解放
カルデノの奴隷解放に必要なものをカルデノ自身に聞いてみたところ、購入金額の五割、つまり半額を支払う事が必要だと言われたが、カルデノも又聞きであり定かではないそうだ。
確実に奴隷解放の条件を知るには、やはり専門とする場所で聞くべきだろう。つまり奴隷商。
「奴隷は逃げ出しても奴隷のままだ。それを解消するには金を払って奴隷として登録されてる自分の情報を消すしかない」
「そ、そのためのここ、だよね」
私とカルデノは、奴隷商の前に立っていた。きっと今まで通りの私だったら迷わずアイスさんに相談していただろう。今まで通りのアイスさんだったら、私が何も知らなければ。
「なんかここ、前に来た時雰囲気が怖くて嫌だったんだよね」
暗くて、色々な音がしていて。四角く窓の少ない外観は以前の記憶を思い出させるのに十分だった。
「じゃ、じゃあ行こう、か?」
「私はいつでも構わない」
緊張しているのは私だけのようだ。入り口の重たい扉を開けると、やはり中は頼りない明かりだけで薄暗い。
「いらっしゃいませ」
中を覗くように身を乗り出した私の横から声がかかり、肩が跳ねた。
「どっ、どうも」
以前ここへ訪れた時、案内役をしていた男性だった。私の顔に見覚えがあるのか私の後ろのカルデノへちらちと目をやる。
「本日、ご用件は?」
「はい。その」
中へカルデノと共に入り、扉を閉める。
「ええと、カルデノを……、この人なんですけど、奴隷から解放する条件を詳しく聞きたくて」
案内役の男性はカルデノをマジマジと観察した。
「わかりました。詳しい事はこちらで」
入り口からそう離れていない個室へ案内され、そこでは別の男性が対応するようで、部屋の中心に用意された椅子に腰掛け、テーブルを挟んで向かいにその男性が座った。
「奴隷の解放と聞きましたが、おとなりの?」
男性はカルデノを見た。
「はい」
「そちらの奴隷はここで買いましたか?」
「はい。購入証明書もあります」
念のためにと持ってきていた購入証明書を出すと、男性はそれを手に取り隅から隅まで情報を確認したあと返してきた。
「ではお話させて頂きます。まず必要になる物は今お話に出ました購入証明書と、奴隷を購入した時の金額です。それが用意出来れば登録情報を抹消し奴隷の身分から解放されます」
「それだけですか?」
「はい、それだけです。その手続きもこちらで出来ますので」
もっとあれやこれや必要になるのかと思っていただけに拍子抜けと言うか、勿論面倒がないのはありがたいが逆に不安になるくらいだ。本当にただの商品のような。
「しかし、本当に解放なさるのですか?」
「え?」
男性の質問に首を傾げた。
「どういう意味ですか?」
解放するしないは自由のはずだ、そもそもカルデノは何の罪も犯してはいないのだから。
「その狼族の事はよく覚えています。珍しいですから。村を破壊し、その慰謝料を作るため奴隷になった」
男性はカルデノが村を破壊した罪人だと思っている。そして破壊した村への慰謝料と言うのはカルデノが奴隷になった時発生したお金のことだろうか。難しい事は分からないが私はむっと顔をしかめた。
「ですからそんな凶暴な者を、本当に解放しても大丈夫かとお聞きしたくて」
「大丈夫です! 絶対に大丈夫です!」
思わず声を荒げ椅子から立ち上がってしまった。
今カルデノが無実だと説明した所で信じてもらえなければ意味がない。そして信じてもらえるわけもない。
男性は私のいきなりの行動に驚いたらしく目を見開いていたが、コホンと咳払いし空気を戻した。
「そうですね、こちらから口を出す事はございません。お気を悪くされたのなら申し訳ございません」
冷静になると私の態度ときたらとんでもない。男性からしたら急に声を荒げる客はどう映るか。カルデノの印象にも響くかもしれない。
私は椅子に座り直す。
