嫌われてたりして
アイスさんの部屋のテーブルに無造作に置いたままだった魔力ポーションは綺麗に並べられていた。
真向かいにアイスさん、その隣りにはアスル、私の隣にはカルデノが座っていて、アイスさんが魔力ポーションを一本手にとってから話が始まった。
「まずカエデちゃん、もう一度確認だけど、これを売る気はある?」
「はい、もともと早く売るために急いでいましたし」
「そう、なら売る方法だけれど、別にカエデちゃんが自分の露店で売りたいとか、その辺にはこだわりない?」
私はうなずいた。今私が露店で売っているのはポーションだけ、それで満足に生活は出来ているし、卸すと言っているのだから私が直接売らなくても魔力ポーション分のお金は入ってくる。
ならちゃんとしたお店で扱ってもらったほうが色々と安心出来るだろうと思う。
「なら、カエデちゃんは魔力ポーションをいくらで売る予定だったか聞いてもいい?」
「値段ですか?」
全く考えていなかった。腕を組んで考えてみるが、まず原材料の蜜とマンドラゴラが普通いくらで売っているのか、それを基礎として考えたい。
だからと言って今ここに価格表があるわけではない。なんとなくカルデノに目を向けた。
腕を組み、何かと問うような目とかち合ったので誤魔化すように笑ってみた。
「カエデは、値段なんて決めてないだろう」
「え、あ、うん」
図星だ。目を泳がせて見るも、カルデノが私から目を逸らすことはなかった。
「でも魔力ポーションの材料の値段が分かれば、参考になるかなって思って」
「蜜とマンドラゴラの値段か」
アスルがピンと来たように口を開いた。
「アモネネの蜜はポーションのビンくらいの大きさで、10タミル程度、マンドラゴラは花だけの値段は知らないが、どこも30タミルくらいが精々だろう」
「あ、じゃあ2つ合わせた40タミルと、儲けを上乗せして45タミルくらいかな」
「あら、儲けは5タミルでいいの?」
拍子抜けしたような言い方で聞いてきたアイスさんは、手に持っていた魔力ポーションをテーブルに置いた。
「買う人も、安い方が買いやすいと思いますし」
それくらいの儲けが出ればいい、むしろポーションを売っているからもっと少なくてもいいくらいだが、私はこれくらいが妥当なのではないかと思った。
しかしアイスさんはそうは思わないのか、何か考えるように口に手を当てた。
「……いえ、何もおかしくなんかないわ、これでカエデちゃんの意見も聞けたし、後は私とお店側に任せてくれる?」
何か言われるかと思われたが、何事も無かったかのように話は進んだ。
「はい、お願いします。けどここにあるだけの数で大丈夫なんですか? 少ないと思うんですけど」
「増産するのは、これが売れたらでいいわ」
「そうなんですか?」
「ええ」
アイスさんはにこりと笑う。
「さて、俺はそろそろ帰ります」
アスルの発した言葉が、話に区切りをつけた気がした。
「あらそう?」
アスルが立ち上がるとアイスさんも立ち上がり、自然と皆で帰るアスルを見送る流れになった。
「では失礼します」
「ええ、気をつけて帰ってね」
「はい。またなカエデ」
「うん、また」
アスルの背中を見送った私達は、屋敷の中へ戻った。
「カエデちゃん」
「あ、はい」
アイスさんは自室に向かっているようだ。
「今朝のサージスの事なんだけれど、三男のために家が仕返ししに来たりなんかしないから、安心してって言ったわよね」
「はい」
「出来の悪い三男、盗人になったその三男のために家が仕返しする事は無いとは思うけれど、サージス自身がカエデちゃんに仕返しに来る可能性は捨てきれないと思うの」
一瞬足が止まりかかり、しかし歩き出した。
「サージスって、どうなったんですか?」
「さあ?」
興味もなさそうな返事だった。
「勘当されたか、それでなくても家での肩身はかなり狭くなってるでしょうね」
私は何も答えなかった。
階段を上りきったところでアイスさんは立ち止まり、こちらに振り返る。
「食事の支度が出来たら呼ぶから、それまで客室で休んでいて」
「わかりました」
アイスさんが進む方とは逆側の通路に数歩歩き出したところで、突然呼び止められた。
「ああ、カエデちゃんちょっといいかしら」
なんだろうかと踵を返すと、ご丁寧にカルデノも付いてきたので、カルデノは休んでいてくれと言ってからアイスさんの方へ向かった。
「どうしたんですか?」
「魔力ポーションが私の部屋に置きっぱなしだから呼び止めたの」
言われるまで忘れていた。アイスさんと部屋に入り、テーブルの上の魔力ポーションを落とさないよう慎重に持ち、部屋を出ようとした。
「カエデちゃん」
「はい?」
「魔力ポーションのレシピ、私に売ってくれない?」
全く予想もしていないことを言われ、私はきっと目を丸くしていたことだろう。
「え?」
思わず聞き返したが、聞き取れなかったわけではない。それでもアイスさんはもう一度同じ事を言った。
「私に魔力ポーションのレシピを売って欲しいの」
「どうして、ですか?」
まずこれが聞きたい。何故アイスさんがそんな物を買いたいのか、買ってどうするのか。
それにレシピと言っても厳密に作り方まで私は知らないし、材料だけならアイスさんはもう知っている。
「それと魔力ポーションの売り方もこちらに任せてもらえない?」
どうしてという、私の問いに答えてもらえず、もう一度聞いた。
「もしこの魔力ポーションが売れるようなら、カエデちゃん一人しか作れないのは問題でしょう?」
「それは、まあ」
