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ドラゴン退治へのささやかな貢献

「お前は色々とありえない」


 アスルの言葉はその一言からはじまった。

 ハイポーションを作り終わったあと、アスルと一緒に私の使う宿に来たのだが、アスルがハイポーションの入った袋を肩に担いだまま壁に背中を預け、ベッドに座る私を見た。


「材料さえあればあんな風に、いくらでも作れるのか?」

「うん、今のところ際限を感じたことはない」


 ため息が聞こえて何故か責められているような気になり、顔を俯けた。


「何故こんな小さな街でポーションを作っているんだ」

「何でって、どういうこと?」

「俺のようにポーションが効きづらい奴は多くは無いが居るんだ、王都にはもっと沢山の人がいる。そうなればカエデの作るポーションは大いに役立つ、それに大量に生産することも可能だ。何故この街にいる?」


 何故と聞かれても困る、たまたま目が覚めたのがこの街なだけで理由など何も無いのだ、しいて言えば、金が無いから移動できない、だろうか。

 答えに困っていると、またため息をつかれた。


「俺は普段王都を中心に活動している、今は大量に作ってもらったが、いずれ無くなる」

「私もいつまでもここに居る気は無いよ、けどお金も知識も伝手もない」


 そう、いつまでもここに居る気はないのだ、私には帰る家もあるし心配してくれる両親も友達もいる。ここに来なかったら今頃はお菓子を食べながらゲームか何かやっていたんだろう、そう思うと少し笑えた。


「そういえば両親は居ないといったな、何故だ」

「人の不幸聞くのが趣味なの?」

「……いや、すまん」


 理由がどうであれ両親が居ないのは本当だ、いない理由は私にとっては不幸な話しだし、こうでも言っておけば向こうが勝手に解釈するだろう、こいつの親は死んだとでもなんでも。


「しかし王都に来て商売を始めるなら歓迎されるだろう、カエデのポーションはな」

「うん、ありがとう」


 話しに一区切りついたところで、アスルが壁から背中を浮かせた。


「それでハイポーションの代金だが、いくらだ?」

「ああ、いいよ、清め石は買ってもらったし、アオギリ草だって私が用意したんじゃないから」

「そういうわけには行かない、これはカエデにしか作れないものなんだ」

「んー」


 それなら一体いくら貰えばいいだろう、今言ったとおり材料はそろえて貰った、私がやったことと言えば、浴槽を貸してもらえるように頼んだのと条件の掃除、それだってアスルも一緒にやったのだ。

 あとは生成。これも一度に作ってしまい、苦労らしい苦労もしていない。お金を払ってもらうにもそう大きな金額ではない。


「お金はいらないから、代わりに教えて欲しいことがあるんだけど」

「ああ、俺に答えられることなら」

「まず、ここから王都までどれくらいかかるの?」


 アスルは腕を組んで少し考えてから口を開いた。


「馬車で20日ほどか、道が悪ければそれ以上かかるな」

「それ、移動費だけでいくらかかるの?」

「まあ王都までなら2000タミル以上はかかるな、護衛を付けるならなおさらだ」


 あまりの金額に顔を歪めた。


「遠いし、かなりかかるね」

「ああ、それは仕方が無いな、距離が長ければそれだけ危険だ」

「そうだよね」


 お金はいつか貯まりそうだが、王都はどんな所なのか想像もできず、聞いてみた。


「王都ってどんなところなの? この街の何倍くらいあるの?」

「口では説明しづらいな、リクフォニアには無いものが沢山あるし、この街はすみっこにしかならないだけ広い」


 それには驚いた、ここは十分大きな街だと思っていたからだ、それがすみっこにしかならないと言われ、余計に想像出来なくなる。


「やっぱり、行くにしても当分後だね」

「そうか……」


 アスルは残念そうに表情を歪めるが、その大量のハイポーションを一体どれくらいで使い切るのか心配になった。これからドラゴンの討伐に行けば、もしかしたらあっという間に使い切るのかもしれない。


「そういえば、ドラゴンの討伐まではまだ時間あるの?」

「ここに来てもう3日だからな、他の連中も準備が出来て明日には出発の予定だ」

「そうなんだ、討伐の対象になってるドラゴンって、何で退治しなきゃいけないの?」

「それは……」


 これは少し気になっていた事なので、なんとなく聞いただけだったのだが、言いよどむアスルに、聞かなければ良かったと後悔が襲ってきた。


「トレジャーハンターが、ドラゴンの卵を盗んだせいでアカルトカルが襲われたんだ」

「卵……」


 アカルトカルがどこかは分からないが、どこかの街が襲われたのは分かった。


「卵を返せばそこまで被害も出なかったのかも知れないが、盗まれた卵はその騒ぎで割れてしまったんだ。そうなれば返すことは出来ない、しかしドラゴンはそれで納得するはずも無い。これ以上被害を出さないために討伐されることになった」


