森に来た
ノアさんと交わした魔力ポーションの件。マンドラゴラの花はもう手に入ったものの、やはりアモネネの蜜だけがどうしても見つからない。
先日買い物をした店は、私たちが見つけた棚の分しかなく仕入れも不定期とのこと、他のお店に心当たりはないかとたずねてみるも、いい回答は得られず。その時点で一日を費やした。
「ポーションはいいでしょ、食べ物も十分だし、雷晶石と炎晶石もあるし、蜜を入れるビン……」
食料やポーション、晶石、明かりに使う石などなど。万が一森から日帰り出来なかった時の備えをテーブル一杯に広げ、最終的な確認をしていた。
昨晩カルデノと色々話しをしてはみたものの、店にはない。ギルドに依頼を出したとして約束の日に間に合うか分からない。それなら手っ取り早く自分たちで採りに行こうとなった。
カルデノと荷物の確認をしてそれらをココルカバンに詰める。今日はずいぶん早く起きたので、あくびをしてしまう。
「あとは、身代わりのブレスレットを買っていくか」
「そうだね、せっかくだからカルデノの分も買おうよ」
以前アモネネの蜜を採りに行って植物に襲われて血を吸われた際、幻覚を見ていたらしい私は逃げるという事をせず、ブレスレットは簡単に壊されてしまって今はもう無い。
「そうだ、あと気付薬も」
幻覚といえばそうだ、気付薬も買っていけば少しは違うだろう。
「ブレスレットは、私もいいのか?」
「もちろん、備えあれば憂いなしって言うからね。それにビンもあと二つ買い足して行こうよ、どうせなら一度に沢山採った方がいいから」
カルデノは少し笑うと、ありがとうと素直にお礼を言ってくれた。カスミは先ほどからココルカバンの中に入って何やらゴソゴソしているが、きっと移動中はココルカバンの中に入っているので、居心地のいい環境でも作ろうとしているのだろう。
最後にテーブルの上から懐中時計を持ち時間を見る。午前6時前。そろそろ出発の時間だろう。懐中時計を首からかけ、荷物を持つ。
「じゃあ、行こっか」
森の中は相変らず沢山の木が光を遮り暗くて険しい。ゴツゴツした岩が顔を出し、気をつけているつもりでも何度も足をとられる。
数回休憩を挟んで、中間地点になるラティさんの泉に到着した。ほっと息をつく前に、誰かが泉のふちでこちらに背を向けて座っているのに気づく。そのとなりにはラティさんの後ろ姿もある。
「もしかして、アリスさん?」
そう声をかけると、その人物はくるりとこちらへ振り返った。
「お、カエデちゃん久しぶり」
アリスさんが泉に足を入れて座っていた。
「やっぱりアリスさん。お久しぶりです」
アリスさんだとわかると、ほっとしてそばに歩み寄る。
「む、ぬしらまた来たか」
ラティさんが振り返って口を開くや否や、カスミがラティさんの方へ突進と見紛う速度で飛んでゆき、無理やり手と手を繋いだかと思うとグルグル回って遊び始める。
「やめんか鬱陶しい!」
怒鳴られたカスミはシュンと肩を落とし、大人しくラティさんの隣りに座った。
「かわいいー。ラティすごい懐かれてるなあ」
アリスさんは笑ってそのやり取りを見てた。
「ああそれで、カエデちゃん今日はアモネネの蜜を採りに来たの?」
「はいそれでここで少し休憩してから行こうかと。場所を教えてもらって本当に助かってます」
「そりゃよかった。けど気をつけろよー、カエデちゃんも行ったならわかると思うけど、本当に危ない植物ばっかだからさあ」
「はい、気をつけます」
それはもう自分の身で思い知った。またあんな事にはならないよう気をつけなければと、アリスさんの話を聞いて再度思う。
「それでどう? 帰る方法、何かわかった?」
いきなり話題は変わり、しかしその問いに私はすぐに首を横に振った。
「いえまだ」
「そう、まあそうだよなあ」
「はい……」
今回、ノアさんの先生であるジェイという人に話を聞けたら帰る方法となる手がかりが掴めるかもしれないが、それもまだ定かではない。
