっくりと降下を始める








 コンコン。玄関扉をノックする。私の後ろにはカルデノと、荷物を持ってずっと付き合ってくれたガジルさん。ほどなく扉が開いて、そこからバロウが驚いたような顔をそっと覗かせた。

「ずいぶん……、早い帰りだったね」

 待ちわびた、と言うよりも厄介者が戻ってきたと感じさせるような言い方だな、と思ってしまう。私がこの人に対して捻くれている可能性も否定出来ないが、と内心深呼吸をして自分を落ち着かせる。

「早いと何か、不都合とかありました?」

 少し嫌味になってしまっただろうか、バロウは若干の焦りを滲ませて首を横に振った。

「不都合とかではなくて、僕の時はもっと時間がかかったものだから驚いたんだよ。ええと、まずは中で休むといい。お茶を出すよ」

「はい。お邪魔します」

 誘いを受けて返事をすると、ガジルさんが耳をピンと立てた。

「おっと、じゃあ俺は帰るぜ、じゃあまたな」

 ガジルさんは自分が持っていた荷物を全てカルデノに渡し、早々にこちらへ背中を向ける。

「えっ、ガジルさん行っちゃうんですか?」

「ああ、込み合った話になるだろ、多分」

 以前にも聞いたような言葉と共にガジルさんはあっさり走り去ってしまい、次に会ったなら必ずお礼をしなければと考えながら中へ。

 客間へ招かれ、人数分用意されたお茶の入ったカップへ手を伸ばす前に、預かったココルカバンを返す。指示通り買い集めた晶石がわんさと入っていて、さっそくバロウが中を覗くと、どう思ったか軽く頷いてココルカバンを見るため下がっていた目が私達へ向けられた。

「ありがとう。これだけ集めて来てくれて助かるよ」

「はい」

 数に問題はないらしい。礼を言う目は満足そうに細まっていた。人に感謝されたなら、それがどれだけ軽く言われても多少嬉しい気持ちも湧き上がってくるのだろうが、今の私はと言えば相手がバロウであるだけで浮かない表情に違いない。

 あのココルカバンの中には、メロに貰った大きな晶石も入っている。

 ここへ戻って来るまでに何度バロウに渡していいものかと悩んだ。あれは晶石を欲していた私達へメロが用意してくれた特別で大切な物。けれど私は単に消耗品として受け取ったつもりはない。それでも結局はこうして渡してしまった。数はあればあるだけ良い。これが元の世界へ帰るための近道ならば、私のためになるならばと、納得させた心の隅に後悔が混じっている。

