手紙
「それで、どうだったって?」
この路地裏で目を覚ました時の状況を説明しようと私は口を開いた。
「ええと。まずここで普通に目を覚ましたんですけど、自分がどうしてこんな場所にいるのか分からなくて、それにここへ連れてこられる直前と言うんでしょうか、そこの部分の記憶がなくて」
「覚えてないのかい? 頭を殴って気絶させられたとか、そんな事もなかった?」
「どこも痛い場所はありませんでしたし、多分なかったんじゃないかと」
「そうか……」
何を悩んでいるのか、リタチスタさんはアゴに手を当てたままピタリと動きを止めた。
「ああ、そうだ。何故カエデ達を疑ったか、話しておこうか」
「言っている事が怪しかったからじゃないんですか?」
それもある、と返された。
「バロウは先生の研究成果を別の魔法に使おうとしている。まずそれが私は許せない。ちなみにこれは私個人の勝手な感情だよ」
何故それが許せないのか。個人の勝手な感情と言う事はバロウに何かしら思うところがあるのだろう。
「バロウはね、先生の死に際確かな言葉声で言ったんだ。俺は先生のしていた研究を続ける。今までありがとうございましたってね」
「……その約束を破った事が、許せない?」
「許せない。先生はバロウを一等可愛がっていて、だからバロウにその言葉を言われて、笑って亡くなったんだ」
つまりバロウが嘘を言った事が許せなかった。簡単に言えばそういう事だろうか。
「研究を続ける気がなければ約束しなければ良かった。約束したなら嘘にするべきじゃなかった」
「知らないだけで研究は続けていた可能性はないのか? それは分からないだろう」
カルデノの言う事にも頷けた。いかに交流があったかは知らないが最近はその交流も無かったと言うし、目立たないだけでひっそりと研究は続けていたかも知れない。だがリタチスタさんはその可能性すら無いと言い切るかのような言葉を使っていた。
「分かるよ。あいつはいつもひとつの事にしか興味なかった。別の何かに興味を持ったと思っても結局そのひとつの事に繋がってた。先生の研究だって、きっとそう事だったんだよ」
「……どう言う意味ですか?」
「山小屋で見つけた覚え書き、あれを見る限り先生の目指す使い勝手のいい魔法なんて微塵も感じさせない。つまり別の目的があって先生の下で魔法を教わっていたと考えられる。カエデがここに私を連れてきたのも、バロウからの指示でかと疑ったんだ。まあ少し考えてそれは違うかと結論付けたわけだけど」
仮にバロウの命令で私がリタチスタさんをここに連れてきたとして、その目的はなんだろうか。長い付き合い同士ならばそんな回りくどい事をせずとも直接会って用件を言えば簡単に済む話だろうと首を傾げる。
そう思った事を伝えて見れば、リタチスタさんも首を傾げた。
「意味、は……。私も分からない。ただ覚え書きの事もそうだけど意味の分からない行動をする奴だからねバロウは。だからつい君を疑ってしまったんだ」
リタチスタさんとバロウは昔からの知り合い、兄弟弟子同士で、笑って会話するような仲なのだろうと勝手に思っていたが今でもバロウと親しくしているなら、そう簡単に疑う事が出来るのか。
「それで、話を戻そうか」
「あ、はい」
私がここでの事を何か覚えていないかと聞かれている途中だったのを忘れていた。とは言え私が別の世界から来たと言う事以外全て教えた。もう今の私が提供出来る情報は何もない。何もないとは言え、きっと私が別の世界から来たと言えばリタチスタさんのような魔法使いならまだ何か分かる事もあるだろう。だがその事実を明かそうとは思えない。
カルデノに事実を明かす事が出来たのは事情が絡み合い明かす他無かった事がひとつと、カルデノが私を信頼していてくれた事もひとつだと考えている。リタチスタさんは私をバロウと何らかの関係があると疑っている。つまり何を言っても嘘に捕らえられる可能性の方が高い。
たいして話が掘り下げられる事も無く路地裏を後にした。街の外へ出る道すがらリタチスタさんがフラリと立ち寄った店で不思議な事を聞いていた。
「ここ最近この街で大量に晶石を買い集める人を見た事はないかい?」
