モグラ
アイスさんの好意で御者付きの馬車を貸してもらえることになり、家で急いで準備を整えたので午前中の内に、馬車で前に図書館で調べた王都から一番近い魔力の溜まりやすい土地に向かっているのだが、その辺はアスルのほうが詳しいらしく話を聞いていた。
今向かっている魔力の溜まりやすい土地はオルモンという山の中腹あたりにあるらしく、北に走っている。そこに行くためには近くの休憩所から徒歩になるらしい。
「休憩所って?」
「オルモンに向かう人たちのために設置してある簡易の宿、みたいな所だな」
「へえ、じゃあオルモンに行く人って結構いるんだね」
「そうだな、だが何故突然マンドラゴラなんだ? アイスさんの所では満足に話しを聞かなかったからな」
そうだ、ろくに話しを聞かないで一緒に来てくれたのだった。
図書館でサージスに会った事から、今までの事を出来るだけ細かく伝える。
アスルは大丈夫だったのかと心配してくれたが、ご覧のとおり元気なのが分かると少し笑った。
いつもカルデノがいて助かっている、昨日のようなことがあると特にだ。
「そういえば、お前はそのナイフだけで武器は足りてるのか?」
アスルはカルデノが膝に乗せている、いつもは腰に携える大振りのナイフを指差した。
「まあ、今のところはな。しかしそろそろ欠けてきた」
カルデノはナイフを鞘から抜いた。
ナイフをまじまじと見る機会はそうなく、買ってからジッと見るのは初めてかもしれない。
買った時の綺麗な姿ではなく、全体的に細かい傷があり刃は数箇所欠けている、切っ先もほんのわずかだが折れていて、もうボロボロだった。
「こんなになってたなんて気が付かなかった……」
唖然とする私に、カルデノは気にするなと言った。
「言ってなかった私も悪い。砥石くらい一緒に買っておくべきだった」
ナイフを鞘に戻した。
「もしかしたら休憩所で新しく何か買えるかもしれないぞ」
休憩所では結構幌馬車などで商売を行う商人なんかもいることがあるらしい。運が良かったらカルデノの武器を新しく買えるかも知れない。
「じゃあもし売ってたら買おうね」
「ああ」
カルデノは少しだけ嬉しそうに頷いた。
「武器はまめに点検したほうがいい」
アスルは座席によりかけてあった自分の剣に目をやった。
「ああ、分かってる」
今まで私が財布を持ち、カルデノが欲しいと思うものがあれば買う。といった風にしていたが、カルデノにキチンとお金を出したほうがいいのだろうか。
あまり眠れなかったこともあり、ウトウトしていると、馬車が止まったためにハッと目を覚ました。
どうやら丁度オルモンに行く途中の休憩所に着いたらしく、運転御者にお礼を言ってカルデノと一緒に降りた。
オルモンと思われる山の麓に、古い木造の宿が建っていて、その周りには結構な数の幌馬車や地面に直接道具を並べて売る人たち、それらを品定めする人たちでそこそこ賑わっている。
オルモンを見上げると、山頂の丸っこい山だった。木々が青々と生い茂ってはいるが、中腹辺りだけは山に輪でもかかっているかのようにハゲかけている。
アスルは乗ってきた馬車の御者に何かを伝えてからこちらに来た。
「今日はもうオルモンに行くには遅い、明日の朝早くに行かないか?」
私はそれを聞いて懐中時計で時間を確認した。時間はすでに午後2時半を過ぎていて、そう言えば何も食べていない事に気が付いた。
明日行くことに賛成して頷き、カルデノのボロボロになったナイフが気になっていたので、まず始めに武器を売っている商人を探すことにする。
幌馬車で武器を売る商人を見つけ、カルデノのナイフに似たものが無いかとたずねると直ぐに同じくらいの大きさのナイフが抜き身で出てきた。
「これくらいでどうです?」
やや太り気味の男性商人はニコニコしながらそれを勧める。
カルデノはそのナイフを手に取り、色々な角度から眺めて頷いた。
「これでいい」
「では鞘をつけて400タミルです」
