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73話

「僕は幸せだった。愛する両親は一人息子の僕をとても可愛がってくれたし、きっと恋人とも結婚する、尊敬する両親のように家庭を築き腕にわが子を抱きしめる日が来るんだと、漠然とした未来を夢見ていた」

 私達はバロウが穏やかに語る前世の記憶に耳を傾けた。

「幸せはなくならないと気づけないなんて言うけど、僕はそんな事あるもんかとずっと思っていたよ、疑いようもなく幸せだったんだ」

 はあ、と重いため息をついてバロウは顔を両手で覆った。

「でも何故か、僕はこの世界の住人として生まれていた。突然だ、赤子として、知らない人間が親として振る舞い、慣れない生活を余儀なくされた」

「突然……? あの、その前に何があっただとか覚えてないの?」

「覚えているさ、死んだんだ」

「……」

 一度死んだ人間、と言っていたのを思い出す。

「でも瞬きのような一瞬後にはすでに僕は新しい命として生まれ変わってた。こんなの望んでなかったのに」

 自身の死を口にしていると言うのに、いたって落ち着いた様子でバロウはそのまま続ける。

「僕は僕が死んだ後のことを知りたかった。……だから転移魔法についてずっと、ずっと探してたんだ、あの世界へ戻る方法を。体は違えど記憶を持ってこの世界に生まれたならどこかで繋がっている、そう信じて」

 バロウが一度深いため息をついた事で間が空く。たった数秒であったがその間、バロウの眉間に深いしわが刻まれていて、ああ、まったくの冷静ではないのだ、と窺えた。

「でも三十年以上も経つとこちらの生活の色が濃くなる。前世の記憶なんて僕の妄想じゃないか、頭がおかしいだけじゃないか、どこかで見た夢を勘違いしただけなんじゃないかと自分で自分を疑って、それでもここまで立ち止まる事はしなかった」

 自分の薄れ行く記憶だけを頼りに、三十年も、ただひたすら前世に思いを馳せるのはどんな心境だろう。常人ならば新たな命と新たな人生を受け入れてしまうだろうに、何がバロウにそこまでさせるのか。

「だから君が僕に教えてくれたんだ、僕は間違ってなかった事を。僕の転移魔法はあと一歩の所まで来ている事を。次だ、次こそ成功して見せる。なにせ三度目の正直なんてことわざもあるくらいだから」

「い、いやちょっと待って下さい。……前世の記憶がある世界へ行きたかった、んですよね……?」

 あれ? と私は首を傾げる。バロウは元の世界、私と同じ世界で死に、そしてこの世界に生まれ変わった。それで元の世界へ行こうと魔法を作る所までは理解出来た。しかしそれなら何故、私という存在が絡んできたのか?

 行きたいのなら勝手に一人で行けばよかっただけ。それなのに何故私をこの世界に呼び出す必要があったのか。

「君がどうして呼ばれたのかの疑問だろう?」

 今まさに考えていた事を言い当てられ、自分でも憶測しながら頷く。

「僕が作った……、いや作っている世界間の転移魔法は転移と言うよりも、入れ替わりを起こすものなんだ」

「入れ替わり?」

「そう。この世界にいる僕と、別の世界にいた君の立ち位置が本当は入れ替わっているはずだった。僕が君の魔力を引っ張り君には僕の魔力を引っ張らせる事で、膨大とは言え一番魔力の消費が少ない方法だった。一度目は全く上手くいかず、二度目は君だけがこの世界に来てしまった」

「何、言ってるの?」

 私は当たり前のように語るバロウに不安を覚え、震える口をなんとか開く。

「だって私、魔力なんてないのに……」

 それなのに何故、魔力を有している事が当たり前のように語るのか。

 私がそう言うと、バロウは目を見開いたまま呼吸さえ止まったように私の目を見る。

「う、そだ。そんなの」

 絞まったのどから搾り出すように小さく苦しげな声色。そのまましばらくバロウは俯き、何も言葉にしなかった。

 恐らくこの世界に生まれ三十年以上という長い年月が、魔力の有無の可能性を完全に頭から消し去っていたのだろう。大なり小なり誰もが魔力を有しているこの世界。そして元の世界に行こうと言う発想にも魔力は付いて回る。