「早く見つかるといいな」
「そうですね、本当に」
蜜を採りに行く前に、ここで少しだけ休もうと私がその場に座ると、カルデノも私の隣りに腰を下ろした。
「でさあ、どう? アモネネの蜜って高く売れるだろ?」
「いえ、私はそのまま売るんじゃなくて、魔力ポーションっていう薬の材料に必要なんです」
「魔力ポーション?」
当然の事ながら、アリスさんは聞き覚えのない名前に首をかしげた。
「魔力を回復するためのものなんです」
「へえ、そういうのがあるんだ」
関心を示し頷くアリスさんの後ろから、ラティさんがすーっと顔を出した。
「ちなみに、今日はクッキーを持ってきてはおらんのか?」
一度食べたクッキーが美味しかったのか、ココルカバンを見つめられる。しかしいつも買い置きしているカスミのクッキーを今日は持ってきていない。
「あの……」
ごめんなさい。と言うよりも早く、カスミが私の持つココルカバンの方へ飛んできた。急にどうしたのかと思っていると、カバンの蓋を開けて中から袋に入ったクッキーを引っ張り出した。
「え、あれ? え?」
無いはずのものがあった事に驚き、荷物の確認をしていた時にカバンの中でゴソゴソしていたカスミを思い出す。あの時にきっとクッキーを仕込んでいたんだろう。
嬉しそうにニコニコしながらラティさんにクッキーを差し出すカスミ。ラティさんもまた嬉しそうにクッキーを受け取った。
カスミとラティさんがクッキーを食べ終わるのを見計らい。休憩は終わりにしてアモネネの生えている辺りに足を踏み入れる。
咲いている花には近づかない。大きな植物にも近づかない。先頭を進むカルデノから離れないよう、しかしアモネネも見逃さないよう慎重に足を進める。
下を向いてアモネネを探していると、低い木の枝がぴしっと頬を掠めた。若干の痛みに顔を歪めるが、それで足を止めたりはしない。
独特の青臭さが鼻をかすめ、あの蜜の甘い匂いはどこにもない。
時折邪魔な枝葉を大振りのナイフで払い落とすカルデノは、キョロキョロとアモネネを探しているようで、カスミも同じく探しているのだろう、下を向いたまま飛んでいる。
「カルデノ、前にアモネネが生えてたの、どのへんだったかな?」
「……どの辺りだったか。もうこの辺だと思うんだが」
カルデノは立ち止まり、辺りを見回して鼻をスンと鳴らした。
「あの甘い蜜の匂いはさっきからしてるが、中々見当たらないな」
カルデノの言うような甘い匂いを私は感じ取れないが、以前はそう苦労せず探し当てた記憶がある。今回もそのつもりでいたのだが、簡単にはいかないようだ。
「もう少しあっちの方を探すか」
再び歩き始めたカルデノの後ろをついて行くと、またぴたりと立ち止まった。前方に何かあるのかと見てみると、大型動物の骨が転がっていた。それも白骨化したのではなく、まだ生々しさが残る色をしていた。
私が顔をしかめると、カルデノはこちらへ振り返った。
「何か危険な植物がいるかもしれない、こっちに行くのはやめよう」
見た限り、大型の動物を襲えそうなほど大きな植物は、その辺に生えている木くらいしか確認できないが、その木だって食人植物というわけではなく、どこにでも生えているのと変わりない。とはいえカルデノの言うとおり近づかないのが無難だろう。
やがて変えた行き先でアモネネを見つけ、用意していたビン残り一つを残し、いっぱいにする事が出来た。
カスミは蜜の入ったビンに鼻を近づけ、甘い匂いを嗅いでいるが、それはカバンにしまってしまう。
「沢山取れたねー」
「そうだな」
一応見回してはみたものの、また移動しなければアモネネはなさそうだ。ココルカバンを肩にかけ直して歩き出す。
「それにしてもノアさんは魔力ポーションがいくつ欲しいか、具体的な数を言ってなかったけど、どれくらい用意したらいいかな」
