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68話

 数分もするとカスミがひょっこり帰ってきて、小屋の中の様子を教えてくれた。

 私がカルデノと思い込んだ誰かと一緒に逃げ出した後のまま、誰も居ないし変わった所もないと言う。

「タンテラもガジルさんも、誰もいなかったの?」

 コクリと頷き肯定するカスミ。サッと見渡した限りではあるが今現在この周囲に人は居ないため、あの樽の中身を確認しに行きたかった。下らない想像だとは自分でも思うが、カスミにその話をしてみるとカスミも疑問に思ったらしい。

 カスミが先行して私の通る道を示してくれて、同じくあの樽のある小屋の扉の前まで来てしまった。

 扉に手をかける。扉は念のためそっと開き中に誰もいないのを確認した後、踏み入り。しっかりと扉を閉じ、気になっていた樽の方へ足を運ぶ。

「これだよ、私が言ってたの」

 樽は思っていたよりも大きく、ちょっとした子供くらいの高さがある。カスミは樽の上に降り立ち、隙間を探しているらしい。

 コンコンと、中身を確かめるため軽く叩いてみると音の反響はあまりなく、中に何か入ってるのだと思われる。

「ま、まさか……だよね?」

 本当にカルデノがこの中に入っていたり、とサーッと血の気の引く音が聞こえた気がした。

「カ、カルデノ? 入ってるわけないよね?」

 コンコン、ともう一度ノックするように樽を叩く。

 シーンとして返事はない。それはそうだど胸を撫で下ろした瞬間、ゴツンと樽から音が返ってきた。

「!?」

 驚きのあまり心臓が跳ねる。

 決して大きな音ではなかったが、それでも何も居ない、カルデノも居ないと結論付けた場所から返事をするように音がしたため、一歩後ずさる。

 樽の上にいたカスミと思わず目が合う。

「た、た、樽から? その樽から音がしたの?」

 カスミは私と同じく顔を真っ青にして頷くと、私の頭の上に移動した。髪にしがみ付く手から感じる微振動がカスミの心境を表す。

 ゴクリと生唾を飲み込み、再度声をかける。

「カルデノなの?」

 ゴツン、ゴツンと今度は二回。先程よりも強い音と共に、かすかだが足の裏から振動を感じた。

 樽から伝わった振動とも考えられたが、そうではなく、下から突き上げてきたかのような。

「え、でも下って、地下って事になっちゃう」

 地下室へ続く扉らしき物は何処にもない。この簡単に見渡せる小屋の中に無いとすると、音が聞こえた樽の下が唯一何も見えない場所。そこに地下への扉があるとしたら。

 確かめるには樽をどかさなければならない。レシピ本とダガーを適当な場所へ寄せ、引っ張る。

「ふん!」

 動かない。壁側に回り込み、樽を倒すために体重をかけてグッと押す。

「んー! んぐー!」

 だがこの樽がとても重く、中々倒れてもくれない。

 今度は樽に背中をピタリとくっつけ、そのまま壁に両足で踏ん張る。先程と違いぐーっと樽が傾く。

「動いた!」

 と思ったのも束の間、樽に背中を預けているものだからそのまま私も倒れてしまった。

「いた……」

 体を起こすと、カスミが樽の下を見ていた。服についた土を簡単に手で払い、同じく樽の下敷きになっていた場所を見る。

「なんだろう」

 そこだけ、土はかぶせられてはいたが埋まる木の板のような物が見えた。

 土を払おうと手を伸ばそうとした瞬間、バコンとその板が跳ね上がった。

「わあ!?」

 一緒に土が舞い上がった事、そして突然の事とあって私はぎゅっと固く目を瞑り、腕で頭を保護するような体制に。

「カエデ!」

「へ?」

 カルデノの声がした。

 反射的に目を向けると、体半分を地面から生やしたような状態のカルデノと目が合った。

 どうやら見えていた木の板が扉だったらしく、カルデノがそこから出てきたところだった。

「無事だったんだな……!」

 カルデノは大きく息を吐き出した。

「カルデノ、だよね?」

「ん……? ああ」

 疑心を含む眼差しに、カルデノは小さく首を傾げた。

「本物?」

「そうに決まってるだろう? まるで偽者がいるような言い方だな」

「私の名前は?」

「カエデ」

「こっちの妖精の名前は?」

「カスミ」

「ええと、えーとじゃあ……」

 寄せていたレシピ本を手繰り寄せ、それをカルデノの前に突き出す。

「これは? これはなに?」

「レシピ本だな。カエデがポーションを作るのに使う」

 さすがにレシピ本の事を知っているのはカルデノとカスミしかいない。この質問で私の疑心はすっかり解けきり、正座するように座り込んで脱力した。

「よかったあ、本物だ……」

「一体どうしたんだ? 変な質問ばかり」

「それが……」

 ここがあまり落ち着ける場所ではないため、私は手短に今までの事をカルデノに話した。

 荷物がない事、タンテラが明日にでもカルデノを奴隷商に引き渡そうとしている事、ガジルさんの事、カルデノに化けた誰かがいた事。伝える度にカルデノの眉間のシワがどうも深くなって行く気がした。

