旅券2
「うーん……」
目の前に積みあがった草の山を見て腰をトントン叩いてねぎらうのを忘れない。忘れないと言うより痛みの主張が強く放って置けない。
「沢山集まったね」
休み休みだったのは認めるがこうも時間がかかるとは。夕暮れで橙色に染まった空が時間の経過を示していた。
家の周りはサッパリ綺麗な場所が増え、歩きやすくなった。
「これからポーション二千個だけどな」
「そうなんだよねえ……」
これから井戸の水を汲み上げポーションを作り、それを繰り返して二千個。
「でも今日はもう日が暮れるし、明日にしようよ」
「ああ、そうだな。そうするか」
くたくたになって家へ帰った。
「九八、九九、百。よしポーション二千個終わったー!」
数日。家の隅に積みあがったポーションの数はようやく二千個を向かえ一息ついた。
「ようやくか。次はハイポーションを同じ数だな」
積みあがったポーションをわざわざ買ったココルカバンへ詰め込むカルデノに続き、それを手伝う。
「ハイポーションかあ」
ハイポーションを作るにはアオギリ草が必要になるので次は大量のアオギリ草を購入、もしくは自分で取りに行かなければならない。
自分で取りに行くより街の中で買った方が早いし確実だが、二千個も作るとなるときっと買い集めるのも時間がかかる。水も井戸から汲み上げて一回一回清水に変える必要もある。
最近何かと忙しく、これからカフカに行く事もあるのでお金は多く作っておくに越した事はない。
「アイスさんは、もう旅券の発行済んだのかな?」
「さあ? どうやって発行するのかも知らないからな」
「うん、そうだよね」
小さくため息を零すと同時に、手からひとつ床にゴトンとポーションを落としてしまった。
「旅券の心配もいいが、今はとにかく頼まれた分のポーション類だ。ほら」
落としたポーションをカルデノが拾い上げ、私に手渡してくれる。
「ありがと」
ふとポーションの山に目を向けると、カスミが物珍しそうにポーションの山の上をグルグルと飛び回っていて、不思議そうに首をかしげている。
「これ全部頼まれたやつなんだよ。すごい数でしょ?」
カスミはギョッとしてポーションの山を二度見。私もこの大量のポーションを突然目の前にしたのなら、カスミと同じように二度見は免れなかっただろう。
数十分でポーションの袋詰め作業は終わり、時間を確認すると昼食には丁度いい。
「お昼食べよっか」
昼食の内容はいつもと何も変わりない物だったが、数日の苦労の後では一味違って感じられた。
「ねえ、ポーション二千個作るのに必要だった草の数相当だったけど、ハイポーションで使うアオギリ草も同じだけ必要になるかな?」
「まあ、そうだろうな」
山のように積まれたアオギリ草を想像して思わず苦笑い。カルデノもその苦笑いの意味が分かったのか、片眉がひくりと釣りあがる。
「少し、大変かもな」
「あはは、少しかなあ」
「少しだ。多分な」
珍しく口を開けて笑う姿を見せる。
「じゃあお昼ご飯食べ終わったら早速アオギリ草探しに行こう! 色んなお店回ればそうかからないよね」
数だけで単純に考えれば中間地点。その事で少し気分が高揚していたため、その時は本当に時間はかからないと思っていたのだ。そう苦労はしないだろうと。
だが実際に街を歩きアオギリ草を探し回っても、山のような在庫を持つお店と言うのは少ない。在庫の多い店であっても他に行き渡らないという理由から全て売ってもらう事も出来なかった。
午後から行動し始めると帰宅時間はあっという間で、あと数分で家だと言う距離でココルカバンの中を確認する。もっさりと詰まったアオギリ草だがこれでは到底足りない。
アオギリ草の上にポンと置かれた紙包みの中にはパン屋で買ったパンが香ばしい香りを漂わせている。
家から近いお店を次から次に梯子したので明日もアオギリ草集めをするなら、どんどんと近場からは遠ざかる。
「今日で何軒探したっけ?」
カルデノに問う。カルデノは眠いのかあくびをして、それから口を開いた。
「確か、十軒、いや九軒?」
「それくらいかあ。じゃあ明日は午前中から動かないとね」
店も毎日商品を仕入れているわけではないため、今日行った店へまた明日行けば同じだけ買える、とは行かないだろう。