 大きな誤算であったには違いない。

 部屋は物音を立てる事も躊躇われるほど重たい沈黙で満たされていた。

「それで」

 しかしカルデノがそんな沈黙を物ともせず口を開いた。

「お前の考えとは大きく異なっていたらしいが、結局カエデは元の世界に帰る事が出来るのか?」

「……ちょっと、待ってくれ。……今は頭が、いっぱいなんだ」

 返事には明らかに覇気がなく、今にも風に吹かれて消えてしまいそうな弱弱しい存在に見えた。

「お前が何を考えているかは知らないが、先に質問に答えろ。帰れるか、帰れないかだ」

「わからない。……わからない」

 カルデノの質問に答えたようにも、うわごとのようにも聞えた。

「だってそうだろう、そもそも魔力を持たない人間を僕はどうやってこの世界に引っ張った?」

「そう聞かれても、私達は魔法の事には詳しくないですし。実は私に少しだけでも魔力があった、とか」

 バロウは私の言葉を否定しなかった。私は魔法を御伽噺の中のものと思っていたし、今までもこれからも使える気がしない。

「……可能性がないとは言い切れないが」

 一体何故、と頭を抱え始め、私も考えて見る。私の魔力に匹敵するするものとは何か、そんなものが存在するのかどうか。

「そう言えば」

 バロウは思い出したように私を見た。

「本があったね」

「本?」

「僕の名前が書いてあった本だ。昼間に見せてくれたろう」

「あ、レシピ本ですね」

 昼間の嘘を謝罪されたのだ、つまりはあの本に書かれたメッセージを知らないと言うのも撤廃されたと言う事。私は納得してココルカバンからレシピ本を取り出す。

「レシピ本、というのはその本の事かな」

「はい、ただの本でもないし、でもだからってなんと言っていいか分からなくて。物を作るレシピ……みたいな本なので」

「なるほど、レシピと言うより載っているのは材料だけどね」

「まあ……」

 バロウは私からレシピ本を受け取り、最初のページを開いた。

「君はこの本、使える?」

「使えますよ、今まで何度もお世話になってて」

「そうか……」

「それが、なにか?」

 バロウは本をめくり、中身を確認しているようだった。

「使えると言う事は、この本は一度でも君の魔力に触れたという事になるはずなんだけれど」

「なる、ほど?」

 魔力に触れたから使える? そもそも仕組みも理解していないため反応も曖昧なものになる。

「意味が分からない、詳しく説明してくれないか」

 カルデノが代弁するように言うと、バロウはゆっくりと頷きレシピ本をテーブルの上に置いた。

「この本は僕と入れ替わってしまう誰かのために用意したものだ。それはつまり結果的にカエデさんのため、と言う事になるね」

「偶然来たのが私ですから、そう言う事になりますね」

「で、この世界に来てすぐに君の手元にあるよう細心の注意を払ったわけだ。上手くいって良かったには良かったが、この本は僕が手放して最初に触れた人の微量の魔力を吸収し、その人にしか内容を読み取る事が出来なくなっているんだ」

「それで……」

 なるほど私以外に白紙にしか見えない理由が判明した。しかしそうなるとやはり、話題の中心になっている魔力に疑問が残る。

「念のため確認なんだけど、カエデさんって魔法とか使えたことある?」

「いえまったく」

 だよね、とバロウはそれっきり黙り、たまに頭を抱えて唸っていた。

「何かが魔力の代理として機能している可能性はないのか」

「魔力の代理か」

 カルデノがふと思いついたであろう事を口にするとバロウは次にそちらへ考えを移したのか、唸る事をやめた。

「考えたこともなかったけど、あるとすると簡単に考えられるのは生命そのものを削るって方法かな」

「え……」

 つまり魔力のない私は命を代償にしている可能性がある?