聞かれた店の人は不思議そうに、いいえとだけ返事をした。
王都に帰るまでに費やした時間はリタチスタさんが予定した往復二十日後キッカリだった。王都を出る時、集合場所として指定された門の外と同じ場所に荷台が着地するのを確認してから時計を見ると、夕方の四時頃。外に出ようと腰を上げかけた私をリタチスタさんは呼び止めた。
「ねえ。君達はまだバロウを探すんだろう? 私もバロウの書いた覚え書きと先生の残した資料を照らし合わせて見る。まだ何か分かる事があるかも知れないからね」
「元研究所って言ってた資料庫に行くんですか?」
「ああ。何か分かったら君達にも知らせるよ。家を教えて貰っていいかい?」
家の周辺地図と目印になりそうな物を伝えると、ありがとうと言って地図を受け取った。
「それから、山小屋の周辺に魔力が溜まっていたけど、あれは相当な量だ。いくらバロウが大量の魔力を有する体とは言え、あの量は異常だ」
「でも、魔法は自分の魔力が無くなったら使えないんですよね? 限界以上の魔力を振り絞ったって事ですか?」
リタチスタさんはそれを否定した。
「魔石の一種に晶石があるだろう。魔晶石とは違い魔法と魔力の両方が籠められている。つまり晶石の中から魔法の陣だけを取り除いてしまえば、魔力を取り溜めて置くだけの器になる」
つまり、バロウは自分の魔力を別の容器に溜めておいて、それをすべて使ったため膨大な魔力を一度に使えたと言う事らしい。あくまで憶測ではあるが信憑性は高いのではないだろうか。
「けど晶石はそれほど魔力を入れる事は出来ない。ごく稀に容量の大きな物があるけど、本当に稀だ。つまり大量の晶石をどこかで仕入れているはず。まあ場所が分からないんだから途方も無い話だけど、ひとつ手がかりにはなるんじゃないかな」
リタチスタさんがリクフォニアのお店で、大量に晶石を買った人が居なかったか聞いていたのはきちんと理由があったようだ。
「大量って、どれくらいか検討はつきますか?」
どれほどの量なのかは割りと重要な確認ではないだろうか。街や店の大きさでもどれだけ扱っているかは違う。一度に大量に仕入れるならばそれだけ大きな店の方が数が揃いやすい。
「そうだなあ……百や二百では到底ない事は確かだ」
「そ、そんなにですか?」
「ああ、だから大きな街、大きな店を使った可能性は高いと思う。そこまで警戒して買い物もしないだろうしね」
「買い物をした近くに現在の拠点があるとも考えられるか?」
カルデノの問いにリタチスタさんは頷いた。
「おおいに」
だからと言って世界中のお店を探せるわけもない。本当に参考程度として心に留めておこう。
「さてじゃあ、行こうか。お互い暇じゃないだろう?」
リタチスタさんは自分の荷物を纏め始め、私とカルデノは先に荷台から降りた。間を置かず降りてきたリタチスタさんと共に王都の中へ入ると、そう離れていたわけではないのに懐かしい気分に浸ってしまった。
「それじゃあカエデ、カルデノ。またね」
「はい、色々ありがとうございました」
ひらりと手を振るだけで振り返る事無くどこかへと歩き去るリタチスタさんの後ろ姿を見送ってから、自分達はどうしようかと考える。
まず一番気になるのはダリットに頼んでいた手紙の返事だ。すでに届いているかも知れない。
「ねえカルデノ」
「うん?」
「ダリットに頼んでた手紙の返事、もし私が留守の間に届いていたら書き置きをして知らせてくれるみたいな事を言ってたよね? 一度家に戻って確認した方がいいかな?」
「そうだな。確認してみるか」
家に戻って草だらけの庭を見ると、帰ってこられたと実感が沸いてか、どっと疲れが押し寄せてきた。ふと、玄関扉のドアノブに何かがぶら下がっているのに気が付く。
「あれ、なんだろ」
早足程度で歩み寄ると、筒状に丸められた紙が二つ、紐で括られドアノブに吊り下げられていた。もしやダリットからでは、とすぐに紐を解いてその場で開いた。
「カルデノ、見てこれ!」
予想通りダリットからの手紙だった。文面は頼まれていた手紙が届いた事を知らせる内容で、興奮気味にカルデノにその手紙を見せた。