もし売れるようになったとして、毎日どれくらい消費されるかは分からないがそれなりの量を作らなければならないだろう。もし私に何かあったりしたらそれだけで出回らなくなる。それは確かに問題である。
「私はもう魔力ポーションに必要な材料を知ってるわ。それを他の薬師に伝えて魔力ポーションの作り方を探して欲しい。見つけることが出来ればカエデちゃんひとりの負担ではなくなるでしょう?」
「それはそうですね。私が作り方を分かっていればそんな手間もいらなかったんですけど」
「それは仕方のないことよ。けれど魔力ポーションを作っただけでカエデちゃんはすごいのよ」
魔力ポーションは存在しなかった薬なのだ。それなのに材料だけとは言え載っていた。あのレシピ本は本当に稀有な存在だ。
「それも知ってるからと言って勝手に魔力ポーションを作るのも気が引けるから、だから買うという形でどうかと思うの」
「別にアイスさんなら買って貰わないでもいいんですけど……」
「いいえカエデちゃん、買ったという事実が大切なのよ」
私は首をかしげた。
「それと売り方もこちらに任せて欲しいってことだけれど、これはいいかしら? カエデちゃんは詳しくないだろうし」
「はい。正直そのへんは全く……。だからお言葉に甘えていいですか?」
「ええ。お店の儲けも出さなきゃいけないから、カエデちゃんの言う値段で売ることは出来ないのは了承してくれる?」
それは仕方のないことだ。お店側だって儲けがなければならない。それがどれほどかは分からないが、きっと最終的な事を言えば高くなっていることだろう。
私はもう戻りますと言って部屋を出るためにドアノブに手をかけた。
「カエデちゃん」
もうドアノブを捻って押すだけ、そんな時にまた名前を呼ばれ、振り返った。アイスさんは微笑みを湛えたまま私を見ていた。
「奴隷の首輪について、詳しく知ってる?」
「カルデノが首につけてる奴ですか?」
「ええ」
確かカルデノを買った時、首輪について説明されたと思ったが、残念なことに詳しくは覚えていない。
「えーと、首輪……」
初めてカルデノを目にした時まで記憶を遡ってはみるが、何せカルデノ自体の印象が強すぎてそれ以外を詳しく思い出す事が難しい。しかし懸命に頭を捻る。
「確か、魔力がどうとか……」
そうだ、主人の魔力が首輪に馴染む。みたいな事を言われた気がする。あの時は書類を書きながらだったし、実を言うとカルデノが少し怖かったので説明はうまく私の頭に入っていなかったようだ。
「そう、主人の魔力。カエデちゃん奴隷を買った時に書類に色々書いたのを覚えてる?」
「はい。えーと、覚えてるはずなんですけど」
苦笑いすると、アイスさんはソファーに座ろうと提案され、大人しく座った。アイスさんは向かいに座り、話を続ける。
「購入証明書よ。それを書いた時にその奴隷に与えられる首輪に主人となる者の魔力が馴染む、それをつけた奴隷は主人の命令に抗う事は出来ないわ。首輪は主人の許可がなければ外せない」
「そ、そうなんですね」
自分が購入証明書を書いていた時どれほど説明が頭に入っていなかったと言われているようで、大変に耳が痛い。それに、カルデノの顔がちらついた。
「でも、どうして今そんな話をするんですか?」
ただ少し不思議に思っただけだった。
アイスさんは微笑みを湛える顔が、まるで一寸の揺らぎもない水面のように表情をなくした。
「あの子は、どうして命令に抗えたのかしら」
「え?」
あの子って誰? 真っ先にそう思った。
「カルデノ。カエデちゃんの奴隷よ。カエデちゃんは「動くな」の命令の後、何も言わな
かったのに、どうして動けたのかしら」
「ちょ、ちょっと待ってくださいよアイスさん。命令って言っても、形だけ、口で言っただけで別に本気だったとかは、なかった、ですし……」
自分で言っていて語尾が弱まるのがわかる。あの時、私はどう思っていただろう。本気でカルデノに動くなと命令したんだったか。本気だったからサージスはなんの疑いもなくナイフを奴隷の女の子に渡した?
首輪の事はあの時知らなかった。けれど口に出してしまったら何もかもが終わってしまうんじゃないか、そんな絶望感があったように思う。
「それもそうね。あの子が本当に動かなくなったら、カエデちゃんは誰にも助けを求められなかった」
「そう、ですね」
「良かったわね。首輪の効力が無いんじゃなくて」
アイスさんはまたいつものように微笑んだ。
「効力が無いんだったら今頃どこかに行ってしまってるだろうし」
「えっ」
体がこわばった。
「そ、そうなんでしょうか?」
「うーん。別にカエデちゃんが嫌われてるってわけじゃないだろうけど、あの子ってあまり他人に関わりたいって風には見えないわよね」
そう言われればカルデノは積極的に誰かと仲良くしようって性格ではない。でもだからと言って他人を毛嫌いしているのでもない。アスルとはそこそこ仲良くなったと思うし、猪に追われていたのを助けたシギ達とも険悪な仲ではなかった。
そこまで考えて、あれっと思う。カルデノが笑った顔は何回見ただろう。こんなに仲が良いんだぞと語る話もないのでは……。
「あの、アイスさんから見て、カルデノって私のことどう思ってるように見えますか?」
若干俯いたまま、すがる様な気持ちで訪ねた。
「今言ったけど、嫌われてはいないと思うけど、でも奴隷じゃなくなったらどうかしら」
それを聞いて今度こそ背骨が抜けたみたいにうなだれた。
ここまで読んで頂きありがとうございます。




