蜜
「ここが言ってたお店だね」
「らしいな」
先ほど教えてもらった店はそう離れた所にあるではなく、すぐに見つける事ができた。
二階建ての大きなお店で、人の出入りが盛んだ。
「繁盛してそうな店だな」
「そうだね。じゃあ行こっか」
「ああ」
開けっ放しの広い入り口から店内に入ると、にぎやかに買い物にいそしむ人が沢山いる。
高い棚などは壁際にしかなく、他はカゴや箱で床に置いてあって、そこから好きに商品を選んでいる。ぱっと見て市場のような印象を受けた。
「沢山あるね。アモネネの蜜はどこかな?」
「んー……」
2人で店内を見回してみるも、それらしいものがない。というか生鮮食料品ばかりある。
「二階に行ってみるか?」
カルデノが二階に続く階段を見たので、もう一度だけ店内を見回してから頷いた。
二階には一階とは違い、干した魚や肉など乾物、お酒、瓶詰め。日持ちのしそうなものが多く、ここになら探せばアモネネの蜜がありそうだ。人も中々多く、やはり繁盛しているらしい。
一階と同じく高い棚は壁際で、取り合えずその辺りを見てみる。
「ここは、なんだか色々なものがあるな」
「そうだね、広いし人も沢山いるし」
ゆっくり歩きながら棚を眺めていると、どうやらそれらしい物を発見する。
「カルデノ、これじゃない?」
そこにはアモネネの蜜と書かれた札が貼られていて、ポーションと比べると少し小さいくらいのビンが5つほど一列に並べてあった。
「少ないな」
「5つ、ギリギリかな?」
これでいくつ作れるだろうか。アイスさんの家で魔力ポーションを作った時、数は明確に数えなかったし、家にあったのは、確か9個、いや10個くらいだっただろうか?
仮に10個だと想定すると、アイスさんの家で作ったのは、カルデノとアスルが使った分も合わせて12本。ではこのビン5つで作れるのはやはりギリギリ10個作れるかどうか。
「これは、やはり採りに行く事になるか」
「そうなるのかな……」
無意識にため息が出る。
「売ってないんだ、仕方ないだろう」
「他のお店とか」
「この店で売ってるのもやっとの事で知ったのに?」
言葉に詰まってしまった。きっと他にもアモネネの蜜が置いてあるお店はあるにはあるのだろうが、どこにあるかは分からない。しかし採りに行きたくない気持ちと、採りに行かねばならない気持ちがせめぎ合う。
「ま、まあでも、作ってみないことにはね? 分からないから」
そしてマンドラゴラの花だが、こちらはアモネネの蜜とは違い苦労せずとも売っているのは確認済み。以前訪れた猫族の店員さんのいるお店で、花の咲いているマンドラゴラだけが欲しいと頼む。
「花の咲いたものだけですね、確認しますので少々お待ちください」
「はい。あ、でも花だけが必要で、残る本体はどうしたらいいんでしょうか?」
「え? うーん……」
どうやら私の質問は店員さんを困らせてしまったらしく、なかなか返事は返ってこない。
「捨ててしまうのは勿体無いですしね。必要なのは本当に花だけなんですね?」
「はい、本体はまったく」
店員さんはそれからしばし考え、そして何か思いついたようで、ぴんと人差し指を立てた。
「じゃあ少しややこしいですけど、お客様が一旦マンドラゴラを買って、花を採った後にまた店に売るっていうのはどうですか?」
「えーっと、出来るんですか?」
「はい。花を採ってしまった後は傷物扱いで、買い取る価格も安くなってしまいますけど、本体の処理に困るようならいい方法かと思いますよ」
店員さんのありがたい提案で、マンドラゴラの花だけを買うことが出来た。
「ただいまー」
家の扉を開けて中に入ると、待ってましたと言わんばかりにカスミが飛んできた。
「留守番ご苦労だったな」
カルデノがカスミをねぎらうと、カスミはカルデノの頭の上に落ち着く。