カルデノの腰に二本のナイフが携わった。
それから古い木造の宿で休むことにした。
宿は三階建てで、カルデノと私、アスルで二階の二部屋を頼んで、一緒に遅い昼食を取りに宿の食堂へ。
その日は早めに眠って、次の日の朝、外がまだ薄暗い内にカルデノに起こされた。
「カエデ、起きろ」
「んー、うん……」
まだぼんやりする頭でもそもそと上半身を起こし、寝ぼけ眼でカルデノを見た。
もうしっかり準備が出来ているようだ。
「私はアスルが起きてるか確かめてくるから、カエデは準備しておくんだぞ」
「わかったー」
一度大きくあくびをしてからベッドを出た。
服を着て身だしなみを整えたら、ココルカバンを肩にかけて部屋を出た。
ドアのすぐ横で、カルデノとアスルが寄りかかって待っていたので遅くなった事を謝り、
食堂に出向いてみるとすでに何人かが食事をしていて私達も食事をすることにした。
「あんたら今からオルモンに行くなら、食料でも買っていかない?」
食堂で注文を聞いてくれたお姉さんがにこやかに聞いてきた。
どうやら食堂の経営以外にもこうして食料を売っているらしい。アスルやカルデノと相談して、万が一のために少し多めに買っておいた。
宿を出た後、ひたすら山の中腹まで歩く。長く人が歩き踏み固められて出来た道を同じように辿り、始めは緩やかで歩きやすかった道は少しずつ急に、途中で何度か細かい砂利で足を滑らせることもあった。
針葉樹が多く生えていて、地面には細かな草。いつも行く森とはまた違った植物が生えていたり、空が見えなくなって薄暗くなることがない事はありがたかった。
どれくらい歩いただろうか、額から流れた汗を風が撫ぜてひんやりと感じる。
肩で息をする私をアスルもカルデノも心配そうに見ていて、少し休憩させてもらうことにした。
「カエデは思ったより体力がないな」
木に背中を預けてぜーぜーと荒い息を繰り返す私にアスルが言った。
「そりゃ、山なんてそうそう、登るものじゃないし……」
それでも森を歩いて少しは体力がついているものだと思っていた。それを口で伝えるのも面倒で、ココルカバンから出した水筒から水を一口飲んだ。
「山じゃなくても、だけどな」
「うっ」
カルデノの言葉が胸に刺さった。
森に行くだびに今のように休憩は何度もしていたし、それに良く考えたら数回森に行っただけで体力がつくわけでもない。
「今度からジョギングでもしようかな」
水筒をココルカバンに戻し、しゃがみ込んだ。その時、背にしていた木の後ろから、ギーギーと何かの鳴き声が聞こえた。
何だろうかと思い木の後ろを覗いてみると、手の平に乗りそうなくらいのトカゲがいた。
「カエデ? どうかしたか?」
カルデノも私の視線の先を追うように木の後ろを覗く。
「……トカゲだな」
全身がツヤツヤした茶色で、お腹を引きずりのたのたと歩いている。
「かわいい」
触ろうと手を伸ばすと、咄嗟に伸びてきたアスルに手首を掴まれた。
「やめろ、火傷するぞ」
火傷? と傾げると、このトカゲは火吐きトカゲと呼ばれるトカゲで、身の危険を感じると名前のとおり火を吐くらしい。
「だから今後見かけても触るな」
「分かった、触る前でよかったよ」
それからのたのた歩くトカゲを観察しながら5分程で休憩を終え、また歩き出した。
途中で何度も休憩しつつ、ついに山の中腹、あの禿げ上がった部分に到達した。
地面には良く見るとさび色のコケが生えていたり、朽ちた木々に何色もの色鮮やかなツタが絡んでいたりと、明らかに雰囲気が違っていた。
「この辺からは魔力の溜まりやすい場所だ、そうなるとモンスターも危険なのが増える、絶対に俺とカルデノから離れるなよ」
「わかった」
「何年か前に見たマンドラゴラは向こうの方に群生してたが、行ってみるか?」
勿論うなずいた、これは探す手間が省けたなと、そう思ったのだ。
だがいざその場所へ行ってみたら、見事に何も無い。土がむき出しの寂しいところだった。
