76話
魔法石の売られている倉庫へ続く行列へ並びしばらく、待ちに待って倉庫の中へ入る事が出来た。目の前にしてみると魔法石の山は本当に大きく、まるで世界中の魔法石がここへ集まっているかのようだ。
「よし、晶石はあっちだな」
さっそく目当ての晶石がどこなのか適当な人へ尋ねたガジルさんは、私達の先頭を歩き出す。
山ひとつひとつに担当する人が数人付いていて、その人達が使う小さな麻袋一つを基準に売買されているらしい事が見て分かった。
さすがにこんな所にまで買いに来るだけあって、どの人も個人で使うとは思えない量の注文をドンドンと入れていて、それが外の馬車や荷台に積まれて運ばれるようだ。
晶石の山の前にも人がごった返しているが、次々と売買が進み私達の番が回ってきた。
「どうも。晶石はどれくらい欲しいんだ?」
麻袋を手にした男性が問いかける。私はバロウに渡されたココルカバンを広げて見せる。
「これに一杯欲しいんですけど」
「これはまた、大きいココルカバンを持ってきたな、個人か」
男性はあごに手を当てる。
「大量に買うのは構わないが、あんたらちゃんと金はあるんだろうな?」
「もちろんです」
私は子供に見えるだろうし、カルデノとガジルさんも商人と言われて納得出来る出で立ちではないため疑われたのだろう。
「おいおい、そう疑わないでもいいだろ? それとも個人がここで魔石を買うのが禁止でもされてるのか?」
「いやあ、そうじゃないが……」
困ったように首を傾げるガジルさんを見て、男性は少し唇を尖らせた。
「うーん。まあ金があるんならいいだろうさ。じゃあこの入れたらいいんだな?」
晶石を売ってもらえないのではとも思ったが、ほっと胸を撫で下ろす。
「ああそれと、個人が一度に購入出来る魔石には決まった量があるんだ」
「そうなんですか……」
このココルカバンいっぱいに買えれば一番いいが。
「でもはい、お願いします」
小さな麻袋に、まるで砂でも詰めるように山の晶石が流し込まれ、バロウに渡されたココルカバンに、麻袋が一つ、また一つと投げ込まれる。
相当な数がココルカバンに入っただろう。だがまだココルカバンには空きがあると言うのに男性の手はそこで止まった。
「ここまでだな」
「はい……」
ココルカバンを覗いて見る。パッと見た感じでは半分は入っているだろうか。それくらいだ。
晶石を買い終えて倉庫の外に出て、私達三人で少し話してみた。
「これ、ここでカバンカバンいっぱい出来たらホルホウまで行かなくても良くねえか?」
ガジルさんが言う。
「で、でも一度に購入出来る数が決まってるって言われましたし」
「んー……」
諦めきれないのか腕を組んで悩みだし、十秒もせず考えを口にした。
「いや、もう一度買いに行けば二度目って事になるよな。そしたらまた同じ量を買えるはずだ。それをココルカバンがいっぱいになるまで繰り返したらいいんじゃねえか」
「……え」
ちょっと、予想していなかった事を言われた。揚げ足取りを楽しむように少し笑っているし、確実に成功する手だと思っているようだ。
「で、でもきっと怒られますよ」
だから止めませんかと意味を込めたのだが、やってみなければ分からないだろうと返され、試しにもう一度晶石を買いに倉庫の中へ入ってみれば、先ほどの男性が怪訝な表情で私達を見ている。
「……あんたら」
「はい……」
「ちょっとなあ、売れないものは売れないよ。決まりなんだ。そんなに欲しいならまた明日にしてくれ」
「すみません……」
「やっぱダメか」
二度目の晶石購入は出来ず、再度倉庫の外へ。
「でもしばらくここに居て、毎日晶石を買いに来たらホルホウまで行く必要は無いって事か」
ガジルさんがまるでそうしようとしているかの様に言えば、片眉を吊り上げたカルデノが口を開いた。
「待て」
「どうしたの?」
聞いてもカルデノは直ぐには答えなかった。
「カルデノ? ねえ?」
「……海、見るんじゃなかったのか」
ぼそりと呟かれた言葉にハッとしたのは私だけではなかった。
「い、言ってたな。そうだった」
「あれだけ話しておいて忘れてたのか」
「悪かったって」
正直、私も忘れていたため口を挟むのに気後れする。そこまで海を見たい気持ちが大きいとは思っていなかった。
「色々聞かされたんだ、一目見ないと気がすまない」
「わ、私も! 私も人魚が見てみたいです」
「なるほどなあ。んじゃここに留まって集める作戦はなし、だな」
ふーむ、と悩む素振りを見せるとガジルさんが言う。
