帰る
崖の上、斜面、コケの下。色々な場所を探したがマンドラゴラは見つからなかった。
太陽の光が真上から照らし、ほんのりと温かい土の上に座ってパンを一口ほお張った。
横ではカルデノも大きな一口でパンにかじりつき、さらにその横でアスルはパンを片手に歩く朽木を氷付けにして、それからようやくパンを口にした。
私は歩く朽木を見た衝撃で、口の中に入ったパンを咀嚼することを忘れていた。
カルデノに声をかけられてやっとパンを飲み下し、しかしその驚きをなんと言葉にしたらいいかと思い悩む内にアスルが話し始めた。
「ちなみにマンドラゴラはどれくらいあればいいんだ?」
それで歩く朽木は気になるものの、どれくらいあればいいのかを考えた。
「いるのは花だけだから、結構必要かも」
「そうか、それなら案外採取も時間がかかるかもしれないな」
「でも頭の上の花を取るだけだし、そんなにかかるかな?」
ちょうどパンを食べ終わったカルデノが横から割り込む。
「実際行ってみないことには何も分からないだろう。時間を気にするなら早く見つけないとな」
「それもそうだ、ほら早く食え」
アスルに急かされ、慌ててパンを食べ終えた。
昼食の後にはマンドラゴラを探すのを再開。
あっちを探しこっちを探し、その内、朽木が密集して生える場所に足を踏み入れた。
いつこの朽木達が動き出すのかとびくびくしていたが、動き出すことはないようで、枯れ枝を踏みしだく内、先頭を歩くアスルが声を出した。
「見つけたぞ。あった」
「本当?」
ひょいとアスルの横から覗いてみると、地面に葉の小さい大根のようにマンドラゴラと思わしき物が生えているのが見えた。
ざっと見て数十、紅色の花が咲いているのはその内の半数ほど。
アスルは腰の剣を抜き、屈んで花を切り取った。
「これがマンドラゴラの花だな」
細長い花びらが何重にも重なり、手の平からはみ出るほどの大きさ。アスルが手に持ったその花を眺める。
「万が一にも引っこ抜かないために、切り取って採取した方がいいな」
「カエデ、任せろ」
カルデノが大振りのナイフを抜き、手当たり次第に花を切り取っていき、生花のまま長く保存する方法に書かれていた通りそれを清水で満たしたビンに次々と入れると、大きなビンだが花の容量に押されて清水がぼたぼたと零れる。
そこでふと気になったことがあり、後ろにいるアスルの方を見ることはせず、質問をしてみた。
「さっき、朽木が動いてたよね?あれはなんなの?」
「ああ、ここにあるのと同じ、朽木だ」
「でもここのは動いてないよ」
カルデノから花を受け取り、ビンに入れる。
マンドラゴラを踏まないように少し移動した。
「一定量の魔力を吸い上げると動くんだ。それが今は魔力が足りてなくて動かないだけだろう」
「……え?」
「ん? 聞こえなかったか。一定量の魔力を……」
「いやいやいや! じゃあここにある大量の朽木はいつ動き出すか分からないってこと!?」
カルデノから花を受け取る余裕はない、アスルのほうに体ごと振り返ると。花を受け取らない私に代わり、カルデノはビンに勝手に花を突っ込む。
「そんなに怖がらなくても、今動き出すなんてそんな間が悪い事……」
アスルの言葉は最後まで出てこなかった。
ギギ、ギギ、と、木の軋む音がそこかしこから聞こえ始め、背中がサーっと冷えた。
カルデノは最後に切り取った花をビンに詰め込み、蓋をしろ。と、静かに言った。
私は言われた通りきつく蓋を閉め、ココルカバンに入れた。
「間の悪いこともあるんだな」
カルデノは私を抱え上げ、来た道を走って戻りだした。
周りの朽木は地面から根が抜けて地上に出てき始め、中にはもう根で歩き出す朽木もある。
朽木の下を通る度にこちらを叩きつけようと枝が振り下ろされ、カルデノはそれを横に踏み込んで避ける。追いついてきたアスルが横から魔法で行く先の朽木を凍らせた。
「俺の後を走れ」
カルデノを追い抜いて朽木を凍らせながら安全な道を作るアスル。
しかし通りがかりの一本だけが魔法の効果が薄かったのか、太い枝が振り下ろされた。