「い、いえ。こちらこそ突然すみませんでした」
今になって顔に熱が上がってきた。
「ちなみに手続きは本日、ではございませんよね?」
「はい。また改めますので、その時はよろしくお願いします」
質問も終わった事だと立ち上がると、カルデノが口を開いた。
「私からも質問があるんだが、私が故郷で犯した罪についてはどこから伝わってくるんだ?」
「と言いますと?」
「私の罪は誰から聞いた? こんな遠くまで仕出かした事が付いて回るとは思ってなかったんでな」
「それは情報の中に組み込まれていますので、それで」
「……そうか」
カルデノも席を立つ。
「外に案内の者がおりますので」
帰りも出口はすぐそこだというのに、案内役の男性に外まで案内された。
場所も場所だ、客に勝手に歩き回られても困るのだろう。
つい先ほどまで歩いていた外がこんなにも明るい。眩しさに一瞬目を細めた事で中がどれほど暗かったのか知れる。
カルデノを奴隷から解放するための条件は思ったより厳しいものではない。奴隷でなくなればカルデノの分の旅券も必要になるだろうが、私と違いカルデノはもとからこの世界の住人なのでそれも苦労しないだろう。
後は、旅先でお金を作る事も出来るだろうが何があるか分からない。出来る事なら纏めた金額を持って行きたい。とにかく今はお金だ。
ポーションを作るためには大量に草が必要になるが、アイスさんに頼まれた大量のポーションと言い、家の周りが草だらけで良かったとこうも思った事はない。
カルデノを買った時の金額は二万八千タミル。たとえば一日中ポーションを売っても千タミルから千五百タミル程が限界だろう。
順調に行けばいい。そう思ってカルデノを奴隷から解放するために必要なお金を作って数日した頃の今日。午後を回ってから家に帰ると玄関の前にリタチスタさんが背中を壁に預け立っていた。
「やあカエデ」
「どうも、今日はどうかしたんですか?」
「ちょっと伝えておこうと思った事があってね」
私が帰ってくるまで待っていたのだろう、立っているもの疲れただろうからと中に招こうとしたが、ここでいいと断られた。
「少し前に、バロウがどこかで晶石を大量に買った形跡がないかって話したのを覚えているね?」
勿論覚えている。リタチスタさんの協力でホノゴ山に行った後に聞いた話だ。バロウは自分の魔力を取り溜めて置くため晶石を利用したのではないか、というリタチスタさんの憶測で仮定されたものとは言え、探す価値があると思わせた。
「実はホノゴ山で回収した覚え書きの方で進展しないものだから、少し晶石が大量に買えそうな場所を当たってみたんだ」
リタチスタさんは何よりもバロウの覚え書きの方に熱心であったが流石にすぐ謎を解明とは行かないらしい。
「王都は広いからね、魔石を専門に扱う店もあるくらいだ」
「あ、もしかして王都のどこかのお店で購入していたんですか?」
今の口ぶりならばそうだろうと当てに行ったつもりだが、リタチスタさんはそれを否定し首を横に振る。
「違う。話は最後まで聞いて欲しいな」
「す、すみません」
で、とリタチスタさんは話を再開した。
「王都ではそれらしい人物の情報は得られなかった。他に私が行ったのは魔石が採掘される町ストルズだ。そこは様々な場所から魔石の買い付けに来る業者が集まる場所でもあるんだけど、金さえ持っていれば魔石が大量に手に入る。で、試しに聞いてみたんだ」
業者が集まる場所では晶石を大量に買っているなど珍しい光景でも何でもないなら、バロウ一人だけが印象に残る事もなく、それならいくら目撃者を探しても見つからないのでは?
そこでもきっと情報は得られなかったのだろう、そう決め付けていた。
「そしたらいたんだ、バロウを覚えてる人が」
「え!? でも、どうして……」
今考えた通りどれだけ大量に晶石を買ったとしても他の業者の印象に埋もれるはず、それが何故?
