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魔法

ポーション、わが身を助ける四巻が発売となります。詳しくは活動報告の方へお願いします。

 リタチスタさんが、様子が違うと言うその原因を見つけようと無意識に目が辺りを見渡していた。そうしたところで、初めてここへ来る私が様子の違うものを見分けられるかと言えば話は別だ。

「ここらへんには、どうも魔力が溜まってるようだ」

「魔力ですか?」

 見えるわけでもないのに、また辺りを見渡す。

 魔力が溜まるといえば、魔力の溜まりやすい土地というのが存在する事を私は知っている。例を言えば実際に私も足を運んだオルモン。オルモンという山の中腹が魔力の溜まりやすい土地で、本来の植物は朽ち果て、変わった別の植物が根付いていた。

「そういえばここには枯れ木が多いな。この付近になってから目立つようになった」

 言いながらカルデノは近くの木の枝を掴み、親指を軸に折り曲げる。枝はしなることもなくポキリと簡単に折れてしまった。

「そう、普通の草木は溜まった魔力を吸い上げる事に耐えられない。枯れてしまうんだ」

 歩みを進めるリタチスタさんの足元からは、薄く積もった枯れ草を踏みしだく音が聞こえる。数歩歩いて、首を傾げてまた数歩引き返してきた。

「どうかしたんですか?」

「うーん。探し物」

 今度は私が首を傾げる番だった。

 そうして数分、ウロウロと似たような場所を何度も何度も往復して、ピタリと足が止まった。

「ああ、ここだね」

 何が、と問う間もなくリタチスタさんは目の前にあるはずのない壁を右手のひらで撫でるようにゆっくりと下へ動かす。それと同時に空気が動いた。

 風が吹いたのではない。重たい音にモタリと体が押し潰されるような感覚に足がすくむ。そんな感覚に捕らわれているいるのはカルデノも同じようで、その表情は苦々しいものだ。

 そんな中、リタチスタさんだけは平然としていて、私は口を開いた。

「な、なんですか、これ……?」

 思った以上に自分の声が細く、リタチスタさんに聞こえたかも怪しいほどだったが、心配とは裏腹にリタチスタさんは返事をくれた。

「目くらましの魔法を解除しているんだ。バロウめ何を隠したくてこんなにも厳重にしていたんだろうね。お陰で長い時間うろつく事になってしまったじゃないか」

 どうやら同じ場所を何度も往復していたのは、何か魔法を解除する切欠となるものを探していたらしい。たかが数分探しただけだと言うのに厳重と言われても疑いたくなるところだが、それだけリタチスタさんはこの魔法を解除する事に自信があったのだろう。

 壁を撫でるようにゆっくりと下へ下がっていた手が、何かを掴むように握りこまれる。その瞬間目に見えない何かは青く弱い光を発した。その光は確かにリタチスタさんの手の中にあって、引く動作をするととブチブチと明らかに物を引きちぎる音と共にバチバチと青い火花が散る。

 握り込まれた手の指先は白くなり小刻みに震えている。相当力が篭っているのだろう。またぶちりと引きちぎる音がすると、光は急速に失われた。体を押し潰そうとするかのような空気も一瞬にしてなくなり、しかし私は目を見開き動けなかった。

 目を向ける先には、先ほどまで存在しなかった小屋が立っていたのだ。

 リタチスタさんのわざとらしいため息が聞こえ、ハッとしてリタチスタさんへ目を向ける。

「はあー、疲れさせてくれるよね」

 言い終わって直ぐ、右手に持っていた何かを叩きつけるように地面に投げ捨てた。

「これは?」

 リタチスタさんが投げ捨てたのはガラスのような透明感のある石だった。その周りには引き千切られた細い植物のツタ。どうやら先ほどの音の原因はこれだったらしい。

「目くらましの魔法が埋め込まれていた物さ」

 その石をリタチスタさんはつま先で軽く蹴る。

「にしても、こんなにボロ家だったかな……」

 小屋は相当古いというわけではなさそうなのだが、確かにボロボロだった。屋根がい一部陥没していたり、外壁が剥げて落ちている箇所もある。リタチスタさんはそれが自分の記憶とどうも違いがあると、首を傾げる。

