探しに行こう
「もう一度聞くが、カエデにはこれが何らかに見えているんだな?」
トン、と、カルデノには白紙に見えているであろう紙面が指さされた。私が戸惑いながら頷くと、ため息まじりに唸る。それはもう穴が開きそうなほど紙面を睨むものの、やはり何も見えないらしく顔はどんどん険しくなってゆく。
「何故見えないんだ?」
「いやあ私に聞かれても、困るんだけど」
カルデノは変わらず本を凝視したまま。私も同じ先を見てみるものの、そこにはハッキリとポーションのレシピが並んで書かれている。これが見えないと言うのが逆に分からないのだが、見える見えないで立ち止まっていては話が進まない。
「カスミは? 書いてあるのが見える?」
可愛らしく眉間にシワを寄せたカスミも、フルフルと首を横に振った。今現在この三人の中で本の内容が分かるのは私だけ。となると私にしか見えない可能性がとても高い。
「これは何かしら魔法が込められているんだろうが……」
「魔法が?」
「ああ、そう考えるのが自然だろう、特定の人物を判別するのに魔力を使ったりはするが、カエデは魔力がないしな。だからカエデの魔力でカエデ個人を判別しているのではないとすると、どんな条件だ?」
腕を組んで、やはり本を睨むカルデノ。特定の人物を判別、とはカルデノのつけている首輪のようなものだろう。
主人となる人物の魔力が馴染んで効果を発揮する。それはつまり「主人」が特定の人物で「効果を発揮する」と言うのが人物の判別に似通ったものがある。しかし今回のこの本は別。魔力の無い私に見えている。
「逆に、魔力が無いから見えるとか」
「ん……、なるほど」
ありえるな、と目がこちらに向いた。
「魔力の無い者がいるなど考えたこともなかった、確かにそれならカエデ以外にこの本を閲覧出来る者はまず居ないだろう」
「魔力のない人って、そんなに珍しいの?」
「珍しい所の騒ぎじゃないだろうと思うぞ。魔力があるのは当たり前の事だ、今言っただろう? 魔力の無い者がいるなど考えたこともなかったと。どんなに魔力の保持量が少ない者だろうと、保持しているには違いない」
ともなると、恐らく体に血液が流れているくらい当たり前のことなのだろう。血の一滴も流れていない人間がそこらを歩いているなど、確かに考えもしないし想像すらしたことはない。カルデノの話を聞いて、私がどれだけ特異な存在かを自覚する。
そして魔力の無い私が見る事を前提としたこの本を作った人物が、私をこの世界に連れてきたと考えて間違いもないだろう。
「まあしかし、この本だけでどこの誰が作ったのかを特定できるかどうか……」
「むずかしい、よね」
どこかに名前が記されているのでもない、手がかりが記されているのでもない。
しばらく会話もなくなり、各々本と無言の格闘を続ける。それだけで時間は確実に過ぎ去る。
「ねえ、まずこういう本はどうやって作るの?」
「私が知るわけないだろう。魔法すら使えないのに。こんな時こそ図書館じゃないのか?」
「それだ」
場所は図書館に移り、サージスが来たらどうしようかといった心配もなく、二手に分かれて淡々とそれらしい本をパラパラ読んでいく。
と言ってもそれらしい本すら少なく、そして読んでみても探している内容とは違う。どうしたものかと悩んでいると、カルデノが一冊の本を手にこちらへ来た。
「カエデ、これ」
「うん?」
持っていたのはアルベルムという魔術師について書かれた本で、その中の一節を指差している。
「アルベルムは得意とする隠匿書により難を逃れた」とある。それを読み、カルデノの顔を見上げる。
「隠匿書、というのがあるだろう」
「うん」
「隠匿、と言うからにはなにかしら、カエデの持つ本のような効果があってもおかしくはないと思うんだ」
カルデノは言ったあと、再度本に目を落とす。
「ざっと見た限り詳しいことは書いていないが、どうやら事実とは違った物、もしくは白紙などに見せかけられるようだな」
確かにそれならば私の持つレシピ本との類似しているように思える。では私にレシピ本を持たせたのもこの人物なのでは? 安直な考えかと自分でも思うが、そうであるなら手っ取り早い。
「この人は今も生きてる人なの?」