「ちなみに、それはいつ頃の話ですか?」
「二年くらい前の事らしい」
二年と言う歳月に私は疑問を持った。
「そんなに前の話ですか? バロウは余程印象に残る買い物の方法でもしたんでしょうか?」
「いいや。印象に残っていたのは買い物の方じゃない、バロウ自身だ」
「バロウ自身?」
オウム返しになってそれ以上言葉も出てこない私だったが、カルデノが何かに気付いたようにあっと声を上げた。
「そう言えばバロウは、魔王討伐をした英雄の一人だな」
リタチスタさんはカルデノの答えに大きく頷く。
「そう、そんな有名人が買い物に来たとあればたとえ二年前の事でも印象深く記憶していてもおかしくない」
「た、確かにそうですね」
魔王が退治されたなんて大きな話題を私は直接耳にしていない、うっかり忘れてしまっていた。
「五年前から足取りの覚束ないバロウの貴重な情報だ、是非カエデの耳にも入れておこうと思った次第さ」
言われれば五年前、魔王討伐任務の達成以来、霧のように姿を眩ましたバロウのいわば最新情報。二年も前の事だが。
それを今更知った所で、ともならない。二年前晶石を買い、いつとは言えないがホノゴ山の小屋で魔法を使った。そう考えるとカフカにバロウが居る可能性も限りなく低く思われた。
「つまりバロウはカフカのアンレンにいる可能性が非常に低いと思われるわけで、早めに伝えたほうがいいかなと、ここで待ってたんだ」
「貴重な情報、本当にありがとうございます。ちなみにそれ以上は何も分からないんですよね?」
「これい以上って言うのはちょっとねえ」
やはり今現在分かっている事が少ない、居場所も不明ではカフカのアンレンに行く他ない。
「晶石を大量に買えるのは王都でも同じ事ですよね? 多少店を多く回る手間はあるかも知れませんけど、それでもストルズって町にわざわざ足を運ぶよりずっとお手軽なはずじゃないですか?」
「うーん。それはバロウが王都に、もしくは王都周辺に住んでいればの話になってくるんじゃないかな?」
「あ、そうですね……」
「それに居場所がばれないよう慎重になっているとすれば、例え王都に住んでいても目立ちにくいストルズへ行くだろうし」
今はバロウの居場所を探していると言うのに。疲れているのか? と思わずコメカミを揉んだ。
「あ、ちなみにストルズって言うのはどの辺の町でしょうか?」
「うーん……」
きっと頭の中で地図を展開し、私に場所を説明すべく悩んでくれている。眉間に寄ったシワを見るに、説明しづらい場所なのだろう。
「距離的には王都とリクフォニアの中間、いや少し王都寄りの場所かな。大きな街道から途中逸れた山の方だ」
と言うことは私が全く知らない場所だ。
「とにかく、今はカフカへ行ってアンレンの別荘にバロウの影がないか確かめるしかなさそうですね」
「そうなるかなあ。可能性が低いって言うのも単に私の予想なだけだからね。こっちもまだ色々調べようとは思うけど、カエデ達はしばらくカフカ。何かあっても連絡は取りづらいね。取れないと言っていいくらいだ」
「何かって、なんでしょう?」
うーむとリタチスタさんは腕を組んだ。
「まあ、バロウが見つかったとか?」
冗談ではなく見つけてくれるなら直ぐさまそうして欲しいところだが、それが出来ずに今に至っているわけで。
「生きてる奴を探してればいつか見つかるさ。それで一つ頼みがあるんだけど」
「はい?」
「アンレンの別荘にもしホノゴ山で見つけた覚え書きに似た物があれば、全て持って帰って来て欲しいんだ」
「はい、わかりました」
ホノゴ山の小屋で見つけた覚え書きだけでは詳細が不明で、もしアンレンの別荘にも覚え書きがあれば繋がる何かがあると期待している。リタチスタさんが自分で探しに行こうとも思ったらしいが、どうせ私達が行くのなら、と頼まれた。
「王都に帰って来てからの日数的にどう? そろそろカフカに向けて出発する準備は出来た頃かな?」
「あ、いえ。それがちょっと用事が出来まして、出発まではまだ時間がかかりそうなんです」
用事? とリタチスタさんは少し興味を持ったようだ。
「カルデノなんですけど、カフカに行く前に奴隷から解放したいんです。そのためのお金を準備している途中でして」
