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カフカへ

 翌朝宿を出た。カルデノは昨日の話題を一つも出すことなく関所の方へ歩き出したのだが、道の真ん中で突然ぴたりと足を止めた。

「どうかした? 忘れ物?」

「いや」

 そしてゆっくりと辺りを一周見渡すと小さく息を吐いて私に視線を寄越した。

「……待ってみていいか?」

「待つ? ガジルさんを?」

「ああ。聞きたい事が出来たんだ」

「でも……」

 昨日の時点ではガジルさんが確実にこの街にいる事は分かっていたが、翌日となる今日となってはもう分からない。もしかしたらすでにカルデノとの接触を諦めてカフカへ行ってしまった可能性もある。

「少しだけだ。10分で見つからなかったら予定通りカフカへ行こう」

「そ、それはさすがに短くないかな? もっと、一時間とか」

 しかしカルデノは首を横に振る。

「10分でいいんだ」

「カルデノが、そう言うなら……」

 私達は昨日ガジルさんに声をかけられた付近で立ち止まり、私は時計を確認する。

 カルデノは注意深く辺りを観察しているが、人を探すのに10分という時間はあまりに短い。どうして10分なのか、また聞きたい事とは何なのか。

 5分が経過した。カルデノは変わらずガジルさんを探している。がまだ見つからないらしい。

 そしてそろそろ10分が経過。本来ならば時間経過をカルデノに伝えなくてはならないが、あと1分だけ、と時間が過ぎた事を伏せた。

 だが1分などそれこそあっても無くても変わらないほど短く、ゆっくりと口を開いた。

「カルデノ、10分経ったよ」

「ん、そうか……」

 意外にも淡々としていた。まるでガジルさんが見つからなかったこの瞬間こそ正しいとばかりに。

「本当にいいの? 聞きたい事あるんでしょ?」

「もう、カフカに行ったかも知れない」

「……そうだよね。でもきっとお墓参りの時にでもまた会えるよね」

「カフカへ行ったら、もうあいつとは話さない。ここだから探そうと思ったんだ」

「どうして?」

「どうしてもだ。さあ行こう」

 カルデノのつま先が関所へ向いた。その瞬間昨日と同じ、カルデノを呼ぶ声がした。

「カルデノ!」

 カルデノの足が止まる。大股でこちらへ近づいてくるガジルさんと素直に振り向いたカルデノ。

「お、今日は機嫌いいみたいだな」

 昨日もカルデノの機嫌が悪いわけではなかったが、ガジルさんはそう言ってニッと笑う。

「お前が昨日言った事、気持ちは分かるぜ。テンハンクの連中ともう関わりたくないと思ってるんだろ?」

 昨日と言えばカルデノがテンハンクに一緒に行かないかという誘いをすっぱりと断った事だろう。

「でも俺は、お前を探してたんだ」

「えっ」

 思わず驚き声を出してしまった。とっさに口を塞いで二人の会話の邪魔にならないようにと行動したが、ガジルさんが気にした様子はない。

 ふとカルデノの顔を見れば、同じく驚いていた。いや驚いていたと言うのとは少し違う。どちらかと言えば怪訝な。

「あー。場所変えないか?」

「……ああ」

 場所をガジルさんが使った宿に移した。宿は談話室があり、そこの一角を借りることに。

「それで、私を探してた理由は?」

 カルデノから先ほどの話の続きを切り出した。

「理由って、お前が心配だったからだ。お前がなんの罪も犯してないなんて事は知ってる。ずっとカフカの奴隷商を探してた」

「……」

「でも今は奴隷じゃなくなってるみたいで安心した」

 カルデノは答えない。私が代わりに答えるのも違う気がして、出来るだけ存在を小さくする他なかった。

「一つ聞きたい」

「いいぜ。でも答えたらもう俺の言葉を無視するなよ。結構傷つく」

 カルデノはそれを了承し、質問した。

「私を奴隷にして追い出そうと持ちかけたのは、誰だ?」

 ガジルさんは一瞬息を詰まらせ、首を横に振った。

「悪いな。それは知らないんだ。ただ俺が考えるに、タンテラが怪しいっつーか考えそうだなとは……」

「そうか」

 新たに出てきたタンテラと言う名前にカルデノはどこか納得した様子だ。

「テンハンクに帰るにしても、タンテラには会わないようにした方がいいんじゃないか?」

「それはどうなるか分からないな。私はコルダの墓参りに行くだけだ」

「兄貴の墓に行くのか?」

「ああ」

「そうか。きっと喜ぶぜ」

 コルダさんの話題を耳にして途端に嬉しそうにカルデノへ笑いかける。よほど慕っていたのだろうとこちらにまで伝わる。

「それで、いつ解放されたんだ?」

「ああ、ついこの間だ。カエデにな」

「カエデ?」

 カエデは私の事で、コルダさんに確かに名乗ったのだが、どうやら忘れられているらしい。思わず苦笑いが出る。

「あの、カエデって私です」

「ああ? あんた?」

 じーっと、そこで初めて私という人間に興味を持ち、まじまじと観察される。

「何であんたが?」

「ええと、私がカルデノをそのー、買い、まして」

 ガジルさんはただじっと私を見る。無表情な上、目つきは鋭い、まるで初めてカルデノと会った時のようにビクビクと怯えながら説明するが、カルデノがため息を吐いてガジルを呼んだ。