「そ、そんな」

「悲観しなくても、ただの可能性だよ。それにその可能性は限りなくゼロに近い」

「本当に? 私死にません?」

「と思う」

 なにやら心配を完全に払拭出来ない回答だが、今はこれで納得するしかないだろう。この世界に生まれ長いバロウでさえ分からない事を私が簡単に判断も出来ないのだから。

「考えても見なよ、魔力を保管する場所がない体で、命を魔力に変換出来るはずがないんだ。そしてその機能すらないだろう。さらに命、生命力を魔力に変換するには本人の確かな意志が必要になるんだ。知らず魔力に命を食われるなんて事も無い」

「つまり、現時点で魔力の代わりはないという事か」

「そうだね。僕が話したのは可能性の話だから」

 それで、とバロウは言う。

「具体的な話をしよう。僕は未完成の魔法で君を呼び寄せてしまったため僕と君が同時にこの世界に居るわけだが、本来なら、僕は居なかった。だから君をもとの世界に戻すための魔法となると、新たに作らなければならないんだ」

 今までのバロウの口ぶりだと、魔力さえ何とかなればもとの世界へ戻れそうにも思っていたが、どうやらそう単純な話でもないらしい。

「もし魔法が上手くいっていたとして、あなたはこの世界に戻ってくる気は無かったんですか?」

 バロウは自分が死んだ後の事を、例えば自分の家族はどうなったとか、恋人がどうなったのか、そう言った事を確かめたいがために長い時間を費やし、それでその後は?

 納得出来ようが出来まいが自分が死んだ事実は変わらず、生まれ変わったあなたの息子です、恋人ですと名乗った所で頭のおかしい人として、家族として会話に交わる事も出来ないだろう。バロウが一方的に前世に執着した所で、もう前世のバロウの人生は終わっているのだ。

 バロウは私の質問に首を横に振った。

「勿論戻ってくるつもりでいたさ。でも実際前世の光景を目の前にした自分の心情を、今の僕に察する事は出来ない。思い出の美化であったと落胆するか、心に思い出すままの光景にしがみつくか」

 話し終えるとバロウはひとつ呼吸を置いてから窓の外に目を向けた。

「今日はもう遅い。話の続きはまた明日にしようか」

「そう、ですね。確かにもう夜も遅いです。でもまだ聞きたい事があります」

 バロウが転移魔法を作った理由、私がこの世界に来た理由。知る事が出来て、納得は出来ないが受け入れるしかないそれらの中で、どうしても今聞かなければと思う事があった。

「あなたは転移魔法を完璧に作れたと思ったからこそ、使ったんですよね?」

「そうだね。とても試運転なんてお気軽に出来る仕掛けじゃない、万全で挑んだよ」

「もし上手く行っていれば、私と入れ替わるようにして世界を渡ったはずでしたね」

「うん」

 バロウは不思議そうに、けれど私の言葉にしっかりと言葉を返しつつ頷いてくれる。

「ならどうして、私を元の世界に帰すために新しい魔法を作らなきゃいけないんですか? どうしてあらかじめ作っておかなかったんですか?」

「それは……」

「……」

 バロウは目をそらすようにしてテーブルの上に置いたままのレシピ本を見つめていた。理由があるのならすんなりと言っているはずだ。しかしバロウは何も言わず、口を一文字に結んで身じろぎもしない。

 自分の事しか考えていないなんて、きっと誰にでもある事だ。無意識にでも意識的にでも。けれどバロウが私にした行為は、自分勝手だなんて一言で済ませられるような軽いものでではない。

