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移動手段

 資料庫からの帰り、さてどうしたものか、と頭をひねった。資料庫の次にはホノゴ山かアンレンに行きたいと思っていたのだが、今ダリットから手紙の返事を待っている状態。もしホノゴ山へ向けて出発してしまえば片道でひと月近くもかかってしまうのはリクフォニアからの移動で経験済み。

 アンレンへ行くのにもどれくらいの時間がかかることやら、と考えたところで、ふと思い出す。アンレンはカフカにある。カフカとはどこかで見聞きした記憶があるのだが、残念ながらそれがどこで記憶したのか、カフカがどこなのかも思い出せない。

「ねえカルデノ、カフカってどこだったかな? 思い出せないんだけど」

「カフカか? ギニシアの隣の国だ。地図で言うと上の方だな」

「となり!?」

 今居るこの国、ギニシアの隣の国だと言う。それはつまり国境を越えなければならないという事。では距離もきっとホノゴ山までよりずっと遠いはずだ。ダリットからの手紙の返事を優先すればどちらにも足を運ぶ事は出来ない。

 リタチスタさんはこちらの予定など知らずジェイさんの教室で暇を潰している。ジェイさんにはロレンツィさんに無事会えたお礼も言わねばならないし、そうすれば自然とリタチスタさんにも会いに行く形になる。その時に手紙の事情を話せばある程度の計画も立つだろう。

「ねえ、家に帰る前にジェイさんの教室に行かない?」

 手紙の事やお礼も兼ねてと説明するとカルデノは頷いた。

 ロレンツィさんに会うためシッカへ行きまた王都へ戻って来て。行きに三日、帰りの同じく三日かかったが、それでもまだダリットに言われていた手紙の返事が返ってくるという目安まで届きもしない。

「手紙の返事が届くまでひと月かあ、長いね」

「そうだな」

 言いながら歩く。

「でも一度シッカとの往復をしてる。もうひと月も時間はないぞ」

「そうだけどそれでも長く感じない?」

 長くはないが、短くもないか、とカルデノは呟いた。

 ジェイさんの教室は今日も生徒が来ているらしい。扉の外に楽しそうな声が漏れていた。

 邪魔になるだろうとは思ったがコンコンと扉をノックすると、すぐにジェイさんが出てきた。

「おお、来たのか?」

「こんにちは。ロレンツィさんに会えたので、お礼を言いに……」

 ジェイさんの後ろからえらく騒がしい生徒たちの声が聞こえて来る。ジェイさん抜きに何を盛り上がっているのかと思えば、中に招かれてからその理由が分かった。

「どうだい、考え方次第で色々出来るだろう?」

 すごいだの、素晴らしいだの、教えてだの。まるでアイドルのように歓声を浴びていたのは宙に浮く椅子に座った、得意げなリタチスタさんだった。右へ左へ、好きに動き回っている。

「……これは? リタチスタさんがどうして……」

 リタチスタさんに教師としての立場を奪われているように見えるのだが、とジェイさんに問う。

「ん? リタチスタを知ってるのか?」

 何故私がリタチスタさんの顔を知っているのかという意味だろう。どうやらリタチスタさんはここに本当に来ただけで、その理由まで詳しく話していないらしい。ロレンツィさんの所で、偶然にもリタチスタさんに会うことが出来たのだと教えると、なるほどと納得してくれた。

「この状況が何かって言えば、暇つぶしに俺の仕事を見るとか言い出したかと思ったら、いつの間にか。もう二日も俺の立場が……」

 ジェイさんの目がリタチスタさんに向けられる。

「え? 二日って、でもシッカからここまで三日くらいかかりますよ?」

 だから私とカルデノは往復で六日、ここ王都を離れていたことになるのだ、もしリタチスタさんが二日前にもう王都へ着いていたとすると、どんな移動方法を取ったのか。私が知らないだけで違った道や早い馬車があったのだろうか。