「……やっぱりだめだったか」
「やっぱりって、望み薄だったの?」
「まあな。他を探すしかないか」
アスルは踵を返し、私とカルデノはその後について行く形になった。
しかし、何もないため背を向けた場所にカルデノが振り返った。
「どうかした?」
カルデノの視線の先を辿るが特に何かあるわけではない。しかしカルデノは首を傾げた。
「今、何か動かなかったか?」
アスルにも会話が聞こえていたらしく、同じく先ほどの土のむき出した場所を見ている。
何か動いたらしいが、私が見た限りではさきほどと何も変わりは無い。
「モグラがいるかもしれないな」
「モグラ?」
ああ、とアスルは頷き、膝をついてそのまま耳を地面につけた。
「モグラってあのモグラ?」
「そうだ。下から音もするし間違いないだろう」
再び立ち上がって付着した土を払い、宙に向かって手をかざした。
何をするのかと黙って見ていると、氷が宙に細長く出来上がっていく。
「え、え? 何するの?」
「モグラは足音を追ってくる。食われる前に始末する」
氷は話している間にアスルの身の丈ほどまでの大きさになり、足元から振動を感じるほど勢いよく地面に突き刺さった。
「当たったのか?」
カルデノの問いに、アスルは首を横に振った。
「恐らく外した。出てくるかもな」
アスルとカルデノが同時に武器を抜いた。
私がカルデノの後ろにそろりと動いた時、目下の地面がぐぐっと盛り上がった。
カルデノは私を抱えて飛びのき、アスルも飛びのいた。
ドンと地面が弾けるように土が飛び散ると、その中心から黒い鱗に覆われたドラゴンがのそりと緩慢な動きで這い出てきた。
牛ほどの大きさだろうか。カルデノはさらに距離をとり、私を背にかばって大振りのナイフを構える。
翼は無くその黒い鱗がぬらりと光を返す。小さな目で辺りを見回すと、その太い足でアスルへ突如突進した。
アスルはそれを難なく避けたが、また折り返し繰り返す。
次の突進を横に避けアスルはドラゴンに手を向けた。ジリっと小さく光ったかと思うと雷が落ちるように迷い無くドラゴンを雷魔法が襲った。
しかしそれで終わらず、動きの鈍ったドラゴン目掛け剣を構え、走った。
カルデノも一瞬遅れで、地面を掻いて走り出した。
アスルは剣を首に振り下ろしたがわずかな外傷に終わり、たどり着いたカルデノがドラゴンの懐に潜り込んで喉にナイフをつき立てた。喉は柔らかいのかナイフが深々と刺さった。
ゴロゴロとした鳴き声がかすかに聞こえ、ぶんぶんと頭を振り、カルデノとアスルは一旦距離を置いた。
ドラゴンは倒れてその場をのた打ち回り、血が段々と広がっていく。
次第に動きが鈍り、ぴたりを動きを止めた。
「……仕留めたか」
カルデノがぽつりと言った。
「みたいだな」
アスルはふうっと息を吐いて剣を鞘にしまい、しかし。と呟く。
「でかいモグラだったな」
やはりあれはモグラだったようだ、何かの間違いではないのかとも思うが、カルデノもそれに頷いている。
「ねえ、これ本当にモグラなの?」
そろりと近づいてみる。
「ああ、逆にモグラ以外の何に見えるんだ?」
私の知っているモグラは手の平に乗ってしまう小さなものだが、モグラ、モグラ? これモグラじゃないよ。が、それはぐっと飲み込んだ。
「本来ならギルドにでも持って帰りたい所だが、今回の目的はマンドラゴラだしな」
「そっかー、まあまた機会があれば……」
言っていて、空が翳った。
上から音がして何事かと見上げると、ごわっと風が吹いてその瞬間に大きな鳥がドラゴンをさらって行った。
とても大きな鳥だった。ふらふらしながらも両足でしっかりドラゴンもとい、モグラを持ち、やがて見えなくなった。
「マンドラゴラを探すか」
カルデノは何事もなかったかのようにナイフを鞘に納めた。
更新お待たせしましたー。
まだ少し落ち着いたとは言いがたいのですが、だいぶ暇も出来てきました。
ここまで読んでいただいてありがとうございました。