「もう手紙が届いてるって!」
私の興奮とは反対に、カルデノは落ち着いていた。
「これがダリットからの知らせなら、もうひとつは?」
もうひとつの紙を同じように開き中を確かめる。
「これは、アイスさんからみたい」
「……内容は?」
「頼みたい事があるから午前中に来てって」
この紙がいつから括られているのか分からないが、午前中と指定されれば早くても明日の朝になる。
「そうか。じゃあダリットの所にはすぐに行くのか?」
今から行ってもそう遅くはならない。それに何かあってもダリットも家に帰っている時間のはず。丁度いいだろうと家に一歩も踏み入れる事なく来た道を引き返した。
コンコンと扉をノックした。ダリットの家だ。庭は以前見た時同様に手入れの行き届いた美しい庭だが、それらを堪能する暇も無く玄関扉が開いた。
「カエデじゃないか」
顔を出したのはダリットだった。
「あ、私が留守の間に知らせに来てくれたみたいで、ありがとう」
「ああ、手紙の事だよね? 丁度昨日届いたんだ。兄さんも少し急ぎで返事をくれたみたいで」
客間に通され、テーブルに付属する椅子に座るようすすめられ腰掛け、ダリットの兄であるエリオットさんからの手紙を受け取った。白いよりは少し黄色く感じられる封筒で、麻紐が十字に巻かれそれを巻き込むように蝋封がしてあった。
「これが兄さんからの返事。一緒に見てもいいかな?」
私宛の手紙とは言え、兄からの返事ならば気になるだろうと、ダリットが私の横に立った状態で封を切る。封筒の蓋を開けるために蝋封がポロポロと砕ければ自然と麻紐も解け、中から便箋を取り出す事は容易だった。
手紙の内容は簡単な挨拶から始まり、直ぐにバロウに何か心当たりはないかという事に関しての返答が書かれていた。
その内容から分かったのは、バロウは以前、魔王討伐の任に当たっていた時、故郷へ帰りたいと漏らした事があった。定かではないが任務を終えてからは故郷に帰っているのではないかと言う事。しかしエリオットさんもバロウから故郷の事を聞いた事がないため教える事が出来なく残念だ、と。
手紙の最後には、これからも弟と仲良くしてやってくれと、兄らしい一言が添えてあった。ダリットの顔をちらりと見て見れば少しほころんでいて、どうやら同じく最後の文章を読んだらしい事がうかがえた。
「あ、どう? カエデが期待してた答えだったかな?」
ダリットは手紙を一通り読み終え、私の向かいの席に腰掛けた。
「だめで元々と思ってたから、助かったよ。わざわざ聞いてくれてありがとう。エリオットさんにも直接お礼が言いたいけど、それは難しいからね」
期待していた答えかと聞かれれば違うだろうが、言ったようにだめで元々。心当たりがある場所が分かっただけでも十分な収穫だ。
「しかし、バロウの故郷か」
カルデノが腕を組んだ。言いたい事は何となく分かる。資料庫を管理しているシズニさんが言っていたが、バロウは自分の事は話さなかった。
「兄さんが知らないとなると、もっと親しい人とかに聞かないと分からないかもね」
「もっと親しい人……?」
と言うとリタチスタさんか、もしくはロレンツィさん? リタチスタさんならば同じ王都に居て会う事も出来るが、ロレンツィさんから話を聞くとなると容易ではない。何せロレンツィさんの住む街シッカが遠いのは勿論の事、仕事の関係でほとんど家にはいないのだから。
「ならまずはリタチスタに話を聞くのが妥当だな。ジェイはそう親しげではなかったし、資料庫の管理人はもう知らないと言っていたからな」
「うん。そうだね」
「なんだかカエデ達、忙しそうだね」
ダリットは世間話の一環、くらいの気持ちで話しているのだろう。言われて見れば最近忙しくしている。長いこと家を留守にしてカスミは一人で待っているわけだし。
「あ……」
「どうかしたか?」
「なんでもない、事もないけど今は気にしなくていいよ。ちょっと家で、忘れてる事があって」
はて、とカルデノは首を傾げたが、すぐさまピンと来たらしい。
ダリットにもう一度お礼を言い、家路に着いた。
ここまで読んでいただきありがとうございます。




