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80話

 ガジルさんを宿に寝かせたまま、昨日メロとフォニさんと会った場所まで向かった。海から魔石をあげているというあの建物だ。男性が私達の顔を覚えていたため桟橋のかかったトンネルまでスムーズに進む事が出来た。

 今から行くなんて連絡を入れられるわけでもないので、桟橋付近にフォニさんの姿があるわけではない。もしかしたらいるかとも思ったが、丁度海面に顔を出した男性の人魚に昨日の事について聞いてみた。

「ああ、昨日倒れた二人ならについてなら話を聞いてないし、まだ目を覚ましてないんじゃないか?」

 私とカルデノはそれを聞いて目を見合わせた。

「ちなみに、原因はなんだったか聞きました?」

「原因? さあ……、うん聞いてないな。ところで君達の連れも昨日倒れたんだろ? そっちは原因なんだったんだい」

 メロ達にもこの話が届けば少しの手がかりにでもなるだろうと、ガジルさんを診た医者の言っていた事を男性に伝える。

「今日にでも目が覚めるだろうって思っていたんですけど、そんな様子でもなくて」

「ふうむそうか、気の毒になあ」

 メロの事もあってか、まるで昔からの親友の悩みを聞いてでもいるかのごとく、男性は親身になって話を聞いた。

「まあ、お二人とも来ていたんですね!」

 聞き覚えのある声、フォニさんだ。顔を上げて姿を探すが、フォニさんはこちらへスイスイと泳いできて男性の隣まで来た。

「じゃあ、フォニも来た事だし俺は仕事に戻るよ」

「あ、お仕事中だったのに長々と付き合ってもらってすみません、ありがとうございました」

 男性は気にしないでいいとにこやかに言い残し、その場を去った。一方フォニさんだが、昨日別れた時のような悪い顔色ではない。どちらかと言えばホッと一安心した後のような表情だ。

「もしかして、メロの目が覚めました?」

「えっ? いえそうじゃないんですけど、でも原因が分かったんです。それで陸の人に頼んであなた方の宿まで伝言をお願いしようとここへ来たんです」

 それは丁度いいタイミングだ、と私はガジルさんの倒れた原因について口を開いた。

「実はガジルさんも原因が分かったんです。それが魔力の枯渇らしくて」

「まあ……」

 フォニさんは驚きに開いた口を塞ぐように手を当てた。

「実はメロともう一人もそうなんです。だから魔力が回復すればじきに目が覚めますよ。重篤な病などでなくて安心しました」

「だが、ガジルは今日になっても目が覚めないんだ」

 カルデノが口を開いた。

「病でないとしても、さすがにおかしいと思わないのか」

「そ、それは確かにそうですけど……、でも我々人魚は魔力の量もそれなりに多いですし。回復にも少しはかかるかと」

 そう言われて、カルデノは困ったように軽く首を横に振る。

「私達狼族は大抵、魔力量が少ない。少ないほうが回復が早いと言うなら、ガジルはもう目を覚ましていてもおかしくないだろう」

「では、きっと魔力量は関係ないのでしょうか。何せ魔力を使い果たして気を失うなんて、見るのは初めてですし」

 どうやら、魔力は簡単に底をついたりしない。私には魔力がないためその感覚は分からないが、それでも体力を使い果たしたからとその場で気絶する人間がそうそう居ないように、認識を置き換える事で理解している。

「ところで、昨日その辺に転がっていたあの黒い石についてなんだが」

「ええ、あの変わった形の、確か半球体の」

「ああ。あれを誰か、ガジル以外に触った奴はいるか? 例えば昨日倒れた二人目の人魚はその可能性が高いと思うんだが」

「……あの石が、原因なんですか?」

 声が少し小さくなる。フォニさんは桟橋に手をかけ、飛沫を上げて這い上がってきた。そうして濡れた体で桟橋に腰掛けると滴る水が広がる。

「ねえ、あの石が原因なんですか、メロが倒れたのは」

 周りへ声が届かないようになのか、その声は更に小さくなり、カルデノも屈んで、倣うように小さな声で答える。

「それは知らない。ただ、ガジルが倒れたのはあの石が原因である可能性はある。だから聞きたい、あれと似た物を見たことはないか」

「……いえ。ここで魔石を飽きるほど見てきましたが、それでもあんな黒い石は知りません。ここで採れないだけかも知れないですけど。そうなると詳しい方に見てもらうのが一番でしょうね」

「詳しい方、ですか……」

 と言う事は魔石を専門に仕事をしている人と言う事になるが、たとえば魔石店?