 生徒たちにもてはやされ、まんざらでもない様子だったリタチスタさんの目がこちらに向いた。

「おや、誰かと思えばカエデにカルデノじゃないか」

 リタチスタさんは宙に浮く椅子からストンと降りると、椅子は魔法の効力を失ったのか、糸が切れたようにガタンと音を立てて床に落ちた。

「ホノゴ山へ行く予定がもう立ったのかな? 思っていたよりも早くて驚いたよ」

 室内でもかぶったままの帽子の位置を調整してゆっくりとこちらに歩み寄るリタチスタさんから、彼女の授業が終わりを迎えた事を悟ったのか、生徒たちはシュンとしたように騒ぎ立てる声がなくなった。

 ジェイさんはそんな場の空気を切り替えるように手を一度叩き、授業に戻った。リタチスタさんはそれを少しだけ気にしてか、教室の後ろへ移動して小さな声で話しの続きを始めた。

「それで、予定はいつに?」

 もう予定は決まったものと思われているようで、まずはそれを訂正しなければと口を開く。

「違うんです。今日来たのはホノゴ山へ行く予定が決まったからではなくて、ひとつ約束があって時間がかかるのを、つい伝え忘れていて……」

「約束? 時間がかかるものかい?」

 ダリットから受け取る手紙の事をかいつまんで説明すると、リタチスタさんはつまらなそうに腕を組み、壁に寄りかかった。

「それは困った。そんなに待つことになるとは思わなかったな」

 次いでため息。

「都合が悪いですか?」

「そうだね。私にも予定と言うものがある」

 好きなときに好きな事をしている人と思っていたので、予定があるというごく普通の事を私は意外に思った。だがそうなると無理にホノゴ山の案内は頼めない。どうしたものかとアゴに手を当てると、リタチスタさんは独り言のような小さな呟きをもらした。

「仮に約束の手紙とやらがあと二十日で届くと仮定して、ホノゴ山まで片道十日もかかるか……」

「え、いや。かかるもなにも、片道は……」

 私がリクフォニアから王都へ来た時の期間を伝える前に、リタチスタさんは右手の人差し指を立てた。

「あの椅子」

 そして立てた指が、さきほどリタチスタさんが座っていた椅子を指した。今は寄せられてジェイさんの後ろにある。

「さっき浮かせていたのを見たかな」

「見ました、けど……」

 ふわふわと好きに飛び回る姿は正直楽しそうだった。

「あんな風に空を飛んで移動出来たら、道や山、谷も関係なく速い移動が出来ると思わないかい?」

「はあ、まあそれは思いますけど」

「ふふ、そうだろう」

 今その話がなんなのか。考えた時ジェイさんが言っていた不思議なことを思い出した。

 ジェイさんいわくリタチスタさんが王都に来たのが私たちよりもずっと早かったという事だ。

「あの。まさか空を飛んで王都に来たとかじゃ、ないですよね?」

 リタチスタさんの魔法で浮いた椅子、そして先ほどの口ぶり。まさかと言いつつどこかそう思い込んでいる自分がいて、リタチスタさんはそれを肯定するに違いない。と生唾を飲み込んだ。

 そして想像した通りに、リタチスタさんは薄い笑みを浮かべて頷いた。

「そうさ。ふふふ驚いたかい?」

 まるで私の驚く顔が見たかったかのよう。私も正直驚いて目を見開いたのは確かだ。想像が的中して、というのもあるがいざ肯定されると空を飛ぶ姿を頭に描く。頭の中でリタチスタさんは身につけるマントをはためかせながら、スイスイと泳ぐように素早く移動する。

 いやいやそんなと、その姿を振り払う。

「飛んだのは魔法で、ですよね?」

「それ以外に何か方法が? もしかして君には、私に羽が生えているようにでも見えるのかな?」

 私はそれをすぐに否定した。無駄な質問をしてしまったようだ。

「まあ私が何を言いたいかと言えば、その魔法を使えば恐らく二十日後までには帰ってこられるだろうということなんだが、どうする?」

「え、どうするって……」

「空を飛んでホノゴ山を目指すかどうかさ。カエデが二十日後でなければ動けないと言うなら、悪いけどその時は私の方こそ予定がどうなっているか分からない」

 私にどうするか選べというよりも、選択肢は一つしかないらしい。ただ黙って手紙の返事を待つより、勿論行けるならホノゴ山に行きたいと思う。しかしリクフォニアから王都までの道のりはひと月近かったのだ、いくら空を飛ぼうが二十日以内になど、本当に戻ってこられるだろうか。だが今回を逃せばリタチスタさんの案内は見込めない。

