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71話

 アンレンに到着してからもガジルさんは迷い無く道を進み、やがて一軒の家の前で立ち止まる。

「ここが行ってたバロウって奴の家だぜ」

「ここが……」

 レンガで造られた三階立ての家だ。緑に溢れた印象の強い国であったが、ここだけ雰囲気が全く違う。

 その理由として家の周りに、まるで別区域と示すかのように砂利が敷き詰められており、一切の木々や草花が無いことがひとつ。それと玄関が見当たらないのだ。

「……どこから入るんだろう」

「さあ? 家の周り一周したら見つかるんじゃねえか?」

 ガジルさんの言葉の通り家を一周して元の場所へ戻ったのだが、扉は見つからないままだった。

「え、もしかして住人は窓からの出入りをしてるのかな」

「理解出来ねえな、あった方が絶対便利だぜ」

「いや、あった……」

 カルデノの声に振り返る。すると先程までただの壁だった場所に、扉があった。突然現れたとしか思えず、私達三人は動きを止めた。ガジルさんなど奇妙な物を見る目で警戒しながら建物全体を見渡す。

「おいなんかこの家、思ったより変……だよな」

「……」

 カルデノが無言で扉へ近づく。扉には中心に小さな水晶玉のような物がはめ込まれているが特に何かあるわけでもなく、カルデノはコンコンと少し強めにノックする。

 時間にして一分ほどだろうか。私達は待った。そして扉の向こうから声がした。

「はい、どなたですか」

 その声にはまるで覇気がなく、鬱々とした印象を受ける男性の声だった。

 バロウ。長いこと行方を捜したバロウだ。この声の主がバロウであれば私は元の世界に帰る事が出来る。勝手にこの世界に連れて来られた文句だって言える。

 他には? 他には何を言う? 何を言えばいい?

 興奮ではない。怒りでもない。喜びでもない、しかし確かに高ぶり手を振るわせるこの感情の名前が分からず、表す言葉も見つからない。

「私はカルデノと言う。ここにバロウと言う者がいると聞いて訪ねたのだが、お前がそうか?」

「まあ、そうですけど。どういったご用件で?」

 捜し求めたその言葉が、私の耳を突いた。

 私は勇気を出してカルデノの隣に並び、あの、と口を開く。

「私はカエデと言います。あなたがこの世界に呼び出したでしょう?」

「……」

 扉の向こうは無言。一切の音もせず数秒後。

「は? いえ知りませんけど、誰かと勘違いしてます?」

「そんなわけない!」

 私は扉に向かい怒鳴りつけた。

「あなたの名前が書かれた本を持ってます! リタチスタさんもここに居ると言っていました! ホノゴ山であなたが使っていた小屋も見たんです!」

 カルデノにもガジルさんにも目を向ける余裕はなかった。ただ息を切らし扉の向こうからの返事を待つ。

「ちょっと、その本見せて。水晶の前にかざして」

 言われるままレシピ本を取り出し扉にはめ込まれた水晶の前にかざす。

「ああ、確かにそうだね」

 その言葉を言い終わると、ガチャンと音を立てて扉が開いた。

「ここで話すのもなんだし、中に入って」

 現れたのは、寝癖で頭のてっぺんの髪が一房はねた、見慣れた黒髪黒目の男性だった。ひょろりと背が高く、肌は白い。だが私と同じ日本人ではない。この世界で慣れ親しんだ、西洋人と似通った風貌である。

「僕をバロウと、知ってるんだね?」

 私は何度も何度も頷いた。

 私達三人は不思議な家の一室に案内された。壁の棚には沢山の植物が置かれていて、独特な匂いがする。窓はカーテンで締め切られ薄暗い。そんな窓際に四角いテーブルと、四客の椅子。全員が丁度座れる数である。