「そう難しく考えなくて大丈夫ですよ。確かこの施設にも、そう言った鑑定士……? と言いますか、多分違うのでしょうけど詳しい方がいるはずですから」

「はあ……、なるほど」

 その辺を歩いている人の誰かだろうか。キョロキョロと視線を巡らせる。

「それであの、その石は今どうしているんですか?」

 声をかけられたためフォニさんに向き直った。

「今は私が持ってますよ」

「カエデさんは、触って大丈夫なんですか?」

「え、ああ……、直接触らなきゃ、大丈夫みたいなので」

 そうでしたか。と納得知れくれたが、それでふと疑問に思ったのだが、私は何故あの黒い石を触って眠くなったのだろうか。手に持って眠気を感じて、手放してその眠気はなくなり。無関係とは思えないし、たまたまそうなったとも考えられない。

「もしかして用事?」

「誰だ」

 背後からの声に冷静な態度のカルデノと違い、私はびくりと肩を振るわせた。

「ああ、ほら今言っていた詳しい方って、その人ですよ」

 どうやら私の反応が大袈裟に見えたらしいフォニさんは、口元を手で隠すように静かに笑った。

「やあ、もしかして驚いたの?」

「す、少し……」

 はい驚きましたとは、素直に言えなかった。

 そうしてまるで驚かせるように話しかけてきたのは丸い顔をしたふくよかな中年の男性だった。

「なんだか僕の興味がありそうな話が聞こえた気がして来てみたんだけど」

「はい、実は真っ黒な石があるのですけれど、それが一体何なのか分からず、見てもらってはどうかと今すすめていたところでした」

「へえ! 興味あるなあ。あ、じゃあ外に行って話そうか? ここだと邪魔になるかも知れないからね」

 フォニさんが説明を済ませてくれたおかげで、さあさあと急かされて外へ向かう。男性は日の光に当たって一度、ぐっと体を伸ばし、くるりとこちらへ向き直る。

「それで、黒い石って言うのは?」

 言われるまま、黒い石を取り出し手のひらに載せて男性に見せる。

「これなんですけど」

「ううーん? 本当に真っ黒だ」

 しげしげと観察してから手に取ろうとするのを、私はサッと腕を引っ込めて阻止する。男性はキョトンとして首を傾げるので、慌てて理由を説明する。

「すっ、すみません別にからかってるとかではないんです!」

 初対面で私達の間にはなんの信頼関係も、そもそもどんな人物であるかの情報さえない。変に思われただろう。

「私達の知り合いがこれに触った直後に倒れてしまったので、あなたも同じ事にならないとも限らないですし」

「うんうん、分かったよ。そう焦らないでも大丈夫」

「す、すみません。ありがとうございます」

 私の行動に不快感を表すでもなく、むしろ軽率に触ろうとした自分の行いを謝罪さえしてくれた。

「その石、もしかしてと思うものがあるんだ」

「と言うと?」

「うん。それは多分、黒鉱だね」

「黒鉱、ですか……」

 名前を聞いてから、自分の手のひらの石を見下ろす。最初に見た時はなんとなく黒曜石の名前が頭をよぎりもしたが、黒鉱。それがこの石の名前らしい。

「それで、この黒鉱とはどういった物なんだ? さっきも言ったが知り合いが倒れた原因がこれかも知れないんだ。早く正体を知りたい」

 カルデノが若干、前のめりに問う。

「そう心配したものじゃないよ。黒鉱自体は触れた生物の魔力を吸収するって性質を持ってるだけでさ。だから君達の知り合いも、魔力が回復すれば目を覚ますよ」

 それは医者の言っていた内容と同じだった。もしかしたら私達が宿を出た後に目を覚まして、今頃ベッドでゴロゴロと暇を持て余しているかも知れない。

「ただ、少し気になるのは形だよね」

「形?」

 カルデノが返す。確かに天然だとすると半球体の石は珍しいだろう。

「それ、形を綺麗に加工されてるよね。綺麗に研磨もされてる。でも黒鉱の性質は説明した通り厄介だ。だから飾りとして、って言うのは珍しいと言うか……」

 珍しいもなにも、誰がそんな事を考えるのか。だが、実際に黒鉱はこうして装飾品としての形をしている。何のために?

