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旅券

ポーション、わが身を助ける、五巻の発売が決まりましたので久々の更新ですけど、お知らせさせて頂きます。

本日二月八日、Amazonさんで予約開始との事で、発売日は二月二八日です!

あとで活動報告でも告知させて頂きますので、読んでもらえるとかなり嬉しいです。

「……それだけ、ですか?」

 旅券の発行条件がポーション? いつもと何ら変わりない頼まれ事じゃないかと眉を顰めた。

「それだけと言えばそれだけ。ただ作って貰う量の桁は違うわよ。それからそのポーションは旅券の発行にかかる手数料とするわ」

 いつもより多く作りはするが金額的にはタダ働きになるようだ。アイスさんの手を借りなければ旅券が手に入れられない事を考えれば苦労ではない。

「カエデちゃんに作ってもらいたいのはポーションとハイポーションをそれぞれ二千個づつ、旅券は全て確実に受け取ってから渡すわ」

「え!? いや、二千ですか!?」

 ポーションとハイポーション、合わせて四千。今までにない数の多さに私は目を見開いた。それにポーションはまだしもハイポーションはアオギリ草と清水が必要になるためそれらを二千個分集めるのは容易ではないだろう。

「無理ならいいのよ。私は旅券を発行しなくて済むしカエデちゃんはカフカに行かないからいつでも少量づつ頼む事が出来る。ただそれだけなんだから」

「そ、そうかも。ですけど……」

 無理だなんて一言だって言ってない。旅券のためだし何よりアイスさんの頼みだ。数に驚いただけで拒否をするつもりもない。

「親切は無償では得られないわよ」

 にこやかでありながらもこちらを侮蔑するかのような視線に耐えられず、私はうつむいた。

「でもアイスさんは、いつも親切でした……」

 アイスさんの口からふうっと小さなため息が聞えた。

「だってカエデちゃんが普通とは違ったポーションを作れたから。根本から考えて見て、カエデちゃんはそのポーションを作れなければアスルに声をかけられる事すらなかったのよ?」

 自分で痛いほど理解していた部分を改めて言われ、息が詰まる。隣に座っていたカルデノが少しだけ前のめりになり、私の代わりになのか口を開いた。

「とにかく旅券と引き換えにポーションを渡せばいいんだな?」

「ええ、そうよ。カエデちゃんがいつ来てもいいよう私も旅券の発行は急ぐから、いつでも屋敷に来てね」

 カルデノは無言で立ち上がり、私も何も疑問に思わず軽く頭を下げるだけでアイスさんの屋敷を後にした。多分アイスさんの話を聞くのが自分で思っている以上に心が拒否していたのだと思う。

 アイスさんが何を言いたかったのか、理解はしているつもりだ。

 つまり言外にだろう、私にはポーションしか価値がないと言われたのは。それはそうだ、何も気にする事はないのだ。何も。

「カエデ」

 会話無く歩いていたカルデノが口を開き私は目を向けた。

「ポーションはいいとして、ハイポーションの準備はどうする? 街中探せば二千個分のハイポーションを作れるだけアオギリ草が集まると思うか?」

「……うん。そうだね、どうだろ」

 カルデノの表情が途端に険しくなり、どうしたのかと尋ねる。

「アイスの言った事なら気にするな。あいつは損得でしか人を見ないだけで、それは仕事と仲間も変わらないはずだ」

「それは、アイスさんにとって私は仕事相手ってこと?」

「ああ」

「仕事相手……、そっか、そうだね。そう思うと案外大丈夫かも」

 仕事相手と言われ、途端に気持ちが軽くなったようだ。やはりアイスさんは親切過ぎた気もするし私も頼りすぎていただろうが、これからは仕事相手と割り切れば、きっと……。

 それでも、アイスさんと出会ってからの記憶がそう割り切る事を困難なものにする。カルデノにはもう気にしないと言ったものの、今この瞬間から気持ちを切り替えるというのは自分には不可能であった。

「とにかく今はポーションだな」

「そうだね」

 アイスさんに渡す分二千個と、それから売ってお金に変える分も必要だ。そのお金でアオギリ草を買い今度はハイポーションを二千個。重労働となるのは主に草を集めたり井戸から水を汲み上げる作業になるだろうか、とにかく時間はかかるだろう。