買ってきたアモネネの蜜とマンドラゴラの花、それと食料をテーブルに出し、早速生成する。
「どうか10個分あって下さい! 生成!」
一瞬光り、テーブルの上には魔力ポーション。数は10個。
「や、やったー!」
どうやら願いが通じたようだ。
一週間後、ココルカバンに魔力ポーションを持ち、約束の通り午前中にアイスさんの家を訪れた。
部屋に通されると、以前敷いてあった絨毯はなく、代わりに綺麗な赤い絨毯が敷いてあった。
「いらっしゃいカエデちゃん。どうぞ座って」
「はい」
カルデノと一緒にアイスさんの向かいのソファに座る。
「話していた弟子の弟子はまだ来てないのよ、ごめんなさいね」
「いえそんな」
それなら先に、作った魔力ポーションを渡そうと、カバンからすべてテーブルの上に出し
確認してもらう。
「全部で20ね。ありがとう」
アイスさんは、あらかじめ用意していたらしい箱をソファの足元から取り出し、そこから袋を取り出し、代わりに魔力ポーションをその箱に丁寧に入れ、またソファの足元へ戻す。
「で、これが魔力ポーションの代金よ」
どうやら先ほど箱から出した袋は私へ支払うためのお金だったらしく、それを受け取る。
それから、最近調子はどうだとか、サージスは真面目に仕事をしているだとか雑談をしていたのだが、アイスさんはふと思い出したように質問してきた。
「ところで、どうしてアルベルムの弟子に会いたかったの?」
「え? えーと……」
なんと言えばいいのか。図書館でたまたま隠匿書とやらを見たから、詳しいことが知りたくて、と言っていいのだろうか? そうなると何故気になったのかも聞かれそうだ。私にしか内容の見えない本に似ているから気になって? いいやそれは言えない。では何と答えたらいいのか。
「そのー、なんと言うか……」
困ってしまってカルデノに目を向けると同時に、コンコンと扉をノックする音が響いた。
アイスさんがどうぞと声をかけると、メイドさんが失礼しますという声と共に扉を開けた。
「ノア様がお見えです」
そう言ったメイドさんの後ろから、羊族の男性がひょこりと顔を出した。
「遅くなっちゃったようで、すみませんどうも」
「いいわ、こちらへ座って」
「はい、失礼しますね」
羊族の男性はひょろりと背が高く、ゆるく癖のある金髪、角が生えていて、へらへらと笑っている。
「あ、はじめまして俺はノアって言います。どうも」
ノアと名乗る男性はソファに座る前に丁寧にお辞儀して自己紹介をしてくれた。私も慌てて立ち上り、かるくお辞儀をする。
「はじめまして、私はカエデ、こっちはカルデノです」
それからまたお互いソファに座り、ノアさんから口を開いた。
「それでカエデさんの方から俺に会いたいって事らしいじゃないですか? どんな理由なんです?」
「あの、ですね……」
私は言葉に詰まった。これでは先ほどアイスさんに聞かれた時と同じだ。何と言えばいいか。
「と言うか、どこかで食事しながら話しません? ほらアイスさんと一緒じゃあ俺くつろげませんし」
「あら失礼ね」
アイスさんはむすっとしてノアさんを軽く睨むが、睨まれるノアさんは気にならないのかへらへら笑って立ち上がった。
「いやあすみませんどうも。ほらカエデさん行きましょう。俺朝に何も食べてなくてお腹ペコペコで」
「え? でも……」
本当にいいのだろうかとアイスさんを見ると、アイスさんは遠慮せずに行くといいと、見送ってくれた。
それから適当に食事の出来るお店に入り席につくと、話の続きがはじまった。
「それでさっき言いよどんでたみたいですけど、カエデさんの魔力があるんだか無いんだか分からないのと関係あります?」
「は、え?」
何故それを知っているのかと驚く私にお構いなしで、何やら注文するノアさん。
「何故カエデの魔力のことを?」