 私の返事から沈黙が続いた。

 中へ招かれたものの楽しく世間話をする仲ではないし、その気分でもない。時間が無駄に過ぎていると実感させられる気の悪い空間だ。

 コホン、わざとらしい咳払いが聞こえ、何となくカップを見ていた私は顔を上げる。

「それで、ええとそうだな。……旅はどうだった?」

 会話がなかったためか、バロウが問う。

「旅ですか……」

 気になって聞いたわけじゃないだろうが、それでも問われれば思い出す、印象強い光景はあった。

「大変なこともありましたけど、楽しかったです。特にホルホウは。でもその途中で土砂崩れがあったんですよ」

「それは大変だったね」

 バロウは小刻みに頷いて見せる。

 ホルホウには御伽噺に聞く美しい人魚がいて、人攫いを捕まえたりもして。とまで思い起こしたところで、ふと思い出す。

「そうだ。ここへ戻ってきたら聞きたい事があったんです」

「僕に?」

 自分を指差し、バロウは軽く首を傾げる。

「そうです。色々なんやかんやとあって、黒鉱というものを今持っているんですけど、これについて、ちょっと」

「ああ、僕に分かる事なら」

 興味があるのか、バロウは少し前のめりになった。

 私はココルカバンから布にくるんだ黒鉱を取り出し、それをテーブルの上に置いてから中身が見えるように、くるんでいた布をめくる。

 ホルホウの桟橋で見た半球体とは違い、形に加工された様子もない、ガラス質の割れた石。カルデノが人攫いの馬車から一つだけ頂戴した物だ。

「この黒鉱なんですけど……」

「これ?」

 バロウが黒鉱の乗った布に指を引っ掛けて、そのままクンと引く。

 あ、と思わず声を漏らす。

「一応触らないように」

 話しぶりからバロウはどうやら黒鉱についての知識がないと解釈した、取り扱いに注意してもらうため声をかけると、布に触れていた手がピタリと止まる。

「ひょっとして危険な物とか?」

「はい。それが人の魔力を吸うみたいで」

 実際に被害に遭ったガジルさんやメロがそれに触れてどうなったか簡単に説明すると、バロウは小さく頷き、もう黒鉱に触ろうと言う素振りを見せなくなった。

「で、これについて聞きたいことって?」

「その、私が触った時に眠気があったんです。手に持った時だけだったし、多分関係があるはずと思って」

「眠気か……」

「もしかしたら、私にも魔力があるのかなって」

「自分にもしかして魔力が微量であっても存在していて、もしくは存在し始めていて、それに反応しての眠気ではと考えたって事だね」

「そうです。気を失わなかったのは、私に元々魔力が無かったから、眠気みたいな違和感として現れたしたけど、意識を失うほどではなかったとか考えたりたんです」

「んー……」

 バロウは困ったように表情を歪める。

「僕も黒鉱を知っているわけじゃないから断言は出来ないけど、多分カエデさんは魔力の代わりに活力を吸収されたのかもね。眠気もそれで説明がつく」

「……なるほど」

 納得出来ない説明ではないものの、この黒鉱はあくまで魔力を吸う代物じゃないんだろうか。

 バロウも自分で言っていた通り黒鉱について詳しい知識はない。この話はあくまで可能性の一つとして受け取っておく程度に留めて置くのが良いだろう。

 魔力を持たない異世界の人間がそう簡単に無かったものを生み出したり蓄えたりするなんて出来るとは思っていなかったものの、ため息をつかずにはいられなかった。

 カルデノが出されたお茶のカップを持ち上げる。

 中々、この部屋の中に流れる空気は重い。いかにこうして会話をしていたとしても私はバロウにまったく気を許しているわけではないし、向こうも私達に対してどう思っているのか知らないが、お互いの言葉が少ないため会話がすぐに途切れる。

 テーブルの上で組まれた自分の手を見るバロウは何を考えているのか、顔を落としたまま、気まずさだけが募る。

「あの、準備はどれくらい進んでますか」

「準備……。あ、ああそうだそれについて頼みたい事が」

「はい?」

 どれくらい進んでいるのかを先に答えてくれてもいいのに、どうにも誤魔化された気がする。

 頼みはなんだろうかと言葉の続きを待つ。バロウは咳払いをしてからゆっくりとした動きでお茶に手をつけ、一口、二口と丁寧に味わう姿を見せられ、じらされているようでむずむずと手が動く。

 コト、とカップを静かに置いてから口を開く。

「その、紙が欲しいんだ」

「紙?」

「色々と書き留めるための紙をもう間もなく使い切ってしまうんだ」

 困ったように眉を寄せ若干口調が早まったようにも思えて、焦りが混じったような心象を受けた。ホノゴ山で見たあの紙の山を思い起こせばそれも納得出来る。

 本人が申し訳なさそうな顔をしているのもあって、何より長距離の移動に慣れつつあり、またすぐに出立しなければならない事も苦ではなかった。と言うより自分に出来ることが、情けない話これしかない。積極的に動かなければならなかった。

 だから私は迷う事無く頷いた。

「分かりました。少し休んでから行きます」

「ああ、助かるよ。ありがとう」

 紙を求めて買い物をした事がないため、その瞬間から私の頭の中はどこでバロウが使う紙を買いに足を運べばいいのかと考え始めた。近くにそう言ったお店はあったかどうか。

 地理が頭に入っていないのでお店を探しながらになるなと宿近くの風景を頭に思い浮かべる。

「それで場所だけど……」

 今度はちょっとした子供のおつかいみたいなものだと油断していたところ、とある街の名前を伝えられた。

「リアルールって街に、リクフォニアから仕入れられている紙があるから、どうしてもそれが欲しいんだ」

 ここでおや、と頭の中の風景が消える。他の街にまで足を伸ばすとは予想していなかった。

「別の街……。この街には売ってないんですか?」

「残念だけど、リクフォニアから仕入れてる紙は売ってない」

 そこまで違いがあるのかと疑問には思うが、きっと詳しいのであろうバロウからしたら大きな違いかも知れない。本人のこだわりに口出しするのは気が引ける。

 ともかくリアルールがどこにあるかを尋ねる。するとバロウは私たちが晶石購入のために道中使った地図で、場所を指した。

「ここだよ」

「ここ……」

 今いる町であるアンレンから直線距離を目測すると、晶石を買うため最初に立ち寄ったレクレブとほぼ変わりない。場所はまったく違う所だが移動時間はまた一日とかかってしまうだろう。

「……わざわざリクフォニアの紙でなくてもいいんじゃないですかね」

 こだわりに口出しするのは気が引けるとは言っても、これではいくらなんでも遠すぎる。急ぎならば求める紙でなくとも近場で手に入るだろうに、バロウが首を縦に振ることは無かった。

「すまないが妥協は出来ない」

「でも、紙ですよ?」

「紙だけれど」

 もちろん紙にも色々と違いはあるだろう。こだわりたい気持ちを否定しない。だが、無くなりそうだと心配ならなおさら近場で手に入る物で妥協して欲しい。

「でも遠いですよ、どうして妥協出来ないのか理由を教えて貰えると納得も出来るんですけど」

「本当に申し訳ないと思ってる。けどなにがなんでも妥協出来ない。質の良い紙はインクも滲みづらいし劣化しにくい。購入して戻ってくるまでに時間がかかったとしても長い目で見るとリクフォニアの紙を選びたいんだ」

 わずかな躊躇もない答えだった。こう言われてはこちらが食い下る事も出来ない。気がかりに蓋をして頷き、リアルールへ向かう事が決まった。


ここまで読んでいただきありがとうございます。

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使い慣れたペンと紙は譲れないの分かってしまう
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