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66話

「い、家を燃やすのは、ちょっと……」

「まあそれは冗談としてだな。そんくらいして時間を稼がないとカルデノを逃がすのは難しいんじゃねえかって事だ」

 カルデノの閉じ込められた小屋からタンテラを遠ざけ、私が牢屋から脱出した時のように錠を使いダガーを生成できれば、すぐに逃げ出せる。逃げ出せはするが……。

「お墓参りは、難しそうですね」

 ほとんど独り言であったが、ガジルさんは私の声を拾い上げ少しだけ悔しそうに。しかし諦めたように肩をすくめる。

「そこんとこは、力になれなくて悪いな」

 私は誰からの答えや返事も期待していなかったため、いえ。と慌てて首を横に振る。

「こっちももっと慎重になる必要があったんだと思います。それに私、ここまでとは思ってなくて……」

 いや、本当は分かっていた。分かっていたがこの目で見るまで実感がなかった。あれほどまでカルデノに憎しみの目を向け。そして対するカルデノも神経を研ぎ澄ませていた。恐らくタンテラという条件だけで。

 カルデノにはその条件だけで十分であり最重要視する事だったようだが、こう言うと違和感がある。タンテラは何かしらの理由からカルデノを許せないままで、カルデノはタンテラを許せないままなのだろう。もしかすると逆に興味すらないのかも知れない。

 以前、帰れないのなら帰らないでも別に構わないと言っていたのがその証拠だ。

「実のところ、なんでタンテラがあそこまでカルデノを目の仇にしてるのか分からないんだ」

「え?」

 何故? と思うのと同時に、確かに明確な理由を聞いた覚えがないのを思い出す。

 ただ気に食わなかったとか、昔からそうだったとかだろうか。

「じゃあタンテラにしか理由が分からないって事ですか? カルデノも知らない?」

「それも分からない」

 カルデノもタンテラが自分を邪険にする理由は分かっていないだろうと言うのは私の予想だが、もし知っていれば言葉の端から聞き取れたり、または私に少しは話してくれていたのではないかと思うのだ。

「……この話はやめよう」

 スッパリと話題は切られ、会話中に考えられたのであろうカルデノを助ける手段を告げられる。

「俺が囮になって小屋の中に居るタンテラを遠ざけさせる。あんたはこうして脱出してるなんて気付かれてないから、その間にカルデノを助けてくれ」

「でもガジルさんはただでさえカルデノと何かを企んでると思われてるんです、それなのに……」

 大丈夫なのだろうか。

 ガジルさんは悩んだようだったが、小さく首を横に振った。

「まあ、何とかなるだろ」

「な、何とかって言っても……」

「あんたもカルデノを助けたいんだろ」

「それは、勿論です」

 ガジルさんが囮を買って出てくれたのは有難い。私に囮は難しいどころかまるで務まらないだろうし、ガジルさんには錠を外す術がないだろう。また私とガジルさんの二人が揃って行動しては小屋から遠ざかるのはタンテラだけでなくこちらも同じ。

 つまりガジルさんが出した案が妥当なのだ。

「……」

 それでも危険が付きまとうのなら簡単にお願いしますとも言いづらい。緊張から乾いた唇を丸め込む。

 ガジルさんが突然私の肩をペシンと叩いてきた事に驚き飛び上がる。

「任せろ。あんたも絶対にしくじるなよ。絶対だ」

 念を押す。私はコクコクと頷く他なく、それにガジルさんは満足したようだ。

「んじゃあ、さっき言ったみたいにただ外で物音がしたくらいじゃタンテラを遠ざけるのは難しいだろうから、とりあえずあんたはここで待機しててくれ。俺は向こうに行ってちょっと騒ぎを起こしてくる」

「は、はい。でもあの騒ぎって?」

 早くもこの場から去ろうとするガジルさんを呼び止める。

「ああ、まあボヤ騒ぎでも起こそうかと」

 私は思わずガジルさんの腕を掴んだ。それを見て首を傾げるガジルさんにハッとして手を離す。

「さ、さっき冗談だって言ってたじゃないですか……!」

「まさか本気でタンテラの家を焼くわけじゃねえ、あれは冗談だって言ったろ。家の中を煙で充満させるだけで事足りるんだよ」

 それなら確かに大きな炎が見えずとも、煙のせいで火事に見えない事もないだろう。だが火元が見当たらなければそれで終わり、そこまで時間を稼げるとは思えない。

「ちなみに、今言った以上にいい案はあるか?」

「…………」

「俺らじゃ出来る事はかなり限られてるけど」

 ガジルさんは先程言ったようにタンテラに疑われているため、直接声をかけて呼び出すなんて方法も通用しないだろうし、騒ぎを起こすとしてもタンテラが血相を変えて駆け出すものでないと意味が無い。

