こんな事もあるさ
何故今、サージスの名前が出てきたのか。私の考えを汲み取ったかのようにカルデノがその疑問をアイスさんに投げかけた。
「何故あいつを? それに昨日の今日だぞ」
「勘違いしないで、まだ声をかけたわけじゃないのよ。ただサージスも使おうと考えてるって話よ」
「でも、考えてるだけにしても、それは何故ですか?」
正直な話、あのサージスを使ってほしくはない。とは言えそれは私が口を出せたことじゃない。
「サージスはどうやら家から勘当されたそうよ。自分の財産だけを持って追い出された。何をそんなにこだわっていたのかは知らないけれど、魔力ポーションの製作に携われると分かれば喜び勇んで頷くんじゃないかしら。そうなれば今度こそカエデちゃんには手出し出来ないだろうし、する必要もない。まあ楽しみにしておいて」
「え、あ、はあ……」
何を楽しみにしていたらいいのやら。これでサージスが魔力ポーションの製作に本当に携わるようなら、もう、サージスの仕返しなどは考えなくとも済む。それに勘当されたらしいサージスも、早々に仕事が見つかるに越したことはないだろう。
と思ったが、サージスは今までも薬師としての仕事があったのでは? それなら勘当されたとしても、仕事はなくしていない? では魔力ポーションの製作に携わる暇はなのでは?
アイスさんに聞いてみたが、それ自体は直接本人に聞いて見なければわからない事だと言われた。
「と、まあそんなわけで、今からサージスに会いに行こうと思うのだけれど、カエデちゃんも行く?」
「い、いえいえ!」
ぶんぶんと頭を横に振って断ると、冗談だと笑われた。
「とりあえずまだここに泊まるもよし、自分の家に帰るのもよし。結果が分かったらどっち道カエデちゃんにも伝えるわ」
そう言われて、カルデノと顔を見合わせた。今日は帰ろうと事前に話していた。
「今日は帰ります。部屋の窓に穴が開いたままなのを何とかしたいし」
「そう、わかったわ」
アイスさんはサージスがいる宿へ、私とカルデノは家へ向かい、家までの道のりをゆっくりと歩いていた。窓の穴は明日にも修理する人が来てくれるので、それまでは布でも張っておこうという事になり、窓の真ん前に生えている木はこれを機に切ることにした。
「カエデはサージスが魔力ポーションを製作するのをどう思う?」
「やっぱりいい気はしないけど、でも私がどうこう言うことじゃないよね」
「……それもそうか」
カルデノはため息をつき、それきり私とカルデノの会話は途切れた。
それから三日ほどして、再度アイスさんの屋敷を訪ねることになった。
メイドさんに案内されてアイスさんの部屋に入ると、サージスとアイスさんが向かい合ってソファに座っていた。
「来たわね、カエデちゃん」
「あ、はい……」
何故サージスがここにいるのか、うな垂れたサージスの座るソファの後ろには、いつか図書館で見たメイドの女の子、それと羊族の奴隷の女の子が立っていた。
「サージスがどうしても話がしたいって言うから、来て貰ったの」
「話って、この人がですか?」
私は話したくない、避けるように半歩後ろへ下がった。
サージスはゆっくり顔を上げ、私を視界に入れた。
「……すまなかった」
私を睨むように見るサージスの口からは、謝罪の言葉が出てきた。実に憎々しげな表情だ。そんな態度で謝られて誰が許す気になるかと、こちらも睨み返す。
「もう君に何かしようなんてことは思わない、約束するよ」
「なに、それ」
こんな謝り方で終わるだなんて絶対にいやだった。
「本当に謝る気があるの? 何に対しての謝罪なの? 謝るならカルデノにも謝ってよ。頭のひとつでも下げてよ!」
しかし私の荒げた声を聞いてもどこ吹く風。面倒そうに目をそらすだけだった。その時カルデノが大きく足を踏み出し、ソファに座ったままだったサージスの胸倉を鷲掴んで無理やり立たせソファの後ろに引きずった。
「離せ!」
サージスは自分の胸倉を掴むカルデノの手を振りほどこうとするが、びくともしない。
「一発殴らせろ」
「はあ!? 何言って……!」
