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ガジル

 お祝い翌日から具体的な旅の予定を立て始めた。

 カルデノは旅券の発行を急ぎ、私もカフカへ入るため国境の関所がどこかを調べたり、馬車の席を予約したり。そしてカフカで万が一バロウに会う事が出来た場合を想定し、私は自分の荷物を全てココルカバンに詰め込んだ。

 それに伴い私の部屋は随分と寂しくなってしまい、大きな家具はベッドとクローゼットくらい。広くない部屋だがぐるりと見渡してからリビングに場所を移す。カルデノとカスミは準備が整ったのか玄関の扉の前に立って待機していた。

「ごめん待たせた?」

「いいや。まだ馬車の時間には余裕がある。そう慌てなくて大丈夫だ」

「うん、でももう行けるから、出よう」

 カスミは袈裟懸けのココルカバンへ飛び込むように体を滑り込ませ、そして外を眺めるように隙間から目だけを覗かせる。

 いつものように外へ出て王都の北門へ足を運ぶ。カフカはこの国ギニシアの上、つまり北に位置するのでそこから馬車を乗り継ぎ関所を通らなければならない。大きな山を越える事はないそうなので以前シッカへ向かった時の様に街から街への移動時間はそうかからないだろう。それでもカフカまでの移動だけでも時間はかかるが。

 とにかく今日は王都を出発し問題が無ければ三つ目の街、パゼットで宿を確保する予定だ。リクフォニアが王都から遠く離れている事からも分かるように、国境近くのルドと言う街へは結構な日数が必要となる。もとから王都が北に寄った位置にあるのも関係して流石にひと月まではかからないだろうと踏んでいるが。

 北門から出発する馬車に乗り込み、いよいよ王都を離れた。



 一つ、二つと街を乗り継ぎ、最初の目的の街であるパゼットに着いた。駅から出て外を見渡すと、日が沈みすっかりと暗くなっていたのだが、何やら街は楽しげな雰囲気に包まれ道の脇にずらり明かりが灯り、光の川が引かれているかのようだ。

「綺麗だね……。何かのお祭りなのかな?」

 隣のカルデノに問う。

「どうなんだろうな。確かに綺麗だ」

「あっ、どうもー綺麗でしょ?」

 突然近くにいた女性に声をかけられ驚く。女性はニコニコしていて服装を見るに恐らくこの街の住人だろうと思われた。

「旅人さん? この街のお祭りが目当てじゃないみたいだけど、興味があったら是非向こうの広間へ行ってみて」

「やっぱりお祭りなんですか?」

「そうよー。広間にはお店もあるから沢山買ってってね」

 その場は宿を探すため適当にあしらった。どうやら女性だけでなく他にも数人、駅から出てくる人へお祭りの宣伝をして回っているようで、私達へ声をかけてきた女性もさっさと次の目標へ声をかけ、祭りへ足を向けるよう同じような事を言っている。

「お祭りかあ」

 私の中でお祭りと言えば夏の印象が強く、花火が盛大に上がる空の下、軒を連ねる出店でわたあめを買って食べた物だが、この世界でお祭りとはどんなものなのだろう。

「行ってみるか」

 私の呟きが聞こえていたのか、カルデノが提案してきた。それと同時にココルカバンから腕だけを伸ばして引くを引くカスミ。

 満場一致でお祭りの会場となっているらしい広間へ行く事となった。勿論宿を探し部屋を確保してからだ。

 広間へは分かりやすく看板が設置されていたため迷う事なくたどり着いた。本来はどのようなして使われている広間なのか検討もつかないが、建物が空間を空けるようにして出来た円形の広間はお祭りの会場としては最適なようだ。

 沢山の明かりに照らされた会場は夜だと言うのに明るく、何やら舞台が設置されている事に気がついた。

 これから何か始まるのか男女が数人、煌びやかな衣装を身に纏い舞台の上に立っている。

 男女が同時にお辞儀してから始めたのは歌。舞台が遠い事と独特の言い回しの歌で言葉は聞き取れないが、この歌が目的のお祭りなのだろうか。自然と聞き入る。広間は徐々に静けさが勝り歌も先ほどよりよく聞こえた。