 タンテラを遠ざけ、更に出来るだけこちらへ戻ってくる時間を先延ばしにする方法を、私には思いつかなかった。

「…………」

「ないんだな?」

 聞き逃す事を許さないかのようにハッキリと確認される。私は、これが取り返しの付かない事にならないよう、迷いながらも頷く。

「じゃあカルデノは任せたぜ」

 ガジルさんは今度こそ走り去った。静かな足音が聞こえなくなると、私はそっとカルデノがいるはずの小屋を覗き込んだ。

 カスミも気になるのだろう、私の肩にしがみついて同じように覗いている。

「カルデノ、何ともないといいんだけど」

 祈るような気持ちだった。

「あ……。どうやって落ち合うか、話してなかった……」

 それからしばらく、時間にして十分ほど経った頃だろうか、タンテラと行動を共にしていた男が一人、慌てた様子で走ってやって来て、カルデノがいるはずの小屋の戸を叩いた。

 私は極力壁の影になるよう身を潜め、様子を窺う。

 すぐに中からタンテラが顔を出し、何事か会話しているようだが、ここからは距離があり内容はおろか声も聞こえては来ない。

 だがタンテラの表情はかろうじて確認出来た。驚き、眉間にシワを寄せる。それから小屋の中の誰か、恐らくカルデノに一言、二言何かを告げると男と共に走り去った。

 タンテラと男の姿が見えなくなると、そっと私が捕まっていた小屋から離れ、カルデノがいる小屋を目指した。

 カスミが私以上に辺りを警戒し、気休め程度だろうが木の陰を渡り、徐々にカルデノのいる小屋が近づく。

 そうしてようやく、目的の小屋の壁に手が触れた。安堵のため息を漏らすより先に、そっと壁に耳を当てて中の様子を探る。

「……」

 物音一つしない。カルデノは無事なのだろうか。

 中をカスミに確かめてもらうと、カルデノは無事で他に見張りもいないらしい。

 カスミには小さな体を生かして外で誰も来ない事を確認していてもらい、そっと扉を開く。カルデノの姿はすぐに確認出来た。

「……お前」

 状況を理解出来ないと言ったように目を丸くするカルデノは傷一つなく、牢の隅に置かれた樽を椅子代わりにわりと寛いだ様子。安堵から私は全身の力が抜けてしまった。

「よ、よかったあ。ホント無事でよかったカルデノ。タンテラに何か酷い事されてないか心配だったんだよ」

「……そうか。心配かけた」

「今、そこから出すから待ってて」

 レシピ本を抱え直し、錠のある場所で屈む。

「生成」

 いつものように一瞬光を放つと、同じく刀身が抜き身のダガーが出来上がった。

「ほらカルデノ」

「あ、ああ」

 驚き目を見開いたカルデノ。何にそこまで驚いているのだろうかと考えたが、そう言えばカルデノはいつもポーションなどの薬を作る場面を見たことがあっても、こうして武器を作るのを見るのは初めてだろう。何せ私もまだまだ作った事の無い物が記載されたレシピ本だ。そしてこのダガーを作ったのも先程が初めて。

「どうやって、ここへ?」

「どうって、こうやって錠を材料にダガーを生成して、そのまま出てきたの。本当はガジルさんもいたんだけど、ここからタンテラを遠ざけるためにって囮役をしてくれて」

「ガジルが?」

「うん」

 生成して出来上がったダガーを拾い上げ、カルデノに出てくるよう言う。

「とにかくタンテラが戻ってくる前にここから離れないと」

「……そうだな。ひとまず森へ逃げるか」

 カルデノは神妙な面持ちで牢から出てきた。

「森は無理だよ。火がないんだもの」

 ティクの森では火が無ければ、あの宙を漂う魚に襲われてしまう。そう教えてくれたのはカルデノだ。

 私の手には今、ダガーが二つある。その内の一つをカルデノに手渡した。

「これ、抜き身だけど何もないよりマシかと思って、持っててくれる?」

「ああ」

 流石にレシピ本とダガーを二つとも、とは手荷物が過ぎる。カルデノなら手荷物としてではなく武器として持つため、邪魔にはならないはず。

「それでだ、なにも森がティクの森しかないってわけじゃない」

 カルデノは私の肩を押して出入り口から外の様子を確かめ、それから付いてくるよう指示した。

「案内する、来い」

「あ、待って」

「なんだ?」

「急いでるのにごめん。実はこの後ガジルさんとどうやって合流するか話し合ってなくて、どうしたらいいか」

「……」

 カルデノは何も答えない。その顔に表情らしい表情はなく、そのまま歩き出す。

「今はとにかく見つからない場所まで逃げるべきだ。ここでまた捕まればガジルの協力も無駄になるからな」

 何か怒っているのだろうか。そんな雰囲気を感じられる。カルデノが捕まって相談出来なかったとは言え、ガジルさんに手伝ってもらうと言うのは不味かったか。だがガジルさんの協力なしにカルデノの脱出は成し得なかった。

