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 カルデノの駆け足についていくのがやっとで、息が荒くなる。カルデノは斜め後ろを走る私を気にかけてくれているが、背負おうか? など聞いてくる事はなかった。私が断るだろうと予想くらいしているだろう。

 採掘場で細身の男性に教えられた場所は、土地勘のない私達には入り組んで思える、あまり人がいない通りだった。道は広いとは言いがたく、倉庫や古い建物が集まって薄暗い。

「こんな狭い道に馬車なんて入ってくるかなあ」

「乗り降りも出来ないほど狭いわけじゃないんだ。用があれば馬車だって入って来るだろう」

「うん……」

 ゆっくりと前方に気を配りながら歩き進む。

「ん……」

 カルデノが耳をピンと立てて立ち止まる。もう少し進めば道は曲がり角で、何もおかしな物は見えない。

「どうかしたの?」

「何か、話し声がするな」

「声が?」

 シッ、とカルデノは自分の唇に人差し指を立てたため、すぐさま口を閉じる。カルデノはじっと曲がり角の見えない先を見ようとしていて、目を凝らす。

「何か言い争ってる、か?」

 カルデノの大きな耳には当然のように聞こえているようだが、私も何か聞こえはしないかと同じく耳を澄ませる。

「少し、近づいてみるか」

「うん」

 曲がり角へゆっくりと近づき、そっと角の向こうを覗き込む。

「あ、馬車ってあれかな」

「恐らくな」

 道の幅のほとんどを塞ぐように馬車がとまっている。後ろ斜めから見えるだけだが、ただその辺で見かける物とは違っていた。まず全体が平均よりも豪奢でそれは細身の男性が話していた通り。細部にまで施された細かな装飾人が目を引くものの、人が乗るための箱部分は違和感があった。

「あの馬車、窓がないよね?」

 カルデノに問う。窓は閉じているだとかではない、そもそもあの馬車には横にも後ろにも窓がないのだ。さすがに天井は見えないので分からないが、暗い箱の中で馬車移動など普通はしない。

「ああ。不自然だな、何か声が聞こえていたんだが、今は聞こえないのも気になる」

 辺りに人も見当たらない。

「少し様子を見てくる。カエデはここで待っててくれ」

「え、うん。気をつけて」

 カルデノは若干姿勢を低く馬車の後ろに駆け寄り、中の音を聞くため耳を押し付けた。だがその行為はすぐさま中断されることとなった。馬車の中からバンッと大きな物音がしたからだ。壁を直接叩いたような大きな音は私のいる所までしっかりと聞こえ、近くにいたカルデノは一歩大きく距離を取った。それからもう一度馬車に近づき口を開いた。

「ガジルか?」

 カルデノの問いに答えるようガンガン激しく音が鳴る。

「静かにしろよお」

 馬車が止まっている丁度真横の倉庫と思しい扉を軋ませ二人、中年の男が出て来る。一人は肩に小さな麻袋を数個担いでいて、馬車の真後ろに潜むカルデノの存在にまだ気付いていない。私もサッと身を隠すよう咄嗟に小さくしゃがみ込み、それからソロリと再度曲がり角から様子を窺う。

「今回はこれで撤収だな」

「ああ、けどあいつ集合の時間だって言うのに来ないなあ、狼族の目も覚めちゃったみたいだし」

「狼族はもともと体力があるからな、魔力の回復も早かったんだろうよ」

「あいつが何かして黒鉱を壊したんじゃなきゃいいけど」

 あの二人が話している人物はひょっとして、私達に接触してきたあの男の事だろうか。

「黒鉱は貴重だし、あいつもし壊してたらこれで三回目だよ。それに狼族じゃなくて人魚って事だったはずなのにさあ」

「無駄話はいいから馬車に乗れ。今は一旦離れて、あいつの事はまた後で迎えに来たらいい」

「ははは。そうしようそうしよう」

 一人が御者台へ、荷物を担いだもう一人がガジルさんが扉を開け、荷物を降ろす。その瞬間を見計らっていたカルデノが、死角から飛び出し馬車へ乗り込もうとする男の首に後ろから口を塞ぐよう男の顔に左腕を回し、大振りのナイフを突きつけた。

