69話
タンテラは人目を避けるように早足で、どんどんと民家の無い場所へ離れて行く。
「ね、ねえカルデノ……」
これはやっぱり、ココルカバンを返してくれる気などさらさら無いのでは? と問うようにカルデノを見上げる。
「……」
カルデノも何ともいえない表情であったが、それでもタンテラを呼び止める事はしなかった。
ただズンズンと大股でどこかへ向かうタンテラの背中を追いかける。
道を外れ、林となった場所へ足を踏み入れた所で、カルデノが足を止めた。
「おい、荷物を返す気はないのか」
するとタンテラも立ち止まり、くるりとこちらを振り返った。
「ふん。疑うのは勝手だけど、私はちゃんと荷物を返す気でいるわよ」
数歩歩いた先の木の陰から、サッと何かを取り出した。
「あっ、私達の荷物!」
「だから言ったでしょ」
タンテラが手に持ってプラプラと揺らして遊ぶのは、紛れも無く私達の荷物だった。
鋭い瞳がカルデノを射殺すほど強く見つめる。
「本当に、コルダの墓参りに来たっての?」
「ああ」
「本気で?」
「……何が言いたいんだ」
手に持った荷物を突き出すようにしてタンテラが距離を詰めてくる。
「返す」
「……」
カルデノは無言で、荷物を受け取ろうと右手を伸ばす。
「本当に腹が立つ!」
タンテラは足を高く上げてカルデノの側頭部を蹴り飛ばす。だがカルデノはそれを腕で防いだ。
今度はそれが気に障ったのか腰に下げていたナイフを抜いてカルデノを襲う。カルデノも手に持ってたダガーでそれを防ぐが次々と猛攻が迫る。
「おいやめろ!」
カンッと勢いあまって弾き飛ばされたタンテラのナイフが、タンテラの肩を掠め地面に落ちる。
「つう……」
タンテラはナイフの当たった右肩を左手で押さえる。だが指の間からジワジワと血が広がるのが見て取れた。
「もう関わるな」
カルデノが小さな声で呟くと、タンテラは悔しさからか唇をかみ締める。
「お前ら、そこで何してる!」
突然辺りに響いた声に肩がびくりと跳ね上がる。声がしたのは林のずっと外側。道になっている方からで、声の主は少年だった。
少年はタンテラに駆け寄って傷を目にとめると、タンテラを背にかばうように立ちふさがった。
「よそ者め、この人に何をした!」
タンテラは俯き、表情が見えない。カルデノは当然その少年に臆する事もなくタンテラに問う。
「訳は話せないか?」
少年へのこの状況説明についてか、それとも私達の邪魔をしたことについてか。タンテラは血の止まらない傷口をさらにキツく握り締めたようだった。
少年はタンテラの怪我を心配して、帰ろうと促す。少年は私達も連行すると言って聞かず、荷物を回収して部落へ戻った。
タンテラは終始無言で、少年はこちらを睨んでいるし、カルデノは素知らぬ顔。
民家が増えれば人も増え、よそ者の私達と怪我人のタンテラは目立つなと言う方が無理な状態だった。
少年は一軒の家に立ち寄ったがすぐに戻ってきて、申し訳なさそうにタンテラのもとへ戻ってきた。
「今、薬が無いらしくて……。夜には何とかって」
「……そう」
どうやら傷を手当するための薬を貰いに行っていたらしいが、タンテラの覇気のない返事を残念に思ったためと感じたらしい少年は、タンテラの服を引いて歩きだす。
荷物も戻ってきた事だし、ココルカバンにはいくつかポーションが入っている。もし良かったらと思ったが、先に少年が口を開いた。
「長の家に行こう。もしかしたら薬があるかも。それにそのよそ者の話もしないと」
「……」
一瞬、タンテラの足が止まった。
「タンテラ?」
「なんでもない」
また素直に歩き出す。
私は小声でカルデノに耳打ちする。
「ねえ、一緒に来て良かったのかな?」
「ああ、あいつの怪我についての誤解は解いて置かないと、面倒になっても困るだろ」
「そっか」
少し歩くと、一際大きな民家が顔を出し、少年は臆する事無く玄関扉をノックした。
「長、入ります」
そうして無遠慮に扉を開け、タンテラを丁寧に中へ招く。次いで私達にさっさと入るよう指示を出した。
中は床一面に布が敷かれているが、靴を脱ぐスペースはなく、土足のまま奥の部屋へ進む。
部屋の中には低いテーブルとそのテーブルを囲うように丸太を横向きに切り出したベンチ型の椅子があり、日のあたる窓の近くに人が座っていた。
「長」
「ぬ、どうした」
ひげを蓄えた初老の男性で、タンテラとカルデノの双方を目にして驚いたように座っていた椅子から腰を浮かせ、しかしすぐに座りなおした。
「タンテラ、その怪我はどうした?」
「…………」
「長、タンテラはそのよそ者のせいで怪我をしたんです」
何も答えないタンテラに変わり、少年が説明するが、男性は首をゆっくりと横に振る。