「アイスさんはポーションだけじゃなくてハイポーションも大量に欲しがってるけど、そんなに怪我するのかな?」
「いや」
カルデノは考えるようにアゴへ手をあて腕を組んだ。
「私の想像だが、いつも仕事をする一団でもあって、全員分の数を用意しているんじゃないか? ドラゴンハンターのリーダーとしての肩書きを持ち、名が知れているとすると、細かな仕事は来ないか、来ても受けていないはずだろう」
「他の人のポーションまでアイスさんが用意してるって?」
「勿論任せきりって事は無いだろうが、そういった一団でリーダーを名乗っているなら、そう不自然な事でもないな」
「やっぱりアイスさんってすごい人なんだね」
私はアイスさんの凄さという物がイマイチ分かっていないが、それでも大勢の先頭に立っているのはそれだけですでに多くの支持を得ているという事だろう。私の知るアイスさんはどんな場面であっても微笑んでいられるほど心に余裕があり、いつでもその表情を見ると、この人に任せておけば大丈夫、問題はないと心が訴えてきていた。カルデノは気に入らないようだったが。
そんな立場の人だからこそ、利益を必要としているのだろう。
私がポーションを作る以外に価値のない人間だと言われて、私自身それを否定出来ないし、ならばたった一点であっても自分の価値を保ちたい、守りたいと思う。
家が見えてきた距離で、カルデノがひょいと私の顔を覗き込んできた。
「何だ、考え事か?」
「あ、まあちょっと……」
アイスさんに言われた言葉を思い出していたためか顔に出ていたらしい。とっさに苦笑いする。
「ひとつしか取り得が無いって、どうなんだろって」
「……?」
カルデノは分からないと言った風に首を傾げた。
「取り得がひとつあれば十分じゃないのか? 世の中には何の取り得も無い奴の方がずっと多いと思うぞ」
ふむふむと心の中で頷く。
「それに、そんなもの無くても十分に生きていける。それなのにこだわる必要がどこにある?」
言われてまた心の中で頷く。正直この世界ではポーションを作れるが、もともと私には何の取り得もなく、それでもこの歳まで生きてきた。カルデノの言う事は、きっと正しいのだろう。
「カルデノは、自分の取り得ってなんだと思う?」
「難しい質問だな」
「そう? だってカルデノは強いし、物知りだし」
「私を物知りと思うのはカエデがまだこの世界に疎いからだろう? それに強いと言っても大勢に埋もれる程度。だから取り立てて優れた所って言うのは私には分からない。多分ないんだろうな」
「えっ、カルデノが? 取り得がないの?」
私がカルデノの取り得をひとつ上げるとするなら、やはり強くて頼りになる所だろうし、それがカルデノにとっては取り立てて優れた所ではないらしい。これは、もしや他人の受け取り方で変わるのでは?
考えている家に玄関前にたどり着き、そこで考えを中断し家の中へ。
「ただいまーカスミ」
玄関扉を開けた瞬間目の前にカスミがいた事に驚き一瞬体の動きを止めた。カスミはとても楽しそうに目の前を飛んでいる。ココルカバンの中にパンが入っているのを察しているのかとパンを取り出せば、案の定パンへ情熱の眼差しを向ける。
「これ、今食べる分じゃないからね?」
カスミは何度もコクコクと頷いているが、目は輝いている。
テーブルにココルカバンを置いて椅子に座る。カスミはココルカバンの中身が気になるのか隙間に腕を入れて広げ、内容物を確認して不思議そうな表情だ。
「それね、ハイポーションの材料なんだよ。明日もまた沢山買いに行かなきゃ」
行かなきゃ、と自分で言って思い出したが、カスミもカフカまで付いてくると言っていた。旅券はどうなるのだろう。
「ねえカルデノ」
「うん?」
その心配をカルデノに相談してみると、うーんと悩み唸り始めた。
「カスミは妖精だ。そのせいで人の目を避けて過ごしているし……」
言葉が一度途切れる。
「……いらないんじゃないか?」
「え、旅券? いらないのかな?」
「カスミなら小さいから隠れられるし、不可能じゃないだろう」
隠れられるのは一理あるが、それで必要となる工程を飛ばしていいのか。
以前聞いた話だと妖精はカルデノが言った通り人の目を避けている。それは妖精が珍しく見つかれば捕獲は免れる事が出来ないほど貴重な存在だから。カルデノも珍しい種族だからと売られたようだがそれでも見つかれば最後、といった様子ではない。