「……!?」

 もごもごとくぐもった声で男は一度抵抗を見せたものの、ナイフを見せ付けられその動きを止めた。

「あー、今日は早めに寝たいな」

 御者台から聞こえる独り言は後ろの異変に気がついていないのか、のんびりとした声。その時カルデノがこちらにちらりと目を向け、顎で呼ばれた

「……?」

 こちらへ来いという意味だろう。私は静かに、しかし駆け足でカルデノのもとへ向かう。

「そこの袋を解体してくれ」

 ごくごく小さな声で伝えられた内容は、男は担いでいた袋の解体だった。それに手を伸ばす時馬車の中を見る事になった。視界に入ってきたのは頭だけを出した状態で袋に包まれ、更に口も布で塞がれた窮屈そうなガジルさん。m眉間に深くシワを寄せたガジルさんとバッチリ目が合い、咄嗟に声が出そうになった口を自分の手で塞ぐ。

「カエデ、早く」

 小さな声でカルデノに急かされ、言われた通りにしたが、解体と言っても布部分と袋の口を縛るための紐の二つになるだけ。

「紐で、こいつの腕を縛ってくれ」

「し、し、縛る? 私が?」

「私は見ての通り手が離せない。頼めるな?」

 言われている事は簡単だ。カルデノが男に両腕を後ろに束ねるよう命令し、その両腕の手首にでも紐を硬く、解けないよう縛るだけ。それだけ。

「おーい、まだ乗らないのか?」

 御者台に座っているであろうもう一人の男が、まだのん気な声で、しかし小さな違和感を無意識に感じ取ったように声をかける。

「早く」

 私は頷き、男の手首をきつく紐で縛った。

「よし、しっかり縛れてる」

 カルデノはそう言いながら一瞬でナイフから袋の布に持ち変え、殴りつけるような勢いでそれを今まで塞いでいた男の口にねじ込んだ。

「ごっ!?」

 うめき声を上げる男を馬車の中へ転がし、入れ替えるようにガジルさんが入っている袋を引っ張り出した。

「ぶはっ」

 だが男もただ黙っていなかった。口に入れられた布を吐き出し大きく息を吸う。

「たす……!?」

 何事か、御者台の男に伝えようとしたのだろう。しかし顔のすぐ横に、ガンと掠るように突き立てられたカルデノのナイフにより、ヒュッと言葉は喉の奥に引っ込んだようだった。