カルデノの問いに、不思議そうに首を傾げるノアさん。何故か突然自分の目を指差した。
「何故ってね、なんとなくですけど俺、見えるんですよどうも」
自分の目を差したその指で、今度はカルデノを差す。
「カルデノさんも、魔力はそう多くないみたいですね」
「……」
私とカルデノが何も言わないでいると、カルデノを差していた手をゆっくりとテーブルに下ろした。
「それで、どうです? 俺の予想当たってます?」
「いや全然違う」
カルデノが即答すると、残念そうに肩をおとした。
「なんだー、先生に魔力の量を増やしたいと相談したい方かと思ったのに」
どうやら完全に魔力がないのだとは思われていないようだ。
「その、先生っていうのは?」
「俺の先生。アルベルムの弟子だった方ですよ。先生に会いたいってことは合ってるんですか?」
「あ、はい。詳しい事情を説明するのは難しいんですけど、隠匿書を作れる方がアルベルムと言う方のお弟子さんの中に何人かいるそうで、どうしても会いたいんです」
するとノアさんは難しそうな顔をして、顎に手をあてた。
「うーん? 隠匿書、ですか?」
ノアさんの先生。名前をジェイといい、沢山の生徒に魔法を教えていて、ノアさんもその生徒の中の一人なのだという。
「でも隠匿書を作れるのって、他のお弟子さんだったんじゃないですか? 先生からそんな話聞いたことないですし。まあ会いたいなら俺が先生の所へ行く日に連れて行ってもいいですよ」
「へ、え?」
あっさりと、実に簡単に言われたため、少し変な声が出た。
「え、あの、いいんですか?」
「いいですよ。それにカエデさんはもとから先生に会いたいがために俺に会ったわけですよね?」
「それは、まあ……」
「だったらほら、いい話でしょう?」
確かにいい話というか、会わせてくれるならとてもありがたいが、これがノアさんの親切心から来ているのか、それとも何か条件があるのか。へらへらと笑うノアさんが何を思っているのか、いまいち分からない。
「ただ、少し頼みがあるんですけどね」
案の定、ただの親切心だけではなかったようだ。
「頼みですか?」
「ええ。カエデさんの作る魔力ポーションありますでしょ? 俺に分けてくれませんか? 俺は具体的な数は言いませんけど、多いに越したことはありませんよ」
にっこりと、先ほどにも増して笑顔で言われた。
「おまたせしましたー」
女性の店員さんが、盆に乗ったシチューとパンをノアさんの前に置き、去ってゆく。
「食べながら失礼しますね、本当にお腹が空いてるので」
熱々のシチューを木のスプーンで頬張り、私とカルデノは何となく目を合わせ。もう一度ノアさんを見た。
「魔力ポーションの事は、アイスさんに聞いたんですか?」
ノアさんは口に含んだシチューをもぐもぐと咀嚼し、飲み込んでから返事をよこす。
「そうですよ。聞いた時から使ってみたくて使ってみたくてねえどうも。で、どうです?」
別にノアさんに魔力ポーションを分けるのに抵抗があるわけではない。隠匿書に近づく事ができるならと、頷いた。
「分かりました。魔力ポーションをお渡しします。でも作り置きがないので時間が必要です」
「そうですか……」
ノアさんはほんの少し悩むそぶりを見せ、スプーンを持つのとは逆の手の人差し指を立てた。
「では2日後か4日後でどうです?」
2日か4日。マンドラゴラの花は色々とお店を回ればまだ手に入るだろうし、アモネネの蜜も最悪売ってなくとも自分で採りに行けるだろう。
「じゃあ4日後にお渡しします」
「4日後ですね。では4日後のお昼時に、このお店で待ち合わせしましょう」
約束を取り付けた私たちはそのまま別れ、4日後に備えることにした。
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