 家に帰ってからすぐにポーションを作る準備に入った。帰ってくるなり慌しく動き出す私とカルデノを見てカスミはどうしたのか尋ねて来たので、その流れでカフカに行く事を説明する事になった。

「あのねカスミ。長く家を空けてたから言い辛かったんだけど、実はまた留守にする事になるの。今度は隣の国のカフカだから簡単には帰って来られないし時間も、もっとかかるだろうし……」

 カスミは顔を真っ青にして、ブンブンと何度も頭を振り回すように横に振る。恐らくカフカに行って欲しくないのだろう。カスミは希少な存在である妖精、本人は私達以外の人の目に触れる事をせず私もカスミを無理に連れまわす事は出来ない。はずなのだが、カスミは言った。私も行くと。

「え……? い、行くの? カスミも?」

 コクコクと何度も頷く姿は必死で、私も釣られて何度も頷き返した。

「でも、大丈夫?」

 人の目がある間はずっとカバンの中に隠れるなりして姿を見せないよう工夫が必要で、それがカスミの負担にならないかが心配だった。

「大丈夫だろう。カスミは馬鹿じゃない、自分で言い出した事の意味くらい分かっているはずだ」

 カルデノがカスミの方に歩み寄ると、カスミはカルデノの頭の上にしがみ付いてそのまま一緒に移動を始める。それを確認したようにカルデノは家から外に一歩出た。

「ほら、ポーションを作るんだろう?」

「あ、うん!」

 まずは家の近くで元気に成長している青々とした草を刈り取り、裏の井戸近くへ集める。少し離れた場所で同じく草を集めるカルデノにちらりと目をやれば、カスミはカルデノの頭の上から落ちないようしがみ付き楽しそうに笑顔を見せている。

 カスミは小さいため隠れて行動しようと思えば難しい事ではないが、カルデノはどうなのだろう。どうと言うのは旅券の問題だ、アイスさんは私の旅券についてしか話していなかったのにあの時は心に余裕も無くカルデノの分の旅券がどうなるのか聞き忘れていた。そうなるとカルデノの分の旅券は発行してもらえない事になる。いつか奴隷は物扱いだと聞いたが、旅券も同じ理由だろうか。カルデノはカフカのテンハンクが故郷のため一度は国境を越えている。私より多少詳しいはずだ。

「ねえカルデノ」

「ん?」

「カルデノの分の旅券、頼むの忘れたからもう一回アイスさんに頼みに行ったほうがいいかも。カルデノがテンハンクから王都に来た時に旅券必要だったんだよね?」

「いや」

 カルデノは手を止めず話をする。

「私がこの国に来たのは商品として運ばれて来たからであって、奴隷に旅券は必要ないんだ、物だからな」

「……じゃあ、テンハンクでも奴隷だったってこと?」

「いや、奴隷になったからこの国に来た、と言うのが正しいな」

「え……?」

 カルデノの言葉を理解するのに数秒要した。

「カエデに話してなかったな、どうして私が奴隷になったのか」

 動揺し手を止めた私とは正反対に、カルデノは落ち着いた様子で草を刈り続ける。それがどうしてもカルデノの話す内容とちぐはぐに感じられ、しかしそそれでもカルデノの言葉は続く。

「奴隷商で私を買う時、何も言われなかったか?」

「何もって……?」

 何か、カルデノに関する事を聞いただろうか。カルデノが今言いたいのは自分が奴隷になった理由なのだから、それになぞらえる内容のはずだ。

「詳しく覚えてないが村を破壊しただとか、そんな内容の話を私に添えていたのを覚えていないか?」

「それ、似た話なら」

 確か言っていた。奴隷商の男性は確かにカルデノは村をひとつ潰した凶暴な奴だと、そして私は怯えながらその話を聞いたのだった。カルデノは目の前でそんな話をされながらも否定する態度のひとつも見せず、まるで事実として受け入れているかのようだった。