「おい、怖い顔でカエデを睨むな」

「こ、怖い顔って、もとからこの顔なんだそこに文句付けるなよ。それにお前が言える事かよ……」

 今でこそカルデノの中身を知り恐怖など感じないものの、私がカルデノとも初対面でこの場にいたならガジルさんと同じ事を思ったかも知れない。

「あんた弱そうだし、確かに気にくわないけど別に何もしねえよ。ただ理由聞いただけだ。ビクビクするな」

「す、すみません」

 私がカルデノを買い、カフカへ行くのをきっかけに奴隷から解放しようと提案し今に至るのだと説明を終わらせた。

「へえ、あんたカルデノに何もしてねえよな?」

「えっあ、も、勿論です」

「そうか。あんたそんな度胸も無さそうだけどな。まあ何だ、カルデノが元気に過ごせてるみたいで安心した」

 ようやく私にも穏やかな表情を見せてくれた。どうやら先ほども言われた弱そうな見た目がガジルさんの警戒を解くのに役立ったのだと思われる。

「ガジルさんは、カルデノが居なくなってからずっと探してたんですか?」

「ずっととは言えねえな。歩き回れば金はかかるし、それに……」

 言いづらいことなのか言いよどむが、カルデノが代わるように口を開く。

「テンハンクを離れようとする奴はそういない。だからタンテラが俺を疑った。カルデノを探す気じゃないかってな」

 タンテラとは確か、先ほど出てきた名前だ。カルデノを追い出そうとしたのがタンテラ、だったろうか?

「あの、タンテラって言うのは、二人にとってどんな関係なんですか?」

「あ、ああ……」

 ガジルさんはカルデノに目を向けた。

「タンテラは、なんかカルデノをやたら敵視してたな」

「ああ。みたいだな」

 みたいだなとは他人事だ。当事者はカルデノであったのに。

「ガジル、お前も肩身は狭かったんじゃないのか?」

 カルデノが、今回再会して初めてガジルさんの名前を呼んだ。それにはガジルさんも気がついているのだろう、目を見開いていた。

「ま、まあ少しは。けど何で知ってる?」

「果物、くれた事あったろう」

 昨日話に出てきた、たった一度だけくれた果物の話だ。

「あれがタンテラにばれたんだろう」

「よく知ってるぜ、お前……」

 ガジルさんは大きくため息を吐いた。

「俺あの時、兄貴に頼まれたから仕方なしにって言ってたけどな、そうじゃねえんだ。ただ、兄貴以外にも味方がいるって伝えたかったんだ。まあその後タンテラに脅されてあれっきりになったけどな」

 やっぱりガジルさんは、心からカルデノを心配していたんだ。カルデノの身を案じる味方はコルダさん以外にもいた。それはきっとカルデノにとっても嬉しい事実のはず。

 そう思いカルデノの顔を見ると、どこか懐かしそうに自分の手元に目を落としていた。

「そうか」

 微笑んでいるようにも、見えた。

 それから一つ呼吸を置いて椅子から立ち上がった。

「話が出来てよかった。と言っても昨日あれほど会話を拒んだのは私だが」

 もう話が済んだ? 少なくともカルデノはそう考えているようだ。ガジルさんが慌てて立ち上がったのと同時に私も立ち上がる。

「ちょ、ちょっと待てよもう終わりか?」

「ああ。一方的で悪いな、でもありがとう」

「なら、なら一緒に帰らねえか? どうせ道は一緒だろ」

 カルデノは首を横に振った。

「何故そこまで私に固着する? もうコルダはいない。いつまでもコルダの言葉を守らなくてもいい」

「言葉?」

「私と仲良くしてやれって言葉、守ってるんだろう?」

「違う。俺は自分で……」

 ガジルさんの言葉が途中で止まる。数秒待つが次に進まないためかカルデノは首を小さく傾げた。

「どうした?」

「ああ、待ってくれ今言葉探してる」

 そうして数十秒の間カルデノとガジルさんの間には沈黙だけが存在し、変わらない状況の中また椅子に腰を下ろそうと考える者もいない。

「……兄貴みたいに、味方でいてやれなくてすまなかった」

 言葉を探していると言った先ほど。今その言葉が見つかったらしい。突然の口を開いた。

「お前が受けた仕打ちは酷いものだって同じ子供だった俺にも分かってた。今更だが謝りたい。すまなかった」

 この人はカルデノに頭を下げ謝罪した。きっとこの場面をカルデノの故郷の者が見ていれば、とんでもないと、何を謝る必要があると口にした事だろう。カルデノやガジルさんから聞いた数少ない情報でも私にも想像が出来た。