 一足早く小屋から出たカルデノの後ろについて行く。

「カスミ、もう行くみたいだよ」

 外で見張りを頼んでいたカスミを肩に呼び戻すと、カルデノが立ち止まり、くるりとこちらへ振り返った。

「……カスミ?」

 ぽつりとカスミの名を呟く。

「あ、カスミね、自分でココルカバンの中から逃げられたみたいで」

「そうか。そうだな、それはよかった」

 それだけ言ってまた目的の森へ向かうべく歩き出した。人が住まう場所とは真逆の方向へ進む。普段から人の出入りは少ないのだろう、道らしい道もない茂みである。背の低い草や邪魔にならない植物しか生えてはいないためどうと言う事は無いが、もし深くなるようならば覚悟して歩かねばならない。

 今のカルデノの隣りには、どうしても並んで歩けなかった。いつもなら隣りで、カルデノは私の歩調に合わせてくれていた。でも今は違う。

 後ろの私はカルデノの歩調に合わせることに必死で、カルデノは時々そんな私の様子を見るだけ。その背中にはどことなく違った雰囲気があった。

 どう違うか、何が違うのか言葉で説明するのは難しいが近寄りがたいような。

 恐らくはガジルさんに理由があるのでは、と思っている。

 ガジルさんは一緒にテンハンクに行かないかと声をかけてくれた。しかしカルデノはそれを断った。それは、もし故郷を追い出された自分といる所を見られてはガジルさんの肩身が狭くなるかも、帰る場所が無くなるかもしれないと危惧してのこと。だと言うのに仕方なかったとは言え、私がガジルさんの協力を拒まず、こうしてカルデノを救出した。カルデノは、そんな今の私を良く思ってないのだろう。

 やがて、本当に人の手が加えられていない、まるで山中のような場所にまでなってくると、息を切らせた私とカルデノの距離がどんどん空いて行く。

「ま、待ってカルデノ!」

 カルデノは足を止めた。そしてゆっくりと振り返る。思ったより私と距離が開いていた事を不思議に思ったのか、こちらへ引き返す。そうして私の目の前に立った。

「はあ、はあ……」

 呼吸を整えようと多くの酸素を肺に取り込む。それをカルデノは見下ろしてる。

「カルデノ、私がガジルさんと協力したこと怒ってるんだよね。ごめん勝手しちゃって」

 明らかにいつものカルデノではない。こんな時ではあるがハッキリ言ってもらおう。でなければ会話もままならないと思ったのだ。

「怒る? 何故?」

「え……」

 しかし回答は予想外なものだった。

「だって、じゃあ……」

「なら聞くが、お前は何をそう疑問に思う?」

「何を?」

「そう。確かに憎く思う故郷に帰ってきて、多少は気持ちに揺らぎが出来るさ」

 私は、ぐっと拳を強く握りこんだ。

 カルデノに感じていた違和感が、どんどんと私の中で大きくなる。

「そう、だね。前にカルデノ言ってたもんね。故郷の事は思い出したくないほど、憎いって」

「ああ、思い出したくないな」

 そして違和感を疑う言葉が口から零れた。

「だれ……」

 カルデノの目がスッと細くなる。

 呟いた私の声は、誰もが分かるほど震えていた。

「……少し時間を取りすぎたな。行くぞ」

 クルリと背を向けたカルデノに私は叫んだ。

「い、行かない! あなた誰!?」

「…………」

 動かない私に再度振り返ったカルデノ。見た目は確かにカルデノだ、それなのに違う。まるでカルデノの皮を被ったように行動や言葉、仕草までもがカルデノにはとても思えなかった。

「一体どうした、何をそんなに怯えてる?」

「カルデノは故郷が憎いなんて一度も言った事無かった、そんな無感情な顔でもないし……」

 笑ったり怒ったり困ったり私から見たカルデノは表情が豊かで、目の前のカルデノはやはり、別の誰かだ。

「それにカルデノは、私が名前を教えてから、ただの一度だって「お前」だなんて呼んだ事もない!」

 カルデノは私を名前を告げてから、絶対にお前とは呼んでいない確信があった。それが今の信頼から来るちょっとした勘違いであっても構わない、現在のカルデノにそう呼ばれた事が大きな違和感だった。

 目の前のカルデノは、カルデノに化けた誰かは無感情に口を開いた。

「驚いた。まさか気づかれるなんて」



ここまで読んでいただきありがとうございます。


「ポーション、わが身を助ける」七巻が発売することになりまして、詳しくは活動報告の方に書いてあります。


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