 無心に聞き入った歌は十分ほども続きやがて終わりを迎えた。歌っていた男女はもう一度お辞儀をして舞台を降りたが、そこからは歌などではなく、自由に舞台を使ってくれて構わないといった雰囲気で子供達が物珍しそうに舞台の上へ登って遊びだしたため広間も騒がしさを取り戻した。

「さっきの不思議な歌だったね」

「この辺独特の歌なんだろうな」

 などなど歌の感想を話しながら広間で客を引き付けるお店を覗いてみる。小物やお菓子、軽食と様々目に映り、そう言えばお腹が空いたなと考える。

「カエデ、何か食べよう」

「そうだね。何がいいかなあ」

 カスミもいるので歩きながら食べるというより、今買って宿に持ち帰り食べる形になる。

 さてどのお店でどんな物を買おうかと迷い始めた矢先、隣りにいたはずのカルデノを見失った。

「カルデノ!?」

 突然どこへ。体ごと捻りカルデノの姿を探すと、数メートル離れた店の前に居たのを見つけ慌てて駆け寄った。

「びっくりした。いきなり居なくなったら驚くよ!」

「ああ君この人の友達?」

 店の店主の男性は苦笑いしながら大きな葉の包みに沢山の団子を入れていて、カルデノはそれをじっと見つめている。いくつ欲しいと注文を入れたのか。

「すごい食べるみたいで驚いたよ」

 カルデノが食べるのは今に始まった事じゃない。それより私の心がむずむずとくすぐったく感じたのは、友達と言う言葉。

 ちらりとカルデノの横顔を盗み見るように覗けば、間が悪くカルデノと目が合ってしまったため咄嗟に目をそらしてしまった。

「はいあの、友達はすごく良く食べるんです」

 包みを受け取り、他に数種類の買い物をして宿に戻った。

 荷物を置いてココルカバンからカスミを解放すると、待っていましたと言わずとも聞こえてくるように飛び出し、大きく背伸びの運動をして体を解しだした。

「カルデノ」

「うん?」

 さっそく包みを開けようとしていたカルデノが手を止め振り返る。

「……友達、だよね?」

「……」

 きょとん、とした表情で数秒。それから大きく頷いた。

「友達だな」

「そっか……!」

 まるで興味ないだとか、それは違うんじゃないかとか、私の一方的な思いであればきっと今頃穴に埋まってしまいたくなっていただろう。だがカルデノはうんと頷いた。それがとてつもなく嬉しくてたまらない。

 カスミが私の視界を遮るように目の前へ現れ、指で自分を指す。

「どうかした?」

 クイクイと尚も自分を指差すカスミにピンと来た。

「うん、カスミも友達だよ」

 妖精が友達だなんてすごい事だ、それにはカスミの性格が優しいのも関係しているだろう。

 カルデノは包みを開ける手を再度動かし、お店で買った物を私と、そしてカスミに手渡した。

 また明日も早くから移動になる。あまり遅くまで起きていて寝坊するのはまずいので、食事を早々に済ませ就寝。

 翌朝目を覚まし長らく移動の時間、そして次の街へ。

 リタチスタさんのように自分のペースで動かせる乗り物を持っていないためどうしても一日の移動距離に制限がある。

 しかし、それでもようやく国境の街へたどり着いた。

 国境の街の名はルド。到着したのは夕方で、ここから国境の関所を通り抜ければいよいよカフカだ。カルデノはこの街に見覚えがあるのかソワソワと辺りを見回している。

 国境の街とだけあって人の行き来が盛んで、夕方でも行商人と思しき通行人、旅人、通路の脇に立ち並ぶ建物はほとんどが何かのお店なのか人の気配が絶えない。

 この街、ルドにも様々なものがあるはずなのだが、私はこれからカフカの地を踏むかと思うと落ち着いておられず、関所はどこかと無意識に目が探している。

「カルデノ、どうしようすぐに関所って通れるのかな?」

「分からない。行って聞いてみた方がいいんじゃないか?」

 分からないままうろついていては時期に日が暮れる。急ぎ足で関所へ続く道を辿る。関所に出来た行列の最後尾には男性の兵士が立っていて、私達がその列に用があると悟るや否やに呼び止められる。