だが妖精は違う。まさに乱獲、密漁。そんな言葉がしっくりと来る。それは妖精をひとつの種族として認めていないようにも感じた。
「もし見つかったら?」
言いながらカスミに目を向ける。カスミは見つからない自信があるのだろう、自信満々に胸を張っていて、カルデノもそれを見て今思いついたように人差し指を立てた。
「なら明日、試しにカスミも一緒に買い物へ行かないか?」
「……試し?」
「ああ、もしカスミが見つかっても簡単に逃げられるだろうし、逃げるのは家って場所があって明確だ。でもカフカへ向け出発すればそうは行かないだろう」
確かにそうだ。カフカを目指せば長い時間家には帰ってこられない。その間、万が一カスミが他人に見つかりそのまま捕らえられたりすれば重大な事態。
「じゃあカスミ、明日一緒に行ってみない? 森にラティさんに会いに行く時みたいに、ココルカバンの中に隠れてればいいんだし」
「ただ、森に行く時のようにすぐ街を出るわけじゃない、油断は出来ないぞ。それでも大丈夫か?」
私とカルデノの言葉をしっかりと頷いて納得しカスミは握りこぶしを頭上高く掲げ、びしっと親指を立てた。
「任せておけってことかな?」
「みたいだな」
今から楽しみなようでカスミは手をパタパタ振り回している。
「妖精も安心して暮らせる世の中ならよかったのにな」
「……カルデノの故郷は妖精が珍しくないって言ってたけど、それでもやっぱり隠れて暮らしてる妖精が多かった?」
「まあ、珍しくないと言ってもこの国と比べた時の話。他の種族のように数は多くない。捕獲目的でうろついてる連中が居ないとも限らないだろう。だから隠れて過ごす妖精は多かったな」
妖精を見る目はどこも大体同じという事らしい。私が知らないだけで、きっともっと沢山の種族が暮らしているのだろう。
カスミを連れての買い物は案外いつもと変わらず、たまにココルカバンの隙間から覗いた手が、いたずらに私のわき腹をつついてくる程度。
長い移動時間に文句も言わず、むしろいつもより機嫌がよさそうで、それだけでどれほどこうして一緒に行動するのが嬉しいのかが窺えた。
今日は昨日と違い、あまり来る事の無い場所までアオギリ草を探しに来ていた。そのためどこにどんなお店があり何を売っているのかも分からず、歩みはのんびりとしたものだ。
一本の通りに入ってキョロキョロ探しつつ歩くがそれらしいお店は見当たらないなと、遠く道の先を目で辿った。その時、脇に箸の先で突かれたような痛みが走った。
「うっ」
バッと目をやればカスミの手が、またもにょっきりと伸びて私の脇を刺していた。それからクイッと小さな手が向きを変え指差したのは、ちょうど私の歩く横にあったお店。
「どうした?」
カルデノは妙な声を出した私に振り返り立ち止まった。
「あ、なんかカスミが、このお店気になるみたいで」
「ここか?」
お店、というより一軒家に見えるが、気をつけて見ると確かに扉に木の板で小さな看板がぶら下がっていた。
「どうする? 一応入って見る?」
「まあ、カスミが気になってカエデを止めるほどなら、何かあるんじゃないか?」
「うーん……」
カスミの手はすでにココルカバンの中にひっこんでいて、わざわざ開けて確認してもただお店の方を指差すだけ。
何があるか分からないままお店の扉を開けた。
「いらっしゃいませー」
男性の声がしたお店の中は嗅ぎなれた様々な薬品や植物の匂いに溢れていて、ここが薬草屋だとすぐに理解した。
「あの、アオギリ草って置いてますか?」
「はいもちろん」
カスミは私達が見逃すような小さなお店を、どういうわけか判別し私に教えてくれた。
一軒目から始まり家へ帰るまでの間、さらに数件を教えてくれた。その数五軒。カルデノも匂いではお店の詳しい場所まで判断出来ないというのに、カスミは何故薬草屋をいとも簡単に判別したのか。
不思議も不思議だが質問しても、本人は何となく、としか答えない。
カスミのおかげか、昨日より若干多くアオギリ草を買う事が出来た。ココルカバンにも余裕はないし今日は一度帰ろうと話を纏め帰路についた。
ここまで読んでいただきありがとうございます。