「お前は一度外に出ていなさい。いいか」
「は、はい」
少年は素直に玄関から外に出て、残された私達の間に重たく沈黙がのしかかった。
「すまないがタンテラ、今は薬を切らせている。手当てだけでも」
「あ、あの」
私はそっと手を上げた。
「ポーションがいくつかあります、けど……」
「……君は?」
「あ、はじめましてカエデです。カルデノの友達の」
「友人? カルデノの?」
「はい」
ガジルさんに初めて会った時にもそうだったが、どうやら私とカルデノが友人同士と言うのが、どうも受け入れがたいらしい。
結局持っていたポーションを分けてタンテラの傷が良くなったため、タンテラはとても気まずそうだった。
男性の座る椅子の向かいにタンテラが、その横の位置に私とカルデノは座っていた。
「色々と聞きたい事があるがまず、お前はカルデノだな」
「ああ」
カルデノは男性の問いに頷いた。どうやらこの長と呼ばれる男性はカルデノの顔を知っている、いいや覚えているらしいが、それも不思議なことではない。
「何をしに戻ってきた?」
随分と冷たい言葉だ。しかしカルデノ自身はそれを気にしてはいない。
「近くに用があって、ついでにコルダの墓参りにでもと思っただけだ。それをタンテラに邪魔された」
「なるほど。そうか。それで口論の末の争いでタンテラは手傷を負ったと」
「まあ、色々あったが簡単に説明するならそうなる」
男性はカルデノの淡々とした説明を受けタンテラに目を向けるが、タンテラはその目から逃れたいがため、深く深く俯く。
「タンテラ、聞こえないわけではないだろう」
「……はい」
私の中のタンテラのイメージを覆すような、か細く弱々しい声だった。
「何故、そのような事を? わざわざ関わる必要はなかったはずだ」
「それは……」
タンテラは膝の上に置いた拳にぐっと力を入れた。
「こいつが、こいつのせいでコルダが居なくなったのに、墓参りなんて言うから……!」
「数年前、その勝手な思い込みでお前はカルデノを追いやった。まだ足りんと言うか」
「え?」
私は思わず声を漏らした。
だってそうだろう。タンテラに騙されてカルデノは奴隷になり、誰もかばい守ってくれる人も居なかった。そのはずだ。なのに何故この男性は、勝手な思い込みで追いやったと口にしたのか。カルデノがなんの罪も犯していない事を知っているという事だ。
「カルデノがどうして奴隷になったか、知ってるんですか?」
「タンテラがカルデノを奴隷に落すため図った。ここの多くの者が知っている」
「じゃあどうしてカルデノを助けてくれなかったんですか! カルデノは何もしてないのに!」
酷い憤りを覚えた。カルデノはそのせいで人生の大切な時間を失った。それなのに目の前の淡々とした態度の男性が気に入らなかった。
「落ち着いてくれないか。言い訳になるがタンテラの仕業だと知ったのは、しばらく後になってからだった」
「…………」
それは私にとって納得の出来る回答ではなかった。
「カルデノと奴隷商で初めて会った時、カルデノの事を村を潰した凶暴な奴だって言われました。でも私はそんな事ないって、一緒に過ごしてすぐに分かりました。なのにここに居る人達は誰もそんなカルデノの事を理解してなかったんですか」
「……」
男性は何も答えない。
しばらく後になってからタンテラの仕業だと分かったと言う事は、それまで疑いもなくカルデノを悪と決め付けていたわけだ。カルデノが過ごした十数年が、私と過ごした数ヶ月以下だなんて、あまりに悲しい。
「理解なんかしてるわけないじゃない」
タンテラは私を睨んでいた。
「誰とも口を聞かないで何を考えてるかも分からない。本当に姿を見かけるだけで目障りだった」
低く唸るような語尾であったが、それに舌打ちして対抗したのはカルデノ。こちらもまた眉間に寄った深いシワから何ほど不快に思っているのか窺えた。
「先に無視してたのはここの連中だ。同じ事して返しただけで私が悪いような言い方して勝手に苛立つなよ。胸糞悪い」
「はあ!?」
タンテラは座っていた椅子から腰を浮かせた。
「やめないか!」
突然響いた怒声。男性の表情を見てタンテラはストンと浮いた腰を椅子に戻し、風船がしぼむみたいに勢いを無くして口を閉じた。
カルデノは勝ち誇ったようにフン、と鼻でワザとらしく笑い、それがまたタンテラの神経を逆撫でするも、今しがた男性に言い争いを止められたばかりに、拳を震えるほど握るだけでタンテラの怒りが外に出てくることは無かった。
「タンテラ、コルダの死はどうしようもなかった、そこにカルデノは全く関係ない。何度も説明しただろう」
何度も、と言うのは誇張ではないらしく言葉には若干の呆れが混じっていて、タンテラは押し黙る。