「まあいい。とにかく中を確認しようか」

 入り口の扉をリタチスタさんが引き、ギギっと渋い音が鳴る。中は窓が無いのか暗く、リタチスタさんの後ろに付いて中に入るまで何があるのか分からなかった。

 中には机がひとつと、背の低い本棚がひとつだけあった。床は本や紙が散乱していて、本棚の中もぐしゃぐしゃのまるで整理されていない紙の束が乱雑に詰め込まれている。陥没している屋根からの雨漏りのせいで全て台無しと言える状態だ。

「ずいぶん、散らかってますね」

 私の言葉が聞こえていないかのようにリタチスタさんは壁を手でなぞりながら歩き出した。元が木々の隙間に立てられた小屋だけに広くはない。すぐに角へ行き当たった。

 ガコンと何かを外す音と共に突然室内に光が入ってきた。リタチスタさんは片手で壁を外側に押していた。跳ね上げ式の、つっかえ棒で支える木の窓があったようで、開けなければ室内に光が入ってこないようになっていたらしい。

「これで明るくなったね。確かに散らかり放題で酷い有様だ」

 そして当然ながらバロウの姿はない。

 リタチスタさんは床に散らばる紙を一枚拾い上げた。

「……」

 リタチスタさんはその一枚の紙を見つめたまま動かなくなってしまい、どうしたのかと私は首をかしげた。

「あの、その紙に何か書いてあるんですか?」

「ああ……」

 手に持っていた紙を、そっと私に手渡してきた。リタチスタさんは眉間にしわを寄せ目を細めていた。その表情には静かな怒りが感じられ、恐る恐る渡された紙に目を通す。カルデノも内容が気になるのか、隣から覗き込んできた。

「……読めないな」

 カルデノが呟いた。紙に上から下まで走り書きされているその複雑な文字には見覚えがあった。

「それは転位魔法に関する陣の覚え書きだろうさ。バロウは確かにここで転位魔法について研究していたらしい。けどそれは先生から引き継いだものじゃない」

「同じ魔法なのに、違いがあるんですか?」

「大有りだよ。先生がしていた研究は、従来の転移魔法をいかに使いやすく改良出来るかという点について。けどそれに書かれているのは全く違うものだ。ただの覚え書きだから詳しい事は分からないけど、それだけは確かだ」

 リタチスタさんは本棚の中に詰め込まれていた紙の束を次々に取り出し、丁寧に整えながら机の上に積み上げていく。床に落ちていたたった一枚の紙から情報を得られたのだ、他にも重要な事について書かれたものがあるのかも知れない。私もカルデノと手分けして床に散らばる紙を拾い集めた。

 全て広い集めたが、半数以上の紙は痛んでインクも滲み、その内容を読み取る事は出来なかった。

「バロウはやはり先生の研究を継いでいるんじゃない」

 リタチスタさんはそう確信を持っている。それが何故そう思ったのか、私達には読めもしないが、数枚の紙を渡された。

「それはバロウの字だ。そして内容はやはり転位魔法の陣の断片。おそらくバロウは陣を、自分の考える転位魔法を作る段階で、部分的に思いついた事を次々にこの小屋で書き散らしたんだ」

「……じゃあ、この小屋の紙全てが、その魔法のためだけの?」

 それにはリタチスタさんは首を横に振って否定した。

「それは分からない。何しろ大半は酷い状態で読めるものじゃない。しかもその数枚の紙以外は、転位魔法に限らずよく使われる文字の並びだからね」

 私の手から、再び紙がリタチスタさんの手に移る。どうせ読めもしないからと目を通してすらいないが、それを補うようにリタチスタさんはもう一度紙面に目を落とした。

「断片的に分かることは、この魔法は今存在する転位魔法と違い、任意の場所へ飛ぶ事を目的としているようだ。それから魔力の消費がとても大きいって事かな」

「任意の場所? そういえば転移魔法は、点と点の間を移動するような魔法でしたっけ?」

「そう。だからまずはその点を必ず設置する必要があるんだけど、バロウの考える魔法にはそれがない。本当にどこの国の何という街の誰の家の庭とか、それくらい好きな場所に移動するための魔法みたいだ。ありえないね」

「好きな場所……」

 点は設置しなくてもいい。好きな場所へ。これこそまさに魔法と言いたくなる。リタチスタさんはありえないと言うが、もしその魔法が完成しているなら? そう考えた。だってこの小屋に散らかっているのはあくまでも書き散らした覚え書き。