カルデノの拳は、言い終わる前に鈍い音を立てサージスの顔面にめり込んだ。
「ぐっ、う……」
ふらつくサージス、しかしカルデノは鷲掴んだ手を離さずもう一発殴った。
これ以上殴られまいと、カルデノの手を振り払い、カルデノもそれであっさりと手を離した。変わらずふらつくサージスはそのまま床に倒れこみ、なんとか上半身を起こした時に鼻血をぼたぼたと絨毯に滴らせていた。
「一発じゃ、一発じゃ無いじゃないか!」
メイドの女の子がハンカチを差し出すと、サージスは素早くそれを取り、鼻にあてた。
「私に謝罪はいらない。カエデに謝れ」
「さっき謝罪しただろ!」
「まさか、あれが謝罪のつもりか?」
室内を沈黙が満たす。サージスは何も言わない。アイスさんは黙って見ているしメイドの女の子も無表情。唯一奴隷の女の子だけがオロオロしていて、私もカルデノとサージスを交互に見る。
「なんで、僕ばっかり」
やっと口を開いたかと思えば、それは自分のことだった。
「兄さんは二人とも優秀で僕には魔法は使えない剣も才能がない父さんは僕だけ褒めてくれないしメイドは無愛想で奴隷は使えない新しい薬も作れないかと思えばカエデばっかり幸せそうで魔力ポーションだなんて見たこともない薬作ってずるいじゃないか!」
早口にそうまくし立て、よく息が続くものだ。
「僕だって頑張ってたのに、努力してたのに、どうして。どうして」
目に一杯の涙をため、今にも零れ落ちそう。サージスのした事は許せないが、カルデノが二発も殴ってくれた事で正直私はスカッとしていた。けれどカルデノはそうではないらしい。
「ベラベラとよく動く口だな。独り言は終わったようだし話を戻すが、さっさとカエデに謝れ」
サージスは目に溜めた涙をこぼし、両手をついて謝った。鼻血がまだ留まることを知らず絨毯に落ち続けると、アイスさんが突然口を開いた。
「あなたが鼻血で汚したこの絨毯の代金、魔力ポーション製作の報酬から引いておくわね」
「え?」
アイスさんの一言にサージスは目を見開いた。まるで鬼のようだ、いや実際鬼人族であるのだが。
「じゃあお互い恨みが晴れたのだし、仕事の話……、の前に着替えていらっしゃい」
「お互い」なのかは疑問に思うところではあるが、私の気が晴れたのは本当だ。
ハンカチで再度鼻を押さえたサージスは、奴隷の女の子の手を借りて立ち上がり、自分の着ている白いシャツを見た。
点々と血が斑点模様を作っていて、失礼します、と小さな声で答えて部屋を出ようとした。所が扉を開いたところで振り返り、自分について来ないメイドの女の子を不思議そうに見た。
「リナ? 行くぞ」
メイドの女の子はリナと言うらしく、はあ、と返事をして先に部屋を出たサージスの後を追い、閉じられた扉の取っ手に手をかけた。
「あなた、サージスのことを慕っているのかしら?」
リナは無表情のまま、アイスさんの方へ目を移した。
「はあ……、そう思われますか」
「だって、ここに居るってことはメイドを辞職してまでサージスに付いて来たのでしょう?」
「……」
何も答えず、次はこちらに目を向けてきたので、自然とすこし背筋を伸ばす。
「確かに才能が皆無だとしても、あの方が努力してきたことは嘘ではありません。よく図書館に足を運んでいたのだって、遊んでいたのではないと私は知っています」
無表情の顔が、何となく悲しそうな表情に思えた。
「ですが今回の事で、あの方はご自分の今までのその努力をご自身で裏切り、ご自身で踏みにじりました事に、恐らく気がついていません」
「裏切った……?」
いまいち理解に苦しみ、聞き返す。
「そうでしょう。他人の功績を肩に担いだ所で、何になります? その時点で今まで積み上げた物は崩れ去ってしまう。虚しいとは思いませんか? そんなものには何の中身も無いんですよ。そして中身のないものを、あの方には持っていて欲しくない」
リナの言葉に心をえぐられた。
なんの中身もない他人の功績。それで瞬時にレシピ本の事を思い出した。魔力ポーションだって、結局は「私のもの」ではないし、それどころか今まで生成してきた物、これからのすべて……。