「カルデノ、すまんがお前にはここを去って貰いたい」
「墓参りさえしたら言われなくても去るつもりだ」
「そうか」
「ところでタンテラ、ガジルはどうした?」
「はあ?」
何故今、と顔に出ている。
答えたのは男性だった。
「ガジルならとなりの部屋だ」
「となり?」
訝しげにしながら立ち上がり、カルデノは言われたとなりの部屋へ向かった。私も一人で残って気まずい思いをしたくなかったのでついて行くと、カルデノはとなりの部屋を覗き込んでいた。
「ガジルさんいたの?」
「ああ」
私にも見やすいようにスペースを開けてくれたので覗きこむと、イモムシのように縄でグルグル巻きにされ口に布を噛まされていた。
「えっ。なんでこうなってるの?」
「……なんでだろうな」
ガジルさんは助けを目で訴えていて、カルデノは縄を切ってガジルさんを解放した。
「はあ、助かった」
体の自由を取り戻すと口に噛んでいた布を自分で取り払い、げっそりとした顔で礼を言う。
「で、何故イモムシになってた?」
「俺が、俺がタンテラの家に火を、その……」
言いたくないらしく続く言葉が中々出てこないが、ほぼほぼ自分が何をしたのか言い切ってしまったようなものだった。
「放火したのか?」
「いやしてねえよ! 暖炉で煙の多く出る葉を燃やしたら不注意で近くのひざ掛けか何かに燃え移って、それ持って慌てて外に出たらそりゃ、疑われるだろ。訳を話したらここで反省してろって縛られてたんだ」
「……放火」
「じゃねえって!」
ガジルさんは大きくため息をついて、タンテラと男性のいる部屋に移動し、私もカルデノと共に戻った。
「悪かったタンテラ、すまん」
「もう少しで家がなくなるところだった。ふざけんじゃないわよ」
「だから悪かったって」
「謝るだけなら子供だって出来る」
タンテラは謝罪を受け取る気はないらしく、ガジルさんは困ったようにうなだれる。
「本当に悪かったって思ってる。申し訳ない。俺はただ謝る以外は出来ないぜ。お前だってそうだろ」
「は? 私が……、誰に謝るのよ」
「カルデノ」
ガジルさんはすっと指さした。タンテラは指差されたカルデノを見て、それからガジルさんに視線を戻す。
「……」
完璧なまでの無言。
「それとついでに、カエデにポーション分けてもらった礼も言ってないよな。隣の部屋とは言え、さすがに聞こえてた」
「う、うるさい」
「それとカルデノとカエデを閉じ込めた事も謝らないとな。ああ、あと墓参りの邪魔したこともか。他には……」
「うるさい! 謝るなんて出来るわけないだろ!?」
タンテラは勢いに任せて立ち上がり、ガジルさんに詰め寄った。
「なんで?」
「はあ!?」
「だって謝るだけなら子供でも出来んだろ?」
その言葉はついさっき、タンテラが自分でガジルさんに言った言葉。
「え、なっ」
もちろん自分の発言、それもまだ耳にこだまが残っているほど新鮮で、タンテラは悔しそうにギリギリと歯を食いしばる。
「ぐ、う……っ」
ここで謝るものかと突っぱねないあたり、根は素直な人なのだろうか。いや勿論許しがたい人ではあるが。
「わる……、悪かったわよ」
ついにタンテラが謝った。誠意に欠けるものの、その言葉は紛れもなくカルデノに向けられたもので、カルデノが奴隷になってからの年月を思うと足りないとも思えた。
だが罪悪感さえなく過ごしていたタンテラにとってこの謝罪は屈辱的なもので、隣でカルデノが息を吐くのが聞こえた。
「何が?」
たった一言。カルデノのたった一言をきっかけに、若干俯いていたタンテラの顔が怒りや羞恥の類から真っ赤に染まる。
「昔! お前を奴隷になるよう働いた事! コルダの墓参りを邪魔したのも牢に閉じ込めたのも荷物を奪ったのも全部全部悪かったゴメンナサイ!」
「ポーションに関しては?」
「助かった!」
「カエデに向かって言え」
「ぐっ!」
ぐりっと怒りに満ちた表情のタンテラが私の方を向く。
「ありがとう! これで満足だろ!」
すべてが終わった。ヤケクソになって荒い息を繰り返すタンテラの肩は大きく上下していて、ずっと見ているだけだった男性は口の端が少し釣りあがっていた。
「もうひとつあるな」
「なによ!」
「声がうるさい」
「えっ」
そんな事を? と思わず声が漏れた。
タンテラは怒りで震える呼吸を数度繰り返した。
「調子にのってんじゃねえ! 帰る!」
宣言通りタンテラは大きな足音を立てながら出入り口から外へ。
今まで大きな声が響いていたため、空間がシンと静まり返る。
そんな静かになった空間で、カルデノは口を開いた。
「まあ、少しは気が済んだか……」
ここまで読んでいただきありがとうございます。