 ガジルさんは共に中まで来たには来たが、何で俺も、と呟きが聞こえた。

「あの」

 私はゆったりとした空気に苛立ち、口を開く。

「どうして私をこの世界へ? どうして私だったんですか? 私は帰りたいです。帰れるんですよね?」

 相当早口に言ってしまった自覚はある。バロウは私の言葉をじっくりと吟味するようにして頷き、だが予想外の事を口にする。

「勘違いして欲しくはないのだが、僕は君をこの世界に呼び出したりはしていないよ。先程見せてもらった本は紛れも無く僕のものだ。それは認めよう。だが……」

「そんなわけないでしょ!? 私は、だって私……!」

 言葉が纏まらない。ふざけるな、本当の事を言え、そんな罵倒にも似た言葉が頭を占める。何故言いたい言葉が見つからない。先程まで沢山、沢山あったはずなのに。

「と、突然知らない場所に放り出されて、やっとここまで来たのに勘違いなわけないでしょ!」

 言葉の勢いに任せて座っていた椅子から立ち上がる。しかしバロウはゆっくりと首を横に振るだけ。

「君は今、冷静ではない」

「そんなことない! あなたが嘘を言うから!」

 対するバロウは冷静で、私の中での事の重大さがかみ合っていない事に腹が立った。

「カエデ、一度頭の中を整理するんだ。こいつの言うとおり、カエデは冷静じゃない」

「……わ、かった」

 カルデノが私の服の袖を握っていて、いつもなら気付けるはずのそんなことにまで目が向かなくなっていた。本当に、冷静ではなかった

 するりとカルデノの手が離れる。自分の震える手を握り締め、深呼吸を一回。

 それから頭の中を整理する。

 今までずっとバロウが私をこの世界に呼んだものと思っていたし、証拠としてレシピ本がある。そのレシピ本にはバロウの名前があって、本人も自分のものと認めた。

 では、どうして私の手元にこの本があったのか。

「私の事は知らないって言うの?」

「ああ」

「じゃあどうしてあなたのものだって言うこの本を、私が手にしているの? 荷物にいつの間にか入っていたんですよ」

「さて、ね」

 バロウは口元に手を当て、考える素振りを見せた。

「盗まれた記憶はないし、どこかへ持ち出した記憶もないんだ」

「でも、じゃあこれを読んでください」

 レシピ本を開き、表紙の裏に書かれた文章を見せ付ける。


【あなたは私の我がまま選ばれました、ゲームのように楽しんでください。しかし死ぬこともありますし怪我もします。レシピを活用して生きてください。売れます、頑張って下さい】 バロウより。


「確かに僕の名前が書かれているけど、でも僕じゃないな。書いた覚えもない。誰かが僕の名前をかたって書いたんだろう」

「じゃあ、じゃあホノゴ山の小屋の事は?」

「と言うと?」

「あそこにリタチスタさんと一緒に行きました。転移魔法について、沢山書かれた紙がありました」

「なるほど書き散らかした覚え書きの事かな。でも僕はアルベルム先生から研究を継いでいるんだ。不自然ではないと思うけど? ちなみに周りに溜まっていただろう魔力も、結局失敗した転移魔法から逆流してしまったものだ」

「でも、同じ転移を目的とした魔法でも、まったく別物だって聞いてます」

「そう言われても僕は僕で苦労してるんだ。僕にとって必要だったものをリタチスタが理解出来なかっただけじゃないかな」

なんだか疲れた顔をしているけれど、何を言っても間を置かずに帰ってくる。嘘を言っているのかどうかの判断も出来ない。

 分からない。目の前に全ての答えを知る人物が居てシラを切っているだなんて許せる事ではないし今もはらわたが煮えくり返るような怒りを必死に抑えている。

 でもそもそもこの人は、バロウは本当に私がこの世界に来た原因なのだろうか。

 もし本当に何も知らず、このレシピ本もただ盗まれただけだとしたら。毎日をただ研究に費やすだけの人だとしたら。

 言葉をなくしたように黙り込んだ私から、バロウはため息と共に目をそらす。

「一つ聞きたい」

 カルデノが口を開くと、余所見をしていたバロウの視線が戻ってきた。

「なにか?」

「何故わざわざホノゴ山で、あんな小さな小屋で研究なんてしたんだ? あの近くにはリクフォニアもあった、宿を借りる事も出来たんじゃないか?」

「周りに被害を出さないためだ。君の言うとおりリクフォニアで宿を借りていたとしよう。ホノゴ山で起こった魔力の逆流がリクフォニアで出来上がっていた事になる。だから想定し、そうならないよう努めたんだ」

「リクフォニアには用も無かったと?」

「ああ」

「紙の製造で有名だったかと思うが、立ち寄った事もないのか?」

 バロウはこくりと頷いた。

「準備はあらかじめ済ませておくものだ」

「なら何故リクフォニアにお前の魔力があった」

 ぴたり、とバロウの動きが止まった。

「……魔力だって?」

 今までのまるで興味のなかった態度から一転し、眉間にシワが刻まれる。

 リクフォニアに立ち寄る事も無ければ痕跡が残る事も無い。だと言うのに私が目を覚ましたあの路地裏にはバロウの魔力があった。リタチスタさんも間違いなくそう言っていた。

 バロウは乾いたらしい唇を湿らせるため丸め込む。明らかに動揺が見られた。先程までが冷え切ったような態度であったためその変化ははっきりと目立った。

「リタチスタがそう私達に告げた。適当に言っているんじゃないのは分かるだろう」

「いや待て、それは本当に知らないぞ。何故僕の魔力がなんてこっちが聞きたい。一体……」

 声に若干の震え。親の死でも聞かされたかのように顔を真っ青にし、背中を丸めて俯いたバロウは両手を組んで額に当てている。まるで祈りのようにも見える姿だが、口はブツブツと音にならない言葉を呟き続けた。