 ここにバロウがいないという事はもうここを使っていなくて、その時に成果をすべて纏めた物を持ち出していれば、ここで魔法の完成の有無は調べようが無い。

「あの、もしなんですけど」

「うん?」

 リタチスタさんは手に持った数枚の紙を自分のバッグに入れた。

「もしこことは別の世界があったとして、その点の必要のない魔法が完成していたら行く事は可能だと思いますか?」

「こんな魔法が完成するとも思えないけど……」

 ふうっとため息が聞こえた。リタチスタさんからしたら下らない質問だったかもしれない。しかし私も、カルデノもその質問の答えを真剣に待っていた。

「まあ可能性の話だからねえ。任意の場所に行けるんだから、その可能性も多いにあるんじゃないかな。でも別の世界と言われても……、天界か? 魔界? それとも平行世界とか?」

 半笑いで面白半分に返ってきた言葉に私は鼓動が早くなるのを感じた。リタチスタさんはそれを感じ取ったらしく、すぐにありえないけれどと否定した。

「現実的じゃないだろう? 転移魔法が今の方法に落ち着いている理由は、現実的で実現可能だったからさ。そして実現可能な今の転移魔法でさえ膨大な魔力を使い発動する、とても効率がいいとは言えないものなんだ。それを少し便利だからと言う理由でより複雑に陣を作り変えたところで、使いづらくなるだけなのが目に見え……」

 リタチスタさんの言葉が途中で止まった。そしてさきほどバッグに入れられた紙を出して目を落とした。

「バロウだってそんな事分かってるはずだ。あいつは馬鹿じゃない。なのに何故わざわざこんな魔法を」

 ハッとしたように小屋の外へ。そんなリタチスタさんの後を追いかけて私も外へ出て見るが、リタチスタさんはどこへ行くのでもなく、小屋から出てすぐの場所へ立ち尽くしていた。

「急にどうかしたんですか?」

「うん。これ」

 リタチスタさんは紙をひらひらと扇ぐように揺らす。

「まさかとは思うんだけど、バロウはこれを一度試したんじゃないだろうか。ここは以前来た時には無かった魔力が溜まってるから、もしこの魔法を試したんだとしたら、おそらく失敗してる」

 リタチスタさんは何かを考えるようにアゴに手を当てた。

「うーん。その場合だと、転移するはずだった先にも魔力が溜まるだろうか。いやそうはならないか……?」

 私も私で、考える事があった。私の中ではもうバロウが私をこの世界に連れてきたものだと思っていて、今もそれが正しいのではないかと心の隅の何かが訴えている。

 てっきりこの魔法だと思ったのだ、私をここに連れてくるのに使われたのは。それがリタチスタさんの見立てでは失敗していると言う。だが先ほど推測したように、完成した魔法の陣の仕組みをまとめた物ひとつ手に持っていれば、この小屋で見つけた覚え書きは必要なくなる。バロウにとって単なるゴミからかすかな情報を得られたに過ぎない。

「この魔法を発動するのに失敗していたとして、その時に何か起こるのか?」

 カルデノがリタチスタさんへ向けたの質問に私は首をかしげた。失敗なのだから何も起こらなかったのでは? とそう思ったからだ。

「そうだね。失敗すると何も起きないか、想定していた魔法が半端に発動するか、もしくは想定外の発動を見せるか」

「さっき魔力が溜まっているから、失敗したんだろうと言っていたが、それは?」

「とても大掛かりで莫大な魔力を必要としている魔法なのが分かってる。発動に必要な魔力が逆流してここに溜まってしまったんだろう。逆流してしまったという事は陣に何かしらの欠点があるということ。つまり失敗さ」

 なるほど、とカルデノの呟きが聞こえた。カルデノの目がこちらにちらりと向いた。

「想定していた魔法が半端に発動、か」

 それは独り言のようで、しかしカルデノの視線が独り言では済ませてくれない。まるで私に言い聞かせるようであった。


ここまで読んでいただきありがとうございます。




そういえば最近まで、電気ケルトの事を電気ケトルと読み間違えている事に気づきました。

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― 新着の感想 ―
ここはつっこむところなんだろうか?真面目な内容のあとに、ケトルとケルトの混濁?
むしろ電気ケルトって何?ちなみに、ケトルはフランス語で「やかん」の事ですよ〜
電気ケトル‥湯沸かしですね?ケトルなのでは?ケルトは人種?かな?
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