 それは人が卵を盗まなければ起こらなかった事態で、ドラゴンは卵を取り返そうとしただけだ。

 それで卵は割れてしまい返せない、これ以上被害が出ないように殺そう。

 ひどい話しだと思った、しかしそうしなければこちらの命もない、本当にひどい話しだ。それが分かっていたからアスルはこれを言いよどんだのだろう。


「アカルトカルでの戦いでドラゴンは相当のダメージを負った、今回で終わりだろう」

「それが、ホノゴ山に逃げ込んでるの?」

「ああ、あまりのんびりしていると、またいつ出てくるか」

「そうなんだ」


 それしか言えなかった。

 ふと外を見ると、民家のほのかな明かりは消えている所がほとんどで、もう相当遅い時間なのだろう。

 それをアスルに伝えると、一度ハイポーションのお礼を言われて、部屋のドアを開けた。


「アスル、討伐頑張って」

「ああ」


 部屋を出た後、ドアは静かに閉められた。





 目覚ましはけたたましい爆発音だった。

 音は少し遠くでしたようだが、振動は十分に伝わってきた。何事か全く状況を理解出来ない私の部屋に、ノックもなしに受付の女性が飛び込んできた。


「お客様逃げてください!」

「な、何があったんですか?いまの音は?」

「ドラゴンです! 街のすぐ外にドラゴンが来てるんです!」

「はあ!?」

「とにかく早く逃げてください! 私は他のお客様にも言わなきゃならないんで失礼します!」


 女性はドアを開けっ放しで慌しく出て行った。一瞬後にハッとして、荷物を纏めた。その間にも床が揺れたり、様々な音が聞こえてきた。

 ココルカバン二つにリュックサック、それを持って外に出た。

 逃げろとは言われたが、一体どこに? 外にはドラゴンがいる、だからと行っていつ侵入されるか分からない街の中だって安心出来ない。とにかく大きい通りに出て人の流れに着いていくことにした。


「東門から外に出てください!ドラゴンは西門の外にいます!東門から外に出てください!」


 誰かが高い所から避難誘導をしている、その声に従い、人は東門に流れているようだった。

 しかし東門の通りは人で溢れていて、とても進める状況ではない。押し合い引き合い少しも進んでいない。

 その光景に怖くなり、手が勝手に震える。

 他の門は開いていないのかと、慣れ親しんだ南門にまで引き返し、遠目ではあるが確かめたが門は閉ざされており、門番が押しかける人たちを押しとどめていた。

 どうにも頭が働かず、ただ突っ立っていた私の耳に、後ろから小さな悲鳴が聞こえた。

 振り返ると、すぐ後ろで5歳くらいの女の子が膝を擦りむいて泣いていた。

 こんなに人がいるのに、誰も声もかけない、気にも留めないようだった。


「まま、ままー!」


 涙も鼻水も流すその女の子の前にしゃがみ込んだ。


「大丈夫?膝痛い?」


 自分だって余裕がないくせに何故声をかけたか、自分でも分からない。


「たすけてよー!ままがいないよ、ままぁ!」


 こんな状況で親もいないなら、泣くなと言う方が無理な話だ、私はポーションを一つ出し、女の子の擦りむいた膝にかけた。


「え……」


 女の子は突然のことに驚いたのか、ピタリと泣くのを止めた。

 膝の傷はすっかりなくなっている。


「もう痛くない?」


 手ぬぐいを出して、涙やら鼻水やらを拭い取ってやる。

 女の子はまたじわじわと涙を流し始めたので、手ぬぐいをその手に握らせた。

 母親とはぐれたなら何とか引き合わせてやりたいが、この状況では難しいだろう、人の壁で街の外に行くことは出来ないし、かと言って街のどこに安全な場所があるかも分からない。