「すまない、苦労をかけたな」

「そんな全然、いつものカルデノに比べたら、私が出来た事なんてほんの少しだけだったから。それよりも、この後どうしたらいいか考えないと」

「ああ」

 カルデノは私がレシピ本と共に寄せてあったダガーを手に取る。

「……一旦ここから離れよう」

「うん」

 小屋から出て、そっと身を隠すように手入れのされていない茂みの方へと離れ、カルデノは屈むように指示を出す。

「とりあえずガジルの事が気になる。タンテラの家でボヤ騒ぎを起こすと言ってたんだろう?」

 指示の通り茂みの中で屈む。

「うん。それでそのまま二手に分かれたから」

「そうか。なら様子を見に行くか」

「え、タンテラが、いやそもそもテンハンクの人たちがいて、見つかるかも知れないのに?」

「見つかってまずいのはタンテラとその他二人だけだ。その内の一人はティクの森に落とされたようだが。部落の人に見つかればまあ、怪しまれるだろうが突然襲われたりはしない」

 タンテラの印象が強すぎて、テンハンクの人は皆カルデノの姿を血眼になって探してる気がしていた。勿論それは今言った通り勘違いであるが。

「人の目があれば、逆にタンテラも下手な行動は取れないだろう」

「そっか、じゃあ逆に人目のある場所の方が安全って言えるのかな」

「安全かどうかと言われると簡単に頷けないが……」

 そこは肯定して欲しかったところ。

「えーと、じゃあもう行く?」

「ああ」

 隠れていた茂みから出ようと立ち上がった直後、カルデノは私の手を引いて再度その場に身を隠した。

「えっ、どうしたの?」

「静かに。誰か来た」

「え……」

 カルデノの目はすでに脱出して来た小屋の方へ向けられていたため、私も同じくそちらへ目をやる。

「あ、タンテラだ」

 タンテラと、タンテラと共に行動していた男性が小屋の方へ歩いて向かっていて、タンテラは見るからに不機嫌そうな表情でいる。

 何か会話をしているが、男性に比べタンテラの声は大きく、私にも聞き取ることが出来た。

「ったく! なんなのよあいつは!」

 どうやら誰かに怒りを持って収まらない様子で、男性がなだめている。

「人の家に放火なんて頭がおかしいんじゃない!?」

 放火、と聞いて思わず私とカルデノはお互い目を合わせた。

「……煙だけたいてボヤ騒ぎを起こすって話じゃなかったのか?」

「わ、私もそう聞いたしガジルさんもそう言ってたんだけど、え……放火って、火を放ったって事だよね? ガジルさんが?」

 ちょっと聞いていた話と違う。

「どういうことだ? タンテラが戻ってきたならガジルはどこだ?」

「どこ、だろう?」

 家を燃やされたタンテラは怒ってはいるが何故か戻ってくる余裕はあるようだし、だからといって犯人がガジルさんと分かっていながら連れて来ているわけでもない。つまりガジルさんは上手く逃げられたのだろう。

「ガジルには申し訳ないが、このまま逃げてしまった方が楽だな。問題は荷物を取り返す方法だが……」

「そ、そんな」

「静かに」

 パッとカルデノに口を塞がれる。つい声量を大きくしてしまい、慌ててタンテラに居場所がばれていないか確認する。

「……!」

 タンテラはこちらを向いていた。

「まて、今動くと本当に悟られる。気のせいだとして意識が逸らされる事を祈ろう」

 そっと口からカルデノの手が離れる。

「で、でもこっち来たらどうする?」

 とても、とても小さな声で問う。だがまるで私の声が聞こえていたかのようにタンテラはこちらへ向かってくる。

「……逃げよう」

 カルデノは私を俵担ぎにして茂みから一気に駆け出した。カスミも必死に私の髪にしがみつく。

「は!?」

 タンテラは目を丸くして、何が起きたか分からないと言ったように硬直していたが、すぐに追って来た。

「何でお前らが外にいる!? ルダは何やってたのよあいつ!」

 捕まっていたはずの私達が外にこうして出ているのだから、それはもう混乱しているだろう。そしてルダと言うのはカルデノに化けていた人の名前だろうか。カルデノを助けるには必ず接触する人物と言えばあの人しかいなかった。