「騒ぐな」

「何の音だ、また暴れているのか?」

 御者台から、いよいよ勘ぐるような声。

「な、なんでも、なんでもない……」

 一度は助けを求めようとした御者台からの声だったが、男にすでに大きく吸い込んだ息を大声に変える気力はない。しおれた声で何でもないのだと伝えるのも、やっと。

 カルデノはナイフを引き抜き、後ろへ下がる。そうしてバタンと、扉を閉めた。

「ここから離れるぞ」

「わ、分かった」

 カルデノは未だ身動きの取れないガジルさんをヒョイと肩に担ぐ。私達は来た道を走り戻った。

 馬車から離れて道をいくつか曲がったところで突然カルデノは地面にガジルさんを降ろす。カルデノはガジルさんの口を塞ぐ布を外した。

「はあ、はあ……」

 私はその間に、自分の膝に手をつき走った事で乱れた呼吸を整える。カルデノはガジルさんが入っていた袋を大振りのナイフで裂き、縛られていた縄をも切る。

「うおー、自由だ……」

 両腕を、肩の凝りを解すように回し、ガジルさんはスッと息を吸った。

「助かった。手間かけさせたみたいで悪かったな、本当に」

「お前が悪いわけじゃない。謝るな」

「でも本当に助かったぜ。すまない」

「何度も同じ事を言わなくていい。しつこいぞ」

「ああ……、そうだよな」

 苦笑いして、もう一度だけ悪いな、と口にした。

「でも、無事で良かったです。カルデノとすごく心配してて」

「突然居なくなってたからな」

「俺も目が覚めたらあんな身動き取れない状態だったんで驚いたぜ。にしてもあいつら、逃がす形になったが大丈夫かね」

 もう見えない馬車の姿を追うように後ろを振り返った。

「そこまでは何とも。隙を突かれて黒鉱に手を伸ばされちゃ、たまらないからな」

 黒鉱、と聞いてガジルさんは首を傾げた。

「その、なんだ? 聞きなれない名前だが」

「あ、ガジルさんは黒鉱について聞いた時、居なかったんですよね」

「おう、みたいだな」

 そこで、ここから離れるため歩きながら黒鉱について簡単に説明すると、採掘場の桟橋で触ったあの石か、と顎に手を当てる。

「言われりゃ、あれを触ってから意識が遠のいたのにも納得行く」

「ああ、そうだカエデ」

「どうしたの?」

 カルデノが突然、腰のポーチに手を入れて丸めた布を私に手渡してきた。

「なにこれ?」

 自分の持ち物でこのような物に覚えがない。軽く触ると中に硬い物が入っているのに気がつき布を捲る。

「さっき馬車から持ってきた。黒鉱だと思う」

 布が取り払われ、黒鉱が姿を現すと同時に伝えられた。

「え、おいそれ触って平気か? なんで持ってきたんだよ」

 自分が人攫いの被害に遭う原因となった物と言って差し支えない黒鉱を持つカルデノを、ガジルさんは口を尖らせて批判的な目をしていた。

「よく分からない。けどカエデも不思議に思った事があるんじゃないか?」

 確かに不思議に思う事はあった。私に魔力がないなら、これを触った時に感じたあのだるさを感じる眠気はなんだったのか。

「今後のカエデに関係があるかは分からないが、一度しっかりバロウにでも見てもらった方がいいんじゃないかと思ったんだ」

「うん……」

 もし、もし私に魔力があるなら、きっとバロウの考え方にも少しは違いが出てくるだろうか。そう思いながら黒鉱を同じ布で包み、ココルカバンの中へ入れた。

 大きな通りまで出てくると、もう誰かに攫われてしまうのではと言う恐怖はない。人の目があると言うのはそれだけ心強いものだ。

「そう言えば、さっき黒鉱の話を聞いたが他の奴は目を覚ましたのか?」

 きっと大きな通りで景色を遮る建物の切れ間から海が見えたからだろう。ガジルさんがふと口にした。

「それがまだ分からなくて。もし良かったら、これから採掘場に行きませんか?」

 道は丁度十字路になっていて、ここから左が海、つまり採掘場へ向かう事が出来る。

「ああ、俺は別にいいぜ」

 じゃあ、と返事をしようとしたのだが、ふと、辺りが騒がしい事に気がつく。何と言うか、行き交う住人達が日々の喧騒とは違う、ザワザワとした騒ぎ方をしている。

「何かあったんですかね?」

 ガジルさんとカルデノは高い身長を生かし遠くを見る。

「なんだろうな。多分街の入り口の方が騒がしいみたいだぜ」

 詳細までは知れない。周りの人たちも一体何が起こっているのか、具体的な事は把握出来ていないようで、そのまま疑問に思いつつ採掘場へ向かった。



「みなさん!」

 採掘場の中へ入ろうと裏口の戸に私が手をかけた時だった。すぐ横の海のほうから声がして振り返る。

「あ、メロ!?」

 海に、笑顔のメロがいて、こちらへ大きく手を振っていた。慌てて駆け寄るとプカリとフォニさんも水面から顔を出す。

「聞いたわ! 人攫いの一団の一人を捕まえたんでしょう!? それがきっかけで、今街は大騒ぎだって!」

「本当に!?」

 採掘場の人達に任せて置いていった人攫いの男。どうやらその男が他にも仲間がいる事を自白し、すぐさま街の出入り口一時的に封鎖。特徴の馬車も分かっていて捕まるのは時間の問題らしかった。

 これできっと、いや少なくともあの男達によって人攫いに遭う被害者はいなくなるはずだ。自分だけ会話の内容を掴めないとガジルさんは、自分が居ない間にあった事を聞かせてくれと私とカルデノに頼んできて、カルデノが事細かにではないが、ガジルさんが満足出来るだけの話を聞かせてた。

「みなさんのおかげですね」

 静かに聴いていたのはガジルさんだけではなく、メロやフォニさんも耳を傾けていた。

「それで、あのねカエデ、これを受け取って欲しいの」

 メロは水面下にあった両手を上げて、網袋に入った石を見せた。

「これは?」

 何だろう、と首を傾げる。大きさは人の頭部の半分ほどもあって、重さからメロの腕は小刻みに震えていた。

「これは晶石よ。驚くぐらい大きいでしょう?」

「晶石? これが?」

 重さに耐えかねて私の足元に置かれ、ごろりと転がった。今まで見た事のある晶石が小石に思えるほど、何倍もの大きさ。

「きっと今までここで採掘された中で一番大きな晶石よ」

「え、こんなの、だって受け取っていいものなの? 多分だけど、貴重なんじゃないかなって思うんだけど」

 メロは得意そうに胸を張る。

「そりゃあ貴重よ。でもこれ一つでお礼になるならって思うの。助けてもらったし、人攫いも捕まえてくれて、里の長さまもこれを渡す事を許してくれたわ」

「それを言うなら、もうメロから沢山晶石を貰ってるし」

 フォニさんが私の名前を呼んで、だから私は一度言葉を止める。

「あの人攫い達かは分かりません、しかし被害にあった同胞が、今までにも両手で数えられないだけいるんです。陸では満足に移動すら出来ない私達に代わりせめてもの無念を晴らしてくれた。私を含め、里の者は皆そう思っています」