「ちょっといいかい。君達はカフカへ行くのか?」

「え? はい」

「残念だけど今日はここの最後尾で終わりなんだ」

「あ、そうなんですか……」

「ああ。明日出直してくれ」

「わかりました」

 到着が遅かったのだから仕方ない。大人しく宿で休もうとカルデノに声をかけたのだが、カルデノは関所とは別の、右手の方向に驚いた様子で釘付けになっていた。

「カルデノ?」

 私も同じ方向へ目を向けるが、カルデノが一体何を見ているのかが分からない。

「……? ねえカル……」

「お前カルデノか!?」

 私の声と重なるように男性の声がした。カルデノが見ている方からだ。しかしカルデノはジリッと靴を擦るように数センチ後ずさった。

 声の主の男性は私を押しのけるようにしてカルデノの肩を掴んだ。

「カルデノだろ! なあ!」

 男性の表情はまさに必死といった風で、一体誰だろうと身なりを確認する。

 赤髪でカルデノと同じ耳のや尻尾の存在から同じ狼族である事は間違いないだろう。身長はカルデノと変わらないくらい大きく歳も変わらないようだ。同じ高さにあるカルデノの顔を観察していた。

「離れろ」

 カルデノは先ほどまでの様子が嘘のように不機嫌に眉間にシワを寄せ男性の手を弾いた。男性はそれに傷ついたような事もなく、すぐに言葉を繋げた。

「俺の事覚えてるよな? でなきゃ今俺を見つけられなかったはずだ」

「……」

「髪、短くなったんだな」

 カルデノは何も答えず、ただ男性から目を逸らした。珍しい事に戸惑っているようだ。

 同じ狼族で、そしてカルデノの昔を知っているような口ぶり。カルデノと同じ故郷の人だろうか。

 カルデノの目がちらりとこちらを見た。

「あの、あなたは?」

 助けを求められていると思ったのだ。男性は私の声に気付き、怪訝な顔で見下ろしてきた。

「あんたは?」

 そのあまりの態度の違いに一瞬怯む。

「あ、えと私はカエデです。カルデノの友達です」

「はあ? 友達ってあんたが?」

 男性は不思議そうだが、カルデノが否定しないからか納得したようだ。

「俺はガジル。カルデノとは故郷が同じなんだ。な?」

 ガジルと名乗った男性はカルデノにつとめて明るく問いかけるも、カルデノの表情は浮かない。

「お前、ギニシアに用があるのか」

 だがカルデノは口を開いた。ガジルさんは首をかしげる。

「用があるって言うか、あったって言うか。まあとにかく今はもうカフカに帰る所でな。カルデノもテンハンクに行くなら一緒にどうだ?」

「……」

 確かに私達はテンハンクに立ち寄る予定ではあったが、カルデノは故郷の人と一緒で大丈夫なのだろうか。カルデノの味方でいてくれたのは、カルデノを保護してくれたコルダと言う人だけ。他の人はカルデノを仲間とは認められなかった、それなのにガジルさんは何故こうもカルデノに親しげなのだろう。

「私もテンハンクには行く予定だ」

「そうか! じゃあ……」

「だが、わざわざお前と移動する筋合いも意味もない」

 カルデノに言葉を遮られガジルさんは眉間にシワを寄せ、拳を握る。

「お前、兄貴しか信頼してなかったよな」

 カルデノはガジルさんに背を向ける。

「行くぞカエデ、宿を決めてしまおう」

「え? でも……」

 一歩足を踏み出したカルデノ、その背を見つめるガジルさんを私はちらりと見た。

「俺もお前の心配してたんだぜ」

 悲しそうな表情だった。その言葉を聞いてカルデノの足が止まりかけるも、そのまま勢いを戻しガジルさんから遠ざかる。私が何か言えるほど二人の関係を知らない。大人しくカルデノの隣りへ追いついた。

