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しばし遠出

ダリットのお母さんが用意してくれたお茶がティーカップからすっかりなくなってしまった頃。私はようやく長居してしまったと気が付いた。

 ちょうど話も一段落していたし、そろそろ帰ろうと思うという言葉と共に座っていた椅子から立ち上がった。私と同じくカルデノも立ち上がる。

「あ、もう帰るの?」

「うん。無理なお願い聞いてくれてありがとう。それから色々話も出来て楽しかった」

 ダリットはにこりと笑った。

「僕も楽しかったよ」

 ダリットが見送ってくれるというので三人で外まで来ると、返事の手紙はどうしようか? と言われた。

「日中は母さんがいるから僕が留守でも手紙は受け取れると思うけど。それとも僕がカエデの家に届けようか?」

「私が取りに来るよ」

 それくらいはしなければ。

 ダリットはそれに頷き、今度こそ帰りの私達を見送った。




 今日はいつもより日差しが強い。馬車の待合所に集まった人の中には、手で首や顔を仰いでいる人や、持っている荷物で日差しを避けている人もいる。辺りを行きかう人達も昨日よりは薄着ではないだろうか。季節が廻っているのを感じた。

 私も少し暑いなと、熱がこもる服を摘んでパタパタと空気を流し込む。カルデノもきっと暑がっているだろうとすぐ隣を見上げてみるが、表情や仕草はいたって普通。いつもとなんの変わりも無い。

 ガラガラと車輪の転がる音が聞こえる。どうやらお待ちかねの馬車が来たようだ。

 到着した馬車にぞろぞろと人が乗り込み、発車。涼しい風に一息ついたところで、ココルカバンから、ジェイさんから預かったロレンツィさん宛ての手紙と、地図を出した。

「どうした?」

 カルデノが私の手元を覗き込んできた。

「なんでもないよ」

 別にじっくり見ようとしていたのではない、ただ何となく、不安感からそうしていただけだ。

 今から向かおうとしているのはジェイさんの兄弟弟子であるロレンツィさんが住む町、シッカ。王都から遠く離れた町なので、馬車を乗り継ぎ数日はかかるそうだ。そして週に一度しか走らないマルナク行きの馬車が今日出る。そのマルナクから次はルポ。ルポからシッカの道のりとなる。マルナク行きの馬車に間に合うよう時間に余裕を持って行動していた。

「カルデノはシッカに行ったことがある?」

「いや、名前は知っているが行ったことはないな」

「そっかー」

 他愛ない話をしていると。やがて王都の西門へ到着する。門の周辺は、これから王都を出る人や王都に着いた人のためか、民家ではなくお店などが多い。

 前日馬車の乗り継ぎなど事前に調べに来たので、迷うことなく足を進める。

 一本の通りへ入るとすぐに駅としての役割を持つ建物がある。そこそこ大きな建物だし、入り口も大きめに作られている。しかし何か看板があったり目印があるわけではないので、本当にここで合っているのだろうかと初めは立ち往生してしまったが、今回はそんなこともなくギッと蝶番の軋む音と共に扉を開けた。

 中には沢山の長椅子が畑のうねのように等間隔に並べられていて、そこでうたたねしている人もいれば、イライラしたように貧乏揺すりしている人もいる。建物の奥には女性が二人立つカウンターがあり、その真横に掲示板がある。あの掲示板に馬車の行き先や時間、金額などが記されている。

 もう一度時間を確認しておこうと掲示板を見る。マルナク行きの馬車は午前9時発予定だ。親切にも掲示板のすぐ上に設置してある時計を見ると、予定の時間にはあと10分ほどの余裕しかなかった。

 ギリギリではあったが間に合ったことに胸を撫で下ろす。

 時間まで椅子に座っていようと、カルデノと一番近い椅子に腰を下ろした。

 思えば王都に暮らし始めてから遠出をするのは初めてだ。アスルと共にマンドラゴラの花を採りにオルモンまでの道のりは遠くはあったが、流石に片道で三日もかかる道のりではなかった。