一瞬反応の遅れたカルデノは私をかばいそれを避けきれず、左肩に打撃をくらった。
「ぐっ」
「カルデノ!」
しかしカルデノは歯を食いしばって踏みとどまり、もう確実に避け切りまた走り出した。
開いたアスルとの距離もすぐに縮まり、やっと朽木の群れから抜けた。
そのまま走り、朽木の群れから相当な距離を離れて、ようやく立ち止まった。
カルデノの腕から力が抜け、私はずるりと滑るように降ろされ地面に足をつけた。
「カルデノ大丈夫!? 今ポーション出すから」
「ああ、頼む」
カルデノは地面に座り、険しい表情でふーっと息を吐いた。
「大丈夫か? 俺がまだ気をつけて魔法を使うべきだった」
「いや、十分助かった」
ココルカバンからゴロゴロとポーションを出し、カルデノの上着をそっと脱がせる。
肩は強打してそう時間が経ってはいないが痛々しく腫れていて、すぐにポーションを2本3本とかけた。
カルデノの険しかった顔は次第に和らぎ、4本目のポーションを使ったところで止められた。
「もう大丈夫だ、ありがとう」
「本当に?」
「ああ」
言う通り、肩はもうすっかり腫れが引いて見える。
カルデノは上着に腕を通し、立ち上がった。
「さて、目的は達成できた訳だが、数が心もとないな」
カルデノに言われて、ココルカバンからビンを出して改めてどれだけとったかを確認する。
無理に詰め込まれた花は形がいびつになってはいるが、ビンの7割を埋めるほど入っている。そこまで少なくは無い。
「大量には作れないかもしれないが、あの貴族より先に売るのが先決だからな」
そこでアスルが首を傾げた。
「その魔力ポーションだが、カエデ以外も作れるのか?」
「そりゃ材料が分かればいつかは作れるんじゃない? まあそれより、私が先に売って、何も言われなきゃいいんだけど」
「それはないだろう」
ビンをココルカバンに戻し、アスルの話に耳を傾ける。
「カエデが先に売り出したことに、例えば「それは自分が考案したものだ」と言ったところで、実際作ることの出来ない者の言葉を誰が信じる?」
「まあ、あんまり信じないかな」
「だろう、それに盗みに入ったなどおおやけに知られるわけにも行かない、だから誰も知らない薬の、材料だけは知っているとも言えないはずだ」
「うん……」
しかし心配なのはそれだけではない、また家に侵入されるかもしれないということもある。
私が何を思ったのか何となく察したのか、不安ならアイスさんの家に泊めてもらえばいいと言われた。
アイスさんならお願いしたら確かに泊めてくれそうだ。帰ったら頼んでみようかと思う。
暗くなる前に山を降りてしまおうと言う事になり、ひとまずマンドラゴラの花の採取は終わりを迎えた。
山の麓の宿に着くころにはへとへとに疲れて、荷物を床に置いてすぐベッドに寝そべった。
「はあー、つかれたー」
腰や、当然足もだるく、このまま寝てしまおうかと考えて目をつむっていると、コンコンと部屋のドアがノックされ、カルデノが入ってきた。
「今アスルと話してきたんだが、明日の午前中には王都に戻ろう」
「じゃあまた早起きかー」
「そうなるな。夕飯はどうする?」
「んー」
ベッドでゴロンと寝返りを打ち、深く息を吸った。
「いいや、明日食べるから寝るよ。カルデノは食べてきて」
「ああ」
「カバンに財布あるからー」
私は疲れた体を少しでも癒すためにその日は早々に眠りについた。
特筆すべきことも無かった馬車での移動を終え、王都に戻ってきてまず向かうのはアイスさんの家だった。
無事にマンドラゴラの花を採取できたことを伝えなければならない。
玄関前までたどり着き、アスルがドアをノックする。わずかな時間を置いてからゆっくりとドアが開き、ドアを開けたメイドさんが頭を下げた。
アスルがアイスさんについて尋ねると、メイドさんは頭を上げて、自室にいるが先客がいるので少し待って欲しいと、客間に案内された。
アイスさんの部屋ほど広くは無いが、テーブルと、2人掛けのソファがテーブルを挟んでふたつ。壁には大きな窓がひとつと小さな額縁に飾られた花の絵がひとつ。