「ならさっさとホルホウに行くか。今ならまだ馬車も出てるし、途中まで行けるだろ」
「その前に何か食べたいが、カエデはそれでいいか?」
「そうだね。移動はそれからかな」
腹ごしらえをしてから移動を開始。二日かけてホルホウの一つ手前の街のオベルオというところまでやって来たのだが、そこからさらに馬車を乗り継ごうと駅の中へ入ると、何やら騒々しさが耳を刺した。
「どうしたんだろう?」
がやがやと、人の声があつまるとただの騒音にしか聞えなくなり誰かひとりの声を拾うのも難しい。
「どうやら馬車が出ないらしい」
どこか音の断片を拾ったらしいカルデノが言う。
「詳しい事は分からないが……」
言いかけた時、奥から看板を手にした女性が人の間を縫うように出てきて、入り口にその看板をくくりつけた。
入ってきたばかりの私達は、逆にその看板を一番目にしやすい場所へ居た事が幸いし、すぐに文面を確かめる事が出来た。
「土砂崩れで、ホルホウ行きが停止?」
簡単にそう書かれていた。
「ここからホルホウはもう直ぐだってのに、ついてないなあ」
ガジルさんはげんなりとして肩を落とした。
「じゃあ迂回路はあるかな」
駅には必ずある地図を見てみると。ホルホウへ行くためには随分な遠回りである事が分かった。
「これじゃあ土砂が片付けられるのを待つ時間と大差ないだろ」
それがガジルさんの憶測であっても、私達よりは旅の勘が働く人だ、初めての経験である私達に否定は出来なかった。
「じゃあ、どうする? 大人しく待つか?」
恐らく私達と同じ事を考えている人は多い。すれ違った人の何人かが、足ではどれほどか、と話題の種にしているのを耳にした。
「こういうのは大人しく待ってた方が無難だろうがなあ……」
悩む素振りを見せながらも、ガジルさんの目はちらちらと辺りの様子を窺っているようだった。
「まずどの程度の土砂崩れなのか、だな」
それによりホルホウに続く道が再び開通するまでの日数が大きく変わってくる。ホルホウ行きの馬車が出ないと分かると、駅から一気に人が減った。遠回りになると言う事はそれだけ余計にお金がかかると言う事。大人しく開通を待つことにした人は多いのだろう。その隙を見計らい、ガジルさんは関係者であろう駅の中の一人に声をかけ、その土砂がどれほどのものかを尋ねた。
土砂は馬車の通るための広い道の幅の半分ほど、大型の馬車二台分ほどの距離を埋め尽くし、深い所だと大人一人より高い土砂だと。
それを耳にしたガジルさんの表情の苦々しいこと。まるで飲み込めない物を口にしているかのようだった。
「そうか、結構崩れたんだな」
その質問に関係者と思しき人物は申し訳なさそうに頷く。出来る限り開通を急ぐとは言うが、どれほどかかるかは断言はされなかった。
一度駅から出て、外にあるたった三段の階段を椅子の代わりに並んで座る。
「なんとか、徒歩でって事で通して貰えるよう頼んでみるか?」
それか迂回してホルホウへ向かうか、ここで開通を待つか。
「あ、もしかしてお困りですか?」
そんな私達の前にパッと少年が現れ、人懐こい、ニコリとした笑みを見せた。
「……なんだお前、誰だ?」
ガジルさんが初対面で私に見せたような若干の人相の悪さに、少年は臆する事無く話した。
「僕、この街とホルホウとで荷物の運搬をしている家の息子です。今日はこれからもう一往復しなくちゃ行けない所だったので、よければ一緒に行きますか?」
「道なら土砂で埋まってるぜ」
それでどうやってホルホウまで行くのかと聞いたガジルさん。しかし少年は得意そうに胸を張った。
「人を運ぶ大きな馬車ではないので、土砂で埋まる事がなかった場所をギリギリ通る事が出来るんです。先ほどもそうしてホルホウから戻ってきました」
そこまで聞いて、ガジルさんはやっとこちらを見て意見を求めた。
「どうする?」
と、一言だけ。
「俺は別にいいんじゃないかと思うが」
私もガジルさんの意見に賛同する。残るカルデノも少し悩んだようだったが、最期にはそうしよう、と私達の意見が合致した。
「じゃあお前の親のところに連れて行ってもらえるか? お前がいいと言っても、どうせ決定権は父親か母親が持ってるよな?」
「はい、こっちです!」
少年に案内されるままについて行くと、駅の裏手にある建物の脇に到着した。そこには、一頭の馬が繋がれた荷馬車が二台並んでいて、一台には小さな樽が綺麗に並べられ、もう一台には大きな袋が積めるだけ積んであった。近くには中年の男性と女性が並んで荷物の点検をしていて、少年が駆け寄ると女性がその少年の頭を撫でた。