 ちょっとした旅行の気分と、漠然とした不安感を持ったまま予定の時刻を迎え、マルナク行きの馬車へ案内が出された。

 お金を払ってから四角く頑丈な木箱のような馬車に私達が乗り込み、数分すると、それ以上客は来ないと見込んだのか、馬車が歩き出す。見慣れた王都の巨大な塀が私達の背を見送る。

 馬車は10人も乗れそうな大きさだが、乗っているのは私達を合わせた5、6人。もう一台の同じくマルナクへ行く馬車には定員一杯まで乗っているようだ。

 石畳の敷かれた道から、次第に固い土がむき出しの道へと変わる。ガラガラと車輪が音を立てる中、後ろを振り返り王都の確認をすると、もうずいぶんと小さく見えた。

「マルナクにはどれくらいで着くのかな?」

「どれくらいだろうな。わからん」

 道中もし魔物に襲われでもしたらどうするのだろう。勿論魔物に限ったことではないが、その疑問はカルデノもあるらしい。

 しかし出発してから一時間ほど、何かに襲われるような気配はなく、馬車の揺れに慣れてくると心地よいとは少し言いがたいが、それでもウトウトと眠気が押し寄せてきた。

 こくりこくりと船を漕いでいるだけだと思っていたが、肩を叩かれた事ではっと目を覚ます。

「起きたか? そろそろ着くらしいぞ」

 カルデノの一言で、長いこと眠っていたらしいのだと知る。眠気の残るまぶたをぐりぐりと擦り、窓から馬車の進行方向を覗く。王都のように拓かれた土地とは違い、岩や木は好きなように生えていて、馬車が通る道だけは唯一整地されている。その道の途中に、石垣に囲われた町があった。

「あれがマルナク?」

 しかもその石垣も建物の屋根が覗いていることからそう高くはないと見える。王都やリクフォニアのように、人が住む場所は高い塀に囲われたものと思っていた私はぽかんと口を開けた。

 マルナクの入り口の柵が開かれ、馬車はガラガラと町の中に入り、駅と思われる建物の前で停止した。

「到着しました、忘れ物のないようにお気を付けください」

 御者の声を合図に、乗車していた数人の客達がぞろぞろと列を作って降り始める。私達も最後尾に並び、馬車から降りた。

 とてものどかな町だった。王都のように高い建物はないし、どれも木造で軒先で花やちょっとした野菜を育てている家が多く見える。

 客を全員降ろし終えた馬車はガラガラと音を鳴らしながら町のどこかへゆっくりと走ってゆく。

「なんだか、想像してたよりも小さな町だね」

「そうだな」

 王都と比べてしまえば小さな町なのは当然だが。

 時間を確認すると午後の二時を少し過ぎたところだった。私が寝ている間にずいぶんと時間が経っていたようでため息が出る。そう言えば体も凝っている。

「私ずいぶん寝ちゃってたんだね」

「ああ、休憩で止まった時にもまったく起きる気配がなかった。とにかく次はルポに行く馬車だ。調べておかないと乗り継ぎが出来ないぞ」

「あ、そうだね」

 すぐ後ろの駅は王都の駅とは違いこぢんまりとした木製の古めかしさ。入り口の扉を開けて中に入ると今馬車から降りた人達がほとんど次の馬車についての問い合わせをしていて、混んでいた。

「目的地がここというよりも、ここ経由の行き先が多いのか」

 ふと、壁に大きな地図が張り出されているのに気がつく。縦と横、共に一メートルほどはありそうだ。どうせルポ行きの馬車の時間を聞くにしてもカウンターは込み合っているからと、時間を潰す意味も兼ねてそちらへ歩み寄った。