シンプルな部屋だ。窓から外を眺めていると、カルデノとアスルは先に向かい合わせでソファに座っていた。
「今お茶をお持ちいたしますので、少々お待ち下さい」
メイドさんが一旦出て行き、部屋に3人になった。
「お客さんって誰だろうね」
私もカルデノの隣に座った。
「さあ、仕事の依頼かも知れんな」
「仕事の依頼ならアスルも知ってたりしないの?」
「ん? 何故だ?」
「だって同じドラゴンハンターだから」
「いや、普段ドラゴンハンターの皆はバラバラで仕事をしている、ドラゴンハンターとしての仕事は普段からあるものじゃないからな」
「じゃあ今はアイスさん個人に仕事の依頼が来てるかもしれないってことだね」
アスルは頷いた。
少ししてからメイドさんがお茶を持ってきて、それを飲んでいると突然アイスさんが客間に入ってきた。
「待たせてごめんなさいね」
「いえ、全然」
実際たいした時間待っていたわけではないので、首を横に振った。
アイスさんはアスルの隣りに腰をかけ、一呼吸置いてから口を開いた。
「花の採取お疲れ様。沢山採れたかしら?」
沢山と言うには物足りないが、ココルカバンからマンドラゴラの花が入ったビンを出し、テーブルに置いた。
「これだけ採れました」
「うーん、20から30って所かしら」
眉間にシワを寄せ、ビンをまじまじと見つめてそのままの眼差しをこちらに向けた。
「それで、魔力ポーションは直ぐにでも作れそう?」
「はい」
家にアモネネの蜜があり、それが揃えば直ぐにでも作る事が出来ると説明すると、アイスさんは笑顔で頷いた。
「じゃあ今一休みしたら、さっそく取りに行ってくれる?」
「分かりました、じゃあこのお茶飲んだらすぐ行きますね」
すでにお茶を飲み干しているカルデノにもいいかと聞けば、無言で頷いた。
お茶を飲む間に、怪我は無かったかとか、山はどうだったとか質問され、初めて目にしたものが沢山あって驚いた気持ちをそのまま伝えたりした。
アイスさんはにこにこしたまま私の話を聞いてくれて、横からアスルが私の体力の無さを指摘したりして、カップのお茶はすぐに無くなった。
玄関の前でアイスさんとアスルが見送ってくれた。
「あ、ついでに着替えも持って来たらいいわ、怖かったら家に泊まってもいいから」
「ありがとうございます、じゃあ着替えも持ってきますね」
カルデノと歩き出し、乗り合い所から馬車に乗り込んだ。
「まだ魔力ポーション先越されてないよね?」
他にも乗り合わせた人がいるので、ひそひそとした声でカルデノに耳打ちする。
「可能性が無いわけではないだろうが、かなり低いだろう」
「そうだよね、うん」
馬車を降り、家に続く草木が鬱蒼と生えた道を歩いているとカルデノがぴたりを歩みを止めた。どうしたのかと同じく足を止めると、サージスがすぐそこの木の陰からひょこりと出てきた。
反射的に顔を歪めてしまったが、サージスはだからどうのとは言わなかった。
「待ってたよ、昨日は自宅にいなかったみたいだね」
「ストーカーみたいなことしないで下さい」
まるで変質者だ。思った事が顔に出たのか、カルデノが変質者かお前はとサージスに言った。
サージスは無表情のまま、こちらの動きを伺うようにただジッと見ている。
「一体なんの用なんですか?」
「聞きたいことがあってね。けど多分、いや絶対に話してはくれないだろうと思うんだ」
恐らく魔力ポーションのことについて、もしくはポーションの作り方か。言われた通り話すことは出来ない。
サージスが唇をきゅっと奥に丸め込むのと同時に一瞬息がつまるほどの衝撃が背中に走り、体前かがみに転んでザッと地面を滑った。
状況を理解する間もなくサージスが私の腕を掴みあげて立たせられた。
自分に何が起こったのかと目を白黒させると、さきほどまで居なかったはずの女の子が傍らに立っていた。
「あははは!」
耳に刺さるようなサージスの笑い声。カルデノは私の腕を掴んだままのサージスを射殺すような目で睨む。
「そう睨むなよ」
目下、首にナイフのようなものが押し当てられたのがわずかに見え、びくりと肩が跳ねた。