「じゃあ、これ、ありがたく貰っておくぜ」

 ガジルさんが足元に置かれた大きな晶石をヒョイと手に持った。

「カエデ、用意したお礼の品をつき返されるってどんな気分になるか考えた事あるか? こういうもんは有難く貰っておくものだぜ」

 言う通り、大きな晶石をガジルさんが受け取った途端にメロとフォニさんは嬉しそうに笑っていた。遠慮も、場合を選ばなければ人を悲しませるものと頭から抜け落ちていた。

「そうだ、そうだよね。ありがとうメロ、フォニさん」

「いいのよ、こんなお礼だけど、喜んでくれたらもっともっと嬉しいわ!」

 それから本来の目的であった晶石の購入はしなかった。人魚の皆さんが、次から次へと晶石を分けてくれて、バロウから預かったココルカバンはあっという間に一杯になったのだ。

 街の封鎖も次の日の昼頃には解除され、アンレンに帰る準備が整う。

 あの馬車の男達も無事に捕まったらしく、街はにわかに盛り上がりを見せた。最後の挨拶に、と私達はまた海へ来ていて、メロだけでなくフォニさんの姿もあった。

「みなさん、もう行くのね」

 フォニさんが寂しげに呟いた。

「カエデにもカルデノさんにもガジルさんにも、私、海の中を見せたかったわ」

 メロは遠く水平線へ目をやって、それからこちらを向いて笑う。

「でも陸の人は溺れてしまうものね。残念。カエデは陸にも綺麗な景色があるって言っていたでしょう?」

「うん。私はメロが言うような海の中の景色を見たことがないからハッキリ言えないけど、きっと負けないだけ綺麗な景色があるはずだよ」

「なら、いつか私も陸を旅してみたいわ。大きな水槽に入って、それを大きな馬に引かせるの」

「おお、俺らがエラ呼吸を覚えるよりずっと現実的じゃねえか」

 ガジルさんが感心したように言う。

「ふふ、そう思います?」

「ああ、そっちは水中は勿論、そうやって海から顔出したって呼吸出来るんだしな」

 ガジルさんとメロが話しているのを聞いていると、トントンとカルデノが私の肩を控えめに突いた。

「どうしたの?」

「ああ、ちょっと」

 カルデノは少し離れて、どうしたんだろう、とカルデノとの距離を詰める。

「どうかしたの?」

「黒鉱についてだ」

「うん」

「バロウはカエデに魔力がないから、もとの世界に帰すのが難しいと言っていた節があるな?」

「そうだったかな……」

 思い出してみて、そう言えばと心に引っかかるものはあった。

「言われたような、ないような……」

「いいや言っていた。もし黒鉱で眠気を感じたのが、カエデに魔力があるからだとするなら、バロウはカエデをもとの世界に帰せないなんて言い訳は通用しなくなる。そして帰れる未来がグッと近くなるんだ」

「帰れる未来が、近くなる……」

 嬉しい。すごく嬉しい。父にも母にも会いたい。恥ずかしくて絶対に言えないような感謝の気持ちだって、力いっぱい抱きついて甘える事だって今なら全力で出来る。鼓動は激しく脈打つのを感じる。

「おーい、二人で何離れてるんだ? 別れの挨拶するんじゃなかったのか?」

 ガジルさんに呼ばれハッと振り返る。

「あ、なんでもないです」

 カルデノと再びメロのもとへ戻る。メロとフォニさんとはいくつか言葉を交わし、そろそろ行こうかと話が纏まる。

「今ガジルさんに聞いたわ。カエデだけが遠くから旅をして来たんだって」

「え? あ、うん……」

 遠く、そうだ遠くだ。ずっと。まだ鼓動は大きく脈打っている。

「ならカエデ。きっとこれからも、良い旅を!」

 期待に膨らむはずの胸なのに、どこかに小さく穴を開けられた見たいに膨らみきらない。何故か、どこか、小さく、言葉にも出来ないような違和感がついて回る。

 何故、耳に聞こえる鼓動が不安の足音に感じられるのだろう。




ここまで読んでいただきありがとうございます。

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