「多いに越したことはないと言っていたが、少ないと言われようと具体的な数を言わなかった向こうが悪いんじゃないか?」
「でも数が少ないから先生に会わせる約束は守らないとか言われないかな」
「それは……、困るな」
そんな会話をしながらまたアモネネを探していると、少し視界が開けた。
「ここ、あまり木が生えてないね」
背の高い草が生えてはいるが、せっかく開けた場所な物だからそちらへ歩み寄ろうとすると、カルデノが慌てたように私の腕を掴んで止めた。
「そっちは急な斜面になってるだけだ。危ないから近づくな」
この背の高い草のせいで斜面になっているとは気づかず、何度も頷くとカルデノは掴んでいた腕を離した。
「気をつけるよ……」
ほっと息をつきカルデノの方を見て、肩が跳ね上がった。
「後ろ! ヘビ!」
私の声を聞いたカルデノはすぐさま振り返り、木の枝から垂れ下がるヘビを睨む。抜き身のまま手に持っていた大振りのナイフでヘビの胴体を凪ぐと、ぼとりと落ちた胴体。
「ヘビじゃない。何かのツタだ」
「ツタ?」
地面に落ちたそのツタを、恐る恐る見てみる。
「本当だ、これも食人植物の……」
一種かな? そうカルデノに問いかける前に先ほどのツタと似た何かが地面から突き出しカルデノの胴体へ勢いよくめり込んだ。
「カルデノ!」
先ほど近づくなと注意された斜面の方まで飛ばされ、体を転がすカルデノに慌てて駆け寄る。
「逃げるぞ走れ!!」
体はなんとも無いのか、カルデノはすぐさま立ち上がった。
「早く!」
「わ、わかっ……!」
返事をし終わる前に足首に何かが絡みついた。まさか先ほどのツタが絡み付いてきたのではと目を下に向ければ案の定、ツタが絡み付いていた。そして確認したと同時に、ぐんと引っ張られ体勢を崩し腹ばいになってしまう。
ズルズルと地面を引きずられ、なんとかしなければと地面に爪を立ててみるも無意味。
カルデノが私の足に絡みつくツタを切り離した事で逃げ出す事が出来たが、今度はツタが私の胴へ絡まる。
「クソッ、しつこいな!」
少しでも踏ん張って引きずられないようにしなければと、引っ張られるのとは逆の方向に全体重を傾け、綱引きのように足に力を入れる。
だがカルデノがツタを絶つ時、それが仇となった。拮抗していたであろう体を引かれる力が突然無くなったことで、後ろに体重をかけていた私は後ろへ勢いよくのけぞり、そして転ぶまいとする体はバランスを崩しながら、数歩後ろへ後退する。
そして足を踏み外した。
「えっ」
あ、しまった。単純にそんな言葉が頭をかすめ、そしてほとんど崖とも言える急な斜面を転がり落ちた。
気がつくと斜面に生えていたのと同じ、背の高い草むらの中で横たわっていた。どうやら私を起こしたのはカスミのようで、目を潤ませ懸命に私額を叩いていた。
「カスミ……」
体はあちこち痛むものの、あんな斜面から落ちたとは思えないほど。大丈夫だからと横たわったままカスミの方へ手を伸ばそうとするも、何か固定されているように動かない。
体のほうへ目をやると、カルデノの腕が見えた。どうやら背面から私の体を包んでいたらしい。道理で無事なはずだと思ったのもつかの間、カルデノは無事なのか?
「か、カルデノ?」
しかしカルデノから返事はない。カスミを見れば先ほどと変わらず目に涙を溜めたまま、首を横に振った。
横たわったままでは何もうかがい知れない。カルデノの腕を退けて体を起こし、同じく横たわっているはずのカルデノを見た。そして目を見開いた。
「カルデノ!」
一目見ただけでカルデノが怪我をしているのは分かった。頭部や、腕も足も血だらけで、とにかく私を庇って一緒に転がり落ちたんだと理解した。
ゆすり起こそうとする両腕を止め、何より先に怪我を治さなければとココルカバンを開けた。いびつに歪んでしまったココルカバンをひっくり返しポーションを手繰り寄せ、コルク栓を抜いた。
ここまで読んでいただきありがとうございます。