「ん、どうだったか」
ぱらぱらとページをめくるカルデノの手元を同じく見ていると、本の割と最初の方に記されていた。
「1936年没。14年前に死んでいるな」
「あ、じゃあこの人じゃないか……」
「ん? なにがこの人じゃないんだ?」
カルデノが首をかしげ、もしかしたらこの人があのレシピ本を持たせたのではないかと思ったことを伝えると、なるほど、とうなずく。
「まあ隠匿書がアルベルムって人にしか作れなかったわけでもないだろうし、これで絞り込むの難しいんじゃないかな」
ため息をもらし、そっと本棚の列を見る。本ばかり見ていても、ダメなのだろうか。
けれど図書館の本全てを読んだわけではない、こうして一見関係なさそうに思えた本をカルデノが探してきたからこそ、隠匿書の事も知れたのだ。
「いや、そうとも限らないぞ」
「え?」
私を首を傾げる、カルデノがそう言いきる理由が分からなかった。
「隠匿書を作るには余程の技術が必要だったらしい。数多くいた弟子の中でも、たった3人しか作ることが出来なかったそうだ」
そう語るカルデノの目は本に向けられていて、どうやらそんな記載の所があったらしい。
「じゃあ、もしかしたらその3人の内の誰かの可能性があるってこと?」
「確実ではないが、可能性がないわけではなさそうだ」
「じゃあ名前! 名前載ってない? その弟子の!」
カルデノに口を押さえられ、シッ、と注意された。
「図書館では静かに」
「ご、ごめん」
ついつい興奮のあまり声が大きくなってしまっていたようだ。
その後、注意深く本を読んでみたが弟子の名前はなかった。まあアルベルムと言う人についての本なのだから不思議ではないが、ここからだ。ここから先どうやってその弟子を探したらよいのか。
魔術師に知り合いがいるわけでもないし、思い当たる人物もいない。
「どうしたらいいと思う?」
「ん……」
カルデノに頼ってばかりではいけない、私も腕を組んで考える。
アルベルムという人物は、多くの弟子をとるほどの人物。そんな人を師匠としていたのなら、自慢と言ってはおかしいが、目立った人物が一人くらいいてもおかしく無いのでは?
「カエデ」
「うん? 何か思いついた?」
「いや、そうじゃないが、取り合えず一旦帰ろう」
どうやら本に夢中で、もう遅い時間になってしまっていたようだ。
それから幾日か、目立った人物の一人でもいるのではないかと、魔術師で有名な人に関して調べる日々が続いていたある日の朝早く。朝食の準備をしていると家の扉がノックされた。時計を確認するとまだ8時にもなっていない。
カルデノと顔を見合わせる。
「カエデちゃんいる? アイスだけれど」
「え、アイスさん?」
待たせてはいけないと、慌てて扉を開ければ、アイスさんはほっとした表情をしていた。
「よかった、今日はいたのね」
「今日はって、どうかしたんですか?」
立ち話もなんだからと中へ招くが、やんわりと断られる。
カルデノは訪問してきたのがアイスさんと分かったとたん、先にパンを食べ始めた。
「これを渡しに来たんだけれど、最近たずねても留守で困ってたのよ」
ずいっと差し出されたのは皮袋。突然の事で理解できないまま受け取ると、それが結構な重量なのに気づく。
「あの、これは?」
「魔力ポーションのレシピの代金よ。きっちり5万タミルあるけれど、一応確認する?」
「これ結構な量ですし、確認するには骨が折れますね」
私が笑ってそう言うと、アイスさんも笑う。
「ああ、それと私の懇意にしているお店で魔力ポーションを売るって話なんだけれど……」
「そうだ! 私魔力ポーションをアイスさんに渡してませんでしたよね、すいません」
部屋に取りに行こうとすると、それを止められた。
「ああ、違うのよ、まだ売り出すことは出来ないの」
「え? 断られたんですか?」
アイスさんはすかさずそれを否定する。
「そうじゃなくて、まず先に効果をしっかり確かめておきたいの」
以前アスルに確かめてもらったのだから、それでいいのでは? と問うと、アイスさんは首を振った。
「確かにアスルで効果が示されたけれど、他の魔術師にも使ってもらって、それで色々な意見が聞きたいの」
「なるほど……」