 今なら分かる。カルデノはそんな事をする人じゃない。多少人を選ぶが優しい心を持っているし無意味に他人を傷つけたりはしない。

「でもカルデノはそんなことしてないよね? それが理由で奴隷になったんだとしたらおかしいよ! だってカルデノが村を襲ったりするわけないんだから!」

 どうしてそれを受け入れているのか、どうしてカルデノは今この瞬間でさえもなんの感情の起伏もないままでいられるのか。私はカルデノに詰め寄った。

「理由はとりわけ重要な事じゃない。狼族はとにかく珍しいんだ。カエデは私以外に狼族を見たことがあるか?」

「ないけど、それがどうかしたの?」

 カルデノはその質問で初めて作業の手を止めた。

「珍しいと、ただ単純にそれが奴隷にされる理由になる事がある。村を襲ったでも人を殺したからでも、表向きの理由は後からいくらだって後付け出来る」

「だって、でもカルデノがそんな事しないって言ってくれる人、いなかったの?」

 カルデノにも生活があった、家族や友達については分からないが同じ狼族と暮らしもあっただろう。

「私を奴隷にしようと計画したのが、同じ部落の同族だった」

 その事実は衝撃的だった、少なくとも私にとっては。

 カルデノは話に出てくる部落の生まれではないらしく、しかしそれを本人は覚えていないのだそう。物心ついてからずっと過ごす場所ではあったが、部落の生まれではないと言うだけで仲間とは認めて貰えず煙たがられる始末で、カルデノを気にかけていたのは唯一、カルデノを部落で保護しようと連れてきた人物だけだったそうだ。

「私にも仲間意識なんてものは無かったが、まさか無い罪を被せられるほどとは思ってなかったな」

「被せられたって言うのは、どんな罪だったの?」

「奴隷商で聞いた通り、村を破壊したとかそんな理由だった。突然身に覚えのない罪で捕らえられて知らない内に奴隷になって、狼族がより珍しいって事でこの国に渡った。一度は買われたがどうもお気に召さなかったようで奴隷商へ逆戻り。だがそれでカエデに会ったんだ」

 私はカルデノにかける言葉が見つからなかった。短く纏められた内容の中に、きっと何にも表しがたい感情も言葉もあるはずなのに、それを軽々しい私の一言で終わらせてはいけない気がしたのだ。

「だから故郷には思い入れが無い。帰ることが出来ても出来なくても私にはどちらでもいいことなんだ」

 カルデノは本当に故郷が恋しくないのだろうか。せめてカルデノを保護したという人物に会いたい気持ちはないかのか。

「会いたい人はいる?」

 つい、聞いてしまった。カルデノはこちらに目を向け、ゆっくりと横に頭を振った。

「もういないんだ」

 カルデノは今度こそ悲しそうに眉根を寄せた。

「いない……?」

「生きていれば私を気にかけてくれていた人に会いたかったが、私がこの国に来る随分前に死んだんだ」

「そう、だったんだ」

 申し訳ない事を聞いてしまった。思い出さない方が心に負担はなかっただろう。そう思った矢先カルデノは悲しそうな顔から一変、喉の奥で一度小さく笑った。

「いや、そうか。墓参りにでも行けばいいな。故郷に帰る理由が出来た」

 空を見上げ一度大きく深呼吸したあと、カルデノの止まっていた手が再び草刈の作業を再開。表情に憂いは無いが気分が落ち込んではいないだろうかと様子を窺っていると、いつも通りの様子で私に声をかけた。

「早くポーションだけでも作ってしまおう。まだハイポーションも作らなくちゃならないんだ」

「あ、うん。そうだね!」

 私の心配は杞憂であったようで、ホッとして同じく草刈を再開した。




久しぶりの更新になりました。

最近更新したつもりでいましたけど大昔の事だったみたいですみません! 気が小さいのでせめないで貰えると助かります…。

更新してない期間長くなるほど怖くてやばいですね。

見てない間のコメント沢山ありがとうございます!

話が結構溜まってるので、無理の無い日に誤字脱字の確認して上げるようにしますね。

ほんと、こんなに感想来ているとはー、本当に本当にありがとうございます。


前書きにも書いてあるんですが、ポーション、わが身を助ける、五巻の発売が決定しました。

活動報告も更新しますで、是非見てもらいたいです!


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