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シッカ

 食事をすませた後、まだ宿に戻っても退屈なだけだろうからとカルデノと二人、マルナクの町を歩く事にした。

 とは言っても食事したお店があるのと同じ、この大きな通りにこの町の主要が集まっているようなので、歩く範囲は限られそうだ。

 お土産屋の店先に並ぶ物を眺めていると、商品を見つめる私と違い、遠くを見るカルデノに気が付いた。

「カルデノ、どうかしたの?」

 カルデノが見ている先には何もない、しいて言えば町の外に目が向いているような気がした。

「いや、さっき昼食を食べていた時に聞いた話が、少し気になっていてな」

「魔物は寄せ付けない、とかなんとか?」

「そうだ、聞いた事がないと思わないか?」

 確かに聞いた事がない。先ほどの店の男性はその謎の装置の名前をど忘れしていたようだが気になる。

「町を囲う壁に、何か特別な物があるようには見えないね」

「装置と言っていたな」

 私とカルデノで予想すらつかない会話を繰り広げていると、私が商品を眺めていたお店の人であろう女性が、首をかしげながら話しかけてきた。

「あんたら都会から来たんでしょう」

 会話が聞こえていたらしいその女性はきっとそうだろうと分かっているかのような口調だった。

「はい、さっき王都から」

「うんうん、そうだと思った。都会の人はウルブロの魔除けを見たことないらしいから」

「魔除け、ですか?」

 魔除けと聞くとなんと言うか、一気に信憑性がなくなると言うか、どうもお守りやお札のような物を思い浮かべてしまう。

「まあ詳しい事は知らないけどね」

 女性は町を囲う塀のとある場所を指差した。塀の上辺に、薄汚れた布でグルグル巻きにされて先の膨らんだ木の棒が突き刺さっている。よく見ればその一箇所ではなく、見て分かるだけで数箇所。塀の上には同じような物が距離を置いて設置されている。

「あれが魔除け。あれがあるだけで魔物は町に入って来られなくなるそうだよ」

「あの布の中身は一体、なんですか?」

 女性はフルフルと首を横に振った。どうやら知らないらしい。

「たまにあれの整備か手入れかをする人が来るけど、人目に触れないようにする作業だから中身が何かは知らないし、だれも触ろうともしないよ」

 たとえ小さな子供でもね。と付け足されてから、もう一度魔除けに目を向けた。

 正直、今の話を聞くと魔除けと言われても薄気味悪いように思えた。

 宿へ戻る道をたどりながら、今しがた見たばかりの魔除けについてカルデノと話していた。

「あれがどこでも同じように塀の上に設置されているなら、確かに王都のような高い塀がある場所では目に付かないな」

「そうだね。リクフォニアでも塀は高かったから、目に付かなかったよ。カルデノの故郷ではどうだったの?」

 カルデノは私の質問に首を横に振った。

「故郷というか、私が過ごしていた狼族の部落では、少なくとも魔除けだなんて物は使っていなかった。男連中が毎晩交代で火を絶やさず見張りをしていたからな」

「へえー、狼族は皆カルデノみたいに強いの?」

 だからきっとそのように見張りを立てるだけで、他の皆は安心して眠ることが出来たのだろう。カルデノは聞かれてぼんやりとした目で空を見上げた。

「さあ、どうだったんだろうな」

 触れないほうがいい話題だったかもしれないと、私は焦りを感じた。

 カルデノが奴隷になって本人もどれだけの時間が経ったのかを覚えていない。それだけ長い時間が流れれば曖昧になってしまった記憶もあることだろう。

「私はあまり関わりがなかったから、どうにも」

「関わり……?」

 どうやら私の質問に気を悪くしているようではない。ぼんやり空を見上げた目は、昔を思い出そうと空よりも遠くを見つめているようだった。




 翌朝、七時出立の馬車に合わせて早めに駅の中でルポ行きの馬車を待っていた。私達の他にルポへ用事のある人は少ないようで、私とカルデノも含めてただじっと待つだけの人がいる駅は、昨日とは違いとても静かな空間だった。

 移動時間が長くなるため昼食用などに食料を用意しておいた方がいいとカルデノに言われ購入したパンをココルカバンの中で散らばらないよう整理しながら駅の中を確認する。

 これでは昨日とは違い馬車は一台だろうし、それでも空席がいくつか出来そうだ。

 やがて準備が出来た馬車にルポ行きの全員が乗り込んだ。予想した通り空席がいくつか。駅で見かけなかった武装した男性も数人乗り合わせている。不思議と目がそちらに吸い寄せられ、カルデノがそれについて簡単に自分の推測を交えて説明してくれた。

「今から山をひとつ越えるんだ、恐らくその道中の護衛のような者たちだろう」

 町を出て王都への道とは逆へ進みやや暫く、どうやら山道へ入ったようで馬車の歩みがとてもゆっくりとしたものになった。

「こんなにゆっくり進むんだね」

「だから出発も早朝だったんだろうな」

 何度も折り返すように山道を登り数時間。山を下るのにも数時間かけて山一つを越え、ようやく平坦な道に戻った。

 これでもうすぐルポに着くだろうと勝手に思っていたのだが、予想とは違い山を越えてからのルポまでも長い距離を移動した。

 ようやっとルポに着いた頃にはすでに午後二時を過ぎていた。

 駅から出てルポの町並みを見た足す分には、マルナクよりずいぶん都会に見える。私が最初にいた街リクフォニアと大差ないほどの大きさではないだろうか。街を囲う塀も、確かリクフォニアもこんな感じだったなと記憶を引き出す。