「もう、どこへ行っていたの?」
「ちょっと駅の方に! あのね、あの三人の人達をホルホウまで乗せていって欲しいんだ。駅で困っていたんだよ」
女性は私達を認めると、ぺこりと軽く頭を下げた。
「どうも、さっきその少年に声をかけられてね」
ガジルさんはいつもの調子で事情を話し始めた。男性と女性は少年の両親に間違いないらしく、荷馬車へ乗る事をにこやかに許してくれた。
「いえね、さっきホルホウからこちらへ来る時にも一人、旅の人を乗せてきたんですよ。そしたら旅の話が面白かったらしくて、また誰か乗せれば楽しい話を聞けると思ったんでしょう」
少年の母親は少年の頭を人差し指でツンと突き、仕方ない子ね、と甘く叱った。
荷馬車はそれぞれ夫婦で手分けして操作するらしく、樽の積まれた荷馬車に私とカルデノ、袋が積まれた荷馬車にガジルさんと少年が乗ってホルホウへ出発した。
出発して二十分ほどで土砂崩れの場所が見えてきた。確かに少年の言うとおり、この荷馬車ならば通れそうな幅だけを残し、土砂で埋まっていた。人が集まって懸命に道を開けるために動いている。
「ここが土砂崩れの現場か。結構崩れたんだな」
カルデノが言う。
「これじゃあ人を乗せる大きな馬車は通れないね」
ガラガラと車輪が転がる砂利の上をゆっくり走る。土砂崩れの現場が見えなくなって少しして、先頭の荷馬車を御する男性が、アッと声を上げたのが聞え、その場に停止した。
「どうかしたのか?」
カルデノが覗き込むように身を乗り出すと、カルデノは荷馬車から飛び降り、それとほぼ同時にガジルさんも飛び降りた。
事態が把握出来ないまま、誰か女性の悲鳴が耳を刺した。
「な、なに!?」
「ああ! 人魚ですよ!」
少年の母親が指を指す先に、カルデノとガジルさんはいた。茂みの影になった場所で、大振りのナイフを片手に辺りを警戒するカルデノと、屈んで誰かに声をかけるガジルさんの姿。
「ど、どうしたのかしら」
少年の母親はオロオロしていた。
カルデノがナイフを納めたのを見計らい、私も荷台から降りて二人のもとへ向かった。
「カルデノ!」
「ああ、カエデ」
カルデノは私を見ると少し困ったような表情をし、横たわる女性に目を向けた。
小さな声で呻く人魚の姿に、私はびくりと肩を震わせる。
「おい、あんた大丈夫か」
「うっ……」
肩肘をついて上体を起こす女性は見たところ私と同じくらいの年頃で、たっぷりとした長い金髪を揺らす。
本来足があるべき部位は私達とは違い魚類の下半身で、赤い鱗が煌く。その下半身も岩肌に強く擦りつけたかのように、大きな痛々しい傷があり、ポーションを差し出し傷を癒すと、ぐったりとしていた彼女の幾分かマシになったようだった。
「助けていただいてありがとうございます。どうやら人攫いに遭ってしまったらしくて」
彼女はメロと名乗った。
「ああ、それは何となく分かってたが。あんたホルホウの人か?」
「はい。私はホルホウで働いていますので」
「そうか。俺らも行き先はホルホウなんでな、一緒に乗せて行って貰おうぜ」
そう行ってガジルさんが荷馬車を指差すと、彼女はパッと明るい顔を見せた。
「ありがとうございます! ここからどうやって戻ろうかと悩んでいたところだったんです」
そう行って少し恥ずかしそうに自分の尾びれを軽く擦った。人魚と言えば勿論私達とは違い地上を自由に歩く足が無い。
カルデノがメロを抱えて荷馬車に乗せると、少年の両親へ丁寧に腰を折り、ホルホウまで乗せていってくれと頼んだ。二人は当然だと笑って荷馬車は走り出す。
私達が乗った荷馬車にメロが一緒に乗ったのだが、何やらソワソワした後に口を開いた。
「あの、まだお名前を伺っていませんでした。よろしければお教えてもらえますか?」
「私はカエデです」
「カルデノだ。あっちのがガジル」
「カエデさんに、カルデノさんに、ガジルさんですね」
嬉しそうに笑う。
「それより、さっきのは何だったんだ? 人攫いとは言っていたが」
カルデノが聞くと、メロは少し俯いて話し始めた。
「言葉の通りでして、海岸で親しげに話しかけられたと思ったら、近付いた時に捕まってしまったんです」
「かわいそうに。よその国じゃ人魚を売ったりしてる所があるって話ですよ」
少年の母親が前を向いたまま言った言葉に、メロは震え上がった。
「う、う、売られるところだったんでしょうか私!?」
そうだろう、とは顔を真っ青にしたメロに言いづらく、会話に妙が間が空いた。
ここまで読んでいただきありがとうございます。