「これ大丈夫!? タンテラの顔がなんか、すごい怒ってるけど!」

「そうか? 元からそんな顔だったろう」

「聞こえてんのよお前!」

 鬼のような形相で迫り来るタンテラには今の会話が筒抜けだったらしい。

「面倒な奴だな、とにかく人の居る場所へ急ぐ」

 人目があればタンテラも下手な行動は取れない。その可能性にかけるらしい。

 民家はもうすぐそこだ。

「チッ、くそっ」

 カルデノの想像通り、あんなに鬼のような形相でいたタンテラが、部落の中へ入ると途端になりを潜め、足を止めた。一緒に追って来ていた男性もタンテラと並び足を止める。

 ちらほら見える住人達は怪訝な目つきで私達の様子を窺うためカスミはコソコソと私の髪埋もれるようにして隠れるが、カルデノは関係なく口を開いた。

「タンテラ、お前にいくつか聞きたい事がある」

「なんで私が答えると……」

「聞きたいのはガジルの事と私達の荷物の事だ」

 タンテラの言葉を遮るようにしてカルデノが言葉を続けると、タンテラは鼻で笑う。

「はんっ、耳が無いようね」

「いいやここにあるが」

 ピッとカルデノは自分の立派な耳を指差す。これはタンテラの苛立ちも分からないではないが、カルデノはまったくの無表情。私にはからかっているのか真面目に答えたのか分からなかった。

「まあ冗談はいい。で、もう一度聞くが荷物とガジルは?」

「……ガジルは知らないわよ。すぐ逃げ出してから姿を見てないから」

 今度はあっさりと質問に答えたタンテラ。不服そうではあるが感情をある程度静めたのか、口がへの字に曲がっている程度。

「そうか。じゃあ私達の荷物は?」

「その前に答えろ。ルダはどこ? お前が外に出てるんだからルダに何かしたはずよ」

 どうやら一つの質問に答えたのは、こちらにも聞きたい事があったため、交換条件としてだったようだ。

「私に化けてた奴だな」

「そう、そいつよ」

 まさかティクの森に突き落としたなど、どうして言えよう。私の口は中々開いてくれない。

 カルデノは私の方を見ていた。きっとこのまま黙っていればカルデノが私からの又聞きとしてタンテラに説明するだろうが、やはりここは私が説明するべきだろう。

「あ、あの……」

 意を決して口を開いたつもりだったが、タンテラのギロリとした眼差しに射抜かれ、口が閉じかけた。

「その人なら私がティクの森に落として……、正確に言うと私じゃないんですけど、手伝いがあって……」

「はあ? お前が?」

 しかめっ面で軽く首を傾げる姿はまるで納得などしていないと語っており、隣の男性も不思議そうに私の話に耳を貸した。

 一応話は聞いてくれるようで、私は自分が脱出してからの事をサックリと説明した。

「それで、カスミって妖精がその人を崖から落として、しまって……」

 恐る恐る、いつ怒りを爆発させるかとすぼむ声で説明し終えると、意外にもタンテラは冷静に話しを聞き終えた。

「……ひどい事してくれたわね」

「そ、それは……、でも同じ言葉を言う権利はこちらもあります」

 タンテラの眉がピクリと動いた。

「ふん。……ククロ、今すぐルダを探しに行って」

「ああ」

 今までタンテラの隣にいた男性はククロと呼ばれ、さっとティクの森の方へ走り去った。そこまで慌てた様子でないところを見るに、無事でいる可能性の方が高いのだろうか。

 タンテラは周りをチラッと確認する。やはり数人ではあるが、私達の事を訝しげに遠目に眺めていて、それを避けるように歩き出して手をこまねいた。

「ついて来い、荷物を返してやるわ」

「え?」

 突然、素直すぎる行動。私は勿論カルデノもその言動を怪しまずにはいられなかった。

「何よ。ルダについて答えたら教える約束だったじゃない」

 当然のように言うが、こちらとしては突然態度を変えられて戸惑うばかり。いきなり人が変わったのかと思うほどであった。

「まあ、人の目があるのは私も避けたいが」

 カルデノのその一言で、タンテラへついて行く事が決まった。






ここまで読んでいただきありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
なんでこの盗賊は急に会話できるようになったの?言葉の通じない蛮族だったじゃん?わけがわからないな・・
『え』が多すぎな感じです。 ストーリーは楽しく拝読させてもらってます。
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