 そして今が混みやすい時間なのか、私達が乗ってきた馬車のほかにも続々と別の所からの馬車が現れ、駅は大混雑していた。

「すごい混み具合……」

 つい独り言として口から言葉が出てしまう最中にも後ろから人が肩を掠めて行った。

 この人の多さだと言うのにカウンターで案内をする人の数はたった三人。どことなくその三人全員の顔に焦りが浮かんでいた。

 順番を待つ列はあって無いようなもので、カウンターの手前数人から辛うじて列が出来ている状態だった。これではどれだけ待つことになるやらと、ため息が出る。

「待つしかないよね?」

 一応カルデノにも聞いて見た。

「待たないとそれだけカウンターにたどり着く順が遅くなるな」

 もっともな意見だ。なるべく早く列に入れるような場所に並ぶというか、ただ立つようにしていればわずかづつではあるが前に進んでいるようだ。

「そう言えばマルナクで地図を見た感じ、またルポで一泊する必要がありそうだったんだよね?」

「ああ。でもどうだろうな、マルナクからここまでの道が山を越える必要があったから馬車が出せなかっただけで、シッカまで整備された道なら多少遅くなったとしても馬車は走るんじゃないか?」

 山を越えるには慎重に移動しなければいけないのはもちろんのこと、野生動物に襲われる可能性もあったわけで、普通に平原を走るよりもずっと危険だった。

 だからルポからシッカまで平原続きで危険も少ないようなら、多少遅くとも馬車は走るだろうと、カルデノはそう言うのだ。

 それが理由で今日中にルポを出発できるならそれに越したことは無い。それだけ時間の短縮にもなる。

 時間は経過し、ようやく私達の目の前にカウンターが現れた。

「お待たせいたしました、どういったご用件でしょう?」

 迷う事無く、一番早いシッカ行きの馬車がいつ出るのかを聞くと、女性は手元に散らかるどの資料を眺めるでもなく、ただ時計で時間だけを確認した。

「ええと、シッカ行きの馬車は、早くて明日の朝ですね。実は先ほどシッカへの最終が行ってしまいましたので」

 つまりもっと早くカウンターにたどり着いていれば今日中に行けたのだろうか。がくりと肩を落し、明日の馬車の予約をして駅を出た。

 宿を探す途中、ふと思い出した。こんな高い塀の上にも魔除けとやらは存在するのだろうかと。

 だが高い塀の上を観察したところでそれらしい物は見つからないし、それ以前によく見える物でもない。塀の上を観察するのは首も疲れるため早々にやめることになった。




 ここがシッカか、と馬車から降りレンガの敷き詰められた地面を踏んで二歩三歩馬車の降り口からずれると、すぐに街並みを眺めた。ここもなかなか大きな街で、やはりリクフォニアくらいか、それ以上に大きい場所だ。

 時間だけ確認すると、あと少しで十一時。ルポを出たのが八時頃だったのでマルナクからの道のりに比べたら早いものだ。

 ここからはもう次の馬車を聞きに駅に向かうのではない。ココルカバンからジェイさんに貰った地図を取り出し、四つ折にしていたそれを開く。

「えーと、今シッカに到着したから、コモ通りって所を探さなきゃいけないね」

「その前に何か食べないか?」

 カルデノは言いながらすでに目で食事できるお店を探していた。

 駅の周りに立つお店は色々とあり、どこも旅行カバンを持つお客さんが多く立ち入っていた。

 少し早いがカルデノの要望通り昼食をとってしまっても問題ないだろうと、ガラガラと馬車の音が響く駅を離れた。

 駅から離れて少し歩いたが人はどこも多く、たまたま見つけた飲食店もまだ昼前だと言うのに空席がほとんど無かった。

 出来立ての食事をお腹に納めて、料金を支払うついでにそのお店の人に、コモ通りはどこにあるのかと尋ねた。

 街の中心付近にあるらしく、近くまで行けば看板でも目に付くだろうからわかるよと、簡単な説明をされた。

 途中この街の人と思われる人にも聞きながら街の中心付近にまで来ると、お店で説明された通り、コモ通りや他の通りの名前が記された看板があった。

「コモ通り、こっちかな」

 看板の矢印に従い一本の通りに踏み入った。家が立ち並ぶのは向かって左側で、右側は低い土手があって川が流れている。この辺まで来ると大きなカバンを持った旅行客らしき人たちは見なくなっていて、土手の下に設置されたベンチで座って休んでいる人や、立ち並ぶ家の方だと庭をいじっている人もいる。

 もう一度ジェイさんから貰った地図を開いて今度は周辺地図を頼りに進む。どうやらロレンツィさんの家の前には土手を降りる階段があるらしい。あとはコモ通りで一番大きな家とも言っていた。

 土手の階段を見つけて、その向かいの家を見た。確かに通り過ぎて来たどの家よりも大きい。それに鉄の柵で覆われた庭も手入れが行き届いていて、花は無いが青々とした木々が大小様々植えられている。

 入り口となる門の柵は開いていて、玄関までの道を歩く。

「あー、緊張してきた」

「そうか?」

 カルデノはなんでもないように首をかしげた。

 玄関の前で足を止め、深呼吸した。ドアノックのつまみ、カンカンと鳴らす。どきどきしながらロレンツィさんが出てくるのを待ったが、一向にその気配はない。

 念のためもう一度カンカンとドアノックを鳴らすも同じ。

「留守かな」

「外で働いているのかもな。また後で来てみるか?」

「後でって言っても……」

 それまで何をして時間を潰したらいいのか。無駄だとは思いつつもう一度ドアノックを摘んで鳴らそうとした時、後ろから声をかけられた。

「私の家に何か御用が?」

 振り返り声の主を確認すると、金髪の男性が大きな荷物を抱えて立っていた。


ここまで読んでいただきありがとうございます。



遅くなりました

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