 明らかに様子がおかしい。私は戸惑いながらも声をかける。

「あ、あの」

「君、名前をなんて?」

「か、カエデです。八雲楓……」

 名乗った瞬間バロウは立ち上がった。突然の行動に驚き顔を見上げると、表情が歪んでいた。それは恐ろしいものを見たような、こみ上げる気持ちを抑えるような。

「なんて、ことだ……。ああ、うそだろう。いやうそじゃないそんな、そんな……」

 ポロリポロリ。訳の分からない事を言いつつ、バロウは恥もなく私を見たまま泣き出した。

 大人の、しかも男性が泣く姿など見たこともない。そして涙を流す理由もわからない。

「お、おいあんたいきなりどうした? 男が泣いて恥ずかしくねえのか?」

 見かねたガジルさんが戸惑いつつ言うと、バロウは服の袖で乱暴に涙をふき取った。

「ああそうだ! 泣いてる暇はないね! 君は帰りたいらしいが今すぐには無理だ。これから準備も調べなきゃならない事もある。それが済めばすぐにでも帰してあげられるよ!」

「え、はあ……」

 いきなり無邪気にそう話すバロウを誰が信用できるだろう。怪しい意外に言葉が見つからない。

「ちなみにそれ、いつごろ帰れますか?」

 怪しいとはいえ、帰れると言うのだから希望を持たないほうが難しい。頭で疑っていても心が待ち望みにしたこの瞬間を喜ぶ。

「そうだなあ、明後日の昼頃までには何とか準備するよ。だからそれまで邪魔をされたくない」

 さあ帰れ、そら出ていけと私達三人は家から追い出され、扉が背後でバタンと閉められた。

「……怪しくないか? いや、俺は何も事情は知らねえけど」

 最初に言葉を放ったのはガジルさんだった。

「あれを見て怪しむなと言う方が無茶だな」

「そりゃ勿論信用出来ないし、いきなり泣いたかと思えば逆に上機嫌になって、明らかにおかしいよ。でも帰れるって、帰してくれるって……」

 あんな異様な人でも私の唯一の帰り道。下手な事も出来はしない。

「明後日の昼まで、どうする?」

「うん……。待とうかなって」

 どうするもこうするも、待つ他ない。

「あんた、本気で言ってんのか?」

 だがガジルさんが私を信じられないものを見る目つきで睨む。いや睨まれてはいないだろうが、その眼差しから強い警告を感じ取る。

「あの男……。いや、とりあえずここから離れるか」

 何か言いそうになる口を閉じ、ガジルさんは歩き出す。私とカルデノもその背中に付いて歩きしばらく。大きな通りに出てからガジルさんは再度口を開いた。

「カエデは待つとか言ってたが、信用出来ねえ奴が指定する期間待つのは馬鹿げてる。その間にもし逃げたりしたら? 妙なこと企てたらどうすんだ? 探してたんだろ?」

「で、でも」

 でも、なんて口では言いながらその通りだと納得している。

「まあ、あんたが納得しなきゃ意味もねえか。とりあえず今日はどうすんだ? 宿は?」

「宿はもう取ってあります」

 詳しい場所を聞かれ、隠す必要もないからと宿を教えると、それだけ聞いてガジルさんは帰るらしい

「なんか苦労してるみたいだから、何かあれば知らせてやるくらいするぜ」

「何かって?」

 カルデノが聞くが、ガジルさんは口をへの字に曲げて目をそらした。

「何かは何かだろ。じゃあな」

「あの、色々ありがとうございました」

 まともにお礼も出来ていない。ガジルさんは手を振るだけで返事もなく立ち去り、私達も一旦宿に戻ることにした。



 そうしてその日の夜だ。

「おい! あいつやっぱり逃げたぞ!」

 部屋の扉のけたたましいノック音と共にガジルさんの声が辺りにこだました。



ここまで読んでいただきありがとうございます。

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