腹の奥に、言葉にしがたい何かが渦巻いているような気がした。
「ですから崩れ去ってしまったそれを積み上げる姿を、もう一度見届けようと思っているのです。いつかご自身の裏切りに気付く日が来ると信じていますから」
そう言い切り、深く頭を下げて今度こそサージスを追うために部屋を出て行った。
私は焦燥に駆られていた。なにか、なにかと抽象的なものが背中を押す。
「あ、あの、アイスさん」
「ああ、ごめんなさいね。とりあえず座ったらいいわ」
手でソファを指す。
「すみません、すごく急な用事を思い出して」
「……そう」
ソファを指していた手が下ろされ、それなら仕方が無いと笑う。
私はカルデノの手を引いて部屋を出た。カルデノは意味も分からず手を引かれているのだろうが、抵抗の素振りはない。
やがてアイスさんの屋敷の敷地内から出た所で、ようやっと声がかかった。
「カエデ、突然どうした? 本当に何か用事があったか?」
「違うよ、違うけど……」
進めていた足を止め、カルデノの手を離す。
「私、ずっとやらなきゃいけない事があったのに、どうしてか忘れてたみたいで」
「やらなきゃいけない事?」
カルデノは首をかしげる。
「私、日本ってところから来たって、言ったよね?」
「……ああ」
「私帰らなきゃいけないの、自分の家に」
けれどカルデノにこの話を初めてしたときの事は覚えている。とても、信じてくれたとは思えない。今だってなんとも言えない表情でこちらを見ている。
何度言っても、こればかりは信用してもらえないだろうと思っていた。
「以前も聞いた話だが、それは本当なのか?」
軽くあしらわれるだろうとの予想とは違い、真剣な声で問われた。
「以前はその、すまなかった。実際の所信じていたわけじゃなかったんだ」
「う、うん」
理解していたとはいえ、直接言われると胸に刺さるものがある。
「けど今思えば、カエデに魔力が無いことや、それにポーションを容易く作るあの力はあり得ないだろうと思う」
それがカルデノの中の判断材料として足りたのか、それともただ単に私を信用してくれているのか。どちらにしてもこうして信じてくれたことはありがたい。それだけで心強かった。
「カエデが帰る事を望んでいるなら私も何か手伝うが、前にしていたアリスとの会話から思うに、帰り方は全く分からないんだろう? そしてどうやって来たのかも分からない」
「うん、そうなんだけど」
今の所何か手がかりらしいものはない。あると言ってもそれはレシピ本だけで、内容的にも何か隠されたメッセージがあるのでもない。
けれど私が分からないだけなら、いくら考えようと無駄で、他人の目からなら別の物が見える可能性もある。
だからカルデノにそのことを伝え、急ぎ足で家に帰った。
カスミの出迎えもそこそこに、部屋からレシピ本を持ち出し、居間のテーブルの真ん中にドンと置いた。
「これが、さっき言った本だよ。私は今までこれに助けられてきたの」
「……」
カルデノは無言で本を開き、一ページ一ページを丁寧にめくり始めた。カスミもテーブルの上に座って本をじっと眺め、次第にページ見をめくる手が早くなり、半分行かない内にその手は止まった。
「記載のあるページはどこだ?」
「え?」
目に入っていたはずだが、一応ポーションのページに移動し、指をさす。
「ほら、こことか」
「ん?」
「いやだから、ほら。これがポーションで、これがハイポーションで……」
絵一つ一つに指を添えて説明するも、カルデノの表情は険しい。さすがにおかしい。カルデノもそう思っているのだろう、説明の手を止められた。何となくいやな予感がする。
「ちょっと待ってくれ、どこに何が書いてあるって? 私には白紙にしか見えない」
いやな予感は的中した。
ここまで読んで頂きありがとうございます。
少しお知らせなのですが、ポーション、わが身を助けるが書籍化されることになりました。詳しくは活動報告の方をご覧下さい。
それと、この話の投稿で、ポーション、わが身を助けるが丸一年を迎えました。
これからも、どうぞよろしくお願いします。