「こんな厄介な石に、何の使い道があるんだ……?」

 カルデノの疑問はもっともで、それは同時に私の疑問でもあった。男性は悩む素振りを見せてから、私達の注意を引くため人差し指を立てる。

「僕が知ってる使い道は一つだけなんだけど、それは狩りだ」

 狩り……、カルデノが呟く。

「そう。小さな鳥やウサギとかだったら使う道具次第で簡単に捕らえられるだろうけど、イノシシなんかの大きな動物となるとそうは行かない。だから黒鉱を使って行動する力を奪って狩りをしてたのさ」

「いや、だがそんな話は聞いたことがないぞ」

「まあね、古い方法だ。それに黒鉱自体が珍しいし数は少ない。世に出回るほどの数もない、つまり広く浸透することは出来なかったって事さ」

 数は少なく、浸透することがなかった。それはとても短い期間でしか用いられなかった方法か、限られた地域などでしか見られなかったと言う事だろうか。

「って、説明はしたけど僕は学者じゃないし、魔石の専門家でもない。どこかで耳に挟んだ程度の知識しかないけどね」

 カルデノはそこまでの説明を聞いて何やら考え込む。

「ちなみになんですけど、黒鉱はどこで採れるものなんですか?」

「この国カフカだよ。詳しい場所までは聞いたことないなあ。ところでちょっと気になったんだけど……」

 男性は難しい顔で私をじーっと見る。興味から来る不思議そうな表情に何故か圧を感じ、つばを飲み込む。

「君はさっきから黒鉱を触ってて平気なの?」

「えっ」

 ハッとする。確かに平気でずっと黒鉱を手で握っているのはおかしい。明らかにおかしい。

「もしかして君、すごい魔力持ち?」

「す、すごい魔力持ち……? 違うと思いますけど、いえ、ええと?」

「いやほら、君が大量も魔力を保有してるなら黒鉱が魔力の吸収に時間がかかってるか、あるいはもう容量が一杯になってしまってるから手に持ってて平気なのかなと思ったんだけど、そうじゃ無さそうだよね」

 でも、とかいや? とか一人で考えたかと思うと、男性は自信なさげに眉間へシワを寄せた。

「ごめんね、もしかしてそれ黒鉱じゃないのかも。勝手に散々と色々言っておいて混乱させてなきゃいいんだけど」

「い、いえ……」

 どうやら私が平気でいるのは、そもそもこの石が黒鉱でなかったからと結論付けたようで、私は乾いた喉で小さく返すのがやっとだった。

「さっき言った通り僕は専門家なわけじゃないから、力になれるのはここまでかな。あまりお役には立てなかったけど」

「いえそんな。ありがとうございました、とても参考になります」

「こちらこそ、珍しいものを見せてもらえてありがたいよ」

 それじゃあ。と男性は施設へ戻って行った。

「ああは言ってたが、これは黒鉱ってやつみたいだな」

「うん。私が何ともないのは、私に魔力がないからってだけだろうし」

「だからこそ、これが黒鉱でないと勘違いしたんだろうが」

 とは言え、黒鉱を触っていると来るこの眠気の正体は一体、何なのだろうか。

「よし、一度ガジルの様子を見に行くか」

「そうだね。もう目を覚ましてるかも」

 黒鉱をしまい込み、宿へ戻った。

 しかし部屋にガジルさんは居なくて、カルデノと首を傾げる。

「……どこに行った?」

「隠れてるわけは……ないよね」

 念のため、とベッドの下の隙間を覗き込んでみたが、掃除しきれずに残ったホコリだけがある。

「目を覚まして、私達が居なかったから探しに出たとかかな」

「入れ違いと言う事か? 普通は戻ってくるまで待ってるくらい、しそうなんだが……」

 カルデノは入れ違いと言う説明に、ガジルさんの行動とは食い違いがあると納得出来ないようで、落ち着きない。部屋の窓を開けて外にガジルさんの姿を探し始め、のんきに考えていた私も焦りが生じた。

「ね、ねえ、まさかガジルさん、あのままで誰かに浚われたりしてないよね?」

「……分からない」

 窓からガジルさんを探す事を諦めたカルデノ。しかし表情は曇っていた。

「私、受付でガジルさんが出て行くのを見たか聞いてきてみるね」

「私も一緒に行く」

 部屋の扉のドアノブに手をかけ、引く。

「石を返せ」

 扉のすぐ前に、異様な雰囲気の男が立っていた。







ここまで読んでいただきありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
魔力ポーションってまだ残ってませんでしたっけ? 魔力枯渇と解ってるなら、それを使うという判断には至らなかったのかな?
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