「どうしよう……」


 ゆっくり立ち上がると、女の子が私の服をぎゅうっと握り締めた。


「どこに行くの?置いていかないで」

「え、あ、置いていかないよ、大丈夫」


 女の子の手を握って、とにかく唯一開放されている東門の方にもう一度行くことにした。

 相変わらず人でごった返していて、東西南北の門の中心の広場にいるしかなかった。


「君、名前はなんて言うの?」

「リシャ、おねえちゃんは?」

「私はカエデ、リシャちゃんはお母さんと、どこではぐれたの?」


 話しながら、広場のすみに寄り、人にぶつからないようにした。


「わかんない、いっぱい走って、ころんで、そしたらいなかったの」

「そっか、でもきっと見つかるよ」

「うん」


 まだ泣き止んではいないが、だいぶ落ち付いたようだ。

 まだ地面は揺れる、それにさっきから何か、獣の鳴き声がかすかに聞こえている、ドラゴンの鳴き声だろうか。

 ちらっと、空が翳った。

 なんだろうと上を見た時、それは大きな音を立てて目の前に降りた。


「え……」


 それは周りの建物よりも大きく、赤い鱗で全身が覆われた大きなドラゴンだった。

 背中や腹に槍が刺さっていて、怒っているのか鋭い牙が生える口から、ちらちらと炎が吐き出されている。


「やあああああ!」


 リシャが甲高い悲鳴を上げた直後、ドラゴンはこちらを向いた。


「だまって!」


 リシャの口を無理やり塞いで建物の影に隠れた瞬間、今まで居た場所の延長線上にゴウッと炎が道を作った。

 あと少し遅かったら死んでいた。


「たす、たすてけておねえちゃん!しんじゃうよお!」


 泣き喚いて私にしがみ付くが、どう助けろと言うのか、私が泣きたい。

 その時、背負っていたリュックサックの重たさで思い出した。炎晶石と雷晶石を作る材料があることに。

 急いでリュックサックを降ろし、中から色石と牙と水晶を出した、しかし威力はランダムだ、そんな不安要素しかない物に命を預けられない。

 震える手で晶石二つの材料を握り締めた。


「生成」


 両手には炎晶石と雷晶石、威力はランダム、威力はランダム。

 作るだけ作って体が全く動かない。

 どうしたらいい、このまま隠れていれば死なないの?

 そんな考えは脆くも崩れ去った。隠れるために使っていた建物が何かに薙がれ破壊されたのだ。

 飛び散った瓦礫の一つが左肩に当たり、炎晶石を手放してうずくまった。しかしそんな事はしていられない、ドラゴンが丸見えなのだ、焼かれて死んでしまう。

 ドラゴンの口がゆっくり開く。


「カエデ!」


 どこからかアスルの声がした。


「来るなあああああ!!」


 右手に持っていた雷晶石を開かれた口へ投げ込んだ。

 瞬間、視界が真っ白になり、耳を刺し胸を叩く凄まじい音が鳴り響いた。

 雷晶石が発動したらしい。

 目がチカチカしてふらつき、その場に尻餅ついた。





「カエデ、カエデ」

「う……」


 誰かに痛めている左肩を揺すられて目を覚ました。


「良かった、目が覚めたか」


 目が痛くて顔はよく見えなかったが、声には聞き覚えがあった。


「アスル……?」

「ああ、無事か?怪我はないか?」


 未だ肩に手を添えて起きようとする私を支えてくれているのだろうが、痛い。


「左肩怪我したから痛い、離して」

「あ、すまん」


 いつ気を失ったのか、あの瓦礫の中で倒れていた。右手で体を起こして、あたりを見渡した。あのドラゴンはまだ広場にいて、口を開けて舌がだらりと力なく垂れている事から死んでいる事が伺えた。

 すぐ隣りにリシャも倒れていて、見える所だけでも怪我をしていないか確認した。


「その子は?」

「リシャ、迷子になってたから、途中から一緒に行動してたの」

「そうだったのか」


 アスルはリシャの体を起こした。


「怪我はしていないようだな。カエデは肩を治した方がいい」

「うん」


 アスルはリシャをそっと降ろし、腰に付けているポーチからハイポーションを出した。


「服が濡れるが勘弁しろよ」


 そう言ってアスルは私の服の襟をずらし、肩にハイポーションを掛かけた、言われた通り服は少し濡れたが、痛みが引いていき、息をついた。


「このドラゴン、追ってたドラゴンなの?」

「ああ、まさかこんな早く山から出るとは思っていなかったな」


 きっと外で戦った時には苦労したのだろう、よく見たらアスルは至る所に怪我をしていた。


「しかし、カエデのお陰で仕留めることができた。あれは魔晶石か?」

「いや、晶石だよ、雷晶石」

「晶石か、あんなに強力な晶石は見たことがない」

「そうなの?私まぶしくて、音と光が強かったのしか分からなかったんだけど」

「そうか、すごかったぞ」


 私がふらつきながら立とうとすると、アスルが手を貸してくれた。


「とても強い雷撃がドラゴンの頭を貫いたんだ。それで出来た隙のお陰で仕留めたんだ」

「そうなんだ」


 普通に話したはずなのに声が震えていた、怖かったのだから当然だが、今更涙が出てきた。

「怖かったか?」

「当たり前じゃん、あんなの目の前に降りてきて……」

「そうだな」


 私が袖で涙を拭っていると、遠くで女性の声がした。それが確かに「リシャ」と呼んでいた。


「あ、アスル、リシャちゃんを抱えてくれない?親が見つかったかもしれない」

「わかった」


 アスルがリシャをそっと抱き上げ、瓦礫の中から出る私の後を付いてくる。


「リシャちゃんのお母さんいますかー!」


 間違いなく母親だろうと言うだけそっくりな人が、走ってこちらに向かってくるのが見えた。




ここまで読んで頂きありがとうございます。


この小説を評価してくださった方がいて大変嬉しいです。


何かあれば知らせて頂けると助かります。


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