「えーと、現在地がマルナクだから、ここだね」

 地図に王都とマルナクを見つける。マルナクの周辺は町が少なく、中々他の名前は見当たらない。

 そんな中でマルナクから遠くに位置するのがルポのようだ。

「ここにシッカがあるな」

 カルデノが指を差した場所に、太い文字でシッカと書かれていた。王都からここまでの距離を見れば、ここからは随分と距離があるように思える。

「今日ここから馬車が出たとしても、ルポで一泊になるな」

「うん、そうだね」

 ちらりとカウンターに目を向けてみるが、依然混みあっているものの、とりあえず列の後ろに並ぶ。

 ややしばらくしてから私達に順番が回ってくると、ご利用ありがとうございます、と挨拶から始まった。

「あの、ここからルポへ行きたいんですけど、次の馬車はいつですか?」

「ルポですね、少々お待ちください」

 カウンターの後ろにある本棚の中から出されてたくたびれた紙の束。女性はそれに目を通し始めた。

「えー、ルポ行きの馬車が出るのは明日になります」

「え? 今日は走らないんですか?」

「はい。ここからルポまでの間は山が一つあって、それを越えるのに大変時間がかかるんです。ですから出発は早朝なんです」

「そうなんですか……。じゃあ明日の馬車に乗りたいんですけど」

「かしこまりました。では明日の午前七時、ルポ行きの馬車をご予約ですね」

 私は頷いた。

 その後宿の場所を聞いて駅を出ると、空腹にお腹を摩った。

「お腹すいたね、どこかご飯が食べられるお店はあるかな」

「どうだろうな。まず宿で部屋を取って、それからにしよう」

 聞いた通りの道を歩けば、民家に紛れて一際大きな宿が一軒だけ存在した。

 扉を開けて中に入る。

「あ、いらっしゃいませー。お泊りですか?」

 中に入ってすぐ、掃除でもしていたのか白い布を頭巾にしてかぶった女性が箒を片手ににこりと笑った。

「はい、そのつもりで。一部屋空いてますか?」

「ええ、大丈夫ですよ」

 女性は私とカルデノの二人だと目で確認する。

「二名様ですね」

 部屋を一つ借り、それからどこか食事出来る場所は無いかと女性に問う。

「ああ、お客様はまだ向こうの通りへ行ってないんですね?」

「向こうの通り、ですか?」

「はい。馬車で来たなら駅の場所は分かりますよね? 駅の裏の方にこの町のお店やなんかがほとんどありますから、是非行ってみて下さい」

「ありがとうございます」

 親切に教えてもらった場所へ向かう。駅の裏の方という話だったのでそれらしい道を歩くと、突然賑わう通りが見えてきた。

「ここだね、言ってた所は」

「みたいだな」

 一直線に続く道の両脇のほぼ全てが何かしらのお店で、探していた飲食店もあれば、呉服屋や木彫りの動物が売っているお土産屋だろうか、そんなお店もあった。

 勿論人はこの町に立ち寄った人と住人とが入り混じってはいるだろうが、この町にこれだけの人がいるのかと驚くほどの人数だった。

「とにかく何か食べようカエデ、お腹がすいた」

「私もだよ」

 丁度近くにいい匂いを漂わせるお店があり、そこへ足を踏み入れた。

 お昼時ではないため人は少ない。

「いらっしゃい」

 入り口から真正面奥のカウンターの方から男性の声がし、暇そうに座っていた店主であろうその男性が手招きしてきた。何だろうかと思いつつそちらへ歩み寄る。

「旅の人だね?」

「はい。さっきここに着いたばかりです」

「そうかそうか」

 カウンターは人が並んで5人は座れそうなくらいの細長いテーブルと一緒になっていて、そこの椅子にカルデノと腰掛けた。

「何がいい? 俺のおすすめは野菜のスープと芋団子と家で取れた野菜のサラダもだな。それに家の奥さんが焼いたパンも美味しいし、まあ全部おすすめ」

 勧めてくるわりに結局何が一番のおすすめなのか分からなかった。最初に出てきた野菜のスープと芋団子を注文し、カルデノはそれと別にパンと煮込み肉も。

 出された料理に感想を求められ、正直においしいですと返す。

 カルデノが思い出したように店主である男性に質問をなげかけた。

「この町の外壁はずいぶんと低いようだが、魔物が侵入してきたりはしないのか?」

「ああ、なんとかって名前の装置があるから、野生動物はともかくとして、魔物は侵入して来れないんだ」

 装置? と私は首をかしげた。

「その装置っていうのは、なんですか?」

「まあ効果は今言った通りなんだが、名前はなんだったかなあ」

 はじめは真面目に思い出そうとしていたようだが、飽きたらしく別の雑談に移り変わった。

 まあいいか、と大人しく食事を済ませた。





ここまで読んでいただきありがとうございます。

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