「へえ……」
驚いたように目を見開き、カルデノの顔をまじまじと見つめた。カルデノはリタチスタさんにそのように視線を刺されて顔をしかめる。
「なんだ。見るな」
「いいや? いいご主人に恵まれたじゃないか」
カルデノは変わらずむっとした表情だったが、小さく頷いた。
「え、嬉しい……」
「い、いや。まあ……」
カルデノは一人気まずそうに目を彷徨わせ咳払いして、他に話はないのかとリタチスタさんに尋ねた。照れ隠しかと思うと口がにやける。
「私の方からは以上だ。また何か進展があれば知らせるよ」
「はい、ありがとうございました」
リタチスタさんは去りながらこちらに手を振り、私もそれに応じてから家へ入った。
バロウの情報はありがたくもあり、残念でもあった。リタチスタさんが言った通りバロウがカフカのアンレンに居る確率は私も低いと思うのだ。しかしギニシア国内ではもうバロウに関する手がかりがないため、どうしてもアンレンの別荘に行くしかない。どうせ行っても無駄と決め付けたのでは、それこそバロウを見つけられない。
テーブルの上に荷物を置いて椅子に座る。
「カルデノ、今言っても仕方ないことなんだけど、もしアンレンに行って何も手がかりがなかったら、次はどうしたらいいのかな?」
「ん……」
カルデノも向かいの椅子に座って、頬杖をついた。
「私もなんとも……」
「そうだよね。ごめん」
悪い方に考えないようにしたいのだが、どうしても現状明るくない。
カフカから何も成果を得られなかった自分の姿を思い浮かべる。暗い顔で重たい足引きずりこの椅子へ腰掛けるのだろう。そして何も考えられずグズグズ過ごすのだ。
「……そうはなりなくないなあー」
ぼそりと呟く。
「バロウは魔力を溜めるために晶石を買ったんだったな?」
「え? うん」
カルデノは思うことがあるのか、質問に私が答えると一度口を閉ざした。
「どうかした?」
思わせぶりに聞かれて、気にならないわけがない。カルデノに質問の意味を急かした。
「いや、ホノゴ山で失敗したと言われてた魔法の、魔力の残痕があっただろう。その魔法のために晶石を買ったなら、またストルズに行く事ないかと思ってな」
「また? でも晶石はもう買い込んだ後だよ?」
「ん? 晶石は一度使ったらそのまま壊れる物じゃないか?」
「いやそんな……」
そんな、何だ? 私は今まで晶石を使ってきたが、そのどれもが一度限り。使い捨てだ。何故使い捨てなのかと言えば一度使えば壊れてしまうから。つまりカルデノの言っている事は正しい。
「それで、魔法も失敗しているだろう? つまり改良して魔法を試すにしてもまた大量に晶石を買って魔力を溜める必要があるって事だ」
「なるほど……。つまりカルデノが言いたいのは、ストルズに張り込んでいたらまたバロウが顔を出すかも知れないって事だよね?」
「そう言うことだ」
これは思いつかなかった。しかし二年も前の目撃情報なので、警戒して王都で買わなかった可能性もあると言うリタチスタさんの言葉を思い出すと、仮に次また晶石が必要になっても今度は別の場所で購入するなどの予防策を練っている事も考えられる。
本当に警戒していればの話だが。晶石は恐らく他の国でも採掘される、となればやはり国内に居るとは言い切れない。
カルデノもそれが気がかりだと言う。
「後は、次に晶石が必要になるのが数年後になる、なんて事も考えられるな」
「バロウが未知すぎて、考えようとするとどこまでも行っちゃうのが厄介だね」
「そうだな……」
仮にストルズでしか晶石を買わないにしても、それまでずっと待っていると言うのも中々苦痛だろうが、一応頭の片隅に置いておくくらいの意識はしておこう。
さて、とココルカバンを開き今日の売り上げを確認する。
日に千タミル程の稼ぎになるが早くから露店を開けば午後を回る前には持って行った分が売切れてしまうので、もっと量を作って持ち込めば倍、上手く行けばそれ以上の売り上げになる。怪我を伴う職業も、それを金額にこだわらず準備する人も沢山いるから。
カルデノに相談してみたが、カルデノもそれは上手く行きそうだと頷いた。
早速明日の分のポーションを作る事になった。
ここまで読んでいただきありがとうございます。