「私はどちらでも構わないよ」

 リタチスタさんはそれ以上私になにか助言をするわけでもなく、私は一度しっかりと頷いた。

「是非、ホノゴ山までお願いします。空を飛んで」

 リタチスタさんは待っていましたと言うように口の端を吊り上げた。

「じゃあ、行こう」

 出発は早いほうがいい。リタチスタさんはそう言った。翌朝までには準備をして日の出と共に発つと言うのだ。

「は、早すぎませんか。日の出って……」

「早いに越した事はない。それに、あまり目立ちたくもないからね」

「目立つ……」

 空を飛ぶのならそれは目立つだろう。私もこの世界に来たからといって、空を飛ぶ人は一人として見た事がない。

 それにしても、空を飛ぶというのは具体的にどのような方法なのだろう。先ほど私が想像したリタチスタさんの飛び姿は、空を泳ぐようなもので、しかしそれはあくまで私の想像である。その通りなわけがないだろう。

「いまさらなんですけど、リタチスタさんと私とカルデノの三人が、一緒に飛べるんですか? 飛ぶって体がう、浮くんですよね?」

 思わず言葉がどもったことで、ようやく自分の心臓がドキドキしている事に気が付いた。

「体が浮くと言うより、浮かせたものに乗る、という形になるね」

「浮かせたもの、ですか?」




 翌日。リタチスタさんが待ち合わせの場所に選んだのは南門の外だった。日の出と共に発つと言うのだ、その時間に合わせれば辺りは暗く、また空気も冷たく感じられた。

 何故か寝袋を用意するように言われて二人分を買っておいたのだが、外で寝泊りすることになりそうだ。

 リタチスタさんが待っていたのは門の外に出て、塀を壁沿いに数分歩いた場所だった。そこにはすでに待ちぼうけでいる様子のリタチスタさんと、何故か馬車がよく引いている幌のかかった荷台が置いてあった。しかし馬がいるわけではないし、そもそも馬車での移動ではない。

「お待たせしました」

「やあ、待ってたよ。準備は万全かい?」

 荷台に背中をもたれていたリタチスタさんは私たちを見るなり背中を浮かせ、幌が捲り上げられている荷台の後ろから中に入ろうとする。

 馬はいない、しかし荷台はある。そしてリタチスタさんは浮かせたものに乗ると言っていた。つまり浮かせるものと言うのはこの荷台の事だったらしい。

「これで、本当に大丈夫なのか?」

 カルデノが私にだけ聞こえるほどの声量で呟いた。

 ただものを浮かせるだけだと言うならそこまで気にもしないだろう。しかし浮かせたものに乗って、さらに移動しようと言うのだからカルデノの言葉に私も同意できた。

 だがリタチスタさんはそんなカルデノの小さな声が聞こえていたらしい。ゆっくりとこちらへ目を向けてきた。

「乗らない?」

 薄ら笑いを浮かべている。私は慌てて首を横に振ってそれを否定した。リタチスタさんの後に続いて荷台に乗り込むと、全員が適当な場所に腰を下ろした。

「じゃあ今から浮かせるよ。心配しなくてもね」

 そうにもカルデノの言葉を根に持っているように感じられる。

 リタチスタさんは床をコンっと一度ノックするように叩くと、突然グッとエレベーターが上に上がるかのような浮遊感を体が感じ取る。思わず小さく悲鳴が漏れた。幌が捲り上げられたままの荷台の後ろに目を向けると、地面が遠のいているのが見えた。

「ほ、本当に浮いてる!」

 さすがにカルデノも目を見開いて驚いていた。

「言っただろう? 心配しなくてもいいって」

 リタチスタさんは私たちの驚く顔が心底面白いとでも言いたげに目を細めて笑っていた。



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