そう言う理由だから、一週間後の午前までに今の持ち合わせとは他に、10個ほど魔力ポーションを作っておいて欲しいと頼まれ、了承した。
「助かるわ、本当にありがとう」
「いえいえ」
それにしても追加で10個ということは、たくさんの魔術師に使ってもらい、そして効果を試すのだろう。
「ん!?」
「え?」
私が変な声を出したからだろう。アイスさんが少し驚いたらしく目を見開く。
「どうか、したの?」
「あの、突然こんな事聞いて変に思うかも知れないんですけど、アルベルムという人のお弟子さんを、誰か知りませんか?」
「アルベルム?」
アイスさんは腕を組んで小さな声で唸る。ややしばらく考えた後、ごめんね、と謝られた。
「アルベルムの弟子は知らないけれど、アルベルムの弟子の弟子なら知っているわ」
「弟子の弟子、ですか?」
「ええ、同じドラゴンハンターの一員でね。もし良かったら声をかけて置きましょうか?」
これは願っても無いことだ。すぐさま頷いた。
「じゃあそうね、一週間後の魔力ポーションの受け渡しの時、その弟子の弟子を呼んでおくから、私の家へ来てくれる?」
「もちろんです!」
「それじゃあ一週間後にまとめてお金を払うわ。またね」
「はい、また」
ひらひらと手を振って去ってゆくアイスさんの背中を見届けてから、扉を閉めた。
「ねえカルデノ! 今の聞いてた!?」
「ああ、この近距離で聞こえないわけないだろう」
それはそうだが、興味を持って詳しく聞いていたかとはまた違った問題だろうに。
カルデノは大きくちぎったパンを口に放り込んだ。私も朝食を摂るため、カルデノの向かいに座る。どこからかカスミが現れ、テーブルの上のパンをチマチマ食べ始める。
「魔力ポーションの追加頼まれたから、さっそく準備しないとね」
私もテーブルの上のパンを一つ取り、一口大にちぎる。カルデノは咀嚼したパンを飲み下し、頷く。
「それなら材料だが、どうする?」
「あー、どうしよう……」
魔力ポーションを作るのに必要な材料は、アモネネの蜜と、マンドラゴラの花。
以前はアモネネの蜜が売っているとは知らなかったが、魔力ポーションの値段をどうするかという話の中で、アモネネの蜜が売っているとアスルから聞いているし、マンドラゴラの花だって、誰かが買い占めないかぎりは花だけではないにしろ売っている。
貧窮しているのでもないし、買ってもいいだろう。
そうなると、アモネネの蜜はどこに売っているのだろか? カルデノに聞いてみたが、分からないと言う。
「甘味料だからな……。とりあえず高そうな物が売ってる食材屋でもあたってみるか? どうせ見つからなかったら採りに行けばいいんだ」
「と、採りに……」
カスミはヒョイと顔を上げ、おそらくはラティさんにまた会える事を期待しているのだろうが、心臓が破れそうな思いをして歩いたあの道のり。大きな狼に狙われて木の上に上ったり、よく分からない植物に腕を刺された痛い記憶。それらが一気に頭を駆け巡った。
「売ってる、きっと売ってるよ」
「……採りに行きたくないんだな?」
「……」
図星である。
けれど何が何でもという事ではなく、頼まれたのだから売ってなかったら採りに行くし、ただやはり少し怖い。
「まあ確かに、採りに行くよりは街で買えた方が楽だ。食べ終わったらさっそく探しに行くか」
今の今まで期待に満ち溢れた表情でいたカスミが、がっくりと肩を落とした。
「ご、ごめんカスミ……」
がっくりと肩を落としたまま大きな一口でパンにかぶりついた所を見ると、見た目ほど気にしていないのではないだろうか。
「アモネネの蜜? 悪いけどこの店には置いてないよ」
「そうですか……」
ここで3軒目のお店なのだが、アモネネの蜜など置いていないという。
「じゃあどこか、それらしいお店を知りませんか?」
先に足を運んだお店でも聞いてみた質問だが、ここでもまた心当たりはないと言われるだろう、しかしそうではなかった。
「ああ、多分あそこならあるんじゃないかな?」
「あそこ?」
店の店主に、心当たりのあるお店の場所を教えてもらった。
ここまで読んで頂きありがとうございます。
沢山のお祝いのメッセージありがとうございます!
 