「お前が頭を下げる必要はない」

 そうしてガジルさんはゆっくりと頭を上げ、恐る恐ると言った感じにカルデノの目を見た。

「謝罪の言葉は受け取った。もういいだろう」

 カルデノはどうやらこれ以上引き止められるのを拒絶している。目がはっきりとそう言っていた。

「そう、だな。じゃあ、またな」

 そしてガジルさんも悟ったのだろう。短い言葉を残し宿を出た。

 ふうっとため息が聞こえた。カルデノだ。カルデノは力が抜けたように椅子へすとんと座った。

「行かないの?」

「今行ってもあいつとまた顔を合わせる事になるだろう。時間を置いてから行こう」

「……そう」

 ガジルさんが何かの間違いで戻って来はしないかと出入り口の方へ目を向けるが、あるわけもない。

「カルデノ、どうして一緒に行きたくなかったの?」

「私はきっとどこでだって暮らしていけるが、あいつはあの部落が帰る場所だ。生まれ育った土地だ。私と行動を共にした事が知れたなら、また肩身の狭い思いをするのはあいつ一人だろう」

 さきほどまでの口の重さが嘘のように饒舌だ。

「じゃあ、ガジルさんを心配して?」

「……爪の先ほどな」

 そう言って冗談めいた表情で手の甲を上にして私に爪を見せてきた。この爪の先の何十倍、何百倍ガジルさんの事を思っているのか、私には計り知れない。

 たった一度果物を受け取った事がカルデノの中で確かな存在感を持ち生きていると、そんな私の憶測もきっと大外れではない、そう思わせた。



 ガジルさんが宿を出て一時間もした頃だろうか。カルデノが口を開いた。

「そろそろ行こう。もうガジルと顔を合わせる事はないだろう」

「うん。分かった」

 一時間も経てばそうだろう。そしてガジルさんはカルデノの拒絶を受け、もう待つ事もないと考える。

 宿を出て関所へ向かう。関所は行列が出来ていて大分時間がかかるだろう。行き来する大きな門は二つしかないようで、用途もカフカへ行く側とこちらへ来る側に分けられている。当然ながら今並んでいるのはカフカへ行く側。

 てっきり入国審査などあるかと思っていたがそんなものもなく、ただ荷物の簡単な確認と旅券の内容を確認。

 問題ありませんと言葉を貰い旅券にぽんと判子が押された。

「これだけですか?」

「ええそうですよ。お疲れ様でした」

 何ともあっけない。小さな声でお礼を言って門を潜る。厚い門はちょっとしたトンネルのようになっていて、ふっと日差しが無くなり、そしてゆっくりと通り再び太陽の光が体に射す。

「ここが、カフカ……」

 思わず見渡した。ギニシアとは違い獣人の比率が圧倒的に多い。それに雰囲気も少し違っていた。普通なら家を建てるため道を作るために邪魔な木は伐採する事がほとんどと思うが、目の前の景色は違った。何と形容するのが正しいのだろう。人の住処と自然が共存しているような。家が木を巻き込んで建てられてるのか、はたまた木が家を飲み込んでいるのか、そうして残されている太い幹でどっしりとした木は背がそう高いわけではない。

 道のど真ん中で邪魔しているとしか思えない同じような形の木も何かに使われているらしい。人の手の届く範囲に沢山何かが貼り付けられている。

 ここがすでに外国かと思うと緊張して今以上に足を踏み出すことも出来ずつま先を見つめた。

 関所の周りは狭い範囲ではあるが石畳が敷かれていて、丁度私が立っている場所が石畳と土の境界辺り。あと一歩踏み出せば足の裏が土をかく事になる。

「カエデ」

「わっ」

 カルデノも関所で旅券の確認を終えたらしく後ろから声をかけられた。

「ねえカルデノすごいよ! 国が違うとこんなに違うなんて思わなかった。家から木が生えてるみたいだし、なんだか空気も違うみたい!」

「ああ、カフカはギニシアよりも自然が多いからな」

 カルデノは街を眺めて嬉しそうに目を細めた。懐かしさがこみ上げているのだろうか、これからの事を考えているのだろうか。

「カエデ、じゃあ行こうか」

「うん」

 カフカの土へ、最初の一歩を踏み出した。



ここまで読んでいただきありがとうございます。


二月以降に投稿していたと思っていた分が投稿できてなくてびっくりした……。

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