「いくつか、言い訳を考えて見た」

「言い訳……?」

 目は変わらずテーブルの上のレシピ本に向けられたまま。

「気がはやり、つい作り忘れたから。君が来てからでないと君を帰らせる魔法を作れなかったから。同じ魔法で帰って貰う事が出来ると勘違いしていたから」

 ぽつりぽつりと、違った理由を口にする。

「いくつか思い付きはするけど、その場でついた嘘に辻褄が合わなくなるのが怖い」

「どういう、意味ですか」

 一瞬頭が真っ白になった。くらりとめまいのする頭を働かせる。

「君の言うとおり、君を元の世界に帰らせる魔法なんて考えても居なかった」

 何故、どうして。怒りが湧き上がる。

「本当に失敗したとばかり思っていたけど、今となっては君はちゃんと世界同士が繋がっているかの確認に来てもらったようなものだ」

「じゃあ自分だけ良ければそれでいいって事!?」

 怒りが爆発した。自分の耳にさえ響くような怒鳴り声にカルデノは目を見開く。それでもバロウは私と目を合わせようとはしない。それがまた癇に障る。

「どうしてそんな馬鹿げた魔法を作ったりしたの!? 生まれ変わったなら新しい人生を歩めばよかっただけなのに! 私も今も普通に暮らしてたのに!」

 なんの動きも見せなかったバロウがギュッと拳を握り締め、勢い良く立ち上がった。

「馬鹿げてるって!? 一体何が馬鹿げてるって言うんだよ! 君だって元の世界に帰りたくて仕方ないなら僕の気持ちが分かるだろう!?」

「一緒にしないで!」

「生活にだって困らないよう、そんな本だって用意したんじゃないか!」

「知らないよそんなの!」

 バロウが指差したテーブルの上のレシピ本を両手で取り上げ、何度も何度もバロウの肩や胸を叩いた。

「勝手な事言わないでよ!」

「君だって使ってたんだろう! 新しい人生を歩めばいいだけなんて言うなら君こそ、僕を探してなんていないで新しい人生を歩めばいいだけだったんじゃないのか!?」

 カルデノが私の事を止めようと腕を引いたため、私はただレシピ本を握る手に力をこめる。

「私はあなたと違って死んでなんかいない!」

 喉が裂けそうなほど強烈な叫びを最後に、怒鳴り合いが無くなる。バロウは言い返して来なかった。バロウは傷ついた顔をしていた。次第に目には涙が溜まり、そして泣いた。

 確かにバロウの気持ちは分かる。家族が恋しい。あのなんでもない世界が恋しい。それでも、それなら何故バロウはこんな魔法を思いついたのだろう。

 何故呼び出される人の事を最後まで考えなかったのだろう。

「あなたはもう前世とは別人でしょ……。一緒に、しないで」

 乱れた呼吸でハッキリと伝えた。

「……うっ」

 残ったのは静かな嗚咽だけだ。バロウは力なく再び椅子に腰を落とす。涙を隠すように両手のひらで顔を覆い、それでも引きつった声が時折指の間から漏れ出る。

「今日はもう、帰ってくれ」

 弱弱しく震え、薄く掠れた声は情に訴える。そうして私の中で大きな炎を巻き上げていた怒りが徐々に静められるのを感じる。

「あなたが多くの嘘をついている事がわかりました。いまさらその言葉を信じて、次こそ本当に逃げられでもしたら……」

「頼む。頼むから、お願いだ。今日はもうひとりにさせてくれ……」

 ぐずり、鼻をすする音が一度聞えた。

「…………」

 どうしたら良いか、という意味をこめてカルデノに目を向けると、カルデノも困ったように顔をしかめていた。

「明日、また私達が来るまでこの家から出ないと約束するか?」

「するよ……、約束する。また見張ってたって構わないから」

 言葉では不足だが、言葉通り監視を続けるのは難しい。私もカルデノも疲れていた。

 今はバロウの言葉を信頼し、続きはまた明日に持ち越しとなった。






ここまで読んでいただきありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
アリスくんはどうなんだ? あとカエデはカルデノの奴隷冤罪の件は怒りもツッコミも、自分と時は感情爆発するんや。 なんか都合よすぎないか? カルエデはカスミのこの件でも冷静にバロウに的確な質問とツッコミい…
有栖の事は聞かないのかなぁ
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