「宿、どこでもいいな?」

「え? あ、うん……」

 どうせ初めて訪れる地だ。宿の違いは分からない。それよりだ、さっきのガジルさんの言葉で少し引っかかるものがある。俺もお前の心配をしてたと言う言葉だ。俺もとはつまり、ガジルさん以外にもカルデノの安否を案じる人がいるのか。カルデノからそのような事は聞いたことがない。それとも、もう亡くなったコルダさんの事を言っていたのか。

 近くの宿に入る前に外を見渡したが、ガジルさんの姿はもう無かった。

 部屋を取って一息ついて、私は口を開いた。

「ねえカルデノ、さっきの人はカルデノがよく知ってる人なの?」

 ココルカバンからカスミを出してあげようとカバンの口を開けたが、その中でカスミはぐっすりと眠っていた。

「……ああ。コルダを覚えているか?」

「うん。カルデノを保護してくれた人だよね」

 そっとココルカバンを床に置いた。

「ああ。それであいつは、コルダを兄と慕っていた奴なんだ」

 では兄と慕うコルダさんが保護したカルデノだ、故郷の誰がカルデノに辛く当たっても、もしかしたらガジルさんは違ったのだろう。しかしそれではカルデノの先ほどの態度も違和感がある。

「その、ガジルさんに会えて嬉しくなかったの?」

「嬉しいものか。あいつも他と変わらない。それどころか私の顔すら見ようとしなかった」

 それは、存在の否定にも感じられた。

「じゃあ、さっきはどうしてカルデノに声をかけてきたのかな? だってすごく必死だったみたいだし」

「……何故だろうな。とにかく明日はあいつと顔を合わせず済ませたい」

 回答は急ぎ足だ、当然だがこの話題を好んではいない。

 ガジルさんが本当にカルデノを心配していたのなら、今もカルデノは故郷に居場所がある。コルダさんのお墓参りをするにしてもそれを拒まれないために味方として居てくれた方が安心ではないだろうか。

 とは言えカルデノがそれをきっと突っぱねてしまうのは、先ほどの会話や態度から明らか。元々ガジルさんと会うなど想定しておらず、何も変わりないと言えば変わりないが。

「ああ、ただ……」

「うん?」

 何か気にかかっているのか、カルデノは小さく口を開く。

「小さい頃、あいつに一度だけ果物を貰った事があった」

「果物……」

「私と仲良くしてやってくれとコルダに言われて、たった一度」

 兄と慕うコルダさんに言われて仕方なく、とも取れるが、そもそも故郷の全員が全員、頼まれて仲良くするならカルデノが奴隷に陥れられるような事はなかっただろう。ガジルさんは本当にカルデノを今までずっと心配していたのではないだろうか。

 そして小さい頃の記憶が今も残っているというならカルデノ自身、当時そのガジルさんの行動に救いを見出したのでは? だからこそ幼い頃の記憶が今も印象強く残っているとは考えられないか。

「カルデノ、一度ちゃんと話してみたらどうかな?」

「は?」

 何を言っているのだとカルデノの目が語る。その眼差しに負けぬよう見つめ返すと、逆にカルデノが目を伏せた。

「でも無理にって事じゃなくて、さっきはガジルさんが一方的に話してただけだったから、せめて今は元気で過ごしてるって伝えるだけでも」

「……」

 カルデノは無言で、しかしそれが答えとも思えた。

「ご、ごめん余計な事だったね」

「いや……。もう寝よう」

「……うん」

 カルデノがベッドに寝そべるのを見届け、私も眠りについた。



ここまで読んでいただきありがとうございます。



本日28日、ポーション、わが身を助ける五巻の発売日です!

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